Diary

最新の日記へ
[Jan| Feb1-14| Feb15-29| Mar1-15| Mar16-31| Apr1-15| Apr16-30| May1-15| May16-31| Jun1-15| Jun16-30| 2000]★
[Jul1-15| Jul16-31| Aug1-15| Aug16-31| Sep1-15| Sep16-30| Oct1-15| Oct16-31| Nov1-15| Nov16-30| Dec1-15| Dec16-31|2000]
December, 1999

Home

★この日記をマイ日記猿人に登録する★ 

■■7月31日(月)■■

エイジが2年間日本で働いたとして、その後のアメリカへの移籍を約束してくれない事について、
日本の部長から、メールが来た。(しかも何故か英語)
自分(部長自身)を含め、誰も先の事がどうなるか分からないで仕事をしているという事を理解しなきゃいけない、
みたいな感じ。そりゃそうなのかもしれないけど・・・。

でもそのメールによって、なんかエイジは、「完全にうざがられてるよな」と落ちこんでいたので、私も凹んだ。
だって、元々はと言えば私と一緒にいるためにやってくれた事だし。
でも、私も一緒に凹んでいてもしょうがないので、私は励ます役に徹した。

よくも悪くももう向こうはこっちの全ての事情を把握してるんだから、
そんな事でイチイチ落ちこんでたってしょうがないじゃん。
ここはさ、開き直ってさ、9月から仕事をがんばるしかないよ。

てな感じで。
エイジは、「そうだな」と言ってちょっと元気が出たみたいなので良かった。
気分転換という事で、外に出かける事にした。
とは言っても本当に近所なのだけど・・・(笑)
スタバの前に車を止めて、いつものドリンクをゲットした後は、少し歩いてみることにした。

いつもは車で通りすぎるだけだったお店の前や、後ろ側とか、ゆっくりとしたペースで歩いてみた。
そしたら、「へえ!ここってこういうお店だったんだねえ」なんて事とかも発見できて、なかなか良かった。
洋服屋だと思っていた所が、よくよく前を歩いてみると、実はペットの洋服屋だったり!

「先の事はわからない」。部長の言うように。
それは会社でのポジションだけのことじゃなくて、人生においてだってそうだと思うし。
じゃあ、未来の事を心配して落ちこんでてもしょうがないのかな。
ていうか、でもこっちの人生が会社に左右されるというのもなんだか納得が行かないんだけど。
会社のおかげでこっちは食べて行けてるんだから、それもしょうがないと諦めなきゃいけないのかな?
いや、おかしい。なんかおかしい。

☆空メールや一言メール送ってね☆


 

■■7月30日(日)■■

1周年記念、1周年記念という事をギャーギャーとエイジの脳裏に焼き付けていただけあって、
記念にピアスを買ってもらうことにした。という訳で今日は宝石店へ。
何個かお店をはしごして気に入ったのを買ってもらいました。
どうもありがとう。

と、それとは別に、全然考えいなかったんだけど、宝石店を訪れると、婚約・結婚指輪もあって、
ついでなのでよくよく見て来ました。どんなのがいいんだろう。よくわかんない。
大体どのくらいのを買うのがみんな平均なのかなあ。

昔郷ひろみが結婚した時に、「給料の3ヶ月分デス」という台詞があったけどその事をエイジに言ったら、引いてた。
ていうか、彼はその有名な郷ひろみの台詞を知らなかった。
「えー。めちゃくちゃ有名じゃん、その台詞!知らないの?!」と私が言うと、
「郷ひろみが結婚したのなんて何年前だよ?」とまるで私が年齢をさばよんでいるかのごとく言い返された。
普通知ってるよなあ、私達の年代だと。つうか、ワタシサバヨンデマセン>年。

指輪かあ。ダイアモンドかあ。プラチナかあ。いいなあ。
でもアメリカ人はプラチナよりも金が主流みたいなので、金の方が多いんだよね。
でもやっぱり銀色の方が私は好きなんだけどな。
平均的にはいくらくらいの指輪が相場なんだろう。3ヶ月ってことはないよね。一般人で。いやそうなのかな?
給料の3ヶ月分だとしたら、この前の夏のボーナスが一気に飛んで行くと、エイジさん泣いていました(ウソ)。
いや、要は気持ちデス、気持ち。値段なんて関係アリマセン。

(余談)ていうか、オマエ結婚2回目だろって言うコメントは受けつけませんのでヨロシク☆

 

■■7月29日(土)■■

今日でエイジと初めて出会って1年経った。
長いんだろうか、短いんだろうか。よくわかんないけど。
でも初めてネットで出会ってからはもう2年近い。
ネットで出会ってから実際に会うまで1年くらいかかった。
それってネットで知り合ったカップルとかの中でもかなり長い方なんじゃないかな。
それは私がまだ結婚していたから。

