最高裁係属中の死刑事件


氏 名
渡邉剛
事件当時年齢
 43歳
犯行日時
 2012年12月7日
罪 状
 強盗殺人、死体遺棄、詐欺未遂
事件名
 銀座資産家夫婦強盗殺人事件
事件概要
 水産物流通会社社長、渡邉剛(つよし)被告は2012年12月7日、スイス在住で銀座に一時帰国していた資産家でファンドマネジャーの男性(当時51)とその妻(当時48)を栃木県日光市でパーティーがあると嘘を言って誘い出し、ワゴン車中で睡眠薬入りの酒を飲ませて眠らせた後、2人の首をロープで絞めて殺害。クレジットカード入りの財布など計8点(29万円相当)を奪った後、2人を埼玉県久喜市内の空き地に埋めて遺棄した。さらに元部下の男とともに男性名義のクレジットカードで新幹線の回数券50冊(約381万円分)を購入しようとしたが、確認を求められて失敗に終わった。
 殺害された男性は元証券マンで、約20年前に退社後は国内外でファンドマネージャーとして働き、スイスの自宅のほか、都内や海外に複数のマンションを保有していた。失踪時点ではリヒテンシュタインに本社がある投資ファンドのマネジャー。2012年11月下旬にいったん帰国。12月7日に知人からたと東京都中央区銀座のマンションを出た後、連絡が取れなくなった。パーティーは開かれていなかった。夫婦は12月14日からスイスに行く予定だったが、航空券は自宅に残したままで、心配した親族が警視庁に捜索願を出した。
 渡辺被告は1990年代後半に東京都江東区の水産加工物販売会社で働くようになり、2001年に社長に就任。会社はクジラ肉の販売が中心だったが、2007年ごろは海外に進出し、オマーンの複数の大手水産会社から魚介類を輸入するようになった。しかし鯨肉市場の縮小とともに売り上げが落ち、2008年後半から2009年春ごろにかけて急速に悪化。夏ごろからは営業停止状態に陥っていた。渡辺被告は2011夏から宮古島の知人女性宅に身を寄せていた。渡辺被告と殺害された男性は1年ほど前からの付き合いで、渡辺被告は東京と沖縄を往復していたという。なお、逮捕当時は投資で数億円の損をさせられたと供述していたが、それは虚偽だった。なお詐欺事件で共謀した男性は1998年に同社に入社した部下だった。
 死体が埋められた住宅地の中にある空き地やワゴン車は、9月ごろに埼玉県の知人へ現金約300万円を渡して購入を指示。11月10日に契約が完了後、男数人が出入りし、高さ約2mの銀色のフェンスで取り囲み、重機で穴を掘って立ち去っていた。この埼玉県の知人男性は、事件とは無関係である。
 捜査一課は夫婦を乗せたワゴン車を割り出し、2013年1月28日、久喜市の空き地で2人の遺体を発見。敷地内にあった車から男性の血痕を見つけた。1月29日、元部下の男が死体遺棄容疑で、逃亡先の沖縄県宮古島市で逮捕された。渡辺剛被告は元部下の逮捕を知り、同日午後4時ごろ、宮古島市でトイレ用洗剤を飲んで自殺を図ったが宮古島署員に発見された。命に別状はなく、体調の回復を待って30日に死体遺棄容疑で逮捕された。2月20日、詐欺未遂容疑で2人を再逮捕。3月14日、東京地検は詐欺未遂容疑で2人を起訴。5月3日、強盗殺人容疑で渡辺被告は再逮捕された。元部下は殺人事件に関与した証拠はないと逮捕は見送られた。5月24日、東京地検は渡辺被告を強盗殺人と死体遺棄容疑で起訴。同日、処分保留となっていた元部下の死体遺棄容疑について不起訴処分(容疑不十分)とした。
一 審
 2014年9月19日 東京地裁 田辺三保子裁判長 死刑判決
控訴審
 2016年3月16日 東京高裁 藤井敏明裁判長 被告側控訴棄却 死刑判決支持
裁判焦点
 裁判員裁判。渡辺剛被告は逮捕から起訴まで1人で事件をやったと供述していた。
 2014年8月19日の初公判で、渡辺剛被告は「現場にいたが2人の首を絞めていない。殺意はなく、金品を取る目的もなかった」と述べ、強盗殺人を否認した。死体遺棄罪と詐欺未遂罪は認めた。
 検察側は冒頭陳述で、渡辺被告は被害者の勧めで購入した株で約180万円の損失があり、被害者を恨んでいたと指摘。遺体を埋める穴を掘るなど準備をした上で「ホテルをオープンするので招待する」と夫婦を誘い出し、睡眠薬を混ぜたシャンパンを飲ませたうえで、殺害したと述べた。弁護側は被告が株取引に関して被害者に説明を求めようとして犯行の一部に関与したことは認めたが、「他の人と被害者の首にロープを巻いて脅すつもりだった。被告に殺意や金品を奪う目的もなく、強盗殺人罪は成立しない」と、実行行為は第三者によるもので、被告は傷害致死罪にとどまると主張した。その第三者について、被告が投資資金を借りていた知人の関係者だと説明したが、「詳細は明らかにできない」とした。
 9月1日の公判で渡辺被告は「極刑を望んでいる」と述べ、被害者遺族に対し土下座して謝罪した。しかし検察側が「(被告の主張する)傷害致死罪では(法定刑に)死刑がない」と指摘すると、被告は黙り込んだ。
 9月4日の論告で検察側は、渡辺被告が被害者のクレジットカードの利用方法を事前にインターネットで調べた点などを挙げ、「強盗目的は明らかで、睡眠薬を使うなど確定的な殺意があった」と指摘。「夫婦の首にロープを巻いて脅すつもりで、殺意はなかった」「第三者が実行した」などと強盗殺人罪を否認する被告の主張「客観的な証拠と矛盾しており、公判で弁解を不自然に変遷させ、罪を免れることしか考えていない。第三者の名前を明らかにしないのは不自然。被告が単独で、殺意を持って首を絞めたことは明らか」と批判した。そして「取引で損をした恨みと金を奪うという身勝手で短絡的な動機に酌量の余地はない。強い殺意に基づく計画的で残虐な犯行」と断じた。
 同日の最終弁論で弁護側は、「株を巡ってトラブルになった被害者を脅すことが目的で、強盗や殺人の計画はなかった。被告にとって2人の死亡は想定外だった」として強盗殺人罪ではなく傷害致死罪にとどまると主張した。渡辺被告は最終意見陳述で「自分の命で償います」などと述べた。
 判決で田辺三保子裁判長は、渡辺被告が法廷で、「自分ではない第三者が殺害した」と主張したことについて、「真実味が乏しく、具体的な状況が浮かび上がらないなど、供述は到底信用できない」と指摘。被告が被害者のクレジットカードの利用方法を事前に調べていた点や犯行に使用した自動車や遺棄した土地を知人名義で購入し事前に穴を掘っているなど、「全体として計画性は高く、殺意や財物を奪う目的は優に認定できる」と判断。「寝ている夫妻の首にロープをかけるのは1人でも可能」と、単独犯での強盗殺人罪を認定した。動機については、被害者の言動から値上がりを信じて購入した宝飾品販売会社の株で損失を被り、「恨みやねたみがあったとも考えられる」と指摘した。ただ、「だまされた事実は認められず、量刑で酌むべき事情にはならない」と述べた。また、渡辺被告が法廷で、核心部分の供述を拒否したことなどを、「真剣な反省や遺族らに対する心からの謝罪の念はほとんど感じることができない」と批判した。そして「殺害および死体の処分も予定した高度に計画的な犯行で、悪質性、重大性は際だって高い。信用できない弁解を繰り返し、。真剣な反省や謝罪の念はほとんどない」と述べた。
 田辺裁判長は判決の言い渡し後、渡辺被告に向かって「裁判官、裁判員一同の意見です」と切り出し、「命の重みを無視した身勝手さを顧みて、どのような機会にでも、被害者の遺族に事件の真実を伝えてほしい。遺族の心の痛手を埋めるにはそれしかない」と説諭した。

 被告側は即日控訴した。
 2015年11月20日の控訴審初公判で、弁護側は「殺人をしたのは別の人物であり、渡辺被告は2人を殺害していない。金品強奪が目的ではなく、計画性も高くなかった」などと述べ、改めて強盗殺人罪の成立を否定した。
 判決で藤井裁判長は、殺害に使ったロープを用意し、夫婦を埋めた土地を事前に購入して穴を掘っていたと指摘。事件後に被告が男性名義のクレジットカードを使おうとしたことなども踏まえ、「金品目当てに殺害に及んだ」と結論づけた。「周到な準備を重ねた極めて計画性の高い強盗殺人で、落ち度のない2人の命を奪った結果は重大。死刑以外を選択する余地はない」と述べた。
備 考
 共謀して回数券をだまし取ろうとしたとして詐欺未遂罪に問われた元部下の男は2013年8月9日、東京地裁(田辺三保子裁判長)で懲役2年執行猶予4年(求刑懲役2年)の有罪判決を受けて確定している。
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氏 名
保見光成
事件当時年齢
 63歳
犯行日時
 2013年7月21日〜22日
罪 状
 殺人、非現住建造物等放火
事件名
 周南市連続殺人放火事件
事件概要
 山口県周南市金峰に住む無職、保見光成(ほみこうせい)被告は2013年7月21日18時半ごろ〜20時50分ごろ、集落内に住むS夫妻(夫当時71、妻当時72)を木の棒で殴って殺害、放火して夫妻の家を全焼させた。さらに同日20時59分ごろまでの間、集落に住む女性Yさん(当時79)を木の棒で殴って殺害し、家に火を放ち全焼させた。そして同日21時5分ごろまでの間に、集落に住む男性Iさん(当時80)を木の棒で殴って殺害(Iさんの妻は入院中で不在)。翌22日1時半ごろ〜6時ごろ、集落に住む女性Kさん(当時73)を木の棒で殴って殺害した(Kさんの夫は旅行中で不在)。
 殺害された5人の自宅はいずれも集落を縦断する道沿いにあり、S夫妻方の約60m北東にYさん方、保見被告の自宅を挟んで約300m先にIさん方、その約200m先にKさん方があった。
 午後8時59分ごろ、集落内の女性からS夫妻の家の方が真っ赤に燃えていると119番、さらに21時15分には同じ女性がYさんの家も燃えていると消防に連絡をした。21時23分ごろ、消防隊が到着し、消火活動開始。約50分後に火は消し止められた。S夫妻宅から夫妻の遺体が発見されたため、22時40分ごろ、県警は連続放火容疑で緊急配備した(3時間後に解除)。23時15分ごろ、Yさんの遺体が発見。さらに翌日午前11時半ごろ、親類がKさんの遺体を発見。12時ごろ、聞き込みに来た捜査員がIさんの遺体を発見。12時25分ごろ、県警は一帯に緊急配備。12時55分ごろ、県警はYさん宅の北林に住む保見被告宅を家宅捜査。自宅窓ガラスの内側には「つけびして 煙り喜ぶ 田舎者」の貼り紙があった(これは2004年ごろに貼ったと後に供述している)。県警は保見被告を緊急手配した。
