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December, 1999
エイジに初めて出会った日の日記(7月後半4日分1999)
2回目にエイジに会った IN ボストン
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■■7月15日(土)■■

やる気がしない。何をするのも。
エイジは今日お休みだし、郊外のアウトレットにでも行ってぱーっと買い物しようか、と言っていたんだけど、
肝心の私は何もやる気がおきない。
買い物にでかけて何も欲しい物なんかない。何もせずにぼーとしていたい。
それに昨日の夜からなんだけど、なんだか食べ過ぎでもないのに胸やけがする。吐き気もする。

ベッドに横になった。
エイジを目の前にして声を出して泣いてしまった。
1時間くらいだろうか。ずっと。
その間ずっと背中をトントンと叩いてくれていた。
そして夜もまたずっと泣いてた。
いろんなことが重たく圧し掛かっているといった感じ。
出口が見えないまま、毎日を過ごすのはなんて辛いことなんだろう。

全てを忘れて現実逃避したい。

 

■■7月14日(金)■■

今朝はやっとティファニーと話すことができた。久しぶり。
結構長い間話してたと思う。

でも元旦那が、昨日ティファニーは1日中、「ママはどこ?ママはどこ?」「I miss mommy」って言ってたと言った。
空を見て飛行機を指差しては、「マミー?」と聞いていたらしい。
元旦那が、「マミーは飛行機に乗っておうちに帰っちゃったんだよ。でもまたすぐに会えるからね」と言うと、
納得したらしく、それ以上は聞かなかったらしいが・・・。

そういう話を聞くと辛い。
私だってすぐに飛行機に飛び乗って飛んで行って会いに行きたいから。
会いたいのは私も一緒だよ。
じゃあ、なんで会いに行かないの?どうして私はここにいるの?
分からない。エイジがいるから?

エイジの任期延長もダメになって、アメリカ側への移籍も決まらないまますっきりしない時を過ごしている。
8月の終わりまでもうあんまり時間はないというのに。
私も早く働いてお金を貯めたいのに、エイジの仕事の件が決まらないと、
ここにずっといる事になるのかもわからない状態で、私が仕事を探すことはできないし、今は動けないでいる。
ストレスのせいなのか、なんなのか、持病のアトピーが悪化してきた。
皮膚科に電話をかけて、予約を取った。来週の金曜日に行くことになった。

 

■■7月13日(木)■■

なんだか最近ティファニーと話していない。
こっちからはしょっちゅう電話かけているんだけど、いつもタイミングが悪いらしい。
昼寝している時だったり、夜寝た後だったり、学校からまだ帰ってなかったり、元旦那と外出していたり。
元旦那の留守電メッセージももう聞き飽きた。
時差が3時間あるから、なかなかタイミングも難しい。
元旦那は午前中がいい時間だと言うけど、こっちはまだ早朝だしエイジもいるし、ゆっくり話せない。
夕方からはごはん作ったりして何かと忙しいし、ごはんを作り終わって、エイジが帰って来る前に急いでかけると、
もう寝たと言われることもあり・・・。留守電だったり・・・。

タンスの裏からティファニーのクレヨンが1本出て来た。
きっとタンスに置いていて落ちたのだろう。

なんか急に我慢ができなくなって、もうボストン時間は夜の11時半なのに電話してみた。
元旦那にもうとっくに寝てるよ!と言われた。朝にかけなおせ、と。
今度かけてきた時に昼寝中だったら、今度は起こすから、と。

電話を切った。涙が出た。
ほんの2週間前はまだここにいたのに。もう随分昔のように感じる。
手の届かない所に戻って行ってしまった。
彼女がここにいたことさえももう信じられないくらい。

 

■■7月12日(水)■■

「当初の任期通り日本に帰って来ることを了承してください」

というメールがエイジの日本の会社の課長さんから届いたらしい。
「当初の予定」というのは、来月8月の終りまでアメリカで働いて、9月の頭には日本に帰るということ。
何度となく、日本側に延長したいという意思を伝えていただけに、やっぱりこれはショックだった。

と、なると9月以降もアメリカに残るとすれば、今と同じ会社のアメリカ側に移籍を申請するしかないわけで。
延長願を出していることは、こちらの課長さんも部長さんも知っていて、OKしてくれていたんだけど、
いざ、日本の会社を辞めて、こちら側に現地採用として正式に移籍となると、どうなんだろうか・・・。
もしもだめだった場合、9月からどうしたらいいのか。
日本に帰るしかないのか。

エイジは、「大丈夫だよ、なんとかなるよ。日本に帰ることはないから」って言うけど、
もし、今の会社のアメリカ側に移籍がダメだった場合、9月までに就職活動している時間はあるんだろうか。
日本の会社を退職するとなると、8月の終りで、今の車もアパートも手放さないといけなくなるのに、
ふたりとも無職でアパート貸してくれるところなんて、まずないだろうし・・・。
ビザの問題も大きいし。

どうなるんだろう。
ここに来て、局面に差しかかっていると言った感じ。

 

■■7月11日(火)■■

日本ではなんと呼ばれているものなのかわかりませんが、税金を払った後、お金が年に1回戻って来るでしょ?
3月あたりに。その手続きってこっちでは自分でしなくちゃいけないんですよね。
で、それをするのを私はてっきり忘れていたんですよ。
慌てて、手続きを代行してくれるところへアポイントを取って行って来ました>H&RBlock

本当は4月が締めだったからもう、3ヶ月くらい遅れてるんですけどね。
で、結局代行料金とかその他モロモロを合わせていたら、お金が戻って来るどころか、
日本円にして2万円くらいこっちが払わなきゃいけないことが判明。
かなりむかついて帰って来ました。

エイジの飛行機は夜の9時12分着だったんですよ。
とは言っても出てくるのに時間がかかるだろうし、9時頃家を出るね、と言ってたんですね。
でも、エアラインのHPでフライトのステータスをチェックしてから出るから、と。
で、9時頃家を出る予定だったんだけど、HPでステータスをチェックすると、なんと予定より20分ほど早く着くらしい。
エイジだけじゃなくて、一緒に出張に行った、○○さんも一緒にピックアップなので遅れては申し訳ない、
ということで40分には家を出たんですヨ。