いくら結婚生活がうまく行っていなくても、旦那に内緒で他の人と会ったりするのは嫌だったから。
それに子供もいたから、なんとかやり直そうと私も1年以上がんばった。つもり。
離婚問題で、心が弱くなっている時に、エイジ(ネット友達)に会ってしまって好きになってしまうのが怖かったから。
エイジも、私が離婚して落ちついた時にもし会いたいなって思ったら会おうって言ってたし。
ま、そんな事も全て去年の7月のはじめに私と元旦那の間に起きたことで変わってしまったんだけど。
それは何なのかは、私にとっては思い出したくないし、私は一生忘れない事なのであえて書かないけど。
でもそれによって、離婚するってなったので、エイジと初めて会うことにした1年前。
それで8月の終わりには一緒に住んでいたんだから、早いよなあ、我ながら。
離婚したのは彼のせいでも、彼のためでもない。

ネットで出会って最初は、まだアメリカに来たばっかりのエイジに私がいろんなことを教えるって感じだったけど、
気づいたらいつのまにか私の悩みをいつも聞いてもらう立場だったなあ。
好きだと思ったのはいつ頃からなんだろう。よく覚えてない。
最も、私は旦那とやり直そうとしている時だったので、エイジは自分の気持ちはしばらく言ってなかったらしいが・・・。
それがいつ頃からだったのかも、今だに教えてくれない。ま、いいけど。

色んな思い出を胸に、遊園地行って来ました。
シアトル郊外にある遊園地です。なんかいつもシアトルやバンクーバーに行く時に、高速から見えていた遊園地。
行ってみると、実はプールの方がいろんなのがたくさんあって、そっちの方がすごい楽しそうだったんだけど。
暑かったあ。ふぅ。

子供用の浅いハワイの椰子の木をあしらった用なプールもあったんだけど、そこの前を通りすぎる時に、
ティファニーがここにいたら、ここですごい楽しく遊ぶんだろうなあと思っていたら、
エイジが、「ティファニーがこういう所に来たら楽しいんだろうな」って言ったからびっくりした。
びっくりした、というよりもなんだか嬉しかった。
ちっちゃい子が楽しそうに遊ぶのを見て、エイジもティファニーのことが頭に浮かんだんだなっていうのが。
前だったら、絶対そんな事は言わなかったと思うし。浮かばなかったと思うし。

遊園地の後はシアトルで食事して帰るつもりだったんだけど、シアトルで一泊するつもりもなかったし、
先にオレゴンに帰りたいってのもあったから、食事はオレゴンで行くことにして帰ることにした。
ところが、意外にも渋滞に捕まり、オレゴンに帰って来たのはレストランが閉まる20分くらい前だった。
テーブルに座ってレストランで食べている時間もないみたいだったので、お持ち帰りにして家で食べた。中華。

まだまだ会って1年しか経ってないけど、これからもよろしく☆
って本人に今日言えなかったので、ここに書いておきマス。

 

■■7月28日(金)■■

昨日、私に「そううつ病じゃないか?」と言って来たエイジは、それを気にしているようだ。後悔しているらしい。
用事があって会社に電話をしたついでに、「さっきそううつ病について調べてたんだけど・・・」と、
話を切り出すと、とっても焦っていたみたいだし。
「いや・・・。おととい偶然そういう記事を読んだからふと考えただけで、カエはそううつ病じゃないよ。」
と、焦って弁解していたし。きっと私が気にして余計落ちこんだらどうしよう、って思ったのかな。
別に落ちこんでなんか全然ないんだけど。
私がそううつ病だったとしても、全然不思議じゃないと思うから。
そうの状態なのか知らないけど、「そううつ病のカエデース!」と言ったら、怒られた。逆ギレだ。

私が病気かどうかは実際に病院で診てもらうまでわかんないんだろうけど、
カウンセラーの人に話を聞いて欲しいというのはある。
別にアドバイスが欲しいんじゃない。タダ、話を聞いて貰うだけ。
「うんうん。そうなんだ」って聞いてくれたら、それでいい。それできっと私は満足するはず。
だって今の状態は、エイジ以外に話す人がほとんどいないんだもん。
当事者の私とエイジ以外の人に直接話を聞いて欲しいと思う。
メールとかネットとか文字を通してじゃなくて・・・。

それはさておき、明日は私が初めてエイジに会った日。ちょうど明日で1年になる。
1周年記念にどっか旅行に行きたかったんだけど、なんせついこの間まで、9月からの事で色々落ちつかなくて、
予定なんかたててる暇もなかった。だから急に思い立って急に決めたんだけど、
シアトル郊外にある、遊園地に行く事にした。

勿論、日帰りで・・・(泣)

 

■■7月27日(木)■■

昨日の課長からの予告通り、今日は部長から正式な通達のメールが来ていたらしい。
内容は昨日言われた事と全く同じなのだけれど。
数日前は、会社を辞めるかもと言っていたエイジも9月から2年間ほぼ日本に帰る事を決めて、
家具とか車とかどうする?とか、そういう具体的な話をしていた。

話がどんどん進むにつれて、エイジの口は好調になり、
「帰ったらあの俺がよく行ってたトンカツ屋があるんだけどさ。すっげーおいしいんだよ。
 今度帰ったら連れてってやるよ」
「近くに2つトンカツ屋があるんだけど、1つは安くて量も多いんだけどあんまりおいしくなくてさ、
 もう1つはちょっと高くて量も少な目なんだけど、そこのトンカツがうまいんだ。」
とか、しゃべるしゃべる。