 保見被告は集落近くの山中に逃亡。25日には山中で携帯電話と保見被告の上着、ズボンなどが見つかった。26日9時5分ごろ、山口県警は集落の北約1kmの山中で保見被告を見つけ身柄を確保し任意同行、13時35分にYさんに対する殺人他容疑で逮捕した。8月15日、S夫妻への殺人他容疑で再逮捕。9月5日、Iさん、Kさん殺人容疑で再逮捕。
 保見被告は同じ集落の出身で、中学卒業後に地元を出て、関東地方で左官をしていた。1996年5月、父親の介護で帰郷。技術を磨いた腕をふるい、自宅を建築。地元のテレビ番組で取り上げられ、集落でも大きな反響を呼んだ。しかし地元になじむことができず、2002年12月に母、2004年6月に父が他界すると孤立を深め奇行が目立つようになり、飼い犬などをめぐる住民とのトラブルが目立ち始めた。2003年には今回殺害された被害者の一人が酒席で保見被告を刃物で刺したこともあった。2011年の正月には県警周南署に「孤立している」と相談したこともあった。帰郷してからは約1000万円の貯金を取り崩しながら生活をしていたが、仕事や援助もなく、2013年以降は家財道具を売却するなどして生計を立てていた。
 9月17日から12月20日まで鑑定留置され、山口地検は刑事責任能力があったとして12月27日に保見被告を起訴した。
 公判前整理手続き中の2014年7月10日に山口地検が、8月20日に弁護団が山口地裁へ精神鑑定を申請。同日、山口地裁は実施の方針を決めた。10月中旬から2015年2月27日まで実施された。
一 審
 2015年7月28日 山口地裁 大寄淳裁判長 死刑判決
控訴審
 2016年9月13日 広島高裁 多和田隆史裁判長 被告側控訴棄却 死刑判決支持
裁判焦点
 裁判員裁判。精神鑑定は山口地検が起訴前、山口地裁が起訴後に実施。1回目の医師は、被告を思い込みやすい性格を持つ「被害念慮」と判断したが、2回目の医師は精神障害の「妄想性障害」と診断した。
 2015年6月25日の初公判で、保見光成被告は「火をつけていない。頭をたたいてもいない。無実だと思っている」と全起訴内容を否認し、無罪を主張した。
 検察側は冒頭陳述で、法医学者の証言などから、(1)凶器は木の棒で、事件後に被告が逃げ込んだ山中で棒が発見されたこと、(2)棒にビニールテープが巻かれ、血液反応があり被告の指紋が付着していた、(3)1人の被害者宅から被告のDNA型が採取されたことなどから、保見被告が犯人であると説明。そして動機については、孤立を深めた保見被告が「住民にうわさを立てられ、挑発を受けたなどと思い込み、トラブルを起こした」と主張。仕事がなく、生活費が残り「5873円程度」になり自殺を決意した上で「どうせ死ぬなら住民に報復してやろう」と考えたと説明した。また事件後に被告が発見された山中では、自殺を図ろうとした遺書やICレコーダーの音声があったことを明らかにした。公判前に2度にわたって実施された精神鑑定で妄想性障害があったとの結果が出ていた点に関しては「妄想性障害があっても責任能力がなかったり著しく低下したりしていたとはいえず、犯行に与えた影響は少ない」と主張した。
 一方弁護側は、「被害者の家に行き、5人のうち4人の足や腰を木の棒で殴ったのは間違いないが、頭は殴っていない。もう1人はたたいた記憶もない」と主張。し「頭を殴った証拠が無く、有罪にできない」と訴えた。DNA鑑定などについても直接犯行を裏付けるものではないと反論した。さらに、起訴後に地裁が行った精神鑑定で、空想などを基に疑念や嫉妬を膨らませる「妄想性障害」と診断が出ていることにも言及。「刑事責任能力に影響はない」とする検察側に対し、「刑を軽くすべき心神耗弱か、無罪を言い渡すべき心神喪失だった」とした。
 29日の第3回公判で検察側は、保見被告が逃げ込んだ山中で見つかったICレコーダーを再生し、自殺をほのめかす内容が録音されていたことを明らかにした。また検察側の証人として出廷した諏訪東京理科大の須川修身教授(火災科学)は、火災の検証結果について自然発火は考えにくいと証言した。
 30日の第4回公判で3人の遺体を解剖した男性教授は、、凶器について「(検察側が凶器と主張する)山中で発見された手製の木の棒でも矛盾はない」と証言。3人とも頭部などに致命傷を受ける前に足や顔面を打撃された痕跡があるとし、「目的を持って殺害した可能性が高い」と述べた。残る2人を担当した女性准教授は、一部の外傷は木の棒以外のとがったものが使われた可能性があると指摘。「傷の状況から(遺体付近で見つかった)金づちが使われたとしても矛盾しない」と証言した。
 7月2日の第5回公判で検察側は取り調べの様子を録音録画したDVDを提出し、証拠として採用された。約15分間再生され、被告は死亡したYさんについて「下(足)から上に向けて殴っていった。首の後ろをたたいた」と述べていた。被害者宅の全焼については「布巾をコンロの近くに置いた。(被害者の)運が良かったら助かる」とも語っていた。DVDのやり取りについて保見被告は「警察官がやってみろと言うから、自分だったらこうやるだろうと想像でやった。当時はパニックでまともじゃなかった」と供述。「運試し」については「記憶はあるが、趣旨はわからない」と明言を避けた。Yさんの殺害については、映像では自身の後頭部付近をたたきながら犯行を認めた様子が示されたが、検察側が追及すると「覚えていない」「わからない」を繰り返した。また検察側は県警が逮捕直前に行った事情聴取にて、被告が5人の被害者全員の殺害と放火を認めたことを語った。一方、弁護側の被告人質問で、死亡した5人のうち4人について「頭をたたいたか」「火を付けたか」と問われ、被告は「していません」と起訴内容を改めて否認した。足腰を棒でたたいた理由は「昔からいろんなことをされたから、足ぐらいたたいてもいいだろうと思った」と述べた。
 3日の第6回公判で検察側は保見被告の責任能力について「(被告に)集落の住民にうわさや挑発をされているとの妄想はあったが、報復は複数の選択肢の中から自分の意思で決意した」として「完全責任能力があった」と主張した。一方、弁護側は「実際には存在しない嫌がらせを妄想し、『罪のない人への暴力』という正しい事実認識ができなかった」として、妄想性障害による心神喪失で無罪を言い渡すべきだと主張した。弁護側による2回目の被告人質問もあり、被告は「(事件当時)財布の中に98,000円が入っていた。(事件のあった年の)お盆には金峰を出て、5年たったら帰ってこようと思った」などと話した。また保見被告が自宅に残した「つけびして 煙り喜ぶ 田舎者」という貼り紙について真意を説明。「火のないところに煙は立たぬ」という言葉から、「田舎の人たちが自分のうわさをして喜ぶという意味だった」とし、「貼り紙に気づいた誰かから、うわさの内容を聞き出せると思った」と話した。
 6日の第7回公判で、被害者参加制度に基づいて遺族が直接保見被告に質問した。謝罪の意思があるかという問いに、被告は「私がやられたことの方が多い」と述べて拒否した。
 7日の第8回公判で、起訴前に精神鑑定を行った医師への尋問が行われた。起訴前後で鑑定結果が異なることについて、「鑑定の時期が違い、被告の話す内容も変わっている」と説明。そのうえで「妄想性障害という診断も妥当。思い込みのとらえ方は全く一緒」と述べた。また起訴後に鑑定を行った医師の尋問が行われ、被告の刑事責任能力を巡り、起訴後の精神鑑定で妄想性障害と診断した医師への尋問があり、「妄想に基づき住民に報復したいという気持ちが高まり、犯行の意思が形成された」と証言した。医師は、自分の考えにとらわれやすい被告の元来の性格と、集落になじめなかった環境面などを要因に挙げ、「住民がうわさをしているという強固な思い込みをしていた」と解説。供述が変遷している点については「うそをつこうとしているのではなく、今の思い込みで話している」とした。報復の手段については「複数あった。方法は病気の影響ではなく、本人の価値観で決めた」と指摘した。
 8日の第9回公判で、遺族7人が証言や意見陳述をし、極刑を求めた。弁護側は争点の一つの絞首刑による死刑の違憲性について冒頭陳述を行い、「残虐な刑罰を禁じる憲法36条に違反する」と述べた。
 10日の論告で検察側は、殺人について「被告は逮捕当初、頭をたたいたことを認めただけでなく、動作も交えて説明していた。事件後逃走し自殺を図った。隠れていた山中からは被告の指紋がついた凶器とみられる木の棒も発見された」と証拠を列挙した。放火についても「自然発火を疑わせる跡はない」と述べて、証拠が十分であるとの見解を示した。そのうえで「周囲からうわさを立てられ挑発されていると思い込み、被害者らとトラブルを抱えていた」と動機につながる背景に言及した。さらに遺体の状況から「足を骨折するほどたたき、防御しようとする手や腕も骨折するほどたたき、木の棒を口の中に押し込んで強く圧迫した」と指摘。「なぶり殺しとも言うべき凄惨な手口。荒唐無稽な弁解に終始し、謝罪もしておらず、更生の余地はない。5人もの尊い命が奪われた結果は極めて重大だ」と死刑が相当であるとする理由を述べた。責任能力については、「障害はあるが重くない。善悪の判断ができ、完全責任能力が認められる」と述べた。
 被害者参加制度を利用して遺族の意見陳述も行われ、代理人弁護士が保見被告の厳罰を求める遺族の思いを訴えた。
 同日の最終弁論で弁護側は、「木の棒に付いていた血が、だれのものか特定されていない」などと反論。さらに、起訴後の精神鑑定で被告が空想などをもとに疑念や嫉妬を膨らませる「妄想性障害」と診断されたことに触れ、「事件当時は判断能力がほとんどないに等しい状態だった」としてあらためて無罪判決や刑の軽減による死刑回避を求めた。
 最終意見陳述で保見被告は「私は無実です」と述べた。
