Gaikotsu
Miyatake
Tribute
宮武外骨関連

7/27
すみませんゴチャゴチャですが、いずれ整理しますので。

2月23日
池田文痴庵解説文を加筆

2月19日
いままで全然更新してなかったもんなー。今後、暇を見てあれこれやってきますので、よろしくお願いします。

外骨っぽい物事を、探求、コレクトしていくページなんであります●至極イーカゲンなんでありますが●ほっといてくれ。
(文久2年(1862)英国人チャールズ・ワーグマン『ジャパン・パンチ』。明治10年『団団珍聞』(まるまるちんぶん、通称マルチン)創刊・野村文夫ら)

●宮武外骨?
●主な著書は?
●お墓はどこに?
●宮武外骨関連書物を読みたい
●三田平凡寺?
●池田文痴庵?


FAQ
●宮武外骨?

答え:人物名。明治・大正・昭和と活躍したジャーナリスト・歴史家・風俗研究家と解説される事が多い。

●主な著書は?

明治18年4月『孰姉乎妹』(いずれがあねかいもうとか)を浮木堂より刊行。いきなし6角形の書籍を発行。
明治19年4月『屁茶無苦新聞』最初の発禁
明治20年4月『頓知協会雑誌』 第28号の筆禍で投獄される
明治23年4月『鉄窓詞林』石川島獄中苦楽部
明治27年  『頓知と滑稽』
明治34年1月『滑稽新聞』1号 大阪滑稽新聞社>漫画雑誌創刊ラッシュの先鞭。これ以降、北沢楽天『東京パック』(明治38年)でブームは頂点に。明治41年10月、173号にて自殺。
大正4年11月『袋雑誌』
大正5年10月『スコブル』
大正11年10月『私刑類纂』
大正15年4月『早晩廃刊雑誌』
昭和5年10月『公私月報』
昭和21年5月『アメリカ様』

これ以外にもあります。

●お墓は、どこにある?

答え:染井霊園にあります。

「ガイコツ的」:コレで物事を判断しているところが多分にあるので一応イラヌ解説しておくと、

コレクト系:日曜研究家誌が最近では興味深いが、要するにコレクター的。

ケンカ系:ケレン味たっぷりのケンカを繰り広げる論客。

歴史・風俗系:主に江戸、明治。民俗学も含む

エロ系:えっち全般

オワライ系:とにかく笑えれば勝ち。

編集系:グラフィックデザインなど

…こんな感じでしょうか。

●外骨関連書購入記録

『宮武外骨著作集』:98/1/28、一誠堂書店にて購入。わあい。

『筆禍史』これは無理して買ったんだよ(大泣き、¥8000だ。小宮山書店にて)明治44年発行

『猥褻廃語辞彙・風俗史』98/1/28、小宮山書店にて購入

『評伝 宮武外骨』1999年2月10日、現世書房@早稲田にて入手、コバさんどうもでした

『広告批評』外骨特集号:1999年2月5日タコシェ(中野)にて購入

●宮武外骨関連書物を読みたい。

答え:以下のような本が出ている。一番手軽なのは文庫だろう。

文庫はこのとおり。
『外骨という人がいた!』赤瀬川原平 ちくま文庫
『新編・予は危険人物なり』吉野孝雄・編 ちくま文庫
『宮武外骨』河出文庫
『面白半分』河出文庫
『滑稽漫画館』河出文庫
『猥雑風俗辞典』河出文庫
『明治奇聞』河出文庫
『刑罰・賭博奇談』河出文庫


『宮武外骨』吉野孝雄、河出書房新社(河出文庫版もアリ)
『評伝 宮武外骨』木本至、社会思想社
『宮武外骨著作集』全8巻、河出書房新社
『此中にあり』ゆまに書房(株式会社ゆまに書房・101東京都千代田区内神田2-7-6 03-5296-0491)
『絵葉書コレクション』

『滑稽新聞』1−5(筑摩書房)

太田書房で何冊か復刻版が発行された、昭和47年発行。「変態知識」「私刑類纂」など。
『筆禍史』朝香屋書店 
『筆禍史』崙書房版(崙書房出版株式会社・千葉県流山市流山1-1306  0471-58-0035)
『猥褻廃語辞彙・風俗史』有光書房、飯島花月増補
『宮武外骨解剖』(1982 年12月発行)
『日本擬人名辞書』成光館、1930
『公私月報』

●「外骨的」関連(新刊等)トピックス

『日記日和』
日記本のガイドブック。塩山芳明インタビュー等。

定価:700円
発行:物数奇工房
連絡先:116−0013
荒川区西日暮里4−29−9 河上進方
Emailはこちら


「宮武外骨解剖」がオンラインで読める!