最初は、「うんうん」って私も聞いていたんだけど、エイジの口が速くなるにつれて、私は無口になっていった。
なんだこの人結局日本に帰れる事が嬉しいんじゃん。
昨日は課長にあんなこと言われて、「早くアメリカに移籍したいよ」なんて言ってたくせに。
よく考えたら「大好きな」日本に帰れるんだもんね、そりゃ嬉しいよね。よかったね。

私がだんだん無口になっているのに気づいたエイジが、「どうしたんだよ」と言った。
「いや、別に」
「なんだよ。言えよ」
「いや・・・。嬉しそうだな、と思って」
「日本に帰ることが、か?」
「うん」
「まあ。久しぶりだしな」
「楽しみ?」
「もし俺らが離れるんだったら帰りたくないけど。もしお前の事が全く関係ないとしたら、日本に帰る事自体は、まあ。」
「楽しみ?」
「うん」
「そっか」

いや、いいんだよ、別に。
ただ、そんなに楽しみで大好きな日本なら、2年後にはきっとアメリカに戻りたくないって思うんだろうな、って思った。
それでも、私のことがあるから、無理矢理戻って来るんだろうな。

「2年経って戻って来たくないって思ったら無理して戻って来なくてもいいからね」
とか、余計なコトをまた言ってしまうんだなあ、私の口は。
当然エイジは、「また別れようとか言ってんのか」とかいうコトになり、
「さっきがんばろうって話してたのになんでコロコロ変わるんだよ」ってなり、
「なんか実はあんまり俺の事好きじゃないんじゃないか、って思うよ」と言って、「もうついてけない」とも言われた。
「今日はソファーで寝る」と言って、布団を持って一人でリビングのソファーに行ってしまった。

私は、と言うと、今日現像してきたばかりのティファニーの写真を見ては、泣いていた。
しばらくしてエイジはベッドルームに戻って来て、
「こんな事言ったら怒るかもしれないけどさ・・・」と前置きをしながら、
「オマエ、そううつ病じゃないか?」と言われた。
「昨日偶然雑誌に載ってて読んだんだけどさ。なんか似てるよ。症状が。」と。
「1回病院に行って診てもらって、精神安定剤とか貰って来た方がいいんじゃないか?」
「やっぱり子供と離れて暮らしてるから、不安定なんだよ、いつも」
「だって今朝なんかすごいハイだっただろ?差が激しすぎるよ」

確かに、今朝はなんだかとってもハイで、キャーキャー言いながら、家の中でエイジを追いかけたりしてた。
ベラベラとよくしゃべっていたし、大笑いもしていた。そして夜は泣く。そんなコトは私にとっては日常。
それってそううつ病なの?
ネットでちょっと調べてみたら、「そう状態は患者によって、さまざまですが、多弁(しゃべりまくる)、
多動(動きまくる)、不眠、誇大的、楽天的、攻撃的などがあげられます。
うつ状態は、食欲不振、体重減少、便秘、月経不順などが多くみられる症状です。
非観的になり、心気妄想や貧困妄想におちいります。」すぐ泣くというのもうつ状態の例として挙げられていた。
結局、エイジとは一緒にベッドで寝たんだけど・・・。

私って病気なの?

 

■■7月26日(水)■■

うーん。どこから書いていいのか。
今日の午後、日本の課長サンから電話が来まして。
まだ公式な決定ではないのだけど、日本に戻って来るのはMAXで2年。
その後は、アメリカの景気にもよるけど、アメリカに移籍することを了承。
ただし、ちゃんとした書類上での保証はできない。
アメリカの景気が悪くて、人を解雇しているような状態だったら、アウト、という事らしい。
今のような状態のままだと90%はOKだろう、という事。
でも2年後の景気がどうなるかなんて、わかったもんじゃない。

結局日本の社長(アメリカ人)と部長サンが話して、社長さんが、「アメリカに帰してあげよう」ということになったらしい。
でもその課長曰く、
「日本の上の人の中にはそういうことをあんまりよく思ってない人もいるから、
これ以上印象が悪くならないように気をつけろ」と嫌味のようなアドバイス(?)のような事を言ってきたそうだ。
結局、帰してやれって言ってくれたのもアメリカ人だし、半年帰国してその後戻って来たら?って提案してくれたのも、
こっちのアメリカ人の部長。アメリカ人の方がこういう「個人の事情」に対して柔軟だと思う。
日本の会社にしてみれば、「単なるわがまま」になってしまうのか。

なあんか、日本の社会って陰険。
要はアメリカで結婚相手をみつけたってコトでしょ?
「これ以上印象悪く・・・」ってなんですか?
守るものができたってのはそんなにダメなことなんですか。
そんなもん赴任中じゃなく、日本でみつけろって事なんですか。
守るものができて守ったり守られたりして、そういう大切な家族がいるからこそ仕事もうまくいくんじゃないですか?
いつでも仕事がナンバーワンプライオリティーで家庭を犠牲にするようじゃないとダメなんですかね。
家族を第一に考える社員は日本のサラリーマンとしては失格で、
出世街道からも遠のいてしまうのが現実なんですかね。