 大寄淳裁判長は判決で、被告が事件を実行したかどうかを検討。「凶器とみられる木の棒に被告の指紋がついていた。現場は農山村地域で、被告がたたいた直後に、第三者が殺害する可能性は考えられない。死亡後に出火しており、失火の可能性もない」と指摘した。そのうえで、捜査段階の検察官調書について「『後頭部に近い部位をたたいた』と動作を交えて説明しており信用性がある」と評価して、「被告が殺害、放火したと認められる」と結論づけた。続いて、当時の刑事責任能力の有無を判断した。両親が他界した2004年ごろから、近隣住民がうわさや挑発、嫌がらせをしていると思い込み、こうした誤った妄想が一定期間以上続く「妄想性障害」を発症しているとの鑑定結果を採用。「この妄想が動機を形成する過程に影響はしたが、殺人や放火を選択したのは被告の性格によるもので、妄想の影響ではない」として完全責任能力を認めた。最後に「被害者の口の中に木の棒を入れて圧迫するなど、凄惨さ、執拗さが際立っている」と厳しく批判。「どの被害者にも殺害されるような落ち度がなく、被告に前科がないことなどを考慮しても被告の罪責はあまりに重大で、極刑は免れない」とした。

 弁護側は即日控訴した。
 2016年7月25日の控訴審初公判で、弁護側は一審同様、殺人罪について「客観的証拠がない」として無罪を主張。一定期間以上思い込みが続く「妄想性障害」との精神科医の診断を示し、仮に保見被告が犯人であった場合でも、「刑を軽くすべき心神耗弱か、無罪とすべき心神喪失状態にあり、刑事上の完全責任能力はない」とした。弁護側は「1人の命を奪う死刑判決が、十分な事実調べもないままに下されるべきではない」として追加の立証を求めたが、多和田裁判長は「必要ない」と判断。精神鑑定の申請も却下した。検察側は「被告の犯行と責任能力は既に証明されている」などと反論し、死刑を言い渡した一審判決に問題はないとして控訴棄却を求め、即日結審した。
 判決で多和田裁判長は、「妄想は動機に影響したが、被告には完全責任能力があった」とした一審の判断を踏襲し、「妄想が犯行に一定の影響を与えたことを考慮しても、被害者が5人に上るなど刑事責任は誠に重大。死刑はやむを得ず、重すぎて不当とは言えない」と述べた。
備 考
 「光成」の名前は帰郷後に戸籍名を改めたものである。
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氏 名
西口宗宏
事件当時年齢
 50歳
犯行日時
 2011年11月5日/12月1日
罪 状
 強盗殺人、死体損壊・遺棄、窃盗、営利目的略取、逮捕監禁、窃盗未遂、住居侵入他
事件名
 堺市連続強盗殺人事件
事件概要
 西口宗宏被告は1999年ごろ、母親から現金や不動産など計約1億5000万円相当の遺産を相続。浪費で使い果たし、2003年12月20日、「娘を高校まで卒業させるため金がほしかった」と保険金約3600万円目当てに自宅などに放火。2004年4月20日に逮捕され、同年、懲役8年の実刑判決を受けて服役した。以前から交際していた女性が身元引受人となり、職探しを条件に2011年7月に仮出所。女性と同居を始めた。1週間後、仕事探しのふりを始めた。9月下旬、女性に仕事が見つかった、10月末までに135万円入るなどと嘘をつき、追い詰められた。
 10月から堺市内で襲う相手を物色。11月5日夕、堺市南区ののショッピングセンター駐車場で、買い物帰りの歯科医師の妻(当時67)が車に乗り込むところを狙い、顔や手足に粘着テープを巻き付けるなどして現金約31万円やキャッシュカードを奪って拉致した。その後、河内長野市の山中に止めた車内で食品用ラップを顔に巻き付けて殺害。6日午後2時50分ごろ、銀行ATM(現金自動預払機)で、女性名義のキャッシュカードを使って、残高のほぼ全額にあたる現金5万円を引き出した。7〜9日、河内長野市の山中で、発覚を免れるためドラム缶で遺体を焼いた。女性の車は堺市北区の銀行支店近くの商業施設駐車場で発見され、車内から女性の血痕が見つかったほか、同市南区の山中で、女性のカバンや靴なども見つかった。
 西口被告は、女性強盗殺人に伴う成果が少なかったことから、次の強盗殺人を決意。
 12月1日午前8時10分頃、堺市北区に住む象印マホービン元副社長の男性(当時84)方に、宅配便の配達員を装って訪問。玄関先で応対した男性にいきなり背後から襲いかかり、顔に粘着テープを貼り付けて両手足を結束バンドで縛り、現金約80万円や商品券、クレジットカード3枚などを強奪。さらに顔にラップを密着させて巻き付け、殺害した。西口被告は犯行後、男性宅近くの農協ATMで、奪ったカードで現金を引き出そうとしたが、他の客が後ろに並んだため諦めた。午前10時20分頃、遺体が見つかった。
 西口被告は2002年まで男性方の向かいに住み、家族ぐるみの付き合いをしていた。男性は自宅近くにマンションなどの不動産を複数所有する資産家であり、西口被告が奪った現金は前日に集金した家賃であった。
 大阪府警南堺署捜査本部は12月6日、女性の現金を引き出した窃盗容疑で西口被告を逮捕。弁護人を通じて同居女性から「正直に話しなさい」と伝言があり、自白を決意したした西口被告は12月14日、二人の殺人を自供。同日、大阪府警が自供場所である河内長野市の滝畑ダム周辺から骨片を発見した。2012年1月5日、女性への死体遺棄・損壊容疑で再逮捕。1月23日、強盗殺人や営利目的略取などの容疑で再逮捕。2月22日、男性への強盗殺人容疑で再逮捕。
一 審
 2014年3月10日 大阪地裁堺支部 森浩史裁判長 死刑判決
控訴審
 2016年9月14日 大阪高裁 後藤真理子裁判長 被告側控訴棄却 死刑判決支持
裁判焦点
 裁判員裁判。争点は量刑に絞られている。
 2014年2月12日の初公判で、西口被告は「事実に間違いありません」と起訴事実を認めた。
 検察側は冒頭陳述で、西口被告が別の罪で服役中、資産家を狙った強盗殺人計画を立てたことを明らかにした。動機については「仮出所後、保護観察官に無職であることを隠し、内妻に『金が入る』とうそをついていた。うそがばれると刑務所に戻るはめになると考えた」と述べた。そのうえで「被害者の顔に何回もラップを巻き付けた」と悪質性を指摘した。弁護側は「絞首刑は憲法に違反する残虐な刑罰にあたる。死刑は避け、刑務所で反省の日々を送らせるべきだ」と述べ、死刑回避を求めた。
 24日の第7回公判では、元刑務官で作家の坂本敏夫さんと立命館大教授(犯罪心理学)の岡本茂樹さんの証人尋問があった。弁護側は尋問に先立ち、刑場内部の写真をモニターで示して絞首刑の流れを説明し、「心停止まで平均15分かかる」などとした。無期懲役については、2011年に仮釈放を認めるか審理された28人の服役期間は全て30年以上で、許可されたのは6人とし、実質的に終身刑になっていると強調した。坂本さんは最近の死刑囚について「判決確定から執行までの年数がばらばらで、恐怖の毎日だと思う」と述べた。無期懲役囚と交流している岡本教授は「無期懲役は先の見えない恐怖があり、魂を殺す刑だ。仮釈放をもらうために懲罰を避けたいと考え、刑務官らに言われたことに従うだけ。自分の感情を抑制したロボットのような生活を送る。死刑と無期で雲泥の差があるとは思わない」と証言した。
 26日の公判で遺族3人が意見陳述し、「極刑を受け入れるのが最低限の償いだ」などと述べ、死刑を求めた。
 同日の論告で検察側は、「死刑は一定の凶悪な事件を起こした者に命をもって償わせる刑。ある程度の苦痛が伴うことは避けられない」と指摘。絞首刑の合憲性は最高裁判例でも認められており、「憲法に違反しないことは明らかだ」と述べた。その上で、内妻についた「仕事をしている」との嘘を隠すため、何の落ち度もない2人を殺害して金を奪ったり、遺体を焼いたりした犯行について、「あまりに非道で、鬼畜の所業と言わざるを得ない」などと指弾した。そして「自らの手を汚さないようラップで顔を巻く殺害方法は極めて残虐」と悪質さを強調。保険金目的で放火した事件の仮出所中だったことから「服役中に今回の犯行を考えており、法律を守る意識がない。極刑を望む遺族の思いを最大限考慮すべきだ」と述べた。
 同日の最終弁論で弁護側、母親の愛情を受けずに育ったことが事件に影響したとして「責任を被告一人に帰するのは酷だ」と反論。「無期懲役は実質的に終身刑で、反省を深めている被告に生涯謝罪させるのが妥当」と、死刑回避を求めた。
 西口被告は最終意見陳述で「尊い命を奪い本当に申し訳ありません。極刑が当然の報いです」と述べた。
 判決で森浩史裁判長は、絞首刑について「憲法に違反しない」と言及した。そして、食品用ラップを顔に巻いて窒息させる手口で、わずか1カ月間に2人を殺害したことについて「被害者の恐怖や絶望は想像を絶する。死者への畏敬の念はみじんもなく、非人間的だ」と厳しく批判した。さらに、西口被告が別の事件で服役中に強盗殺人の計画を練り、刑務官に分からないようノートにメモした点に触れ、「社会に復帰後、半年もたたないうちに計画を実行した。法律を守る意識が極めて希薄だ」と述べた。そして、「犯罪被害とは無縁の善良な市民が突然に狙われて犠牲になった。遺族らの深い悲しみや喪失感は筆舌に尽くしがたい」などと指摘。西口被告に反省の態度が見られるなどの事情を考えても、死刑を選択せざるを得ないと結論付けた。

 弁護側は即日控訴した。
 2015年9月30日の控訴審初公判で、弁護側は一審に続き起訴内容は争わず、「計画性は低かった」として量刑は無期懲役が相当と主張した。一審大阪地裁堺支部の死刑判決については「絞首刑は残虐で憲法違反に当たる」と訴えた。検察側は控訴棄却を求めた。
 2016年6月17日の最終弁論で弁護側は、「犯行の計画は具体的なものではなかった」などと強調。「被告は脳に障害があり、犯行時は心神耗弱状態だった可能性がある」として、「無期懲役が相当だ」と主張し、改めて死刑回避を訴えた。検察側は控訴棄却を求めた。
 判決で後藤裁判長は、計画性について「緻密さに欠けるが、強盗殺人の骨格部分の計画性は高く、犯行意思は強固だった。資産家を狙い、当初から殺害や遺体の処分まで予定しており、一審の評価は揺るがない」と述べた。動機は、別事件で仮釈放中の西口被告が「仕事でまとまった金が手に入る」と内妻についたうそを取り繕うためだったと指摘した。当時の精神状況については「事件に影響する脳機能障害はなかった」と指摘し、完全責任能力を認定した。絞首刑が違憲かどうかについては、合憲とした最高裁判例を理由に改めて退けた。そして後藤裁判長は、「落ち度のない被害者の命を二度にわたって奪っており、遺族も峻烈な処罰感情を抱いている」と述べた。