空港に着いたら9時前でもう飛行機は着いてるはずなのに、一向にエイジ達は出てこない。
ロータリーのところは、駐車してはいけないとサンザン放送が流れているし、早く出てきて欲しいのに。
9時20分頃になってやっとエイジ達が出てきましたよ。
なんでも私が9時に出ると言っていたので、ターミナルで時間つぶしていたとか(怒)
そしてみやげは、サンフランシスコと書いたマグネットと絵葉書(呪)

それにしてもこの2日間の私の食生活と言えば、
→1日目 クッキー・うどん
→2日目 クッキー・ごはん(WITH味付けノリ)
でした。こんなもんっす。作る気ゼロ。男の一人暮しよりもひどい食生活かも。
いくらなんでもエイジに言うのは恥ずかしいから、うどんとチャーハンでも作ったことにしておこうかな。

 

■■7月10日(月)■■

朝の6時過ぎにエイジと同じくサンフランシスコ(以下SFO)に行く日本人の人が迎えに来てエイジは空港に行く。
私は2度寝をしようと思ったんだけど、何故か眠れなくて、ネットしたりテレビ見たり。
買い物に行こうと思ってたんだけど、エイジがATMカードを置いてってくれるのを忘れた事に気づき肩を落とした。
金がねー・・・。

あ、そうそう、7月7日の日記に載せた写真なんだけど、(ルックアウトタワーからのやつね)
どうも低いなあ、って思ってたんですよね、分かりました。あの写真、私は絵的なバランスを考えて(偉そう)、
ズーム使ってたんですわ・・・(~_~;) そりゃ、低く見えるわな、って感じ。
どうして気づいたかって?今日ヒマだったから、エイジが同じくバンクーバーで撮ったビデオを見てたんですよ。
そしたら、それを見ると私の写真よりかなり高いところから撮ってるように見えるんです。
それで気づきました。あ、私、望遠で撮ったんじゃん・・・、って。失礼しました。

そう言えば、エイジ氏、かなりバンクーバーを気に入った様子で、「はぁどうして俺は茨城なんかに生まれたんだろう」って、
連呼してましたよ(笑)プププ。 カナダ人になりたかったということなのかな。
確かにバンクーバーには東洋人が多かったから、なじみやすいのかもしれない。
ホノルルほどではなかったけど、あんな感じ。
日本語もあちこちで見かけるし。日本食レストランも歩いてるとしょっちゅうあるし。
オレゴンは日本人どころか、東洋人ですらあんまり見ないもんね。白人が多いよ。

そして夜になり、エイジは10時頃には終るから電話かけれると思うって言ってたのに、11時になっても連絡ナシ。
夜は接待がある、なんて言ってたけど、まさかバンクーバーで見たような、
「日本人ホステスいます!紳士のお楽しみナイトライフ!」
なんて看板が出てるような店に連れて行ってもらってるんではないだろうな(笑)(←いや笑い事ではない)

なあんてしょうもない考えが頭の中をよぎりながらも、電話を待ってネットにつなげないのも悔しいので、
ネットにつなげて、たまってたメールなどの執筆活動をした。

今朝は早起きしたので、ベッドで本を読みながらうとうとしていると、電話が鳴った。
ふと時計を見ると1時過ぎじゃないか。まさか!?>紳士のお楽しみナイトライフ<バカ
「もしもし」と思いっきり、眠そうカツ、不機嫌な声で電話に出ると案の定エイジだった。

「はぁ。疲れた。もう○○さん(エイジと一緒に出張に行ってる人)のナビゲーションはいやだね」と言った。
なんでも、接待は予定通り10時過ぎには終ったらしいが、エイジ達のホテルは、ギリギリに予約を入れたこともあって、
ダウンタウンにあるホテルは全部もうすでにいっぱいだったので、町外れにあるホテルだったらしいんだけど、
初めての土地で暗い夜道を運転して、道に迷ってた、というのだ。
途中で山の入り口にまでも達したらしい。運転していたのはエイジらしいんだけど、○○さんのナビゲーションは、
「もうちょっとしたら、右に曲がってみて」とか、かなりあいまいなものだったらしい・・・。
結局素直にに行けばダウンタウンから30分くらいで着くはずのところが、2時間半も夜のSFOをさまよっていたらしい。
正直、私に言わせれば、エイジだってかなりの方向音痴。
私のナビゲートでいつも助かってるようなもんだもんね。(偉そうその2)

私 「いかにいつも私のナビゲーションがいいか、わかったでしょ?」
エ 「今回まじでそう思ったよ」

おまけに、泊まったホテルはヒルトンホテルで一流(?)のはずなのに、
チェックインが遅く、変な部屋しか残ってなかったのか、スモーキングルームのはずなのに灰皿が置いてない、と
文句を言ってた。灰皿の代わりになるものを探した挙句、何もなく、このコップを使うと言ってた・・・。いいのか?
プラス、テレビのリモコンもなく、テレビ付ける気もしない、とエイジはかなり滅入っていた。

 

■■7月9日(日)■■

昨日のドライブ&旅行の疲れからか、今日は1日中家にいた。
本当はどこかへ出かけようとしていたのだけど、エイジと共に3時間くらい昼寝。
彼は明日からサンフランシスコに出張で朝の5時半起きだというのにこんなに昼寝していて大丈夫なのだろうか。
夜は夜で、エイジは明日着て行く服を、クローゼットをひっくり返し、夜な夜なファッションショー・・・(~_~;)
おいおい、そんなカジュアルな服で大丈夫なのか?
最初エイジが私のVAIOを出張に持って行きたいとか言うから、ちょっと慌てて処理したものも多々アリ(内緒)
イヤ、大したモノじゃないです、ホント。
削除した後に、「やっぱりノート持ってかない」とか言ってた(呪)