なあんかそれっておかしいと思うのだけど。
でも事実上この会社にエイジが一生いるって事はなくなったと思っていい。
だってそんなに「よく思っていない」上司もいるのなら、働き辛いだけでしょ。
そんな勝手な事をする奴は出世だってさせてもらえないんだろうし。
2年間帰ってる間にでもどんな嫌味言われるかわかったもんじゃないし。
ねちねち嫌味を言ったり、嫌がらせなんて事だって無きにしもあらず。

でもこれも全部、私のせいなんだよな。
私のせいというか、エイジは私と一緒にアメリカにいるためにやったことなんだよな、ってこと。
サラリーマンとして今の会社でダメになったとしても、私といる事を一番に考えてくれたってこと。

この先、私の事をそこまで大切に思ってくれる人は果たして現れるだろうか。
現れないだろうな、きっと。

 

■■7月25日(火)■■

昨日出したメールを受けて今日日本の部長サンから「数日中に返事します」という返事が来ていたらしい。
そしてアメリカの部長サンとはちょっとしたミーティングをした、とか。
この私の事を書いたメールを送る前に、アメリカの部長は日本と話しをしていて、
半年日本で働いてから、ビザとかをもう1度やり直してアメリカに戻るという提案をしたそうなんだけど、
日本の部長から却下されたそう・・・。はぁ。どうなることやら。

毎日こんな悶々とした状態なのでやっぱりエイジが壊れてきた。
壊れてきたというよりも、ヤケになっている状態。

日本からの結果が、半年以上日本に戻れ、という結果であれば、例えその後のアメリカに帰る事を約束してくれても、
彼は会社を辞める、と言い出した。そして、自分は不法のプーになるから私に養って欲しい、と。
結婚したら永住権を申請して、それが取れたら就職活動するけど、それまで養ってくれ、と。

何度会社は辞めないでくれ、と言っても、半年以上だったら辞めるの一点張り。
遠距離になってもがんばるって私がはっきり言ってあげなかったからこうなってしまったんだろうか。
「遠距離になってもアメリカに帰って来れる約束がとれたんならがんばるから」っていくら言っても、
「俺が会社を辞めたらがんばらなくてもいいのに、がんばる意味もないじゃん」とエイジ。
もうプーも不法滞在もどうでもいいらしい。
女に養ってもらうなんて嫌だって言ってたのも、
今では「働かなくていいならそっちの方がいいに決まってる」と、言い出す始末。

「なんだよ、俺を養うくらいなら遠距離も我慢できるってこと?」
「俺が会社辞めたら離れなくて済むんだよ?」
「ギリギリの生活だって一緒にいられた方がいいじゃん?」
「もう仕事やる気も、交渉する気もなくなった」

と、エイジはヤケというか投げやりになっているみたい・・・。
私が今仕事をしているなら、ある程度金銭的にも予測もたつけど、
私だって今無職なのに、9月から数年間エイジを養っていかなきゃいけなくなるのかと思うと荷が重い。

勿論彼が会社を辞めるとなると離れなくてもすむという意味ではいいのかもしれないけど、
ギリギリで足りない所を貯金で補って生活していくのは辛い。
というか、結局それが原因でギスギスしてケンカにだってなりかねない。
お金がないとしなくていいケンカも増えてしまいそうで。それはもう経験済みだし、先が見えてる。
「貧乏だって一緒にいられる方が・・・」なんてエイジは言ってるけど、そううまくもいかないだろう。
それに今の駐在員という立場から、不法滞在のプーにまで彼を私のせいで落とす事はできない。

そうなってしまう前に、ある日私がここから姿を消していたら、彼は日本に帰るしかないのだから、
彼の人生、長い目でみたらきっとそっちの方がいいんじゃないかな、とかも考えてしまう。

とにかく日本から返事が来るまではいくら想像して話し合いをしていても仕方ない。
でももうそろそろエイジも私も限界に来てるのかな。
彼は毎日会社にいて、いつ電話がかかってくるかドキドキしてるんだろうから私よりも疲れるんだろう。
早く今の状態から抜け出せますように。

 

■■7月24日(月)■■

今日エイジがお昼ご飯に帰って来た時に、一緒にメールを書いた。
英語で。日本側とアメリカ側の部長サンに宛てたメール。
これまで、私の事を部長サン達には話していなかったので、個人的な事情として書くことにした。
内容的には、私と出会って10月くらいには結婚するつもりなのだけど、
私には言葉の発達の遅れたまだ4才になったばかりの子供がいて、アメリカを離れる訳にはいかない。
だから9月からもアメリカで働きたい。
でもどうしてもそれが不可能な場合は、駐在員の本来の義務を果たすため、期間限定で日本に帰るが、
数年後にはアメリカに戻って来れるという約束をして欲しい。
それはもう1つの自分の義務だと思うから、みたいな感じ。

これを日本とアメリカに送った。
エイジは、「でもここまで個人的なことを書いたのに、全然考慮されないで約束なしで日本に帰って来い」って、
言われたら、今の会社で働くのも嫌になるな、と言ってた。

夜になってエイジは、「もしそれでもやっぱり考慮されなくて、何言ってんだ、帰って来い」って事になったら、
俺会社辞めるからそしたら養ってくれる?不法滞在のプーになっても養ってくれる?と、
冗談のような本気のような事を言ってきたので、私は、ギリギリの生活になると思うけど、それでもいいよ、と言った。
無期限で帰られるよりそっちの方がいいかな、なんて思ったり・・・。

