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ダリ展
やっと行ってきました。伊勢丹美術館で行われているダリ展。なんだかダリをどう評価していいのか悩むことの多い今日この頃、行かないわけにはいかないんだよな。
ダリは言わずと知れたシュールレアリズムの巨匠とされるスペイン人画家。20世紀スペイン美術を専攻している限り無視することができない存在なのである。
さてと。このCuadernoの最初の文章ということで、手抜きしないで書くとするか。
美術に興味を持ち始めた頃、ダリは一番のお気に入りだった。初めてのスペイン旅行でフィゲラスのダリ美術館に行き、「遊園地のような面白さ」だと感じたことを覚えている。
この美術館にはただ絵画が並べてあるだけではなくて、コインを入れると内部に雨が降るタクシーとか天井に傾いたバケツがロープにくくりつけられているとか、人を驚かせる「仕掛け」がそこら中にあるのだ。
作品の「分かり易さ」もダリを好きになったきっかけだった。難解な現代美術の中で、一目で何が描いてあるのかがわかって、しかもそれが強烈なインパクトを持っている。
ダリが嫌いになっていったのは、いつ頃からだったろうか。『天才の日記』を読んだときの嫌悪感にも似た気分ははっきりと覚えている。あまりの下品さに全部読むことができずに途中で投げ出した。
ダリが嫌いな最大の理由は、ダリの政治的な思想かな。極端な表現をすればファチャ(口語でファシストを意味する)なんだよ。ヒットラー礼賛してシュールレアリズム運動を追放され、フランコ政権にべったり。これをファチャと呼ばずしてなんと呼ぶ。
シュールレアリズムの目標が伝統やモラルの破壊であるとすれば、確かにファチャであることはモラルに反していて、矛盾しないのかもしれないけど・・・。
あと、アメリカ贔屓ってのも気にくわない。これは以前「雑文ノート」に書いたことあるから繰り返すまでもない。
以上のように個人的にダリは嫌いだけど、ダリがシュールレアリズム運動において決定的な役割を果たしたことは否定できない。研究者としては「嫌いだから研究しない」というわけにはいかないのだ。
話を展覧会に戻そう。俺はここ数日、20世紀初頭のスペインが美術的にどのような状態にあったのかを調べていた。「前衛美術」という点から見ると当時のスペインはかなり遅れていたようだ。ピカソやミロ、ダリといった画家たちがパリへ行かざるを得なかったのは、スペインの「前衛美術」があまりにも遅れていて自分の可能性を発揮することができなかったからではないかと考えている。
そんなことを念頭に置きながら、展覧会の入口の部分にあったダリの初期の作品を見てみると、1925年までのスペインに「前衛美術」のどの部分が伝わっていたのかが垣間見えてくる。
ダリが初めて外国に旅行したのが1926年だから、パリで起こった芸術運動の影響がうかがえるとすれば、それがなんらかの形でスペインにもたらされたはずだからである。
《グラスのある静物》にはキュビズム、特にフアン・グリスの影響が顕著で、《アナ・マリアの肖像(カダケス)》はデ・キリコが背後に浮かんでくるような印象を受ける。《エス・ピアンク》や《父の肖像》に後期印象派やフォービズムを見出すことはたやすい。
キュビズムとフォービズムか。なるほどね。カンディンスキーやモンドリアンの抽象画や後にシュールレアリズムへと発展するダダイズムは伝わってなかったのかな?やっぱり。
展覧会で最も気になった作品は《ピカソの肖像》だった。1947年の作品。ピカソは1944年に共産党に入党しており、ファチャのダリとは両極端。仲が悪くなるのは当然だ。
そのピカソに対するダリの嫌悪感が《ピカソの肖像》にははっきりと表れている。ピンク色の舌を垂らし、顎には白い髭が点々と生えている。こういうまばらな髭の生え方は、「みっともない」以外の形容詞を思いつかない。頭上には石をのせ、「頭の固さ」でも表現しているのだろうか。肖像というにはグロテスクすぎるこの表現は、ピカソへの反感以外に説明のしようがない。
展覧会全体としてみると、習作が多い印象を受けたかな。どうせ習作をもってくるんだったら、その完成作と比較してみたかった。ま、これだけまとまった作品をダリ美術館から持ってきた意義は認めるけど。
あとは、50年頃から頻繁に宗教画を描くようになったダリに対してエドワード・ジェームスが次のような批判的な手紙を書いているのだが、その意味がわかったような気がしてきた展覧会だったな。
きみの宗教画はラファエッロの精神とはほど遠い。どれほど距離があるかといえば、ウォルト・ディズニーとヒエロニムス・ボスの差ほどもある。
俺、やっぱダリって好きじゃないんだよな。結論はやっぱりこれか・・・。
99/10/1
ぴろ
厳密に言ったら、今日書くことって「basura」のとこに書くべきことかもしれないけど・・・。
ここ2週間ほどかかりっきりだったゼミの発表が終わった。原稿用紙に換算すると約40枚にもわたる原稿を1時間くらいかけて読み上げてきました。読んでも読んでも終わりが見えない辛い発表だったよ。そんな原稿を作ってしまった本人がうんざりするくらい。文句も言わず、黙って聞いてくれた方々、本当にお疲れさまでした。
突然だが、俺は音読、つまり書いてある文章を声に出して読むのが苦手である。何度も突っかかってしまうのである。そして長い文章を読み上げていると、まるで催眠術にかかったように意識がなくなってしまうのである。こうなると自分が何をやっているのか意識していない。目の前の文字をひとつずつ追っかけて、発音している読み上げマシーン。
そんなときには必ず冷静に考えているもう一人の人格がいて、「あ、イトネーション間違えたよ」とツッコミをいれているのである。こんな感覚ってわかんないかな?