このHPもそろそろいい加減リニューアルをしたいんだけど、時間はあるのにセンスがない。アイディアがない、
のナイナイずくし。どこをどう変えたいのか自分でも分からない。でも飽きた。
それにしてもこれは以前から疑問に思っていたのは、私の場合、マイ日記猿人が定期的に消えるということ。
「日記猿人運営報告」以外のモノは全部消えてしまう。
今回は長持ちしていたと思っていたのに、今日またやられた。むかつく。どうしてなんだろう。
私だけなんだろうか。

そう言えば、関係ないけど、この前ボストンに行ったときにデトロイトで乗り継ぎだったんだけど、
空港のあちこちのサインが日本語でも表記してあるのはいいけど、
男子用トイレの「殿方」というのはアリなのか?
今時日本の男子用トレイに、「殿方」なんて書いてる?
いや、もうメリケン生活9年目なのでよくわからないけど、過去の記憶をたどれば、そういうのは見たことない。

(余談)
分かっています。このページは写真のせいで重いです。
もうすぐページ変えます。もうちょっと待ってね☆

 

■■7月8日(土)■■

今日はもう帰る日。
朝からキャピラノつり橋へ行った。そのつり橋は写真ではかなり山奥にあるみたいなのに、
バンクーバーのダウンタウンから橋を渡って10分で行けるという。

この橋は元々、1889年にスコットランド人の開拓者が作ったらしい。
現在かかっている橋は、1956年製のものらしいけど。
高さ70mの所に架かっている全長137mのこの橋は、渡る時にかなり揺れた・・・。
下には川が流れていて、かなり恐怖。かなり左右に揺れて、怖かった。
こんな所でジャンプなんてしようものなら、かなりのヒンシュクなんだろうな。
何故か興奮し、走ってるおじさんがいて、橋のところどころに付いているスピーカーから注意されていた。

ちなみにここにも日本人観光客がたくさんいた。
1つびっくりしたのは、修学旅行らしき、日本人高校生(多分)の集団(と言っても20人ほど)がいたんだけど、
制服を着ていたこと。学校で行く修学旅行とは言えども、こんな山の中で、制服はないんじゃないか?
日本はどこへ行くにも制服なのかなあ。だって、ローファーとかはいてたよ。
橋を渡ると、山道というか坂道もあったし、なんか危なっかしかった。

お昼ごはんをモール内で食べて、私達はオレゴンに向けて戻ることにした。サヨナラ>カナダ
しかし、私のパスポートは6月12日をもって、切れていた。
本当にアメリカに入国できるんだろうか。国境が近づいて来るにつれて、緊張が高まってきた。

←動いてる車から撮ったのでボケてしまった・・・。
いよいよ↑こんなのが見えて来て、アメリカへの入国審査に向けて、車が混んでいた。
嗚呼、緊張。もしも、私が入国できなくて、日本へ強制送還された場合のために、エイジと打ち合わせまでしていた。
パスポートは?ともしも聞かれた場合、切れたパスポートを正直に見せるべきなんだろうか?
それとも、グリーンカードがあればいらないはずだ、と強気でいるべきなんだろうか。
そんなことが頭の中をぐるぐると回っていた。

またもや、高速の料金所みたいなイミグレーションを通過する。いよいよ私達の番だ。
移民官「国籍はどこですか?」
うちら 「JAPAN」
移民官「アメリカでの滞在のステータスは?」
エイジ 「L1ビザ」
私   「グリーンカード」

と言って、エイジはビザ付きのパスポートを、私はグリーンカードを移民官に渡した。
すると移民官は私のグリーンカードにはほとんど見向きもせず、エイジのパスポートを念入りにチェックし、
アメリカでどんな仕事をしているのか?とか、会社の名前とか、あとどのくらいアメリカに滞在するのか、とか、
カナダへな何しに行って来たのか?どのくらいカナダにいたのか?とかまあ、エイジに質問を浴びせた。

そして一言、
「Where's I−94?」(移民官→エイジに)
「は?」(私達)

なんでも私も忘れていたが、I−94とは、アメリカに入国する時に書かされる書類のひとつで、
その半分を入国の時に移民官がちぎった後、その半券がパスポートにホッチキスで止めてあるものだ、と言う。
エイジのパスポートには、取れてなくしたのか、元々なかったのか、その半券がパスポートになかったらしい。
移民官は、書類にうちらの車のナンバーを書き写したあと、「I−94?」と書いたカードをエイジに渡し、
入国するには、I−94がいる。車をこの先にとめて、左にある移民局オフィスに行けと言った。

なんなんだなんなんだ?
てっきり、入国拒否されるようなことがあるとすれば、有効なパスポートがない私だと思っていたのに、
エイジがひっかかるなんて。しかもその半券がないなんて気づかなかったし、知らなかったし。
とりあえず、言われるままに、車をとめて、オフィスの中に入って行った。
いや、私は行く必要はなかったんだけど、一応一緒に行った。

中には入国にトラブった人達の長い列ができていた。
やっと私達の順番が来て、状況を話すと、やっぱりI−94が必要らしい、ということ。
意地の悪そうな、移民官がやってきて、「書類はどこだ?」と聞いた。
思わず、私が、「なんの書類?」と聞くと、ビザが発行された時に同時に送られて来る書類、だと言う。
「どの書類のことか分かってるだろ?」とその移民官は意地悪く言った。
分かってたら、聞くか、つーの。バカ。

私はすぐにどの書類のことを言ってるのかわかったけど、でもそんなものはオレゴンにある。
大体前にエイジの同僚の人でカナダに行った時は、すぐに通過できたと聞いていた。
まあ、こんな書類を見せろと言われるのも、I−94がないからゴチャゴチャ言われるんだろうけど。
でもないもんはない。移民官は露骨にイヤな顔をして、その書類の説明をゴタゴタとはじめた。
だからないっつってんだろ!(カエココロの声)
とにかくこっちの話は聞く耳持たないし、書類書類と叫んでいる。
挙句の果てに勝手にいなくなり、私達はカウンターの前でしばらくボーっと立たされていた。

戻って来たかと思えば、エイジの会社のこととかを質問して、コンピュータに入力した後、I−94再発行代金6ドルだ、
と言った。なんかすごいイヤな感じの審査官だった。隣りの審査官はやさしそうな人だったのに。
とにかく、6ドルを払い、エイジも無事入国完了。はぁ。疲れた。