「会社辞めるんだったら何もオレゴンにこだわることないんだからボストンに引っ越そうか」と言ってた。
でもボストンは家賃高いから、私の給料で2人を養って行くのは大変だろうなあ。
「専業主夫になるよ。料理も覚えるから」とか真顔で言ってるエイジを見てると、
連日こんなことばっかり考えてるから少し壊れてきてるのかなあ、と思ってしまった。疲れるよね、精神的に。
誰よりも本人のエイジがきっと一番疲れてるんだと思う。

結果がどうであれ、一旦ちゃんと決まって落ちついたら、ゆっくりどこかに行こうか?
でもゆっくりしてる時間もないんだよなあ。

 

■■7月23日(日)■■

HPで日記を書き始めてはや、半年くらいになるけど、「エイジさんって優しいですね」って人は結構多い。
いや、かなり多い。当然そんなことは本人には告げていないけれど。(おい)
それが理由というのでは全然なくて、文章に脈略がなくて非常に申し訳ないのだが、
やっぱり、彼には私はもったいないんじゃないだろうか、と思うようになってきた。
前から思ってはいたのだけど(おいその2)。

部屋を片付けていた時に、彼の大学時代の生徒手帳(?)が出て来た。
それは偶然にも4年生の時の物だったらしく、スケジュール帳になっている所には彼の就職活動の予定が書かれていた。
面接のスケジュールや、内定が届いた日や、入社式とかの予定が書かれていた・・・。
それを見ると胸が痛かった。

暑い中一生懸命就職活動して入っただろう今の会社なのに、
まさかこの時は、5年後に辞めるかもしれない事になるとは、思ってなかったんだろうな。

まさか5年後にバツイチで子持ちの女と出会って、こんなことになるとは夢にも思わずに、
この手帳に予定を書きこんでいたんだろうな。内定って書いた時は嬉しかったんだろうな。

本当に思う。私なんかのどこがいいんだろうって。

前にボストン留学時代一緒だった友達がメールで、「今日を楽しむための100の言葉」という本の中から、
私に合ういい言葉を教えてくれた。

「誰かがあなたを好きなのは、あなたが優れているからじゃない。あなたがあなただから・・・。」

うん。そうなんだよね。きっとそうなんだよね。
私自身でも気づいていないようないいところがきっとどこかにあって、
それはもしかしたらエイジにしか見えてないのかもしれないけど。
でも少なくとも彼には見えているのなら、それでいいかな、と思った。

(余談)
ちなみに、「カエさんって優しいんですね」といったたぐいのメールはこれまで1通たりとももらったことがない・・・。

 

■■7月22日(土)■■

すごく自己嫌悪の日。
頭ではきっと理解しているのに、なんだか悔しくて悔しくてそれをエイジにやつあたりしてしまった。
昨日まで、アメリカに戻って来れるという約束付きでエイジが日本に帰ったとしたら、しばらくは遠距離、
という形で話し合ってきていたのに、ここになって私が駄々をこねてしまった、という感じ。
エイジにもたくさん嫌な事を言ってしまった。

約束が取りつけられたなら日本に帰るというエイジに、
「私と遠距離になったとしても、会社に恩を返す方が大切なんだね。」と言ってしまった。
きっと会社と私の間に入ってるエイジが一番辛いと思うのに。
エイジに、「何年か日本で働いたらこれからアメリカでずっと2人でいられるためにそうするんだから、分かってくれよ」と
言われても、「アメリカの部長にだって今必要だって言ってくれてんだから、日本に帰らなくてもいいじゃん」と言った。

「だから、アメリカ側がそこまで強く思ってくれて、日本側がそれで折れてくれるんだったら俺は全然いいよ。」
「帰らないでよ・・・。どうなったとしても帰らないでよ」
「帰るとしたら、俺達がこれからずっとアメリカで暮らして行く為に仕方のない事だから帰るんだよ。
 俺だってカエをアメリカで一人暮しさせて、一人日本に帰る事は心苦しいよ。
 日本に一緒に連れていけたら養ってやれるのに、こっちで2重生活となったらカエも働かなきゃいけないもんな。」
「じゃあずっとアメリカにいてよ・・・」
「いれるもんならいたいよ、俺だって。でも2年間アメリカに出してもらってたっていうのもあるし、
 やっぱり辞めますさようなら、って訳にもいかないんだよ。もうちょっと仕事の事も理解してくれよ」
「・・・・・。」

だってアメリカの部長さんだって、2年や3年後に空きがあるかもわからないし、保障してくれるなんてわかんないじゃん?
今必要だって言われてるんだし。それで日本に帰ってしまったら、きっとその空きを埋めるために他の人を雇う訳だし。

でも、「子供じゃないんだからさ」とか「もうちょっと仕事の事も理解してくれよ」と言われて、なんだか、
イライラしていた私は、エイジに泣きながら、

「私だって前の会社辞めたかったと思う?どこだってタダで飛行機に乗れたんだよ辞めたくはなかったよ。
 ティファニーとだって、離れ離れになりたくなかったよ。でも、エイジと一緒にいたかったからそれでも来たんじゃん。
 それで、その1年後に日本に帰るからここに置いてかれる事になるとは思ってなかったよ・・・。」
「つまり、私だって会社辞めたんだからあんただって辞めれるだろ?ってことか。
 俺が日本に帰るって分かってたら、オレゴンなんかに来なかったのにってことか。」