 被告側は即日上告した。
備 考
 
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氏 名
堀慶末
事件当時年齢
 23歳
犯行日時
 1998年6月28日
罪 状
 強盗殺人、住居侵入、強盗殺人未遂
事件名
 碧南市夫婦強殺事件
事件概要
 名古屋市守山区の無職堀慶末(よしとも)被告は仕事仲間だった守山区の無職の佐藤浩被告、鹿児島県枕崎市出身で守山区の建築作業員の葉山輝雄被告と共謀。1998年6月28日午後4時半ごろ、愛知県碧南市に住むパチンコ店運営会社営業部長で、店の責任者である男性(当時45)宅に押し入った。家にいた妻(当時36)を脅して家に居座り、ビールやつまみを出させた。家にいた長男(当時8)と次男(当時6)が就寝し、翌日午前1時ごろに夫が帰宅後に夫と妻を殺害、現金60,000円などを奪った。長男と次男にけがはなかった。
 3人は夫婦の遺体を男性の車に乗せ、愛知県高浜市で遺棄した後、葉山輝雄被告の車で同県尾張旭市のパチンコ店に行き、通用口から侵入しようとした。通用口には鍵のほかに防犯装置が設置されており、堀被告らは解除方法が分からず、最終的に侵入を断念した。
 7月4日、愛知県高浜市で路上に放置されていた車のトランクから、二人の遺体が見つかった。
 堀被告は当時塗装業など建築関係の仕事で生計を立てていた。営業は順調にいかず、仕事の依頼がほとんど無かったため、約300万〜400万円の借金があった。堀被告は当時の仕事仲間であった二人を誘い、事件を計画。堀被告は行きつけのパチンコ店の責任者だった男性らら店の鍵を奪うため、自ら尾行するなどして、男性は店の寮に住み込み、定休日の月曜に合わせて週に1度、寮から自宅に帰っていたことや、自宅の住所を割り出していた。
 他に堀被告は2006年7月20日午後0時20分ごろ、佐藤被告と共謀し、名古屋市守山区に住む無職女性(当時69)宅に侵入。堀被告はいきなり女性の首を絞め、粘着テープで縛った後、2人で室内を物色。貴金属(時価約39万円相当)や現金約25,000円などを奪った。さらに去り際に堀被告が女性の首を紐で絞めて殺害しようとし、約2か月の重傷を負わせた。紐などは堀被告が準備したものだった。奪った貴金属類は2人の知人を通じて質屋で現金化した。堀被告らは、女性宅のリフォームを請け負ったことがある実在の業者を装って訪問。高齢者の独居世帯という情報も事前に把握した上で狙いを定めていた。
 碧南事件の捜査は、指紋などの物証に乏しく、難航した。
 殺人罪の時効撤廃を受け2011年4月に発足した愛知県警捜査1課の未解決事件専従捜査班は夏、冷凍保存されていたつまみの食べ残しに付いた唾液から、当時の科学技術では困難だったDNA採取に不完全ながらも成功。警察庁のデータベースに照会し、堀被告のDNAと同一である可能性を突き止めた。特命係は堀被告の当時の交友関係を再度洗い直し、同じ建築関係の仕事仲間だった佐藤浩被告と葉山輝雄被告を特定。さらに、佐藤被告についても現場に残された唾液から酷似したDNAを検出した。県警は2012年8月3日、堀被告ら3人を逮捕した。佐藤浩被告は別の事件で懲役が確定し、服役中だった。24日、名古屋地検は3人を起訴した。
 2013年1月16日、守山事件で県警は堀、佐藤被告を再逮捕した。2月6日、名古屋地検は堀被告を強盗殺人未遂などの罪で起訴、佐藤被告は殺意が無かったとして強盗傷害罪で起訴した。
 碧南事件後、小学生の2人の息子は母方のおばに引き取られ、愛知県から関東地方に引っ越した。しかし2011年、未成年後見人だったおばが、兄弟に残された遺産数千万円を使い込んでいたことが発覚した。
一 審
 2015年12月15日 名古屋地裁 景山太郎裁判長 死刑判決
控訴審
 2016年11月8日 名古屋高裁 山口裕之裁判長 被告側控訴棄却 死刑判決支持
裁判焦点
 裁判員裁判。
 2015年10月29日の初公判で、堀慶末被告は夫を死なせたことを認めたが、「殺意はなかった」とし、妻の殺害については「一切関与していない。共犯者との間で何かを話したこともない」と一部を否認した。
 検察側は冒頭陳述で、「消費者金融や車のローンを返済するため、堀被告が佐藤、葉山両被告にパチンコ店から現金を奪う計画を提案。店舗を下見し、帰宅した夫から店の鍵を奪う計画を立て、夫の帰宅時間を調べ、家で待ち伏せた」と指摘。事件当日は軍手とロープを持って無施錠の玄関から侵入。家にいた妻の口を塞いで静かにさせ、食事を取るなどして夫の帰宅を待ったと指摘。夫について、「背後からロープのようなもので首を絞め、共犯者も加わり、窒息死させた」とし、妻については「顔を覚えられていたため、佐藤被告に殺害を依頼した。殺害場面にいなかっただけで、共犯者に殺害を依頼しており、共謀が成り立つ」と主張した。一方、弁護側は、夫については「夫からパチンコ店の情報を聞き出すのが目的で殺意はなかった。堀被告が顔にバスタオルをかぶせたところ激しく抵抗され、その後、共犯者がタオルの片方を強く引いたため、死亡した」と述べ、強盗致死罪にとどまると主張。妻については「殺害を佐藤被告に頼む機会はなかった」と共謀を否定した。
 この日は証人尋問も行われ、現場近くの釣具店で働いていた女性が出廷。「事件当日の午後4時半ごろ、3人が夫宅に入っていくのを見た」と証言した。
 4日の公判で検察側証人として出廷した夫婦の長男は、大柄な体格の1人がピンク色のゴム手袋をしていたことや、男とテレビを見たり、食事をしたりしたと振り返った。午後9〜10時ごろ、2階で就寝したが、「父の車が帰ってきて目が覚めた。父が起こしに来て『110番』という話が出て、父が1階に行き、僕がおりたと思う」と証言。その後、夫が3人組に羽交い締めにされ、馬乗りにされているのを目撃したという。公判では、事件直後の長男の供述調書も明らかになった。夫は午前1時ごろに帰宅し、長男に「お母さんが死んでるかも知れない。110番する」と伝えて階下へ行った。後ろをついて行った長男は妻が和室で倒れているのを目撃した。「男3人が後ろから押し倒してお父さんは壁で頭を打った。1人が乗りかかり、2人は手を持っていた。お父さんは『この野郎』と叫んでバタバタしていた」「死んじゃうと思って怖かった。上に乗っていた男が『寝ていいよ』と言うので2階へ戻った。朝起きると誰もいなかった」法廷で、長男は「記憶がはっきりしないところがある」と述べ、「当時の(調書の)方が正しいと思う」と語った。事件当時、長男は8歳で、夫宅に夕方、男3人組が訪れた際、妻と次男と一緒にいたという。
 5日の公判では共犯者の佐藤浩被告の証人尋問が行われ、佐藤被告は「堀被告に『車を取りに行く間に、奥さんを殺しておいてくれ』と頼まれた」などと証言した。堀被告の依頼を受け、佐藤被告は葉山被告に殺害を手伝ってくれるように頼んだと説明。和室の入り口で待ちかまえ、「(現れた)妻の後ろから首にロープを巻き付け、片方を葉山被告に渡して引っ張りあった」と語った。妻は「子供は殺さないで」と懇願したという。また事件の約1カ月前に堀被告から「強盗をやるから手伝って」と誘われたと述べた。
 9日の公判における被告人質問で、堀被告は妻殺害について「共犯者に殺害を依頼していない。依頼する機会もなかった」と述べ、改めて関与を否定した。堀被告は、いったん外出して夫宅に戻ったら妻が亡くなっていて驚いたと説明。「佐藤被告に『妻の様子が変わったから殺した』と言われ、驚いた」と話した。堀被告は、事件当時200万〜300万円ほどあった借金返済のため強盗を思いついたと証言。夫の殺害については、口を塞ごうとバスタオルを頭にかぶせた際、2人で転倒し、もみ合っているうちに夫の首に引っかかったバスタオルを誰かと一緒に引っ張り、夫が動かなくなったと説明。「殺害すると、パチンコ店の金庫の開け方などが聞き出せなくなる」と述べ、殺意はなかったと主張した。
 11日の公判から守山事件の審理が行われ、堀慶末被告は強盗目的で民家に侵入したことは認めたが「佐藤被告が女性の首を絞めたので止めた」などとして一部無罪を主張した。検察側は冒頭陳述で、「堀被告は当時、無職で金に困っており、強盗を共犯者に持ちかけた」と指摘。「事件の発覚を防ごうと、殺害する目的で女性の首をロープ様のもので絞めて重傷を負わせた」と主張した。一方、弁護側は「首を絞めたのは共犯者で、堀被告は共犯者を止めた。強盗を持ちかけたのも共犯者だ」と述べ、強盗致傷罪にとどまると主張した。
 19日の事実認定を整理する中間論告で検察側は「妻殺害を依頼されたとする共犯者の供述は信用できる」と指摘。夫ともみ合い、窒息死させたとの堀被告の説明は「殺意がなかったと言いたいための責任逃れ」と断じた。そして検察側は「計画から夫妻の殺害まで堀被告が主導した」と指摘した。弁護側は、妻殺害について「堀被告が(共犯とされる男に)殺害を依頼する機会はなかった」と反論。「夫への殺意はなかった」と訴え、強盗殺人罪は成立しないと主張した。
 12月3日の公判で弁護側の証人として堀被告の母親が出廷し、「一生懸命償い、ご遺族の力になれることを考えてほしい」と話した。この日は被告人質問も行われ、検察側が堀被告に「夫婦殺害事件の後も自販機荒らしをしたり、名古屋市の民家に強盗に入ったりしている。もう犯罪をしないでおこうと考えなかったのか」と質問し、堀被告は「共犯者の誘いを断り切れなかった」などと答えた。
 12月4日午前、堀被告は、碧南事件で逮捕されてから現在に至るまでを振り返り、「人の命の重みを痛感した。(事件当時)犯罪の恐ろしさ、不条理さを理解し切れていなかったと思う」と述べた。
 12月4日、論告で検察側は「平穏な日曜の昼間に民家に侵入し、金品を奪う目的だけで、2人の子どもと平穏に暮らしていた関係のない夫婦の命を次々と奪った」と指摘。堀被告は妻殺害時、車を取りに夫婦宅を離れていたが「被告は事件の首謀者であり、妻殺害の役割を共犯に担わせただけ」とし、共謀が成立すると主張した。殺意の有無を争っている夫殺害についても「妻殺害はいずれ発覚し、夫だけ生かすわけにはいかないと考えた。殺害を計画したに等しい」と述べ、「確実に殺害する手段を取っており、強い殺意があった。安易に金品を得ようとした身勝手な犯行の首謀者で、結果は重大。自ら犯した罪に真摯に向き合っておらず更生の可能性は乏しい」と指摘し、「極刑は免れ得ない」と断じた。