そして今日も同じような状態に陥ってしまった。何度も何度も登場してくる
「パリ」と「ピカソ」
がどっちがどっちかわからなくなって、パリと言ってるつもりでピカソと言ってしまったり、その逆だったり。別に音が似ているわけじゃないのに・・・。
ピカソがパリに行って、 パリにピカソが行って、 ピカソにパリが行って、 パリがピカソに行って・・・。
そのわけ分かんない状態が極限まで進んだとき、やってしまいました。ミロって言おうとして
「ぴろ」。
もちろん誤魔化したけど、発表が終わってからしっかり突っ込まれてしまいました。
「ぴろって言ったでしょ?」
みんなそんなところだけはちゃんと聞いてるんだから♪
99/10/8
驚くべき宗教上の真実
一昨日か。読書会でフランシスコ・パチェーコの文章を読んできた。今回のテーマは「聖母のお告げの図像」。つまり受胎告知の絵の話。
受胎告知とは大天使ガブリエルが聖母マリアの前に現れ、
「神様の子供を身ごもる女性に選ばれました」
と言いに来る場面である。なんか、
「おめでとうございます。 ☆☆が当選いたしました。 ○○にお電話下さい」
っていう怪しいダイレクトメールのようだ。
そして、パチェーコの文章には最初から驚くべき事実(?)が書かれていたのである。
婚約を終えた神聖なる夫婦が神殿から戻って、その第一の夜、ふたりは互いの心をうちあけ、ふたりの諒解のもとに、あらためて永遠に童貞処女のままでいるという貞節の絶対の誓いをたてた。(金沢百枝訳)
ヨセフとマリアって婚約して帰ってきたわけでしょ?これから結婚するふたりが永遠に純潔のままでいる誓いをたてるだと!
絶対にエッチしない
誓いをたてる新婚さんなんて俺には納得できないね!
ふたりはナザレでマリアの両親が持っていた家に一緒に住んでいた。
そっか。ヨセフは
マスオさん
だったわけね。婚約した女性が自分のではない子供を身ごもっても離婚しなかったのはこのせいか?ヨセフ、よっぽど肩身が狭かったんだね。同情するよ。
さらに驚いたのはこのときの聖母の年齢。マリアが何歳でキリストを身ごもったのか知ってる?俺は知らなかった。
14歳で妊娠、 しかも父親が人間じゃないだなんて・・・ うちの子に限って! 99/10/18
オルセー展
満を持してっていうかゼミ発表も一息ついたんでオルセー展に行ってきました。平日の昼間だってのに混んでんのね。館内はじいちゃん、ばあちゃんでごった返してたよ。
オルセーといえば、フランスの近代美術を代表する美術館。その
「代表的名作を選び抜いて、豊饒な美の世界を提示するとともに、多様な表情を持つこの時代の相貌を改めて甦らせようとする」
この展覧会では、入口のロダンから、モネ、マネ、ドガ、ルソー、ゴーギャン、ゴッホ、ロートレックにルノワールと有名どころがずらっと並んでいる。
ま、質の高い作品ばかりではないのは当然なんだけど、それでも俺の足を止めた作品はほんの僅かしかなかった。
まず、ルソーの《戦争》。死体の山の上を松明と剣をかざした不和の神ベローナが黒馬に寄り添いながら駆け抜けていく作品である。そのほとんどが裸体の死体は、関節があらぬ方向に曲がっていたり、途中で腕がもげていたり、眉の上を撃ち抜かれていたりと悲惨なことこのうえない。そして不気味さをより高めるかのように、カラスが死肉をついばんでいる。
一言で言ったら「気持ち悪い絵」ってことになるんだろう。博士課程の先輩に「あの絵の前に20分くらい立ってました。」って話したら「えぇぇ!あの絵が好きなのぉ?」って言われてしまった。
俺は幸か不幸か、こういう作品を気持ち悪いと拒絶する感性をもっていない。好んで見るわけじゃないけど、スプラッタ映画だって冷静に見れてしまうのである。こんなだから《ゲルニカ》の研究なんかやってんのかなぁ・・・。
