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ある劇作家の物語
いつも通りスペインの新聞にアクセスすると、衝撃的な記事が載っていた。アントニオ・ブエロ・バジェーホが亡くなったのだ。
ブエロ・バジェーホは内戦以降のスペイン演劇を代表するといってもいいくらい重要な劇作家。1971年にスペイン王立アカデミーに入会、86年にセルバンテス賞を受賞する。
内戦時には共和国派として戦い、内戦終結後には死刑判決を受ける。減刑されるものの、46年まで刑務所生活を強いられた。この時の経験は、社会への積極的な参加、自由や正義への欲求、生きるための戦いといった要素として、またフランコ体制への批判として彼の作品の中に反映されている。サルトルの実存主義に影響を受けた俺が、この作家を気に入らないはずがない。
49年に発表された「ある階段の物語(Historia de una escalera)」はロペ・デ・ベガ賞を受賞。幾度となく上演され、スペイン現代演劇の最も重要な作品のひとつと見なされている。
新聞紙上でスペインの芸術家の訃報を見つけ、これほどの衝撃を受けたのはサウラが亡くなったとき以来だ。それほど俺はこの作家が好きだった。
ブエロ・バジェーホの作品を初めて読んだのは学部のスペイン文学の講義。まだつたないスペイン語の能力で、必死に辞書をひきながら「採光窓(El tragaluz)」を読んだものだ。そして留学中には「燃える暗闇の中で(En la ardiente oscuridad))」を通読した。この2冊を今読み返してみると「こんな単語も知らなかったのか」と当時の自分を懐かしく思い返すことができる。
そしてまた、俺が演劇というジャンルに興味をもったきっかけも、まさにこの2冊の劇作だったのである。留学中にサルトルの「蠅」や「墓のない死人」、あるいはミゲル・ミウラの「3つのシルクハット」や「シロップづけの桃」なんて劇作を読み耽っていたのも、ブエロ・バジェーホを読んで「演劇って面白いなぁ」って感動したから。
それにゴヤをモデルにした「理性の眠り(El sueno de la razon)」やベラスケスの作品をモデルにした「ラス・メニーナス(Las meninas)」などは今年のゼミ発表で扱ってみたいと考えていたほど。
ショックだ。好きな芸術家の訃報って、ある意味身内の訃報より悲しいかもしれない。
00/4/30
神の美酒
最近、貪るように読んでいる小説がある。ペドロ・ヘスス・フェルナンデスの『審判の画布 Tela de Juicio』ってやつである。まだ1/3しか読んでないんだけど、これマジでお薦め。スペイン美術史を専攻してる人に読んで欲しいね。ま、スペイン語の小説、しかも使ってる単語が難解だから、かなりの語学力がないと読めない代物なんだけど。誰か一緒に翻訳やる?
内容はというとベラスケス生誕400周年を直前にして、ベラスケスの肖像画が発見される。修復を担当した修復家アルベルトは長年の経験から、その肖像画がベラスケスの作品ではなく弟子のフアン・バウティスタ・デ・マーソの作品であることを見抜いてしまう。
休暇をとってセビージャで資料を探索したアルベルトは例の肖像画がベラスケス作じゃないという決定的な証拠を見つける。しかしマドリーに戻った後、行方不明となってしまうのである。
謎が謎を呼ぶドキドキのサスペンスなんだけど、美術史的な舞台設定やプラド美術館の裏事情なんか、いやにしっかり描写してるなぁって思ったら、作者は本職だった人なんだそうな。コンプルテンセ大学で美術史学の教鞭をとり、プラド美術館副館長補佐まで務めている。本物じゃん。
前置きはこのくらいにして。俺は今日も図書館にこもり、この小説を読み耽っていた。アルベルトの息子ゴンサロとヌリアがベッドでカバ(発砲ワイン)を飲むというシーンで次の一節に引っかかり、余計なことを考え始めた。
私たちは乾杯し、甘美なne'ctarを飲んだ。
ネクターって知ってるよね。不二家だっけ?桃のジュース。なんでカバとネクターが同じ飲み物なんだ?こんなときは辞書で調べるに限る。と、そこで「ネクター」の意外な意味を知ることになった。
ne'ctar :1(ギリシア神話)ネクタル:神々の飲む不老不死の酒
2(花の)蜜
3美味な飲み物;甘露
【nectar(ラテン語)←ne'ktar(ギリシア語) nek-「死」+-tar「克服する」;「不老不死の(妙薬)が原義】(小学館 『西和中辞典』より)
そっか。ネクターって不老不死の妙薬だったんだ。ただの桃ジュースじゃなかったのか。今度見つけたら心して飲んでみよっと。
00/9/11
鏡にうっとり
最近、鏡が気になってしようがない。朝から鏡に映った自分を確認してうっとり・・・って、違うっつうの!
