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  2章 明らかになった強制連行・強制労働の実態  1 とりくみの経緯

   一九八六年、中央高校社研部は、゛身近な地域の問題に目を向けよう"と、一九四五年の水島空襲について調べていた。
この空襲は、岡山空襲などの場合と異なり、軍需工場地帯、すなわち三菱重工業水島航空機製作所の破壊を目的にしたものであったのだが、私たちはこの調査過程で亀島山地下工場の依存を知ることになる。
゛地域に目を向けよう"という考えに立ち、亀島山地下工場建設における朝鮮人の強制労働・強制連行について調査しようとしたのは、岡山県における高校生の自主活動の伝統と理念をふまえてのことだが、私としてはさらに、高知県幡多地区の高校生たちがビキニ被災と地域のかかわりを掘り起こした調査活動や、一九八一年の全国教育研修会の社会科分科会での北海道・小池喜孝氏の北見民衆史掘りおこしの報告に感銘をおぼえたことも作用していた。とくに、「朝鮮人の強制労働は全国どこにでもある」「痛みをもつ民衆の立場から歴史を見る」という小池氏の言葉が耳に残っていた。しかも、「戦時中、三菱の工場で朝鮮人が働かされていた」という話も耳にしていたので、水島という地域の歴史を掘りおこす作業を通して朝鮮人の強制労働問題について学ぶことができるのではなかと考えたからである。
 こうして調査活動はスタートした。当初は学習が中心だったが、一方で『水島の戦災』を編んでいた倉敷市役所総務課をたずねて話を聞いたり、当時工場の従業員であった方からも聞き取りをした。この段階では朝鮮人の強制労働の手がかりは得られなかったが、足で調べるという調査方法はその後の活動の基本になった。


H O M E赤い鳳仙花構成劇「赤い鳳仙花」高校生の自主活動―その伝統と理念亀山島地下工場L I N KE−MAIL