それにしても、彼にとっては、毎日やってる事だし、知ってて当たり前って感じの物なのかもしれないけど、
こっちにしてみれば、そんなに滅多に国境なんか越えるもんじゃない。
I−94だの、書類だの、言われてもすぐにはピンとなんて来ないものだ。
それに対して、イライラくるのもどうかと思うね。アメリカに来る外国人が許せなくて、追い出すためにアンタは、
移民官になったのか?って感じだったもんね、あの態度。もし、違法でアメリカに滞在してるんだったら、
戻って来れなくなるのに、カナダなんかに行くか、つーの。はぁ。むかつく。

行き同様、シアトルに立ち寄って、宇和島屋でお弁当を買って車の中で食べた。
レストランに立ち寄る元気ナシ。
家に帰って来たら10時半だった。帰りは私が4時間くらい運転したので疲れた。ご苦労様。
これを読んでくれたアナタもご苦労様。

 

■■7月7日(金)■■#2

印度料理屋で夜ごはんを食べてホテルに戻って来るともう11時。
ホテルの室内プールでは、気持ちよさそうに泳いでる人がいる。プールがあったんだね。
おまけにジムまである。たくさんのマシーンが並んでいた。
しっかし、ホテルに泊まっているということは、バケーションか仕事の人のはずなのに、
そんな時にまで、マシーンで運動している人は本当に尊敬ものだね。

部屋に帰って来て服を着替えて、テレビを付けた。
ふと、昨日のビデオがどうなっているのか気になった>アダルト映画ね。
私は、「きっとメイドさんがリセットしてくれてるよ」なんて言ってたんだけど。
おそるおそる、映画のカテゴリーのところをリモコンで押してみると、やっぱり、3.成人映画はなかった(泣笑)
きっと、宿泊客がチェックアウトするまでは、消されたままなんだろうな。
っち。ちょっとだけ見てみたかったのにな。
レンタルビデオ屋にそんなのを借りに行く気はないけど、誰にもばれないんなら、こっそりと・・・ね。

 

■■7月7日(金)■■

あ、そっか。この日が七夕だったんだなあ。今この日記を書きながら思い出した私。
こっちにいるとそういう日本の行事ゴトをすっかり忘れてしまいがち。

今朝はまず起きてから、ルックアウトタワーとカナダプレイスに行った。
   
大して高くないけど、まあ上から見た景色はこんな感じ。
うーん。こんなショボイ写真ではバンクーバーのキレイさが伝わらないけど。
タワーが閉まる10時半まで1日何度でも来ていいらしいが、入場料がカナダドル10ドルというのは高いと思った。

それからロブソンストリートというバンクーバーで一番オシャレで賑わってるストリートでちょっとお買い物。
ロブソンストリートから1つ奥に入った、アルバーニストリートというところで偶然みつけてしまったんだが、
「巨泉のOKショップ」というのがあった。大橋巨泉のおみやげ店らしいが、かなり強烈だった。
←コレ(byるるぶ)
いや、別に店内は普通のお土産屋さんなんだけど。
でも中には、石坂浩二がデザインしたという、地球に優しいエコバッグ(意味不明)と、Tシャツがあった・・・。
しかもご丁寧にバッグとTシャツには、Koji Ishizaka とサインがプリントしてあった・・・。
そしてその売り場には石坂浩二の写真が写真立てに入ってた・・・。買う人はいるのか。
エイジに買ってあげると言われたが、丁寧に断ってみた。
しかし、最近の若い人なら知らないんじゃないか?>巨泉
確かこの店はナイアガラに行った時にも見たことがあった。彼はカナダに移民したんだっけ?
それにしても、このお店、店員の数はかなり多いのに、お客さんはほとんどいなかった。大丈夫かな。(いらぬ心配)

それから再び、ロブソンストリートに戻って買い物をした。
「みんなのコンビニ屋」という長い名前の日本食を扱ってるお店があった。(しかし長い店名だな)
そこでは日本のCDが売ってたので、私達は長い帰りのドライブのために、CDを買うことにした。
何を買うにも、どんな曲が流行っているのかも分からない浦島状態の私達がみつけたのは、
今「パクリ問題」で話題になっている、倉木麻衣のCD。
どうやらこのお店においてるCDはアメリカの紀伊国屋においてるような日本からの直輸入のCDではなく(高い)、
台湾のCD会社が発売している日本人アーティストのCDらしかった。
だから、日本のCDに比べてめちゃくちゃ安い。15ドル(カナダドル)くらいだった。
このCDには倉木麻衣のこれまでのシングルとアメリカで発売されたシングル、プラス他4人の歌手のシングル16曲が
収録されていた。これって、著作権とかはちゃんとなっているのだろうか(いらぬ心配その2)

夕方にかけて、これまたるるぶでみつけた、レンタルバイク・ローラーブレードショップに行ってみた。
エイジがローラーブレードに初挑戦してみたい、と言うのだ。私はあんまり乗り気ではなかったんだけど。
スタンレーパークという広大なパークがあって、そこにつながる道にはそういうレンタルショップがたくさん並んでいる。
どうやら、ここでレンタルしてパークで汗を流すというのは人気コースらしい(ほんまかいな)
実はローラーブレード、私は今から8年前、アメリカに来てすぐの頃、1回だけトライしたことがある。
ローラースケートと違って、ストッパーが右足の後ろについているだけなので、止まることがかなりの難度のため、
諦めた記憶が・・・。1時間半ほどレンタルしてちょっと滑った。うまくできたら気持ちいいんだろうけど。
ちなみにエイジは3回、私は1回アスファルトの上でお尻を強打して、かなり痛かった。
っち。自転車にしておけばよかった。

夜ごはんはるるぶに載っていた、インド料理屋で食べた。
この前オレゴンで食べれなかった分。おいしかった。印度サイコー、印度バンザイ \(~o~)/

 