ふたりともずっと沈黙だった。
なんだか言ってはいけない事を言ってしまったような気がしたけど、なんだかとめられなかった。
オレゴンに来た事は後悔はしてない。
なんにも行動に移さないくせに、口ばっかりは達者でエイジにやつあたりばかりしている自分は大嫌い。
わがままって分かってても言わずにはいられなかった。
何も今すぐティファニー引き取る、とか、広いとこに引っ越したいとかを言ってる訳じゃない。
ただ、今と同じ生活を9月からもしていたいだけなのに・・・。
それはやっぱりそんなに難しい事なのかな。

アメリカにはたくさんの日本人がいる。
期間限定の留学や駐在で来ている人や、永住で住んでる人もいる。
エイジは2年間の予定で来た駐在員。私はアメリカに子供がいて永住するつもりだった。
一口にアメリカ在住の日本人と言っても、いろんな状況の人がいる。
私と彼の立場に違いがありすぎて、始めから無理があったのかな・・・。

昨日は離れたとしてもがんばろうね、という話でまとまりかけていたのに、今日はこのありさま。
全部私のせいです。本当にごめんなさい。

 

■■7月21日(金)■■

今日は待ちに待った皮膚科の日。
朝の9時20分の予約だったので遅れないように、早起きした。
初診だと言うと、早めに来てください、と言われたし。
9時くらいに着く予定がちょっと場所を探してしまって着いたのは9時10分だった。
それでも約束の時間の10分前。
アンケートを書かされて、診察部屋に案内されてからが長かったねえ。
小部屋に通されてから30分は待ったよ。こんなことなら早めに来いとか言うな。
そのくせ、診察は早かったからねえ。ま、いいや。薬が欲しかっただけだし、こっちも。病名なんて分かってる(アトピー)。

今日エイジが帰って来てからこんな話をした。
会社で(アメリカの)部長さんに会った際に、思いきって直接聞いてみたらしい。
「自分としてはアメリカにこのままずっといたいんだけど、日本側がどうしても一旦帰って来て欲しいみたいなので、
後にアメリカに戻って来れるという、約束付きなら帰る事も考えているのだけど、それはアメリカ側的にはOKなのか」と。

すると部長(アメリカ人)は、「うーん。We need you NOW」と言ったらしい。
私達は、昨日エイジの日本の部長からの「帰って来てくれ」というメールに対して返事のメールを2人で考えていた。
上限2年くらいで帰るけども、その後にアメリカに戻れる約束をして欲しい、みたいな感じで。
でもアメリカ人の部長がもし強く、エイジはアメリカ(本社)に必要だ!と押してくれたら、
もしかしたら日本側は諦めるかもしれない。そうなってくれるとしたら、敢えてこっちから、日本に一時的に帰るから・・・
なんてことをオファーしたメールは送らない方がいいんだろう。
という訳で昨日一生懸命下書きしたメールを日本の部長に送る事は取り合えず延期した。
日本からもアメリカからも「欲しい」と思われているエイジ。
私とはいつもバカな事を話したりしてる事がしょっちゅうだけど、
私なんかが想像している以上に実はすごい人なのかもなあ。尊敬しています。ハイ。

夜になっても暑かったので、スタバに冷たい物を飲みに行った。
金曜日だということもあって、店の前で生バンドが演奏をしていたのでそれを聴きながら、コーヒーを飲んだ。
楽しかった。エイジも楽しかったと言っていた。
カリカリしている毎日を過ごしていただけに、少しだけ心が和んだような気がした。

今はこれからの事の心配ばかりが先走って、毎日不安に押しつぶされそうになってる。
先の見えない将来とは、不安なものだ。
でも、仮にエイジが一時的に日本に帰国しなくちゃいけなくて、遠距離になってしまったとして、
でもやがてその期間が終わり、これからはずっと一緒にいられるってなった時に、
「あの頃は毎日不安で話し合ってばっかりいたよねえ」と、いつか今の事を笑って思い出せる日が早く来て欲しい。

早く来て欲しい。
と、切に思い、泣きながら寝た。

 

■■7月20日(木)■■

まだはっきりとは決まってないんだけど、なんだか9月からすでにエイジは日本に帰るとして、こっちも色々考えている。
とりあえず、私は幸か不幸か仕事もしてない訳だから、時間はたっぷりある訳だから、
彼が9月に日本に正式に帰る事になったとしたら、私も一緒に日本に帰って少し日本に滞在しようかな、と思う。
どんな所にエイジが住むのか見てみたいってのもあるし。
エイジは年末くらいまで日本に一緒にいようって言ってるけど。21世紀を一緒に迎えたいらしい。

エイジが日本の部長さんから来たメールを家に転送してきたので読んだんだけど、
やっぱり、日本側としては、彼が予定通り日本に帰って来る事を強く望んでいるみたい。
「会社としての派遣の主な趣旨は、君がアメリカで習得したものを日本に還元してもらうことなのだから」
みたいな事が書かれていた。そりゃそうか。こっちが無理を言ってるのは分かっている。
でもこっちの状況だって赴任前とは変わってしまったのだ。
なんとか、日本に一時的に帰ることはOKにしても、その後その任務を終えた後には、
アメリカに戻って来れるという約束を取りつけて欲しいんだけど・・・。
ていうか、その約束が取り付けられないなら、日本に帰って欲しくない。