『雑誌の死に方』浜崎廣、出版ニュース社。滑稽新聞の自殺号など取り上げている

『日曜研究家』11号、日曜研究社。外骨・文痴庵との対談

これ以前はコッチへどうぞ

FAQ、今後の予定

快楽亭ブラック 1858ー1923ヘンリー・ジェームズ・ブラック。J.R.ブラックの長男で、オーストラリア生まれの落語家。三遊派に参加し、1891年快楽亭ブラックと称する。1903年、落語や浪曲をレコードにふきこむ。日本最初のレコードである。落語「試し酒」を創案、指紋を使った日本最初の探偵小説を創作、などなど。横浜外人墓地に墓がある。外骨の兄・南海の経営する東京学館で英語教師をしていたという経歴があり、外骨とも交流があった人物。晩年は不遇で、関東大震災が追いうちをかけた。詳細は「快楽亭ブラック」イ
アン・マッカーサー著、講談社を読みましょう。

尾佐竹猛(おさたけ たけき) 1880ー1946 判事、検事というカタそうな仕事を勤める傍ら、スリや博打の世界にも興味を持ち、奇書としか思えぬような書物を多数執筆する(一例として「賭博とスリの研究」をあげておく)。明治文化研究会にも参加。ペンネームも愉快で、無用学博士、縦横子、若本鳥之(わかもと どりこの)などといった具合。ワカモトはともかく、ドリコノなんて知らないよなあ。

河鍋暁斎 天保2‐明治22茨城県古河の生まれ。7歳で歌川国芳の門下。11歳で前村洞和に弟子いり。のち狩野洞白に弟子いり。大酒家で奇行が多かった。1870年、諷刺的時局画をかいたため逮捕され、翌年まで監獄暮らし。これ以降、暁斎と名乗ることになる。1889年、59歳で他界した。皇族を馬鹿にしてタイホされたという経歴を持っていて、外骨も親近感を抱いていたようだ。関連:仮名垣魯文

三田平凡寺?

 明治9年7月、東京芝車町生まれ。12歳の時に鼓膜が破れて聴力を失う。以後小林清親に弟子いり。明治29年には鴬亭金升に入門。「マルチン」に川柳を多数投稿する。明治42年「我楽他宗」を創立、「趣味山平凡寺」として開山。機関誌「趣味と平凡」など刊行。これ以上はないというほどユニークな面々が「平凡寺」に集結していく様子は、今でもなお非常に面白いので、調べてみるのも一興である。昭和36年に他界。漱石の子、純一と平凡寺の末娘の間に出来た子が漫画家の夏目房之介。

●池田文痴庵?

池田文痴庵(本名信一)は、明治34年東京麻布に生まれた。明治薬学専門学校卒業後、森永製菓勤務。社史の編纂等に従事。かたわら、東京高等製菓学校で教鞭をとり、校長にもなった。池田文化史料研究所を主催し、庶民文化の研究に従事した。昭和47年2月、70歳で逝去。「生まれながらの雑学好き」と自ら語ったように、なみはずれた好奇心と蒐集癖を持っていた。小学校時代、学用品の筆と墨に興味を持ち、蒐集をはじめている。蒐集観は「今日在って明日なくなるものの命永かれ」。著書『日本洋菓子史』『羅毎連多雑考』(ラブレターコレクションを厚かった本)『キャラメル芸術』『森羅万象録』(結婚式時に引き出物として配布された個人史・雑学集)などがある。戦前麻布にあったコレクションは昭和20年5月24日の東京空襲で失われた。その後浦和に移り、生涯コレクションは続けられた。宮武外骨に私淑し、『冥福』誌では、外骨と不可解な対談をしている。


外骨関連書籍

『「団団珍聞」「驥尾団子」がゆく』大木至、白水社 若き外骨がハマった雑誌を紹介。(ちなみに「滑稽珍聞」はこれからパクってます)
『漫画雑誌博物館』国書刊行会、清水勲監修。『マルチン』及び『滑稽界』は外骨の系譜と言う事で。
『私説広告五千年史』天野祐吉、NHK人間大学(1995年7月ー9月期)
『「知」の自由人たち』山口昌男、NHK人間大学(1997年10−12月期)三田平凡寺とのカラミ他