ま、それはいいとして。《ゲルニカ》との共通項が多いことが、あの人混みの中で長時間この作品の前に立ち止まってじっと眺めさせる原因だった。モティーフだけでも「剣」「馬」「死体」「鳥」「掲げられた火」と両者に共通するものがたくさんある。細かく言うとまだあるんだけど、要するにルソーの《戦争》とピカソの《ゲルニカ》は似ているのである。
ちょっと文献とか調べてみようって、そう思ったね。この作品は多分、来年執筆する予定の修論の中に登場するんだろうなぁ。
次にルノワールの《習作:若い女性のトルソ、陽の効果》。印象派がまだ一般に認められていない頃、つまり1876年の第2回印象派展に展示された作品である。
現在でこそ、こんな極東の国のおばちゃんがルノワールっていうだけで「すごいわねぇ」なんて感嘆の声をあげるのだが、当時のフランスでは猛烈な批判の対象だった。この作品に投げつけられた非難の声は俺でさえ知ってんだから、相当有名だ。
女性のトルソというものは、死体の腐敗した状態を示すような、緑や紫の染みで作られた肉の寄せ集めではないことを、どなたかルノワール氏に説明してあげた方がよいだろう。(同展カタログより)
だって。美術史学の常識からすれば、こうした批判は固有色を否定するっていうルノワールの前衛的な試みを「わかっちゃいない」ってことになるんだろうけど、でもね、俺にも
腐乱死体
に見えたんだよ。やばいよ、これ。スーパーで安売りの肉を買ってきたら、こんな色してそうだもん。この話題にこだわると、なんだかやばそうだから(?)このくらいにしとこう。
次。ゴッホの《星降る夜、アルル》。突然だけど、なんかねぇ、最近なんとなく鬱なんだよね。歯車が上手く噛み合ってない。そんな「孤独に打ちひしがれた」ような気分だったから、この絵が心に響いたのかもしれない。心の琴線に触れた、ぽろろん♪ってな感じ。
星が輝く夜の港をふたりの男女が散歩しているそんな光景。ぱっと見は気付かないかもしんないけど、港の上に輝いているのは北斗七星。
で、この星座を見ると俺は条件反射のようにケンシロウを思い出してしまう。
アタタタタ、お前はもう死んでいる
って、そうなると画面を覆う寂しげな、でも美しい雰囲気が台無し!こんな俺って失格?(^^;
こんなもんかな。付け加えるとすれば、3000円もするカタログを買ってしまったことくらい。先述の先輩も「血迷って」買ってしまったと嘆いていた。
99/10/22
青
好きな芸術作品の話でもしよっかな。
この前、電車の中からぼーっと窓の外を眺めていたら、空の青さが目に染みるような感覚に襲われた。都内を走る電車だから、視界は断続的に建物に遮られる。その合間を縫うように空の青が現れるのである。
あぁ、俺が好きな色彩って青なんだなって新たな発見でもしたかのように感心していたら、ふとある彫刻作品のことが頭に浮かんだ。
その作品とは、ソフィア王妃芸術センターの4階に展示されているイヴ・クラインの彫刻《サモトラケの勝利》である。初めてその作品を見たとき、あまりの美しさに眼を奪われた。
レイナ・ソフィア公式HPに掲載されている《サモトラケの勝利》
高さ40cmくらい。形はルーヴル美術館にある《サモトラケのニケ》をそのまま縮小したもの。もしこれが白い色をしていたら、ただのつまんない模造作品になってしまうんだけど、真っ青に塗られていて青という色彩がそのまま《ニケ》の形態の中に具象化しているのである。
目に映るのはもはや《ニケ》ではなく、青という色彩そのもの。ニケのたなびく衣や複雑な翼に沿って濃淡を変える青の色彩がなんともいえないのである。美しいってこういうことを言うんだな、って実感としてそう思う。
俺の頭の中で青というとこの作品が浮かぶ。他の色彩はというと、赤というとシャア専用、黄色というとカレーライス、緑は身の毛もよだつアマガエルで、オレンジ色はオランダ代表。このラインアップをみれば、青が俺にとって特別な意味をもっていることは一目瞭然でしょ?