■■7月6日(木)■■

カナダまで5時間くらいかかるから、早目に家を出ようね、と話していたにもかかわらず、
結局ぐうたらうちらが家を出たのはお昼の12時前だったねえ。
ホントにカナダに行くの?っていうくらい、のんびりのんびりしてて、朝に洗濯もしたりとか。
途中シアトルに寄って、宇和島屋(日本食スーパー)でお弁当とか購入し、
紀伊国屋でバンクーバーのガイドブックを購入した。
見所も何もチェックしてなかったからね・・・(~_~;)

アメリカからカナダへ入国した時は、高速の料金所みたいなところでアメリカでのビザステータスを聞かれた。
エイジがL1ビザで私がグリーンカードって答えたら、エイジはその先のカナダ入国審査所で、
パスポートにハンコを押してもらう必要があると言われた。私はいらないとのこと。ホッ。
でも、エイジが受け取った入国カードには、大人2人って記されてたんだよね。
でもまあ、いいかって私は車の中で待ってた。
しばらくしてエイジは戻って来たんだけど、エイジは色々カナダでの滞在先とかアメリカでの仕事のこととか、
聞かれたらしい。で、「あと、もうひとりいるのね?(私のこと)」と言われたらしいけど、私はずっと車のままにいたのに、
全然入国できた。カナダってなんて寛大なんだ。これが逆にアメリカに入国するのであれば、もっともっと厳しいだろうな。
だってもしも私が逃亡犯とかだったらどうするの??

カナダに入国しても景色はずっと田舎のままでアメリカとほとんどかわんなかった。
エイジはパスポートにハンコ押されたことで、「外国に来た」って感じで運転緊張するとか言ってたけど。
ま、いいや。とにかくシアトルで少し休憩したこともあって、バンクーバーに着いたのは、夜の7時半くらいだった。
私達のチェックインが夜になり、普通の部屋がいっぱいだったからか知らないけど、セミスイートにアップグレードしてくれて、
かなり広くて、部屋にはキッチンも付いてて、かなり良かった。ドアも2つあったし。感激。

長いドライブの後だったので、ホテルのテレビを付けて、ちょっとカナダのテレビをチェックしてると、
映画放映とかのお知らせがあったので、そっちをつけてみると日本語表示もあって、日本語で表示させて見てた。
すると、ホテルお約束の「アダルトビデオ」もあるらしかった。「ビデオタイトルの表示」とかもあったので、
エイジは調子に乗ってアダルトビデオのタイトル表示させたりしてた。
普通の映画のビデオとか子供用とかもあったんだけどね。
それで、笑えたのが、アダルトビデオに関することで、「間違えて成人映画を上映できなくしてしまった場合は、
フロントデスクまでお知らせください」みたいなことが書いてあって、私とエイジはウケていた。
そんなことでフロントデスクに電話するのは恥ずかしいよねえ、って。

休憩はそのくらいにして、夜ごはんも兼ねて早速繰り出すことにした。
それにしてもバンクーバーは日本人観光客も含め、東洋人が多いね。かなり多い。びっくりした。
お店も夜遅くまで開いてて、歩いてる人もオレゴンなんかよりかなりオシャレ。
日本食レストランもかなり頻繁に出くわすし。都会だし。いいなあ。
結局夜は日本食レストランで食べることにした。エイジはラーメンとお寿司。私は幕の内弁当みたいなやつ。
おいしかったよ。安かったし。

夜の11時くらいに帰って来て、お風呂も入ってそろそろ寝ようとしていた頃に、エイジが、「ビデオ見る?」と言った。
なあんだ、見たかったのね、プププ。私は、「いいよ、見よっか」と言ったんだけど、いざ、ビデオのカテゴリーを表示させると
さっきはあった、成人映画がなかった・・・。1.アクション・ドラマ 2.子供用 3.成人映画ってさっきはあったのに、
今回は、1と2しか表示されていない・・・。何回やってみても、3は再び現れることはなかった。

私「もしかして、さっきの”間違えて成人映画を見れなくしてしまった場合”ってやつなんじゃないのー(-_-;)」
エ「でも見れなくしますか、なんて聞いてこなかったよな?」
私「タイトルまで表示させておいて、見なかったから、ホテル側も、ふざけんなよってことで見れなくしたんじゃないのー」
エ「そうなのかなあ」
私「ということで、フロントデスクに電話かけろ」
エ「やだね」

1回テレビの電源を消してみてもやっぱりなかった。
エイジは「1回コンセント抜いてみよっか」と言い、TVのコンセントを抜いたりケーブルを抜いたりやりたい放題やったけど、
やっぱり、「3.成人映画」が選択肢として、再びカテゴリーの中に表示されることはなかった・・・。
はぁ。何やってんだろ、私達。

私「さっき外から帰って来た時フロントデスクにいた人みんな男の人だったから大丈夫だよ」
エ「大丈夫って何が」
私「電話かけても、フロントの女の人が出るより恥ずかしくないでしょってこと」
エ「・・・。こういう場合男がかけたら、寂しい男が夜にやらしいビデオでも見るんだなってことになるけど、
  女の人が電話したら、別に変なふうに思われないからいいじゃん。と言う訳でカエさんお願い」
私「”すいません、間違って成人映画見れなくしちゃったみたいなんですけどー、見たいので見れるように
  してくださいー”って言うの?やだよ」
エ「俺だってやだよ」

ま、そんな熱い議論を交わしてるうちにバンクーバーの夜も更けてきてお互い眠たくなってきたので、
諦めて素直に寝ることにしました。

 

■■7月5日(水)■■

エイジさんご帰宅につき、相談した結果、予定通り明日から2日休みを取り、2泊3日で、
カナダのバンクーバーまで行って来ることにしました。(しかも車で・・・(泣))
1周年記念にはきっと何かサプライズ!なギフトがエイジ氏から待っているであろうことよ。ふっふ。

がしかし!!!
たった5分前に気づいたことなんだけど、私のパスポートが2000年の6月12日を持って切れていた!!!
うーん。やばいかな。うーん。うーん。
でも私はアメリカのグリーンカード持ってるんだよね。
一応グリーンカード持ってる人は、カナダやカリブの島々に行くのにはパスポートいらないんだよね。
ということで、パスポートが切れてるくせに、行く予定なんですけど・・・。
やっぱりまずいかなあ。アメリカに戻って来れないかなあ。
グリーンカードはばっちり大丈夫だけど、パスポートの期限が切れた女・・・。
果たしてアメリカ入国はできるんだろうか(疑問)