正直、疲れて来た。
9月からの事が今だはっきり正式に決まらない事も、遠距離になる可能性が出て来た事も。
毎日ため息ばっかり。一体どこへ行くんだろう。

今まで普通に2人でしてきた事も、もうすぐできなくなるのか、と考えると、辛い。
この思い出のつまった部屋で一人暮しになるのかと思うと辛い。
「もうちょっと一緒にがんばってくれ」とエイジは言うけど、私は弱音ばっかり吐いている。
仮に日本に3年いなくちゃいけなくなったとして、エイジは2年しかアメリカにいなかったのに、
3年の間に私への気持ちが冷めてしまって、もうアメリカに戻らないって思わないだろうか。
それか、やっぱり日本がよくなってしまって、アメリカには戻りたくないって思わないだろうか。

エイジは絶対にそんなことがないって言いきるためにも、9月30日以降になったら籍を入れたいと言った。
最近、話し合いばかりしている。考えてばかりいる。
人って考えてばかりいると本当に頭が痛くなるもんなんだね。
ふたりして頭痛薬ばかり飲んでいる・・・。
この大切な時期にどっちかがぶっ倒れなきゃいいけど。

 

■■7月19日(水)■■

それにしても辛い。
何が辛いって、1年間一緒に暮らして来たこのアパートが、あと1ヶ月くらいすると
エイジの帰国用のダンボールいっぱいになってしまうだろうという事。
私は本当は彼に帰って欲しくないのに、彼のパッキングを手伝う事になるんだろう。
泣きながら思い出の物を箱に詰める事になるのかな。
そして引越し屋さんが来て、「これは航空便か?船便か?」なんて聞かれながら、
彼らは全てを外に運び出してしまうんだろう。

そしてアパートはやがて空っぽになってしまうんだろう。
そしてエイジがいなくなる。
そして私はアパートにひとりになる。

気がついたら、そんな話を私はエイジにしていた。
そして悪いけど、空港には行けない、と。それは辛すぎる。
泣かないで彼を見送れる自信がないし。

エイジはしばらく考えた様子の後、こう言った。
「俺と一緒に日本に来てくれないか?勿論ティファニーの事があるから寂しくなるのは分かってる。
でも俺とお前がふたりで働いたら、1年に3回くらいはボストンに行ける金はあるだろ?
ティファニーが夏休みになったら、またずっと日本に連れて来ていいからさ。がんばって働くから。
なんか耐えられないんだよ。後もう少しでここが俺のダンボールでいっぱいになってカエを残して日本に帰るのが」

私は即答する事ができなかった。

勿論日本に私も一緒に帰国して私も働けば、年に数回ボストンを往復する余裕はでてくるだろう。
今回だってティファニーに会ったのは半年ぶりだったし。同じアメリカ国内にいるのに。
年に会える回数が同じくらいで、すぐに会えない距離にいるんであれば、オレゴンにいても日本にいても一緒なのかな。

いや、違う。
同じじゃん、って人には言われるのかもしれない。
それでも、海を越えてしまうのと越えないのでは私的には、全然違う。
元旦那だって頼れるような親しい親戚の人はいない。
もし彼に何かがあった時に、学校や警察は、日本にいる私にまで連絡してくれるだろうか。
国際電話なんかかけてきてくれるのだろうか。
何かあっても私に連絡がつかず、ティファニーは孤児院にいれられてしまうのではないだろうか。

そういう事を考えると私はとてもじゃないけど、子供を置いて日本に帰る事はできないと思ってしまう。

 

■■7月18日(火)■■

9月から別居生活かもしれない。

エイジが午前中にアメリカの課長と部長の部屋を訪れたらしい。
アメリカ側としては、エイジがアメリカに移籍することは、WELCOMEだそうだ。
タダ、日本側はエイジに帰って来て欲しいみたいだから、これからよく話し合いをする必要がある、とのこと。
日本側、アメリカ側、と言っても、結局は同じ会社だから、日本側の意向を無視して決めることはできないみたい。
結局は、「会社として」の決定を待つしかないのか。

そして日本側の課長からメールで時間指定があった通り、こっちの5時に電話がかかってきた。
エイジは私のことも含め、全部正直に話したらしい。
ただ単に、「アメリカ大好き!帰りたくない!」という理由でこっちに残ろうとしている訳ではない、という事を伝えるために。
でも、今年の9月からエイジの課だけで、新たに2人海外に赴任になるらしい。
そして来年からは新しい工場の着工となるわけだし、やはりどうしても人手がいる、と。
そしてその新しい工場が軌道に乗るまで、3年くらいはいて欲しい、と。
これから、日本側でも色々話し合うので、エイジにも考えておいてくれ、ということで電話を切ったらしい。