 論告に先立つ遺族の意見陳述で、事件当時8歳だった長男(25)は「被告は言い訳をして逃げている。被告が死刑になることを強く強く願っている」と訴えた。また、「俺のお父さんとお母さんに心からの謝罪を強く願う」とする次男(24)の陳述を遺族側の弁護士が代読した。
 同日の最終弁論で弁護側は、「大ざっぱな強盗計画のもと、場当たり的に行動した結果だ。強盗殺人の発想はなかった」と殺意を否定。妻殺害については「現場にはいなかった。殺害を依頼する機会もなかった」と関与を否定した。そして無期懲役刑が妥当と訴えた。
 堀被告は最終陳述で「前途ある人々の人生を壊してしまった。残された時間を贖罪のために使いたい」と話し、検察官の隣に座っていた遺族に対し「申し訳ありませんでした」と頭を下げた。
 判決で影山裁判長は、「強盗を主導した被告の知らないうちに、共犯が殺害するとは考えにくい。夫婦宅を出るまでの間に、共犯と話し合うなどして殺害を了解していた」と共謀の成立を認定。殺意の有無を争っていた夫殺害についても「絞殺するには3分以上、首を強く絞め続ける必要があり、被告には殺意があった」と判断した。その上で「子どもらを案じながら、苦しみのうちに突然、人生を絶たれた2人の恐怖や絶望、無念の思いは察するに余りある」と指摘。「2人の生命を奪うという結果が極めて重大である上、殺害の計画性こそ認められないが、強盗遂行のため、冷徹な殺害行為を繰り返した。不合理な弁解で反省は深まっておらず、人命軽視の態度が甚だしく、死刑の選択をためらわせる事情はない」と断じた。

 2016年7月5日の控訴審初公判で、弁護側は一審判決には事実誤認があり死刑は不当と主張した。検察側は控訴棄却を求めた。
 9月1日の公判で行われた被告人質問で堀被告は、遺族に手紙や拘置所で得た作業報奨金を渡す意向を示した一方、「自分がどうやって償っていくのか、誠意を伝え続けていきたい。手紙を書き続けたい気持ちはあるが、刑務作業もあり、思うように時間がとれていない」と語った。
 10月13日の公判で、弁護側は一審同様「夫への殺意はなく、妻殺害には関与していない」として一審判決破棄を求め、結審した。
 判決で山口裁判長は、一審同様に夫への殺意と妻殺害への共謀を認定し、「強盗の計画、遂行に主導的な立場で、被告の関与なくしてこのような結果は生じ得なかった」と指摘した。そして、「2人が殺害された結果は重大で、反省の情は認められず、量刑は重過ぎて不当とはいえない」と述べ、一審判決を支持した。
備 考
 共犯の佐藤浩被告は2016年2月5日、名古屋地裁(景山太郎裁判長)の裁判員裁判で求刑死刑に対し一審無期懲役判決。控訴せず確定。
 共犯の葉山輝雄被告は2016年3月25日、名古屋地裁(景山太郎裁判長)の裁判員裁判で求刑通り一審無期懲役判決。2016年12月19日、名古屋高裁(村山浩昭裁判長)で被告側控訴棄却。2018年6月20日、最高裁第一小法廷(小池裕裁判長)で被告側上告棄却、確定。
他事件について
 堀慶末被告は神田司元死刑囚、川岸健治受刑者と携帯電話の闇サイトで知り合い、2007年8月24日、名古屋市の帰宅途中の女性(当時31)を拉致して殺害。8月26日、逮捕された。2009年3月18日、名古屋地裁で神田元死刑囚と堀被告に求刑通り死刑判決、川岸元受刑者は自首が認められ求刑死刑に対し無期懲役判決。神田元死刑囚は4月13日に控訴を取り下げ、死刑が確定。2011年4月12日、名古屋高裁で堀被告の一審判決を破棄、無期懲役判決。同日、川岸受刑者は検察・被告側控訴棄却。検察及び川岸受刑者は上告せず、無期懲役判決が確定。2012年7月11日、最高裁第二小法廷で検察側上告棄却、堀被告の無期懲役判決が確定した。
 神田司元死刑囚は2015年6月25日、死刑執行。44歳没。
 憲法は「同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問われない」と定め、確定判決を再び審理して処罰する「二重処罰」を禁じているため、闇サイト殺人事件についての審理はできない。一方、過去の判例には「被告人の行動傾向や犯行動機、被告人の性格など、情状の一つとして考慮することは許される」とある。
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氏 名
土屋和也
事件当時年齢
 26歳
犯行日時
 2014年11月10日/12月16日
罪 状
 強盗殺人、強盗殺人未遂、住居侵入
事件名
 前橋連続強盗殺傷事件
事件概要
 前橋市の無職土屋和也被告は2014年11月10日未明、同市に住む日吉町の女性(当時93)宅に侵入し、女性をバールで殴って殺害し、現金合計7,000円とリュックサック、パンと菓子などを奪った。土屋被告のマンションから約1kmの距離だった。
 12月16日午前3時30分ごろ、同市に住む夫婦宅に出窓を破って侵入し、林檎2個を盗んだ。トイレに潜伏し、侵入から約8時間20分後、鉢合わせした妻(当時80)を包丁で刺して2〜3か月の重傷を負わせた。妻は逃げ出したが、騒ぎに気付いた夫(当時81)の胸や首を包丁で刺して殺害した。土屋被告のマンションから約1.6kmの距離だった。
 土屋和也被告は12月21日、6月まで働いていた前橋市のラーメン店に侵入しチャーシューとメンマ、ひき肉、バター(約7,900円相当)を盗んだが、防犯カメラに映っており、23日、建造物侵入容疑で逮捕された。足跡が、夫婦宅に残された足跡と一致。さらに夫婦宅に残されていた林檎に付着していたDNAが、土屋被告と一致したため、群馬県警は12月26日、16日の事件の妻への殺人未遂容疑で逮捕。2015年1月15日、夫への殺人容疑で再逮捕。2月5日、女性への強盗殺人容疑で再逮捕。同日、前橋地検は林檎が財物に当たり、殺害は強盗の手段だったと判断し、夫への強盗殺人容疑で起訴した。
 土屋被告は幼い頃に両親が離婚し、4歳から中学校卒業まで児童養護施設で暮らした。高校卒業後も職を転々とし2014年10月以降無職で、親しい知人や身寄りもなかった。携帯電話の課金ゲームが原因で消費者金融に約120万円の借金があり、10月末には料金滞納でスマートフォンが停止したが、無料公衆無線LANを使用してネット接続し、ゲームをしていた。11月上旬に自室のガスを、12月中旬には電気を未払いのため止められた。逮捕時の所持金は100円程度だった。
一 審
 2016年7月20日 前橋地裁 鈴木秀行裁判長 死刑判決
控訴審
 2018年2月14日 東京高裁 栃木力裁判長 被告側控訴棄却 死刑判決支持
裁判焦点
 公判前整理手続きは計14回行われた。弁護側は土屋被告が4〜15歳まで児童福祉施設に入っていたことなどから、生育環境が事件に影響した可能性もあるとして影響を調べる情状鑑定の実施を要請。裁判長の交代などもあり、事件から1年半余りたった2016年5月に裁判の日程が決定した。争点は主に(1)殺害の計画性の有無(2)犯行の悪質性(3)犯行に至る経緯や動機−の3つが主に争点となる。被告は事件後、相続した父の遺産から150万円を贖罪寄付している。
 裁判員裁判。
 2016年6月30日の初公判で土屋和也被告は、検察官が起訴状を読み上げるのを、証言台の前に立ってうつむきながら聞いた。鈴木秀行裁判長が認否を問うと沈黙。再度認否を尋ねられると、体の芯を失ったかのように崩れ落ちた。係官に抱えられ、いすに座らされた。鈴木裁判長から「今は答弁できないか」と問われると、黙ってうなずいた。認否は弁護人が代わりに応じた。2人の殺害については結果として殺害したものの検察の指摘する強固な殺意はなかったとした。1人に重傷を負わせた強盗殺人未遂罪には「殺意はなく、切りつけて逃げる目的だった」として、事後強盗傷害罪にとどまると主張した。
 冒頭陳述で検察側は「土屋被告が課金制ゲームのために借金を重ね、金品を奪う目的で民家に侵入した」と指摘。事前に凶器を準備し侵入方法の練習を重ねていたことなどから、「殺害も想定し強盗を計画した。高齢で小柄な被害者を何度も殴り、刺すなど、一方的に攻撃を加えたことは執拗かつ残虐」と述べた。そしてバールや包丁で何回も首や胸を刺した点などから「強固な殺意があった」と指摘した。また男性を殺害後、大金を奪えなかったことから再び犯行を計画し、窓を火で熱した後に冷やして割る「焼き破り」の手口を調べて練習したり、自分の携帯電話に「覚悟を決めろ」と記し、気持ちを奮い立たせていたとした。
 弁護側は土屋被告が侵入後、犯行までに時間を要し、逃げ出すことを考えていた点などを挙げ、「犯行前に殺意はなく逃げようと夢中で、殺意は弱かった」として未必の故意によるものと主張した。さらに土屋被告が適応力に欠けるパーソナリティー障害や軽度の発達障害と診断され、犯行や犯行に至る経緯に影響したと主張した。
 7月1日の公判における被告人質問で、土屋被告は「取り返しのつかないことをしてしまった」と述べた。殺傷時の具体的な状況については、黙ったり、「覚えていない」と答えたりする場面が目立った。また、土屋被告の生い立ちや事件までの経緯が明らかになった。小学生の時、机に花瓶を置かれる「葬式ごっこ」の標的にされ、机に「ばい菌」などと落書きされた。中学校では所属していた野球部内で持ち物を隠されたり、ボールをぶつけられたりした。当時入所していた児童養護施設の職員や学校の教員に相談したが、その後も変わらなかったという。2014年9月に警備会社を辞めて、ひきこもり生活をしていた。借金70万円を抱える原因となった課金ゲーム上では、チャット機能を使い、ゲーム利用者と趣味や日常生活の愚痴を話していたと明かした。ただ、「ゲーム以外でそういう話ができる人はいましたか」と問われ、「いませんでした」。さらに虐めにあった経験から「どこかに相談することは考えられなかった。考える気がなかったのかもしれません」と述べた。