エイジにも今言ってみたけど、「大丈夫だろ?グリーンカードがあるんだから」と余裕ぶっこいております。
わてら、のん気な2人組み・・・。
うーん。でもここまで行く気になってたんだから、行くぞ!
もしも、この日記が火曜日になっても更新されない場合は、アメリカに入れずに強制送還されていると、
思っていてください・・・(T_T) 大丈夫かな・・・(ちょっと弱気)

 

■■7月4日(火)■■

今日はアメリカの独立記念日。
って別にアメリカ人ではない私達にはあんまり関係のないことなんですが。
エイジは仕事だしね。まあその分今度休み取るんだけど。
だからいつものように彼は会社に行って、私もいつものようにウダウダしていた。
でも夜からは独立記念日の花火大会があったので、彼が仕事から帰って来てから見に行きました。
なかなか始まるまで時間かかって、待たされたけど、その分かなりよかったです。
最後の方はもう、ドンドン!て心臓に響いてくるというか。すっごい明るくなってて。
フィナーレは特にもうバンバンドンドン!って言葉で説明しようとするとかなりマヌケだな・・・(T_T)
とにかくふたり来てよかったね、と納得して帰って来ました。
ティファニーがあともう少し長くいたら、一緒に見せてあげれたのになあ、とは思ったけど・・・。

昨日と今日と本当なら会社は休みのはずだったので、この2日分をいつ使うかについてエイジと話していた。
彼は来週から2日ほど、仕事でサンフランシスコに行くので、そのあとこの2日の休みをくっつけて、
私も一緒に遊びに行きたいって言うと、なぜか今回はOKしてきた。
それか、前々から行ってみたかった、バンクーバー(カナダ)に車でここから4、5時間くらいかけて行くか、どっちか。
エイジは私の好きな方でいいって言ってる。これまたなあ。うーん。迷う(決断力ナシ)
でもきっとサンフランシスコだと、エイジの会社で取ってもらった航空券の帰りの日を変更しなくちゃいけなかったり、
色々手続きも面倒くさそうだから(会社に予定通り帰って来なかったことがばれても困るしなあ)、
多分バンクーバーに行くと思う。ホテルもなんにも探してないけど(計画性ナシ)、きっとなんとかなるよね。

あ!きっとこれを1周年記念旅行にすればいいのかな。
エイジが帰って来たら、提案してみよう。

 

■■7月3日(月)■■

明日7月4日はアメリカの独立記念日なので、本当は今日3日も連休の一部として、
エイジは仕事休みのはずだったんだけど、たくさんの人がすでにバケーションを取ってて、そのカバーとして、
今日と明日は出勤することに。

っち。ティファニーと離れたばっかりでただでさえも寂しいのになあ。
何も休みを返上してまで働く事はないのに。まあ言われたことだからしょうがないんだけど。

今朝アサイチでティファニーに電話をした。
当然最初は元旦那が電話に出たんだけど、すぐに横でティファニーの声がして、「マミー?」と元旦那に確認した後、
私に電話を代わりたがった。元気でやっているみたいなのでとりあえず安心。
遠距離恋愛ではないけど、離れていると近くにいない分どうしても心配ばっかりしてしまいがちなんだけど、
母親としていつもそばにいてやれなくても、毎日ごはんをちゃんと食べて元気でやっていてくれたらいいと、
割りきって考えることにした。心配しはじめたらきりがないしね。その分ちゃんと電話はマメにしようと思うけど。

オレゴンに帰って来ても、ティファニーが遊んだままになっていた物とか、こっちでよく遊んでいた物とかを見ると、
やっぱり辛い。それは仕方ないことなのかもしれないけど。早く割りきらなきゃね。
私にはエイジがいるから、ひとりではないし。

彼も彼なりに、気を使ってくれているのか、今日の出社は朝の10時かと思えば、
1時にお昼ごはんを食べに帰って来て、会社に戻ったのは3時・・・。
それから6時にはもう帰って来た。まあ、会社にはほとんど人がいないらしいからそういうこともできるんだろうけど、
やっぱり私のこと寂しいだろうと、気遣ってくれているのかな。
だって外食に誘ってくれたりしたし。
本当はインド料理屋へ行く予定だったんだけど、住所を調べて行ってみるとあまりにもショボイ外観に、
やめてしまった・・・(~_~;) だから6月25日にも行った日本食屋へ行ったんだけど、
前来た時はティファニーと一緒だったので、ちょっと複雑。

でもやっぱり彼にはいろんな事感謝している。
私のこともティファニーのことも全部真剣に考えてくれていると思うから。
知り合ったのはネットだったけど、だからなんだ?って感じ。今はね、そういうふうに考えられる。
前はその出会いがなんだかちょっと恥ずかしかったりした時期もあったけど。
1年前はまだ1回も実際には会ったことがなかったなんて信じられないくらいだね。
この1年間いろんなことがあって、楽しいことばかりではなかったかもしれないけど、
それでも私は彼と一緒に住むために、オレゴンに来た事は間違いじゃなかったと思ってるよ。
こういうことはね、なかなか直接口とかでは言えないんだけど。
もうすぐ初めて会って1年経つし。そう言えば1周年記念は何かするのかなあ。

(余談)
このレストランでエイジはお寿司とチャーシュー麺を食べたんだけど、このチャーシューに七味がついていた・・・。
私達についた、ウエイトレスはアメリカ人だったので、ラーメンに七味をつけて食べる人なんていないということを知らなかったんだろう。
それにしても、ウエイトレスに「これはうどん用だろ?」と教えてあげたかったけど、やめておいた。

 