ラカンっていう精神科医が主張した概念「鏡像段階」を使って一七世紀のスペイン人画家ベラスケスの代表作《ラス・メニーナス》を解釈しようとする学者がいるんだよね。
俺も最初は「キョウゾウダンカイッテナンデスカ?」状態だったんだけど、縁があって岡田温司先生の鏡を扱った講義を聞く機会があり、その意味を知ることができた。
「鏡像段階」ってのは、鏡に映った自分を見ることによって人が自己を他者と区別し始める時期のことを指す。具体的には鏡に映っているのが自分だということがわかるようになる1-2歳の一時期を指すのだが、よく考えてみると、鏡を使って自己を確認する作業は何気なく我々がやっていること。
我々は普段から「鏡像段階」を体験しているのである。鏡がなかったとしたら、人は自己と他者を区別することができない。まったく不可能ではないにしても、非常に困難な作業となる。頻繁に鏡に映った自分を見るのはナルシスティックな行為であるかもしれないけど、それはある意味、他者と区別された自己を絶えず再形成していることにもなるのである。
で、《ラス・メニーナス》の一番奥の壁には国王夫妻を映し出す鏡が掛けられている。《ラス・メニーナス》を解釈しようとすると、この鏡が避けて通れない難問となる。
国王夫妻は鑑賞者と同じ場所、つまり絵の外側にいるのか?それとも絵の中でベラスケスが制作している国王夫妻の肖像画が鏡に映し出されているだけなのか?鏡に国王夫妻だけしか映し出されないのはなぜか?そもそもあれは鏡なのか?
このように謎は謎を呼ぶってわけじゃないけど、《ラス・メニーナス》の鏡は研究者の間でも結論の出ない難問なわけである。
さて、やっと300ページに到達しそうな『審判の画布』にも鏡は重要な意味をもつアイテムとして登場してくる。小説の中に挿話として紹介されるビジャメディアーナ伯爵の物語もそのうちのひとつである。(下の部分は翻訳じゃなくて、該当部分の要約です)
ある夕べ、宮廷のパーティーで王妃イサベルに意中の女性の名前を尋ねられた伯爵。実は、恋い焦がれていた女性とは王妃その人だった。
本当のことをどうして言うことができようか。それは節度を越えるという程度のものではなく、自殺するに等しい行為だった。質問に答えることができない伯爵はしばらくじっと王妃を見つめたあと、謎めいた微笑みを浮かべ、話題を変えた。
次の日、王妃が朝食をとっていると、思いもかけない方法で伯爵の返事をもらうことになる。伯爵は丸一晩かけて熱烈な愛の詩を書き上げた。そして、書き終えるとそれを一枚の鏡に書き写して王妃に送った。
贈り物の箱を開いた王妃が鏡の詩を読もうとすると、否応なく自分自身の姿をのぞき込むかたちになった。そこに意中の女性の名前を書き込む必要はなかったのである。相手はそこに映されていたのだから。
こうしてビジャメディアーナ伯爵は面倒に巻き込まれることなく思いを伝えたのであった。
ええ話や。俺もやってみたいなぁ、これ。うっとりさせちゃうよ♪ ま、HPに書いちゃったからこの手は使えないんだけどね・・・。
ま、そんなわけで鏡をじぃぃっと見つめている俺を見ても変に思わないでね。別に自分の姿に見とれてるわけじゃなくて、「鏡像段階」とか、左右逆転の意味とか、鏡の向こう側の世界とか、いろんなことを考えてるんだから。
00/9/23
お薦めなのに
最近、全然更新してないんだけどさ、ずっと小説を読むことに没頭してたんだよね。
『審判の画布』はもうとっくに読み終えたよ。ラストまで最高に面白かった。こんな面白い小説読んだのってホアン・ホセ・ミジャスの『これが孤独だったんだ Esto era la soledad』以来だな。
小説の中で何度も出てくる表現「do'nde quiere ir a parar(どういう結末になるのか)」がわからなくてドキドキしたけど、ラスト書いちゃうとつまらないのでやめときます。結末はいかにもポストモダニズム小説って感じ。・・・ってわかる人にはこれだけでわかっちゃうかもしんねぇな。
で、ここ数日は『ミステリアス・ベラスケス El misterio Vela'zquez』ってのを夢中で読んでた。この小説が絶品なんですよ、奥さん!