『巨人列伝』別冊宝島141、宝島社 紀田順一郎による紹介文。
『昭和超人奇人カタログ』香都有穂、ライブ出版 外骨の項あり
『幕末明治風俗逸話事典』東京堂出版、紀田順一郎。参考文献は、ヤッパリの外骨さん。
『明治大正新語俗語辞典』東京堂出版。参考文献
『松沢堂の冒険 鬼と蠅叩き』松沢呉一、翔泳社 外骨の名が散見。
『性は乱調にあり/性の快人・怪人録』矢切隆之(三一書房)外骨の項アリ
『雑誌の死に方』浜崎廣、出版ニュース社。滑稽新聞の自殺号などが取り上げている。
『不思議の町 根津』森まゆみ、ちくま文庫。「公私月報」付録に関して

▲ビデオ、その他オボエガキ

『知ってるつもり!?』でもやってましたね、外骨。いまだに手元にあるけど、見ることはないな。
『絵葉書コレクション』出版にあわせて外骨ガラミのイベントが新宿ロフトプラスワンで開かれた。客数はちょっと少ないようだったが、まあ、あんなもんだろ。
●紀ノ国屋書店で出すビデオは揃いで買わねばならないので、買ってないよ。
●ミニコミ『革燐同かく戦えり』物数奇工房、松田哲夫インタビュー。
●ミニコミ『滑稽新聞』黒田骸骨、115 東京都北区赤羽台3−24−9 小泉ハイツ201(今後に期待)


●雑誌類に散見する外骨翁

古い雑誌などは大宅壮一文庫で閲覧させて貰おう

冥福 昭和3年「外骨翁清談」(埼玉県立浦和図書館所蔵)
人間探求 昭和27年、24・25号「猥褻主義の80年」
婦人公論 1929/3 我が家の猫いらず騒動
文学時代 1931/3 変態人物論・廃性外骨論 井藤憲
アサヒグラフ 1948/10/6
アサヒグラフ 1951/6/13 半世紀畸人伝
毎日情報 1951/8 私の小伝 是本名也
サンデー毎日 1955/8/7 風流反逆児 宮武外骨死ぬ
読書新聞 1955/8/8 宮武外骨翁を偲ぶ 林茂
調査情報 1970/5 「野次馬列伝」青地晨
読書人 1972/4/10 「外骨著作集」関連、荒瀬豊
プレイボーイ 1972/4/11 私刑類纂について企画者との一問一答
噂 1973/7 雑誌発行魔・宮武外骨
アサヒ芸能 1975/4/24
平凡パンチ 1975/8/4
週刊ポスト 1977/1/14・21合併
艶楽書館 1977/4
季刊銀花 1977/6
宝石 1980/11
週刊朝日 1980/11/7
週刊文春 1982/12/16
広告批評 マドラ出版、1984年8月号 外骨特集……未見。
文芸春秋 1992/10 外骨忌
サライ 1992/3/19 特集「出でよ!平成の宮武外骨 面白くなければ新聞じゃない」
月刊ASAHI 1993/9 瀬木博尚
ユリイカ 青土社、1993/9 外骨特集。『早晩廃刊雑誌』『そや』、雑誌小事典など。
暮らしの手帳 1994/12 仮髪排斥
毎日グラフ・アミューズ 1994/12/28
芸術新潮 1995/11 東京大学コレクション
地域雑誌 谷中・根津・千駄木 其の四十七(編集・発行 谷根千工房)特集:宮武外骨、過激なるジャーナリスト
『日曜研究家』11号、日曜研究社。外骨・文痴庵との対談(!)


●明治末期の『滑稽』文字入り雑誌

『東京滑稽新聞』(明治40年6月)
『滑稽界』(明治40年8月)
『東京滑稽』(明治40年9月)
『あづま滑稽新聞』(明治41年1月)
『大阪滑稽新聞』(明治41年11月)>自殺後出た。「癇癪と色気」が「趣味と実益」に
『東京新滑稽』(明治42年3月)
『東京珍滑稽』(明治42年11月)