■■7月2日(日)■■

これほど長い日はなかったね。まじでまじで。
昨日の日記にも書いたように、私の第一の予定ではボストンを朝の5時50分発の飛行機で、
まずシンシナティーに行き、そこからポートランド(オレゴン)行きの飛行機へと乗り換え、帰るはずだった。
というのも、デ○タで働いていた時代の残りのパスを使うから、飛行機が満席だと乗れないのだ。

ボストン→シンシナティーまでは順調だった。ボストンを5時50分発の飛行機に乗り、
シンシナティー到着は朝の8時。そして9時半発のポートランド行きに乗る予定だった。当初は、ね。
ところが、シンシナティー→ポートランドの便が満席。私は乗れなかった。これで全ての予定が狂ったね。
私はシンシナティー→ポートランドと直接行くことは諦めて、シンシナティー→ソルトレイクシティー→ポートランドへと
1つ経由地を増やすことに予定を変更した。というのは、ソルトレイクからなら、デ○タはたくさんポートランド行きが、
出てるから。しかし、12時半シンシナティー→ソルトレイク行きも満席で乗れず・・・。

この時点で、朝の8時からシンシナティー空港にいる私はもう落胆というか、疲労だったすでに。
この空港にすでに4時間半いることになる。そりゃ疲れるだろ?することはないしさ。
そして、4時10分発、シンシナティー→ソルトレイク行きフライトに再度トライするが、再度満席で乗れず・・・。
結局再度予定を変更し、シンシナティー→ダラス(テキサス州)→ポートランドとすることにした。
そして、やっと5時10分のダラス行き飛行機にぎりぎりでもぐりこむことができた。ふぅ。
結局、シンシナティーエアポートにあほくさくも9時間もいたことになる。

ダラスに着いたはいいけど、次のポートランド行きの便まで3時間待ちだった。
もうどうでもいい。待つことはどうでもいい。早くポートランドに返してくれ。
それよりも、このフライトはポートランドへの今日の最終便。これに乗れないと今日はダラスで一泊ということになる。
嗚呼、それだけは避けたい。みんなが搭乗した後、しばらくたってやっとこさ私の名前が呼ばれた。
もう少し前にウェイティングリストからクリアになっていたのだけど、私のラストネームの発音がよくわからなかったから、
最後にまとめて呼んだ、ということだ>(呪)
こっちは空港で一泊だって覚悟しつつあったつーのによ。

というわけで、ボストン→シンシナティー(オハイオ州)→ダラス(テキサス州)→ポートランド(オレゴン州)と、
アメリカの都市を東から西へ横断してしまったよ。ヒマな方は地図でも見てみてね。(いるのか?)
それにしても、ボストン発の飛行機に乗るために家を出発してから、実際オレゴン到着まで、
実に20時間費やしたことになる。私が最初に乗る予定だった、ポートランド行きの便は、
ポートランドから日本の名古屋に行く便だったんだけど、私がポートランドに到着した時点で、
その便もすでに名古屋に到着しているはずの時間だった・・・。

西海岸時間11時過ぎにやっと飛行機はダラスを出発してから4時間後にポートランドに到着した。
エイジともすぐに会えたんだけど、髪型は、うーん。どうなんだろうね。想像してたよりは全然ましって感じ。
私は短くなって、若返ったね?って言ったんだけど(本当にそう思った)、
彼は、「そうか?なんか角刈りみたいでおっさんくさくなったと思ったんだけど」と言った。
角刈り?そうかな。いやそんなことは・・・。プププ。そう言われたら、そうかも。あはは。あはは。がーっはっは。

それにしても長旅ご苦労さん>己

 

■■7月1日(土)■■#2

本当は今日の午後の便ですぐにオレゴンにとんぼ返りする予定だった。
でもアメリカは、7月4日が独立記念日で今日の土曜日は連休の移動客で本当に飛行機が満席。
私が今回使うチケットは、デ○タ航空に勤めていた時のパスの残りなので、空席があれば、乗れるというやつ。
飛行機が満席だと、乗れないのだ。で、空席状況を調べてみたんだけど、今日の便はどれもいっぱい。
行ってもどうせ乗れないだろう、と判断して、明日の早朝(5時50分発)を調べてもらったら、結構空いてるらしい。
だから、今日出発することは諦めた。

明日の朝早い便なので、元旦那が朝仕事から帰って来る前に出発しなきゃいけないので、
今日の夜からティファニーをナイトケアに連れてくことを頼んだ。
ティファニーは2ヶ月近くも私といたから、ナイトケアはかなりの久しぶりになるので、
元旦那は慣れさせるためにも今日の夜は早目に出ると言って、8時頃家を出た。
お別れは・・・。やっぱり辛かった。
ティファニーの前で泣くのだけはやめようと思っていたので、泣きはしなかったけど。
ティファニーはマミーも一緒に行こうと、言って、私のくつを持って来たりして・・・。
マミーは一緒に行かないんだよ、ティファニーは今日からまたパパと2人の生活なんだよ・・・とかって説明して。
ティファニーは分かったのか、私のくつを置いた。
そして、「バイバイマミー。see you soon!」と言って、ハグとキスをしてお別れした。

バタンとドアを閉めた瞬間に涙が止まらなかった。
ティファニーがさっきまで遊んでいたおもちゃを泣きながら片付けた。
5月11日以来、2ヶ月近くもずっと一緒にいた。
また離れた生活に戻るのか・・・。

片付けも終り、涙も一段落したので、エイジに電話した。
一段落したはずだったのに、彼の声を聞くとまたボロボロ泣けてきたけど。
でも、涙はそんなに長くは続かなかったよ。
早くオレゴンに戻って、お金貯めてまたすぐに迎えに来ようって思ったから。

涙が長く続かなかったもう1つの理由がある。それはエイジがおかしな話をしてきたこと。
エイジは今日散髪に行って来たらしい。前々から今日行くと言っていたんだけど。
私が、「どんな感じになったの?」と聞くと、「もうびっくりするよ」とエイジ。
すっごい短くなったらしい。その理由は・・・。

