金子光晴集


天使 『落下傘』
くらげの唄 『人間の悲劇』
愛情3 『愛情69』
浄界 『塵芥』


 明治28年  1895年12月25日 愛知県東海郡越治村(現、津島市)誕生
 大正 8年  1919年 1月、処女詩集『赤土の家』 刊行。
 大正13年  1924年 7月、作家志望の森三千代と結婚。
 昭和23年  1948年 4月、詩集『落下傘』刊行 
 昭和27年  1952年12月、詩集『人間の悲劇』刊行 
 昭和43年  1968年10月、詩集『愛情69』刊行
 昭和50年  1975年 6月30日 気管支喘息のため死去。
                 8月、詩集『塵芥』刊行
          ※その他多数刊行。 紹介した作品の詩集のみ掲載しました。  
おまけ ベルギーでの「無目的」な生活
大正8年の二月、初めてヨーロッパに渡った。しばらくして、ベルギーのブリュッセル
郊外にあるディーガムという村に落ち着いた。この村には、日本で根付の有名なコ
レクターであるイヴァン・ルパージュという人物が住んでおり、金子光晴氏はこの家
のすぐ前にあるカフェに部屋わ借りて以後1年半ほど時を過ごすこととなるのだが、
この経験は彼の精神にきわめて重要な影響を及ぼすこととなったようだ、といわれ
ています。

天 使

しゃぼん玉があがるように
嬰児 (あかんぼ)たちが
そらにうかぶ。
神の練乳(コンデス・ミルク)で育った
薔薇の膚は
風邪を引かない。
むつきもいらない。
その背には
雉鳩(きじばと)のつぱさ。
花の輪のように手を繋ぎ、
雲のハンカチーフのように
夕そらにただよう。

おお。天使(エンジェル)よ。

きらきらと
貝殻ちりばめた天のおくに
天使らはむらがり遊ぶという。

天使らの純真な笑い声が
あそこにみちあふれるという。

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くらげの唄
ゆられ、ゆれら
もまれてもまれて
そのうちに、僕は
こんなに透きとおってきた

だが、ゆられるのは、らくなことではないよ。

外からも透いてみえるのだろ。ほら。
僕の消化器のなかには
毛の禿(ち)びた 歯ブラシが一本、

それに黄ろい水が少量。

心なんてきたらなしいものは
あるもんかい。いまごろまで。
はらわたものとも
波がさらっていった。

僕?僕とはね、
からっぽのことなのさ。
からっぽが波にゆられ、
また、波にゆりかえされ。

しおれたかとおもうと、ちぢむらさきにひらき、
夜は、夜で
ランプをともし。

いや、ゆられているのは、ほんとうは
からだを失したこころだけなんだ。
こころを包んでいた
うすいオブラートなのだ。

いやいや、こんなからっぽになるまで
ゆられ、ゆられ
もまれ、もまれた苦しさの
疲れの影にすぎないのだ!

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愛 情 3

むかし、炎皇の娘たちは
まだ、ながい尻尾があった。

好きになったしるしには
しっぽとしっぽを巻きつめた。

しっぽにしっぽを巻きつければ
ふたりは なにもかも わかりあえた。

しっぽが、だんだん短くなり
男と女は かえりあえなくなった。

千万愛しているといってみても
ことばは、風にふきとんでしまう。

千日、からだで契りあっても
肉体の記憶はその場かぎりだ。

しっぽとしっぽを縄に綯(な)って、
縄が朽ちるまではなれない。

しっぽのある女を おれがさがしている
そのことわけはざっと、こんなところ。

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浄 界
人が世界がこわれる。そのあとの、
物質のない空間。
生命のまだない
あるいは、それの終った青さ。

種はまだそれが胎動し、
膨張し、増殖し、
新しい破滅にむかっての
意欲のない透徹。

それと対決する人間の
脱皮物または、放擲物(ほうてきぶ)として、
あらゆる機能を支離滅裂にして、
主題を新たにした世界、

それを浄界となづけ、
破滅となったいっさいは、
それを信じ、それを求める。
またたづねれば、密々とこめた

曇天の外の覆われるもののない
無窮の青空のとどろき
雲の石鹸から立ちあがる
次々の這う子、手をあげる子

飛行機はそれらに影を落し
飛行機の窓から眺める人々は、
その雲を踏んでどこまでも
歩いてゆきたい衝動に駆られる。

すべての人のこころがそこで
浄界に吸われてしまうようとしている証だ。
しかしまちがえてはいけない。

「浄界は時間がないか
それがありあまっているのだ」

「むろん人を罰するのもはなく、
それをよみする神などもいない」

浄界を司るものを、
神、仏、と呼ぶか、
契約(ちかい)の固い浄界のもの共は
太古から一度ももたらしたことはない。

それでこそ浄界がいつも浄(きよ)いばかりではなく、
人間たちも貪欲を忘れ、
一つの世界がこわれても
あるいはまた一夜にふえても、

決してなぐめられないいのちは
また決して、絶望を育むことを忘れず、
善悪を支える時間は逝き、
平滑(なだらか)にいのちを籠絡(ろうらく)する。


「人間とはなにか、生きるとはなにか」
その質問を無駄にくり返すな
人のつくった神は返答に困るだけ。
その最も兇悪無残なもの人は
−−− それならばこそ いつも爽快(すこやか)なのだ


−−−それなればこそ恐怖をしらないでいられるのだ

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※ 現代表記に書き換えて掲載しました。
  例:いふ→いう やう→よう 他