●「外骨的」

そのうちアイウエオ順に並べて小事典化したい。これはやみたけ個人の備忘録みたいなもんだから過度の期待は禁物だ。

▲人名編(現代)読み方不明な部分はいずれ調べる
▲人名編(明治・大正・昭和)>再構成中

▲現代編

青地晨 【あおち・しん】 ジャーナリスト(「私刑類纂」太田出版解説)
赤瀬川原平 【あかせがわ・げんぺい】 1937横浜生、筆名尾辻克彦。『父が消えた』(81)
秋山清 【あきやま・きよし】 『宮武外骨著作集』V『変態知識』(上)付録「外骨、その反権力の原像」昭和47年5月30日太田書房刊(『宮武外骨』吉野孝雄付録)
秋山道男 【あきやま・みちお】 1948千葉生、「スコブルコンプレックス會社」代表。
天野祐吉 【あまの・ゆうきち】 1933東京生。編集者・絵本作家。『広告の本』『広告のような話』『ゴクラクトンボ』『見える見える』絵本『ぬくぬく』
荒俣宏 【あらまた・ひろし】 1947東京生、紀田順一郎らと『幻想と怪奇』
池内紀 【いけうち・おさむ】 ユリイカ’93/9解説「諷刺について」
池田浩士 【いけだ・こうじ】 (著作集月報6「外骨本と読者の痕跡」)
市川訓敏 【いちかわ・?】 (著作集月報3「外骨と「解放」令反対一揆」)
岡野他家夫 【おかの・たかお】 『書国畸人伝』「新聞雑誌と宮武外骨」昭和37年6月10日桃源社(『宮武外骨』吉野孝雄付録)
加藤秀俊 【かとう・ひでとし】 『明治メディア考』昭和55年4月15日中央公論社刊(『宮武外骨』吉野孝雄付録)
神谷忠孝 【かみや・ただたか】 ユリイカ’93/9解説「ダダイスト宮武外骨」
串間努 【くしま・つとむ】 『日曜研究家』発行人
酒井雁行 【さかい・がんこう】 日本浮世絵博物館学芸員。(著作集月報7、ユリイカ’93/9解説「外骨の時代・維新から敗戦まで」)
坂田明 【さかた・あきら】 ’93/9対談「ストレートな変化球」
佐古口早苗 【さこぐち・さなえ】 ぐわいこつふぁんくらぶ会長。ユリイカ’93/9「ぐわいこつふぁんくらぶの真相」
末井昭 【すえい・あきら】 「写真時代」「パチンコ必勝ガイド」
高橋克彦 【たかはし・かつひこ】 (著作集7解説)
谷澤永一 【たにざわ・えいいち】 (著作集1、7解説)『牙ある蟻』『宮武外骨ひとり往く』昭和53年8月22日冬樹社刊
中野好夫 【なかの・よしお】 『宮武外骨解剖』5号、「宮武外骨翁のこと」昭和53年11月25日宮武外骨解剖の会発行(『宮武外骨』吉野孝雄付録)
平岡正明 【ひらおか・まさあき】 ユリイカ’93/9解説「骸骨変奏曲」
前田愛 【まえだ・あい】 『明治メディア考』昭和55年4月15日中央公論社刊(『宮武外骨』吉野孝雄付録)
松沢呉一 【まつざわ・くれいち】 ライター、ユリイカ’93/9解説「変態の探求」。『松沢堂の冒険』
松田哲夫 【まつだ・てつお】 1947東京生、筑摩書房取締役。『編集狂時代』(本の雑誌社)『これを読まずして、編集を語ることなかれ。』(径書房)『頓知』(95)
マッド・アマノ 【まっど・あまの
松本健一 【まつもと・けんいち】 (著作集3解説)
みうらじゅん 【みうら・じゅん】 漫画家、エッセイスト
南伸坊 【みなみ・しんぼう】 1947東京生、イラストライター。『哲学的』『さる業界の人々』『ハリガミ考現学』『笑う写真』『顔』
宮西豊也 【みやにし・とよや】 (「私刑類纂」太田出版版解説。)
森まゆみ 【もり・まゆみ】 ヤネセンのオネーサン
森山誠一 【もりやま・せいいち】 (著作集月報5「外骨と社会主義と大逆事件」)
柳田泉 【やなぎだ・いずみ】 『明治文学全集』月報36「連載・明治文学研究夜話(36)」昭和43年3月筑摩書房刊(『宮武外骨』吉野孝雄付録)
山崎浩一 【やまざき・こういち】 ユリイカ’93/9解説「そんなバカがまさに」
山下武 【やました・たけし】 (著作集月報5「父・柳家金語楼の”大いなる遺産”」)
山本明 【やまもと・あきら】 (著作集月報2「やわらかい網の目」)
吉野孝雄 【よしの・たかお】 千葉県立船橋高校教諭、『宮武外骨』。共著『高校生からの日本文学ガイド』
渡辺和博 【わたなべ・かずひろ】 なべぞ
紀田順一郎 【きだ・じゅんいちろう】
橋本治 【はしもと・おさむ】 (著作集月報3「何かの末路」)小説家
庄司浅水 【しょうじ・せんすい】 (著作集月報2「反骨の人外骨」)
川向秀武 (著作集月報5「「部落改善」への疑問と外骨の姿勢」)
川崎徹 【かわさき・とおる】 ユリイカ’93/9対談「ストレートな変化球」
川村邦光 【かわむら・くにみつ】 ユリイカ’93/9解説「ワイセツの詩学」
中川道弘 【なかがわ・みちひろ】 上野文庫社長
中沢新一 【なかざわ・しんいち】 (著作集5解説)
中尾健次 【なかお・けんじ】 (著作集月報6「近世部落史と外骨」)
中野三敏 【なかの・みつとし】 (著作集6解説)
田村紀雄 【たむら・のりお】 (著作集月報3「「性」を考える」)
唐沢俊一 【からさわ・しゅんいち】 ライター
南陀楼綾繁 【なんだろう・あやしげ】 『日曜研究家』、ミニコミ『物数奇』
白石正明 【しらいし・まさあおき】 (著作集月報2「宮武外骨と部落問題」)
北根豊 【きたね・ゆたか】 (著作集月報6「宮武・瀬木両翁の出会い」)
林美一 【はやし・?】 (著作集月報7)
田中優子 たなか・ゆうこ 法政大学教授、国文学者。山東京伝関連
杉浦日向子 すぎうら・ひなこ 江戸のご隠居