あなたが好きな色彩って何色ですか?
99/10/26
知られた傑作
最近、真面目に自分の研究を進めている。ゼミの発表も一段落ついたんで、今のうちに文献を読んでおこうという殊勝な心がけ。
オップラーの『ピカソのゲルニカ』という文献を最初から読破しようと試みているんだけど、これが俺にしては珍しく英語の文献なのである。
ゼミ発表のときでさえ「書名さえも読めない」と言われるほど、参考文献リストに挙がるのはスペイン語の文献ばかり。そんな俺が英語の文献を読んでいるのである。これはただごとではない。
確かに俺は英語嫌いだけど、だからといって英語の能力が足りないというわけではない。自慢じゃないけど、読解能力ではスペイン語に引けを取らないくらいの知識がある。知識の問題じゃなくて、ただ
嫌い
なんだよね。英語が。
でも、このまま英語の文献を読まないままほっとくわけにもいかないし、しばらく時間ができたからこの際、嫌いなものからやっつけちゃおうという魂胆。2日間で60ページ。なかなか順調なスピードで読み進んでいる。
この本の中でまず驚いたことは、ビルバオがBilboaと表記されていることだ。
びるぼあ?
英語ではこう呼んでいるのか? ま、日本だって「じゃぱん」になっちゃうくらいだし、気にしない、気にしない。どうせ英語だし(^^;
しょうもない前置きはこのくらいにして、今回の本題に入ろう。問題となるのは《ゲルニカ》が描かれたパリのセーヌ川の近く、グラン・ゾーギュスタン街7番地のアトリエである。あ、《ゲルニカ》が俺の研究テーマだってのは、言わなくても知ってるよね?
話は逸れるけど、セーヌ川ってスペイン語で「el Sena」って言うんだよ。セナかぁ。モナコグランプリでマンセルと大バトルやったのを思い出すなぁ。(ため息)
で、グラン・ゾーギュスタンのこの建物はバルザックの小説『知られざる傑作』の中でフランソワ・ポルビュスのアトリエがあった場所となっている。
ピカソはこの芸術家小説がたいそう気に入っていたらしい。現にピカソは、画商ヴォラールの依頼を受け、1927年にこの小説の挿絵を制作しているのである。
新たなアトリエを探していたピカソが、お気に入りの小説の舞台と同じところだという理由でこの建物を選んだ可能性はなきにしもあらず。でも、ピカソの作品の中で最も知られた《ゲルニカ》が、『知られざる傑作』の舞台と同じ場所で制作されたってのは、なんだか因縁めいたものを感じざるを得ない。
この奇妙な一致は単なる場所の問題にとどまるものじゃない。『知られざる傑作』が二度の改変の末、現在の形に定着したのが1837年で、《ゲルニカ》が描かれたのが1937年なのである。ちょうど一世紀。
偶然の一致って本当にあるんだなぁ。
99/10/28
ロー・コレクション
学生らしく 昼前 に起きた俺は、美術館にでも行って気分転換をしようと安田火災東郷青児美術館で行われている「ロー・コレクション 西洋絵画500年の巨匠たち」展を訪れた。
ま、いわゆる普通の展覧会。個人のコレクションにしては色んな国や時代の作品が集められていてバリエーションに富んでたかな。
エル・グレコやリベーラまで来てるっていうんだから期待して行ったのに、スペイン絵画は彼らの2点とスロアーガが1点来てるだけ。ちょっと悲しくなる。
しかも追い打ちをかけるように、スロアーガの名前が
ズロアガ
になってて、描かれているのはピカドールなのにタイトルに
闘牛士
って書いてあった・・・(T_T)
確かに「Zuloaga」って「ずろあが」って読みたくなるのは分かるけど、「Zurbara'n」を「ずるばらん」って読まないでしょ?スペイン美術がいかに知られていないかを痛感した気分。・・・って、これ読んでる人がスルバランさえも知らない可能性があることを考えるとさらに落ち込む。
それにピカドールを闘牛士って呼ぶことは、
立花のおっちゃんを仮面ライダーと呼ぶ くらい間違ってると思うんだけど。久しぶりに闘牛図像の研究をやろうと思ったね。俺がやらずに誰がやる!ってちょっとやる気になってみた。