 4日の公判で、前回に続き被告人質問が行われた。土屋被告は事件の状況について、「覚えていません」といった曖昧な答弁を繰り返した。検察側は、土屋被告に8時間近い質問を行ったものの十分な回答は得られず供述書の信用性を高めることができなかったとして、新たな証拠を提出、警察が作成した土屋被告の供述書を読み上げた。ラーメン店勤務中にストレスがたまり課金ゲームに没頭、「ゲームではコミュニケーションに問題はなく、レベルを上げれば人に頼られ必要とされた」と話していた。当初は月額2万円ほどの課金は次第に増え、20万円余になったこともあったという。そして検察側は、「捜査段階では通常の応答をしていた」と指摘し、取り調べの録音録画の映像を証拠申請した。
 5日の公判で、情状鑑定した医師が出廷。土屋被告は軽度の「広汎性発達障害」と、ものの考え方や対人関係機能などが著しく偏っている「パーソナリティー障害」と診断された。そしてこれらの障害が、2人を殺傷したことに影響を与えたと証言した。その上で、被告のパーソナリティー障害は「元々粗暴なものではなかった」とした上で、「環境をうまく作ってあげられれば事件には至らなかったのではないか」と支援体制の必要性を指摘した。
 医師は女性殺害と女性に重傷を負わせた2件について、土屋被告が家の中で長時間待機し、「どう行動したらいいのか葛藤する中、女性が起きるなどの突発的状況の変化に感情が大きく動揺。衝動性が表われ、犯行に及んだ」と指摘、障害の影響があったと述べた。一方、殺害された男性については「顔を見られたことから保身の気持ちが強く作用した」として障害の影響を否定した。検察側からは「包丁やバールを持って侵入した点や2度目の犯行を計画、練習し、侵入したことは障害と関係あるのか」と問われ、「ないと思う」と答えた。医師によると、広汎性発達障害は対人関係がうまくいかず物事を全体でとらえ予想するのが困難な点が特徴。パーソナリティー障害は教育や環境などによる後天的な症状。感情が不安定で衝動的な行動に走るという。土屋被告は周囲になじめず相談できないまま職を転々とし、ゲームにはまり借金を重ねたとしている。検察側から「広汎性発達障害を持つ人が必ず刑事事件を起こすか」と問われると、「それはありません」と答えた。
 同日、検察側が土屋被告から十分な回答が得られなかったとして、被告の取り調べの録音・録画記録を証拠として採用するよう裁判所に求めたことに弁護側は、「一部不同意」の意向を回答。裁判所が証拠採用するか決定する。
 7日の公判で、検察官による取り調べ時の様子を録音・録画した映像証拠採用されるとともに、約70分間再生され、公判とは違って「通常の応答」をする被告の姿が映し出された。弁護側は、膨大な取り調べのうち一部を流したことに対し「被告の『悪性格』の立証に近い」と指摘した。
 同日、被害者参加制度を利用した遺族が意見陳述を行った。第一発見者であり、殺害された女性の長女は、「まじめな母が、なぜ残虐に殺されなければいけなかったのか。身勝手な犯行で、極刑を望む」と語った。殺傷された夫婦の長男は、「家族の大切な多くのものを奪ったことや、私たちの苦しみを深く考えてほしい」と述べた。重傷を負った妻は「自分がお父さんを呼んだことで、(土屋被告が)気付いて刺したと思うと、罪悪感がある。重い罪を犯した者は、重い罰を受けるのは当然だ」と訴えた。
 同日、土屋被告の母親が情状証人として出廷。弁護人から「最後に土屋君に一言」と求められ、「生きてください」と答えた瞬間、頭を机に付けるように首を垂れて座っていた被告の目から涙がこぼれた。
 11日の論告で検察側は、二つの事件について、被害者を何度も殴打し包丁で刺すなどした犯行の残虐性を指摘し、捜査段階で殺意を認める供述をしていることなどから「強固な殺意や、(見つかった場合には、という)条件付きで殺害を想定していたことは明らか」と主張した。そして土屋被告のパーソナリティー障害や広汎性発達障害については、離職に影響したことで「一定程度考慮すべき点もある」としたものの、「殺害と障害とは関係はない」と断じた。その上で、「永山基準」に照らし、殺害を悔い改めずに同様の事件を起こし犯行が悪質▽何の落ち度もない2人の命が奪われ、1人が後遺症が残る重症を負い、犯行結果が極めて重大などと指摘。犯行当時25、26歳という被告の年齢について「未成年ではなく、分別を持ってしかるべき年齢。人格形成期を越えている上、パーソナリティーの特性を変えたいという意志は見受けられない。将来的に変化する可能性は低い」として「刑事責任は重大。命をもって自らの罪を償うべきだ」と死刑を求刑した。
 同日の最終弁論で弁護側は、被害者への攻撃行為は「障害に由来する衝動性が表れ、パニックに近い状態になったからだ」として、改めて障害の影響を主張。また、証拠採用された検察側の供述調書や再生されたDVDについても「(被告自身が)実際に起こったことと考えていることの区別がつきにくくなっている」として再度、信用性に疑問を示した。そして被告は元々、凶悪な犯罪傾向を持っておらず、自身の障害をすでに把握していることなどから「更生の可能性が残されている」と無期懲役を求めた。
 最終陳述で証言台に座った土屋被告は、裁判長から「何か言いたいことはありますか」と問われ突然、ふらふらと立ち上がり、「すいませんでした」と遺族らに向かって約10秒間、頭を下げ、謝罪を口にした。
 判決で鈴木裁判長は、4歳で養護施設に入り、高校卒業後も転職を繰り返し借金を重ねた経緯に触れながら、「障害は不遇な成育歴等の影響で同情を禁じ得ないが、犯行に影響はしていない。パーソナリティー障害は性格の偏りであって、被告に対する非難を大きく低下させるとはいえない」と指摘し、弁護側の主張を退けた。そして動機について「仕事を辞め、借金返済に窮して大金を得ようとした」と指摘。争点となった計画性を巡り、取り調べ時の録画映像によって供述調書の信用性が十分と判断。用意した凶器で頭部などを複数回殴ったり、包丁で首を狙ったりするなどの殺害方法から「強固な殺意」を認定したうえで、「自分よりもはるかに小柄で非力な高齢者に対する一方的な凶行で、卑劣かつ冷酷」と非難した。さらに「犯した罪を悔い改めることなく人命軽視の強盗殺人を2回行った。厳しい非難は免れない」と指摘。「稚拙だが計画的で、強固な殺意に基づく執拗で残虐な殺害方法」と厳しく非難した。高齢者の多い住宅街での無差別犯行で、社会的影響も大きかったとした。土屋被告が150万円を贖罪寄付したことや、更生の可能性がわずかに残されている点を考慮しても「死刑をもって臨むことがやむを得ない」と結論付けた。
 判決の言い渡し後、土屋被告に向かって、「悩みに悩んでこの選択をしました」と述べた。

 2017年9月6日の控訴審初公判で、土屋和也被告は、「申し訳ない気持ちでいっぱいです」と謝罪する一方、殺害状況については「覚えていない」と繰り返した。
 土屋被告は被告人質問で、侵入した際、包丁を持参した理由を問われると、「騒がれたり抵抗されたりしたら、場合によっては傷つけようと思ったから」と説明。殺害状況については記憶にないとし、質問に黙り込む場面もあった。
 公判では、女性の長女が「被告は許せません。改めて死刑を願います」と意見陳述。男性の長男も「被告の口から真実を知りたいと思っていたが、ただただあきれるしかなかった。死刑が確定することだけを望んでいる」と極刑を求めた。
 11月1日の第2回公判で、弁護側は「いずれの事件も住宅に侵入して金や物を奪うことを計画していたが、殺害行為には計画性がない。反省を深めており、更生する可能性が残されている」「犯行にはパーソナリティー障害が影響しており、確定的な殺意はなかった」と訴えた。検察側は「一審の判断に誤りはない」と控訴棄却を求め、結審した。
 判決で栃木裁判長は、被害者らに繰り返し包丁を突き刺したことなどから「殺害を想定して複数の凶器を持参し、住人に気づかれたら、ちゅうちょなく犯行に及んでいる。被害者を殺害する意思で攻撃を加えたことは明らか」と判断し、計画性がないという弁護側の主張を退けた。パーソナリティー障害に対しては「直接的な影響は認められず、犯行は被告の自由意思によるもの」と結論づけた。そして、「命を奪ったことを認識しながら悔い改めず、再度強盗殺人に及んだ。強固な殺意に基づく執拗、残虐な行為で、犯情は誠に重い。社会的影響が大きいことも明らかだ」とした。
備 考
 
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氏 名
肥田公明
事件当時年齢
 60歳
犯行日時
 2012年12月18日
罪 状
 強盗殺人
事件名
 伊東市干物店強盗殺人事件
事件概要
 静岡県伊東市の干物販売店元従業員、肥田公明(ひだきみあき)被告は2012年12月18日午後6〜9時ごろ、元勤務先の干物販売店店内で、社長の女性(当時59)と常務の男性(当時71)の首などを刃物で突き刺し、さらに業務用冷蔵庫の中に入れて殺害した。その後、店にあった現金約29万円を奪った。
 肥田被告は2009年5月〜2010年10月まで店に勤務していた。殺害された社長に「解雇したことにしてほしい」と迫りトラブルにもなっており、2011年6月には口論となって伊東署員が駆け付けたこともあった。
 翌日朝、敷地内の小屋で住み込みの従業員が遺体を発見した。

 肥田公明被告は2011年7月13日、伊東市内の食品加工会社で働いているのに失業中と偽って、虚偽の内容を書いた失業給付申告書をハローワーク伊東に提出し、失業給付金約6万円をだまし取ったとして、2013年2月26日に伊東署に詐欺容疑で逮捕された。さらに2011年8月10日、9月7日、10月5日の計3回にわたり失業給付金計約33万円をだまし取ったとして、3月22日に再逮捕された。
 2013年6月3日、静岡地裁沼津支部の薄井真由子裁判官は「自由に使える金ほしさから詐取を繰り返し、態様も悪質だが、不正受給した金を返納し、損害賠償金を支払っている」などとして、懲役1年6月、執行猶予3年(求刑懲役1年6月)を言い渡した。公判中、親族に約300万円の借金があったことを明らかにしている。控訴せず、確定。

 静岡県警は2013年6月4日、強盗殺人容疑で肥田公明被告を逮捕した。