エイジはアメリカに来て以来いつもアメリカの散髪屋に行っているのだけど、最初の頃は英語もわかんないし、
丁寧に、カット1インチとかって言っていたらしい。でも、それを言うと、店員が、「1インチオーバーオール?」と、
いつも言うので、それ以来は、いつも「1インチオーバーオール」とだけ言うようになったらしい。
そしていつも店員は全体的に1インチカットしてくれていたそうだ。
でも、今日の店員は、1インチオーバーオール?と確認した後、前髪をざく!と行ったらしい・・・。
つまり、1インチ切るんじゃなくて、1インチを残してざっくり切ってしまったのだ。

いつもは細かい指示など出したりしないエイジらしかったが、この時ばかりは、思わず、「エクスキューズミー?!」
と、店員を止めてしまったらしい・・・。お互いすぐに誤解に気づいたらしいんだけど、店員が次にやりはじめた行為は、
横髪と後ろ髪は、ちゃんと1インチずつ切り始めたらしい。
とは言っても、エイジの前髪はすでに1インチになっている。横・後ろを1インチ切っても、前髪だけが短い変な髪型だ。
エイジは、いやもうこうなったら、全部1インチにどうせならしてくれと懇願したらしいんだけども、
店員は、自分にちょっとやらせてみてくれ、それで気に入らなかったら、全体的に1インチに揃えるから、と
言い張ったので、エイジはやらせてみたらしい。しかし、案の定変な髪型だったので、やっぱり全体的に1インチくらいの
長さにしてもらったらしいが・・・。

しかも終った後で、店員は後ろに白髪を1本発見した、と得意気に言っていたらしい(泣笑)

そんな話を聞いていると、私の涙もすぐに止まった。
かなり短くなったんだろうね。見るのが楽しみ。
エイジは帰って来てから、普段は使わない整髪料みたいなものをごそごそ出してきて、髪型を模索していたらしい。
プププ。

 

■■7月1日(土)■■

エイジとどうしてそういう話になったのかは、覚えてない。
でもなぜだか、気づくと、ふたりの将来の子供のことについて話していた。
「そういうこともできちゃったってなる前にふたりでよく話しておかないとな」とエイジ。
前にも子供の話はしたことはあったけど、具体的に計画みたいなことを話すのは初めてだった。

「ティファニーのこと近い将来引き取りたいんだろ?」というエイジ。
勿論、私は、「うん」と言った。彼は「しばらくは俺達の子供は考えられない」と言った。
「ティファニーを引き取ったとしても、ふたりの子供も欲しい?」とも聞いてきた。
私はちょっとショックだった。私だって何も今すぐに欲しいとは思わない。むしろ今はいらないと思ってるよ。
でもずっとって訳じゃない。いつかは欲しいと思ってるし。できれば30くらいになる頃には・・・。
彼もふたりの子供が欲しいって思ってくれてると思ってたのに・・・。

彼の言い分はこうだった。
エイジは、私には分からないかもしれないけど、ティファニーを引き取るというのはとっても大きな責任があると言った。
勿論、引き取るとなると本当の自分の子供として育てて行くつもりだし、とも言った。
ティファニーをふたりで引き取ったとしてもやっぱり彼女には英語で話しかけて行く。
そんなところに、ふたりの子供ができたらどうするの?その子は日本語で育てるの?
俺達は日本語で会話して二人目の子供にも日本語で接して、でもティファニーには英語のままなの?
正直そこまで私は考えたことがなかった。どうすることがいいんだろう。

エイジは、正直に言うと・・・と前置きをしつつ、こう話してもくれた。
ティファニーを引き取るとなると、自分の子供としてティファニーにできる限りのことをしてやりたい。
本当の親になれるように、本当に自分の子供のように愛するために努力していくつもりだ、と。
でも、そこに私との子供ができたら、どうなるんだろう。
勿論、あからさまにティファニーを邪険に扱ったり、いじめたりなんてことは絶対ない。
でも、ふたりを本当の本当に平等に扱えるんだろうか?
勿論そうなるように、努力するけど、実際のところ生まれてみないと自分がどう思うか分からないところがある。
もしどこかでティファニーともうひとりの自分の子供への愛情のバランスが崩れたりするようなことはないだろうか?
もしもそんなことがあれば、傷つくのは、俺でもなく子供でもなく、カエとティファニーだから、と彼は言った。
俺達の子供はまだ存在しない。でもティファニーはもうすでに存在してる。
だったら、もうすでに存在してるティファニーを優先に考えてあげた方がいいんじゃないか?って言った。

なんだか涙が出た。
そこまでティファニーと私のことを考えてくれているのはとても嬉しかったし。
でも、私との子供は欲しいって思わないのかな・・・。

「勿論、カエとの子供が欲しくないなんていうんじゃないよ。俺達がふたりとも未婚で子供もいなかったら、
 きっとすぐに結婚して子供も作ってたんだろうな。でもカエにはティファニーがいるじゃん。
 引きとって、一緒に将来暮らしたいんだろ?そこに俺達の子供がいると複雑にならないか?色々」

エイジの言おうとしてる事はよく分かるよ。実はそのことは私も前に考えたことがあったから。
人種的にも、生まれてくる子供は完全な東洋人だけど、ティファニーは、私の子供にさえも見えないと、
言われることがあるほどなのに、エイジとの子には間違えても見えないし。

エイジは私との子供が欲しくないと言った訳ではない。
ただ、そういうことを色々考えると、ティファニーのためにどうなのかな、今すぐはちょっと考えられないと言っただけで。
それに、そこまでティファニーや私の気持ちを考えてくれているのはありがたいと思うし。
分かるんだけど・・・。私だってティファニーと将来一緒に暮らしたいんだけど・・・。
でもやっぱり彼との子供だって欲しいと思ってしまう。例えティファニーと暮らしたとしても。
これまた「どっちかの選択」なのか?
ティファニーと暮らすためには、彼との子供は持てないの?

「で、でもね、ティファニーはエイジの本当子供ではないわけじゃん?自分の本当の子供が欲しいとかは思わないの?」
と、私が正直に聞くと、
「俺の本当の子供じゃない、なんてお前が言ってどうするんだよ」
と、逆に怒られた。

なあんか、いつになっても私には考えることがたくさん。
いつか、「癒し系」日記でも書いてみたいものです。

 

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