あと、大好きなティエポロの作品があったのは嬉しかった。ティエポロの肖像画は初めて見たよ。いいんだよ、あのクールな目つきが。ちなみにうちのパソコンの壁紙はティエポロの《無原罪のお宿り》になってます、どうでもいいけど。
他にも考えたことはあるんだけど、文章にするほどまとまってないから次の機会に譲るとしよう。ま、気分転換という当初の目的は十分に達成された展覧会訪問でした。
99/11/5
馬 華麗なる友展
ニューオータニ美術館に行ってきた。「馬と人間の美術史」なんていうサブ・タイトルがついていて、しかも場所がニューオータニだよ。ノーブルな気取った雰囲気を期待して行ったんだけど、そう大したものでもなかったっていうのが本音かな。
単刀直入に感想を言うと、馬が描かれた作品だったらなんでもいいって感じでメッセージ性が希薄。アングルの作品《お目通りを許されたスペイン大使を前に王子たちと遊ぶアンリ4世》なんて、子供を背中に乗せて
お馬さんごっこ
をしてる王様の絵なんだよ。馬だったらなんでもいいんかい!
俺が注目したのはゴヤの版画集『ラ・タウロマキア』が全部並べられていたことかな。でも、これもテーマは馬じゃなくて牛じゃないの?
ツッコミはこれくらいにして。ローコレクションの時とは違って『ラ・タウロマキア』のキャプションはなかなかしっかり出来ていた。闘牛用語も俺が目くじら立てて指摘するような間違いはほとんどなかったし。『ラ・タウロマキア』を見たことない人は、行って損しない展覧会だと思う。
面白いと思った作品はフレデリック=アンリ・ショパンの《ポンペイ最後の日》。理由は簡単。《ゲルニカ》に似てるから。最近思うんだけど、《ゲルニカ》のモティーフって過去の絵画作品と共通する部分がかなり大きい。これまで共通点が指摘されてる作品って、そのホンの一部に過ぎないんじゃないかな。これ以上は企業秘密ね♪
99/11/11
芸術の裏側
ここ半月くらい、絵画作品のオークションがスペインの新聞紙面を賑わせている。モネの《睡蓮》が23億円で落札されたとか、ピカソの《庭に座った女》が52億円で落札されたとか。モディリアーニの作品が17.5億円ってのもあったな。(1ドル=105円で計算)
ま、これらの作品は来歴がしっかりしているのだろうから驚くとしたら「値段が高い!」というくらいだろう。だって、ピカソの《庭に座った女》なんて、タイトルだけでは作品のイメージが浮かんで来ないんだもん。それが52億だなんて。思わず画集で探してしまった・・・(^^;
そういえば18日付のABC紙にはゴヤの《アルプスからイタリアを初めて眺める征服者ハンニバル》の習作がオークションされるっていう記事が載っていた。これなんかは研究者として注目に値する記事なんだろうな。
《征服者ハンニバル》ってのはゴヤの初期を考えるにあたって重要な作品。1771年にパルマ(って言ってもマジョルカじゃなくてイタリア)の美術アカデミーのコンクールに出品して優勝 できなかった もの。1770年代のゴヤ、特にイタリア滞在期(70-71年)のことなんて、わかんないことだらけなんだよね。その習作が出てきたんだから、新たな研究が進むんじゃないかな。(←まるで他人事)
と、ここまでは普通(?)の絵画オークションの話。驚いたのはセザンヌの《やかんと果物》という作品が12月にロンドンにオークションに出品されるという記事。18日付けのエル・パイス紙に載っていた。
なぜ驚いたかというと、この作品が
盗品
だったからである。アメリカのハリー・バックウィンっていう人(←何者?)の家から1978年に盗まれたらしい。それが先月、完全な状態で取り戻されたのだそうだが、その経過が発表されてないのだそうだ。取り戻された作品が本物ではないという証拠はない(かもしれない)。そんなきな臭い作品が売りに出されるのである。
大体、盗まれた絵画ってどういうルートで流れていくんだろう?そしてどんな形で発見されるんだろう?うーん。まさに『ギャラリー・フェイク』の世界だ。漫画のような話が見えないところで現実にも起こってるんだろうなぁ。
99/11/19