 事件後店は閉じられ、同店に土地を貸していた所有者がさら地にすることを決め、2014年11月に店は解体された。
一 審
 2016年11月24日 静岡地裁沼津支部 斎藤千恵裁判長 死刑判決
控訴審
 2018年7月30日 東京高裁 大島隆明裁判長 被告側控訴棄却 死刑判決支持
裁判焦点
 裁判員裁判。
 肥田公明被告は逮捕段階から否認を続けている。殺害に使われた刃物などの凶器は見つかっていない。起訴当時「事件の日は干物店に行っていない」と供述していた。しかし公判前整理手続きで、現場付近を走る肥田被告の車を映したカメラの映像を検察側が証拠として開示後は「現場には行ったが、すでに死んでいた」と供述を変えた。手続きは2013年8月27日から2016年9月13日までに計35回行われ、争点は「肥田被告が犯人か否か」という点に絞られた。
 当初、2015年10月2日に初公判が予定されていたが「証拠調べの関係で急きょ、検討が必要な事態が生じた」として延期された。

 2016年9月20日の初公判で、肥田公明被告は「起訴内容に間違いはありますか」との裁判長の質問に、「全てでございます。お金を取ってないし、殺害していないです」と起訴内容を否認し、無罪を主張した。はっきりとした声で全面的に否認した。
 検察側は冒頭陳述で事件当日の目撃情報などから、肥田被告は午後7時15分から8時前まで店に滞在して犯行を行い、動機は現金を奪うためだった−と主張。さらに、肥田被告が当日着用していたトレーナーやズボン、運転していた車の背もたれなどに社長のもの矛盾しない血液が付着していた−とも指摘した。事件直後、奪われた現金とほぼ同額を使ったり預金したりした。奪われたとされる40万円には500円硬貨100枚、100円硬貨500枚が含まれ、被告が使ったお金と「金の種類も一致しており、犯行により入手したと考えられる」とした。▽アリバイ工作していた▽同店退職をめぐって社長とトラブルがあり、犯行動機があった−などと説明し、「被告が犯人でなければ、合理的な説明が付かない」と指摘した。さらに、肥田被告が「事件の日に現場に行ったが、2人が冷凍庫の前に血まみれで座っていたのを見てこわくなって逃げた」と説明していることについては「信用できない」とした。
 対して弁護側は、肥田被告が事件当日に店へ行った理由を、ともに殺害された常務が社長に自身の再就職の口利きをしてくれると言われたため、と主張。肥田被告は再雇用を頼みに午後7時すぎごろ訪れ、常務の車も確認できたため店内に入ると、2人が血まみれの状態で冷凍庫の前で座っているのを発見した。怖くなって逃げ出した−と説明。「肥田さんは大変驚き、怖くなって立ち去った。滞在時間は10分たらずだった」と反論。「肥田さんは2人の返り血を浴びておらず、けがもしていない。犯人であれば、返り血を浴びているはずだが立証できるような証拠はない。着衣などから検出されたのは、社長のDNAではない」とも述べた。事件翌日までに使った現金は「知人に貸していた金を返してもらったりしたものと自身でためていた小銭貯金など」と述べるとともに、そもそも店内に本当に現金40万円があったかにも疑問を呈した。そして弁護側は、「現場目撃者はおらず、凶器も発見されていない。肥田さんを犯人と裏付ける直接的な証拠は、何もない」と主張。さらに、▽妻と共働きをしていて金に困っていなかったが、転職先の勤務時間が長く同店への再就職を希望していた▽自分が犯人と疑われるような状況にあれば、アリバイ工作することはよくある。アリバイ工作自体が、犯人と決める証拠にはならない−などと主張した。
 冒頭陳述の最後に検察側は「肥田被告は否認し目撃者もいないので、状況証拠による事実認定が必要になる」と話し、弁護側は「検察官は肥田さんが犯人であると具体的に立証できない。肥田さんは無罪」と訴えた。
 同日は検察側の最初の証人として、当時の従業員で遺体の第一発見者の男性の尋問が行われた。男性は、肥田被告が店を辞める少し前にあたる2010年7月から店に勤務。事件の数か月前からは、店の敷地内にある小屋で生活していた。犯行当日は、休みのため外出し、午後6時頃帰宅。酒を飲み同8時頃に就寝したが、異常には「全然気づかなかった」と説明した。翌朝、駐車場に2人の車が止まっていたが、午前8時過ぎになってもいつものようにシャッターが開かず、別の出入り口から入店。冷凍庫のドアを塞ぐように魚の干し網や机などが置いてあり、急いで開けると、2人が横たわっているのを見つけ、119番したという。また、男性は、社長が生前、肥田被告が社長から30万円を借りたまま、返していないと話していたことも明らかにした。
 21日の第2回公判で、検察側証人として出廷した元経理担当の女性は当時の店の状態について「経営難で新たに正社員を雇う余裕はなかった」と証言した。この女性は同店の経営状態について「正社員にも転職を薦め、それ以外の人も仕事を早く切り上げてもらうなどしていた」と説明した。
 26日の第3回公判で、検察側は捜査報告書を基に、肥田被告は事件当時、知人や消費者金融4社から合わせて約251万円の金を借りていたことを示した。肥田被告は10月分の携帯電話代5,067円を支払えず事件直前の12月15日に携帯電話が止められ、口座残高が約5,000円しかなかったと説明。それにもかかわらず、事件が発生した12月18日の午後9時、帰宅時に妻に現金5万円、19日午前7時半頃には知人に現金15万円を渡したほか、同7時38分にコンビニの現金自動預け払い機(ATM)で28,000円、同43分に別のコンビニで40,000円、8時52分に金融機関で15,600円、9時4分には別の金融機関で94,400円を、自分の口座に入金した。金融機関への窓口では500円硬貨84枚、100円硬貨524枚を出していた、と説明した。
 また検察側は、肥田被告の携帯電話と自宅の固定電話の通話記録を明らかにした。被害者と肥田被告が通話したのは、10月18日に社長から肥田被告の携帯電話にかけた1回だけで通話時間は5秒間。メールの送受信はなかったという。
 当日、弁護側証人の肥田被告の妻はこの日の証人尋問で「当時、家計は困っていなかった」「12月18日の午後9時ごろに帰宅した時、変わった様子はなかった」などと述べた。肥田被告が逮捕されたことについて「信じられなかった。私と息子にとても優しく、大きな声を出したこともない。人を殺す度胸があったとは思えない」と述べた。弁護人は、肥田被告の自宅にあった小銭を入れる貯金箱を示し、使っていたかどうかを尋ねた。妻は「(硬貨を入れるところを)見たことがある」と答えた。
 27日の第4回公判で、画像解析に詳しい大学教授が証言に立ち、犯行時間帯とされる2012年12月18日午後7時57分ごろ、店の前の交差点を通過したタクシーのドライブレコーダーの画像を解析し、店の駐車場に止まっていた車の車種と開発歴、車の色を特定。被告が事件当時に使っていた車と同じタイプだったと述べた。車のナンバープレートは一部しか解析できなかったが、被告の車のナンバーと一部が一致したという。弁護側は「画質が大変悪く、(鑑定結果が)100%正しいと判断することはできない」などと反論し、複数の専門家による鑑定を求めた。
 30日の第5回公判で、検察側の証人として肥田被告と同時期に勤務していた元女性従業員が証言台に立った。女性は、社長が肥田被告について「製造中の干物をだいぶ腐らせた。貸した20万円を返さず、連絡しても出てくれない」と不満を述べていたことを明らかにした。また、事件当日午後4時半ごろ、社長が包丁で指を切り出血していたこと、「(肥田被告が再就職したいと)誰からも聞いていなかった」などと証言した。
 同日は検察側の証人として、当時伊東署に勤務していた警察官も出廷した。署員は「肥田被告の通報で駆け付けた。被告の借金と退職理由を巡りトラブルになったが、最後は2人で話がまとまったと聞いた」と証言した。
 10月3日の第6回公判で、検察側は肥田被告の軽乗用車の運転席など31カ所で血液反応が出たと明らかにした。検察側によると、血液反応が出たのは、運転席背もたれ11カ所▽同座面5カ所▽助手席座面1カ所▽運転席フロアマット6カ所▽運転席と助手席の間のフロアマット3カ所▽後部座席フロアマット5カ所。また、被告が当日着用していたトレーナー右袖から縦1ミリ、横2ミリと、縦4ミリ、横1ミリの2個の血痕が確認されたとした。トレーナーは肥田被告の妻が任意提出した。
 4日の第7回公判で、DNA鑑定に当たった検察側証人の県警科学捜査研究所の職員は、被告が事件当日に着ていたとされるトレーナーに付着した血痕から採取したDNAを調べた結果、15領域のうち4領域で殺害された社長と完全に一致するDNA型が検出されたと指摘。ほかの2領域でも女性の型の一部とされるDNA型が検出されたと主張した。被告の車両の背もたれに付着した血痕には、被告と女性のものとされるDNA型が混在していたという。弁護側は、科捜研の血痕検査方法は血液以外にも反応する可能性があり、鑑定結果の中には社長や肥田被告のものに由来しないDNA型があると指摘。鑑定方法や鑑定結果の信頼性に問題があると反論した。
 5日の第8回公判で、弁護側証人の本田克也・筑波大教授は、肥田被告が犯行時に着ていたとされるトレーナーの右肘に付いていた血痕のDNA型と社長のDNA型について、「違った型が検出されている」と指摘し、検察側の鑑定結果に疑問を投げかけた。トレーナーに付着した血痕がごく微量だった点について「何回も刃物で切りつけたのに、袖に血が飛び散らず、肘だけに付いているのは不自然。切りつけた時に血が噴き出したはず」と少なすぎる点も疑問視した。検察側は「立ち位置などによっては返り血を浴びないこともある」と反論した。本田教授は検出されたDNA型を社長や肥田被告のものと判断できるかどうかについては「何とも言えない」と述べるにとどめた。
 7日の第9回公判で、検察側は、事件現場の足跡に関する証人尋問と証拠調べを行い、犯人のものとみられる足跡以外は関係者の足跡と一致していると主張した。弁護側は、殺害された常務の血の付いた足跡が見つかっていない点などを指摘した。またこの日、検察側は、肥田被告が事件翌日、元交際相手の女性に電話し事件当日夕から夜まで「一緒にいたことにしてくれ」と頼んだ旨の供述調書を示した。