3年かあ・・・。3年は長すぎる。
勿論その期間については交渉するつもりだし、仮に一時的に日本に帰ることになったとしても、
その後は、アメリカに戻れるという保障をしてもらわないと、保障もないままには帰れない、と。
エイジはその期間の半分は私はエイジと日本で過ごして、あとの半分はアメリカにいることを提案した。
だとしても・・・。私は1年間が限界だ、とエイジに言った。
元々遠距離だったのなら慣れているかもしれないけど、1年間一緒に暮らした後での、
1年や2年の日本とアメリカの遠距離生活は、とても辛いものになるだろう。

「もしも、本当に3年の期間で、ってなったら、アメリカで他の所へ就職活動してくれないの?」と私は言った。
「でも9月までにみつからなかったらどうなるんだよ?27の男が仕事もなくてプーになるのか?」
「ずっとって訳じゃないじゃん。私も働くから。」
「ヒモか。アメリカで他に仕事がみつかるって保障もないまま。」
「・・・・・。」
「アメリカ違法滞在のプー太郎か・・・」

たくさん話した。
たくさん泣いた。
別れ話もした。

 

■■7月17日(月)■■

午後から車を借りて、郵便局に行って来た。
ティファニーの洋服を買っていたんだけど、送るのがすっかり遅くなっていたから。
やっぱり洋服は私の好みのも着て欲しいと思うし。

帰って来てから、元旦那に送ったからという報告の電話をかけた。
その時に聞いたことなんだけど、最近ティファニーは、「グランマ(おばあちゃん)」という言葉を乱用しているらしい。
テレビを見てて、ちょっと年配の女性がでてきたりすると、「ダディー!見て!グランマ!」と言ったり、
車に乗っていて信号でとまった時に、年配の女性を見つけては、「ダディー!グランマ!」と言うのはまだいいにしろ、
スーパーとかで、年配の女性をみつけては、「ハイ!グランマ!」と笑顔をふりまいたり、
ランドリールームでも、「ハイ!グランマ!」とか、公園のトイレから出てきてベンチに座っていた人に、
「アイ ピーピー!(おしっこしたんだよ)グランマ!」等と、元旦那を赤面させてるらしい。

とにかく彼女の中では、年配の女性=グランマ!となってしまっているようだ。
本当におばあさんくらいの年齢の人ならいいけど、中年くらいの人だと「む!」ってしたりしないか不安。
幸い、これまでの人は、みんな笑っていたらしいが・・・。内心怒りまくりだったりして。
元旦那が恥ずかしいと言っていたので、私が家族でハワイに行った時に映っている私の母親の写真を見せて、
「これがティファニーのグランマなんだよ」と教えてあげたらいいんじゃないか、と提案してみたんだけど。

それにしても今日は久しぶりに暑かった。WITHOUTクーラーには辛い今日この頃。
暑さにバテテ、私は8時くらいから寝てたんだけど、9時くらいにエイジが起こしに来た。
「暑いからスタバにでも冷たいもの飲みに行こうか」って。

私はしばらく、ベッドに横になったままだったんだけど、
「スタバいいね。行こう行こう。あのシャリシャリのピーチが飲みたい」と言ったら、エイジも横になりつつ、
「じゃあ、まず起きなきゃ」と言った。
「分かってるよ」(と言いつつダラダラ)
「起きなきゃ連れてってあげられないからね」
「分かってるって」

眠いところを起こされたので、5分くらいかかってやっと私は起きた。
そうすると、今度はエイジが爆睡中。
「起きたんだから、約束通り連れてけ」と起こそうとするも、今度は、
「なんだまだ着替えてないじゃん。着替えたら起こして」とか偉そうなことを言いつつ、一向に起きようとしてくれない。
そうこうしているうちに、うちの近所のスタバが閉まる10時になってしまった )`ε´(

この借りは必ず返してもらう。

 

■■7月16日(日)■■

ネガティブ志向3日目に突入し、相変わらずなんだか精神的に不安定な時みたい。
でも今日の出来事は書かないでおこう。
今日の行動を書いてしまうと、これからもずっと先まで残ってしまうわけで。
自分のことを嫌いになってしまいそうだから。

要は以下のようなことがネガティブ志向の原因だと思われる。
1) ティファニーに会いたい。胸が痛い。いてもたってもいられない。
2) エイジの9月以降のことが決まらないので落ち着かない。
3) なんだか具合が悪い。吐き気する。胸やけ。病気なのかも。
4) こっちに来て太った。服はやせるまで買いたくない。
5) 最近アトピー悪化した。いろんなことに集中できなくて何もやる気がおきない。

↑のような理由で、もう私は、「終わったも同然」と思ってしまった。
こんな私のために、エイジは日本の会社辞めることない。
期待されていたから、アメリカに選ばれて派遣されたんだろうし。勿体ない。
こんな何をするのもやる気がうせた私と一緒にいたっておもしろくないだろう。
いや、おもしろいはずがない。

ちなみに、4)のことをエイジにカミングアウトしたら、おもいっきり笑われた。
「そんなのいいじゃん。1つ大きいサイズを買えば」と彼はあっさり言う。
分かってないな。そんなのプライドが許すわけないじゃないか。
それがオトメゴコロというもの。26になろうといくつになろうと。
「じゃあ、1つちっちゃいのを買って、それが着れるようになるのを目標にしてがんばってダイエットしたら?」と言う。

ま、そうなんだけどさ。

 

Home