 


▲浸透拡散編

『櫻画報大全』【さくらがほうたいぜん】赤瀬川原平
『超芸術トマソン』【ちょうげいじゅつとまそん】
『ハリガミ考現学』【はりがみこうげんがく】(南伸坊)をはじめとする赤瀬川原平周辺。
『面白半分』【おもしろ・はんぶん】なんかそう言う雑誌があったんだよな
『頓知』【とんち】(筑摩書房)あまり熱心な読者じゃナカッタ。
『本とコンピュータ』【ほんとこんぴゅーた】(トランスアート)通称本コ。松田哲夫氏
『広告批評』【こうこくひひょう】マドラ出版、天野祐吉
『天下り新聞』【あまくだりしんぶん】マッド・アマノの手による、天下り官僚を揶揄したニュースペーパー。
『日曜研究家』【にちようけんきゅうか】日曜研究社(101東京都千代田区岩本町2-13-4神田共同ビル6階03-5820-1195)串間努

『ガロ』
『東京人』(財)東京都歴史文化財団 千代田区有楽町1-7-1有楽町電気ビルヂング南館7階
『谷中・根津・千駄木』
『VOW』シリーズ、宝島社。
『GON!』ミリオン出版

▲ミニコミ類
『東京おとなクラブ』
『ビックリハウス』
『犯罪月報』
『畸人研究』
『車掌』
『物数奇』
『少年ざこね』現代版「袋雑誌」

みうらじゅんの諸活動。
新宿ロフトプラスワン
模索舎
スコブル社 西荻窪の書店。
上野文庫 台東区上野1-10-10 03-3831-6852
キントト文庫 台東区蔵前1-1-6 03-3866-1001
トリオ(ガロショップ・タコシェ)

●骸骨出没スポット

讃岐国阿野郡羽床村大字小野 生誕地
台湾 逃亡地(ドコ行ってたんだ?)
長崎県厳原(いずはら) 明治33(1900)34歳、台湾より帰国後静養
大阪、西区京堀町 明治34(1901)35歳、「滑稽新聞」
中之島銀水楼 明治43年4月10日、入獄送別会
神田青年会館 大正8年、53歳時、第1回黎明会公演。吉野作造と出会う
塩原 傷心の静養地
茨城県七郷村 「高松札」(面白半分に記事)
上野梅川楼 柳北五十年忌
草津温泉 頑癬治療
日比谷松本楼 外骨雪冤記念会
府下南多摩郡愛宕山麓 疎開先
浦和図書館、池田文痴庵文庫(埼玉県)
酒井好古堂(浮世絵) 千代田区有楽町1-2-14 03-3591-4678



 
 


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