 11日の第10回公判における被告人質問で、同店を辞めた理由について肥田被告は「仕事中に腰を痛め、店から離職するよう言われた。不満もなく楽しかったので、辞めたくなかった」と述べた。また肥田被告は、同店に勤めていた時、社長が包丁で手をけがしたことがあると主張し、「店の中の血を水で流して掃除した。恐らく靴に付いたと思う」と話した。その後、自分の車に乗ったという。
 14日の第11回公判における被告人質問で、事件後、預金などで約40万円を使ったことについて肥田被告は「事件現場を見て、金を盗んだと疑われるのが嫌だった」と述べ、二つの貯金箱にためていた硬貨や借りた金などを使ったと主張した。検察側は、「金があると犯人と疑われると思った」「預金後間もなく出金した」「貯金箱の一つを捨てた」という肥田被告の主張や行動に疑問を投げ掛けた。また事件当日、店内で血まみれで座っていた社長らを見たと主張する肥田被告は「声を掛けても反応がなく、死んでいると思い、怖くなって逃げた」と話した。
 17日の第12回公判で、被告人質問で検察側は、常務らが見つかった冷凍庫の内側に血の付いた手形があり、冷凍庫に入る前は生きていたのではと問うと肥田被告は、血まみれの常務らが並んで冷凍庫の外に座っていたという主張を前提に「見るからに死んでいるようだった」と反論した。検察側は「肥田被告の証言を前提とすると、被告以外の人物が2人を刃物で刺し、肥田被告が現場を見たあとに、2人を冷凍庫に移したことになる」と指摘。これに対し、肥田被告は「店の駐車場に私の車が止まったのに気づいて、犯人がどこかに隠れたのではないか」と述べ、事件への関与を否定した。
 この日は常務の兄が被害者参加制度を利用して意見陳述し「最も重い処罰を受けてほしい」と極刑にすることを求めた。兄は「刃物で刺され、冷たい冷凍庫に閉じ込められ、出血して死んでいった時、どんなに寒かったか、どんなに痛かったか」と悲嘆。肥田被告に対し「事件の日、冷凍庫の前にいる兄を見たというなら、どうして救急車を呼んでくれなかったのか」と訴えた。常務の姉も証人出廷し「もし犯人なら苦しんで死んだ2人と同じような思いを、自分の体で償ってほしい」と述べた。
 21日の論告求刑で検察側は、事件後に肥田被告が約40万円を使ったり預金したりしたことや、車が干物店の駐車場に止まっていたとの目撃証拠、肥田被告の着衣の付着物から検出されたDNA型の鑑定結果などから犯人と断定。「肥田被告は事件当時、親族や知人に借金があったほか、消費者金融4社の借入残高も約130万円あった」と指摘するとともに、社長と退職理由についてトラブルがあったことを前提に、「経済的に困窮し、社長に個人的な恨みがあった肥田被告には強盗殺人の動機がある」を犯行動機とした。「肥田被告が社長と常務の首を刃物で刺して、息のある状態で冷凍庫に閉じ込め、出血性ショックで死亡させ、現金約40万円を奪ったことは明らか。自己中心的で身勝手な犯行であり、強い非難に値する」とした。そして、刃物で何度も突き刺した上、冷凍庫に閉じ込めた殺害方法を「極めて残虐」と主張。最高裁が死刑適用基準について被害者数や残虐性などを示した「永山基準」を説明し、「不可解な弁解に終始し、更生の可能性はない。死刑回避を相当とするようなくむべき事情はない」とした。
 検察側証人として出廷した社長の弟は「面倒見が良く優しい姉だった」と話し、「もし(肥田被告が)犯人なら、一番重い刑を与えてほしい。家族も、その思いは変わりない」と述べた。
 同日の最終弁論で弁護側は、干物店の駐車場を撮影したタクシーのドライブレコーダーに肥田被告の車が映っていたという検察側の主張に対し、弁護側は「極めて不鮮明な画像で、鑑定結果は信用できない」と反論。肥田被告のトレーナーの血痕のDNA型についても「社長とは別人のもの」と断言した。さらに「(肥田被告は)当時お金に困っておらず、社長のことを恨んでもいなかった。事件が起きた夜から翌日にかけて使ったお金は知人から借りて持っていたお金と貯金していた小銭で、盗んだものではない」などと述べた。そして、「疑わしきは被告人の利益に」と推定無罪の原則を紹介。「2人を殺害しておらず、直接的な証拠は何もない。無実の人間が死刑にされてしまわないよう、判断を誤らないでほしい」と述べた。
 肥田被告は最後に「社長や常務の遺族に(犯人と)間違えられるようなことをしたのは事実。でも、検察の言うようなことをしていないのも事実。分かってもらいたい」などと涙ながらに訴えた。
 判決は、DNA型鑑定の結果から血痕は被害者のものとは断定できないと指摘し、「犯人性を示す力はほとんどない」と述べた。またアリバイ工作についても、犯人であることを疑わせるが、決め手にはできないとした。一方、現場近くを通ったタクシーのドライブレコーダーの記録などを基に被告が店の駐車場に車を止め約40分間は店内にいたと認定。その上で斎藤裁判長は「被害者の惨状を目にしながら立ち去った。被害者がいたという場所に血痕も見当たらず、被告の弁解は不自然で不合理」と退けた。また、店から奪われたとされる多額の硬貨を巡り、高利貸から借金返済を迫られていた肥田被告が、事件直後に金額、種類がほぼ一致する硬貨を使っていたことについて「単なる偶然の一致とは考えにくい」と指摘。被告が店から持ち去ったと判断した。肥田被告が店を訪れたのは、金に困り社長に借金を頼む目的だったとし「借金を断られ罵倒されるなどして殺意を抱いた」と殺意を認めた。さらに殺害後店内を物色したことから、被害者の殺害行為が「財物を奪うための手段」とし、強盗殺人であると結論付けた。そして、「刃物で刺され致命的な重傷を負った被害者を、冷凍庫に閉じ込めた行為は非人間的で残虐。2人の命が奪われた重大事案であり、自分の利欲目的を実現するための身勝手で残虐な行為。反省の情は皆無で、強盗殺人の中で重い部類に属するとの評価を免れず、極刑をもって臨むことはやむを得ない」と断じた。

 2017年11月17日の控訴審第1回公判で、弁護側は「不確かな事実で殺害を認定した」として一審に続き、無罪を主張した。弁護側は公判で、一審判決後に検察側から開示された証拠の中に、犯行時間帯に被告の車とは異なる車が現場店舗の駐車場から急いで出て行った▽犯行時間帯に被告の車とは違う車が駐車場に止まり、近くに2人の人物が立っていた−−とする目撃証言が、県警が記録した2通の「聴取報告書」にあったと指摘。被告を犯人とするには「大きな疑問がある」と主張した。これに対し、検察側は「一審判決では軽視されたが、被告の着衣や車の付着物が被害者の血液とみられることを考慮すれば、被告の犯人性は揺るがない」と反論した。
 2018年1月12日の第2回公判で、肥田被告は事件当日の行動について、午後7時10分ごろ干物販売店に行って血を流した2人を発見したがそのまま立ち去り、30分後に再び戻り、建物の中に入らずに離れた―と説明した。一審では戻ったことについては証言していなかった。
 2月9日の第3回公判で、検察側の証人として出廷した法医学者に対する証人尋問を行った。法医学者は検察側の質問に対し「2人は首の静脈を傷つけられており、意識がなくなるまで15〜20分かかったとみられる」「冷凍庫の扉の内側に社長のものと思われる血液が付いていることから、社長は意識がある状態で閉じ込められたと思われる」などと証言した。男性については、「すぐに死亡するような傷ではないので、恐らく意識があるまま冷凍庫の中に入れられたのではないか」などと推測した。弁護側は、意識を失った理由について、出血によるものだけでなく神経反射による失神もあり得ると主張した。法医学者は「普通はない」と否定的な見解を示した。
 4月20日の第4回公判で、証拠整理が行われた。新たに目撃者2人の供述調書やドライブレコーダーの画像などが証拠として採用された。証拠として採用された2件の目撃情報は「事件当日の午後7時ごろ、干物店の駐車場から1台の車が勢いよく出てきた」「同じく午後9時ごろ、干物店の駐車場に2台の車が止まっていて、車の外に2人が立っていた」などの内容。ドライブレコーダーには、午後9時10分ごろに干物店の2階に明かりがついていた画像が残されていた。
 6月8日の第5回公判で、弁護側は最終弁論で新たな目撃証拠により「明らかになった事実は、いずれも(肥田被告が)犯人でない可能性を示すものばかり」と主張した。そして「直接的な証拠はなく、一審判決が認定した事実は遺体の発見状況と整合しない」と無罪を主張した。検察側は「(午後7時ごろの車両は)何らかの用事で干物店駐車場に立ち寄ったにすぎず、不審な事実とは認められない。午後9時すぎの明かりは、被告がそれまで干物店に滞在していた可能性を示している」と反論した。さらに「全ての証拠を開示したが、被告の犯人性を疑わせるような証拠は一切存在しなかった」などとして控訴棄却を求めた。
 判決で大島裁判長は、駐車場が国道に接し、設置された自動販売機やトイレの利用者もしばしばいることなどから「目撃された人物と犯行の関連を疑う事情とはいえない」とし、弁護側の主張を退けた。そして「現金を強奪するため、確定的殺意で被害者らの首を刃物でかき切った」と認定。また、「2階の明かりが干物店のものかはっきりせず、被告がいたこともあり得る」と述べた。第三者が犯行に関与した可能性を否定できないとした弁護側の主張は「殺人犯と被告が入れ替わるようにして干物店に出入りしたとは考えがたい」と退けた。事件後に被告が消費した現金と被害金の額がほぼ一致する、店内に立ち入った時間が被害者が刃物で攻撃された時間帯と極めて近接していることなどを挙げ、無罪主張を退けた。ただし、一審が「約32万円」とした被害額は「約29万円」とした。そして「一審の中核的部分に不合理な点はない。被告が犯人であるという認定を左右する事情はない」として一審判決を支持。「被害者の首を切り裂き、生きたまま冷凍庫に閉じ込めた。極めて残虐。残虐性や強固な殺意があり、動機に酌むべき点は認められない。不合理な弁解に終始し、反省も示していない。刑事責任は誠に重大で死刑選択もやむを得ない」と述べた。
備 考
 
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