『審判の画布』と同じく、ベラスケスの《ラス・メニーナス》を巡る小説なんだけど雰囲気がねぇ、
「母を訪ねて三千里」!
主人公が《ラス・メニーナス》の右端に描かれたニコラシートなんだ。イタリアから家族と引き離されてスペインに連れてこられるシーンなんて、ジェノバの港で母さんを涙ながらに見送るマルコを彷彿をさせるんだよ。
で、そのニコラシートが《ラス・メニーナス》の創造の秘密に巻き込まれていくっていうストーリーで、何度も感動的なシーンが盛り込まれている。今朝もベラスケスが死ぬシーンを電車の中で読んでて、マジで泣きそうになったよ。周りにいた乗客、気持ち悪かっただろうなぁ。
で、donde quiero ir a pararはどれだけ面白いって強調しても、誰も読んでくれないんだよなぁっていうただのぼやき。いいんだ、どうせ・・・。
00/10/5
(『薔薇の名前』+「ミッション・インポッシブル」+サンティアゴ巡礼)÷3=
性懲りもなくスペイン語の小説を読み耽っている。そんな暇があったら研究に必要な文献を読めばいいのに・・・。その小説とは今回のスペイン旅行で買ってきた数少ない本のうちの一冊、『ペオン・デ・レイ Peo'n de Rey』。
タイトルからして気になる。そのペオンっていう単語が要らぬ妄想を掻きたてるからだ。スペイン語にはペエールpeerっていう動詞があって、その名詞、しかも拡大辞あたりがpeo'nになりそうな感じがするんだよね。ま、わからない人はpeerを辞書で調べてみてください(^^;
このペオン、本当のところは「下働き」、あるいは「チェスの駒」、「歩兵」っていう意味なんだけど、王様の密令を受けて働く「隠密」のような意味で使われてるんじゃないかな?まだ60ページしか読んでないからわかんないけど。本の背表紙にはこうある。
Un monje dominico, Raoul de Hinault, recibe el encargo de trasladarse a la corte de Toledo para ser recibido por el rey Alfonso X, quien ha previsto encomendarse una delicada misio'n secreta.
(ドミニコ会修道士ロール・ドゥ・イノーは国王アルフォンソ十世に謁見するためトレドの宮廷へ赴く任務を与えられる。そして国王アルフォンソ十世は彼に秘密の特殊任務を与えようとしていた。)
そう。舞台は賢王と呼ばれ、その頃既に忘れられていた古代ギリシアの知識をアラビア語からの翻訳を通して再びヨーロッパへもたらしたアルフォンソ十世の治世。世界史の教科書でお目にかかったレコンキスタの時代のスペイン!全く想像もつかない未知の世界。エル・ウニベルサル・デ・メヒコではまさに次のように評されている。
《Peo'n de Rey》 abre el cerrojo de un cofre pleno de tesoros: la Espan~a medieval.
(『ペオン・デ・レイ』は財宝の詰まった宝箱、「中世スペイン」への鍵を開く。)
どう?面白そうでしょ?雰囲気は『薔薇の名前』?・・・って読んだことないからわかんないや。はい、俺の頭の中にはショーン・コネリーが浮かんでます♪ で、もっと興味をそそられるのは次の部分。
el monje se ve conminado a recorrer el Camino de Santiago, como un peregrino ma's, para investigar un asesinato en el que esta' envuelto uno de los leales del rey, don Rodrigo Garci'a.
(修道士はサンティアゴ巡礼路を一般の巡礼者のように歩くことを強要される。王の忠臣ドン・ロドリゴ・ガルシアが関係している殺人事件を捜査するために。)
俺の夢であるサンティアゴ巡礼やるんだって!これを読まずにいられようか。
さっきも言ったけど、まだ60ページしか読んでないんだ。全部で500ページあるから、まだ導入部分に入ったばかりってとこかな。それでも俺の思い出の街ハカを舞台に物語が展開してて、面白いったらありゃしない。
気になる作者はあの(?)ペドロ・ヘスス・フェルナンデス。そっ。『審判の画布』の作者ね。『ペオン・デ・レイ』は彼の処女作なんだ。やっぱこいつただものじゃないよ。日本でも「知る人ぞ知る」くらいになっていいと思うな。
00/4/6