はじまりはアリランから 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 

back  next  home  三鷹事件  年表  link  e-mail
 は じ め に

  一九八九年四月、岡山県立倉敷中央高等学校社会問題研究部(以上、中央高校社研部) 韓国の羅洪柱氏から次のような手紙をいただいた(原文は英語)。 

 この手紙をあなた方に差し上げることをできることをとても光栄に思います。 私はあなた方にお会いしていませんが、あなた方はきっとすばらしい女学生 だと思います。                                                     私は最近、四月一五日付の韓国の新聞「韓国日報」であなた方の名前を知りました。 その新聞は、あなた方の学校の社研部のすばらしい活動のことを報じていました。 新聞で紹介されていた話によれば、社研部は次のような歴史的事実を研究してきた とのことです。                                                                      四〇年余り前、約二〇〇〇人の不幸な韓国人が無理やりあなたの町に連れてこられ、 日本のために第2次世界大戦中、最悪の労働条件のもとで地下工場建設の非常に危険 な仕事に従事させられていました。日本は当時皮肉にも、我々の祖国である韓国を 鉄のムチで支配し、あらゆる方法で搾取したのです。                                           あなた方のことが次のように新聞で書かれていました。強制労働で犠牲になった 不幸な韓国人に関する悲惨な歴史を掘り起こし、将来、日本が近隣諸国民に二度と あのような誤った行為を繰り返さないように教訓を明らかにしたいと願っている、と。     新聞を読んできて、私はそのすばらしい話に感動をおぼえ、目に涙があふれそうでした。 同時に、私の心が温められて、私の胸の中で長いあいだ積み重ねられてきた日本人に 対する偏見のようなものが溶けてゆくのでした。あなた方のような若いすばらしい 日本人によってつくられる新しい日本に対して、私ははじめて希望をもつことが出来 るような気がします。 私は次のように確信しています。歴史上の真実の研究に関して、あなた方と韓国の新聞 との間に最近うちたてられたような本当の友好関係は、狂信的愛国主義者による歴史上 の事実の歪曲や偏見を克服し、近隣二国民のあいだの相互信頼と本当の友好への道を確固 たるものにするでしょう。                                                                      そういうわけで、私は年老いた韓国人の一人として、今日まであなた方によってなされた 歴史上の真実の研究というすばらし業績を高く評価し、また忘れられた過去に消え去ってゆく 不幸な韓国人たちへの愛から、研究に参加したあなた方すべてに心から感謝を表明したいと 思います。                                                          韓国の新聞に載ったあなた方若い日本の女学生たちの話は、私に「過去を忘れる者は、過去 を繰り返すように運命づけられている」という名言の本当の意味を思い出させました。                                                この機会に、私はまた、たいへん貴重な教育を生徒たちに与えられた比類のないご尽力に 対して、あなた方の先生に心から感謝と敬意を表したいと思います。もしそのような指導が なかったら、あなた方の部は真実探求において教訓的な価値を見出せなかったかも知れない でしょう。     

 中央高校社研部は、一九八七年以来、倉敷市水島にある戦時中の地下工場=亀島山地下工場建設 における朝鮮人強制労働の実態調査をしてきた。この調査をすすめるうち、八八年の末、戦中から 戦後にかけて岡山県内で死亡した七八名の朝鮮人の遺骨の存在と、それらが今もなお無縁仏の ままになっているという事実を知った。この調査の中で生徒たちは、これらの遺骨を一体でも故郷 に返還したいと考えるようになった。そうした素朴な願いを綴り、韓国のマスコミに送ったのは 八九年三月の末であった。それが韓国日報にとりあげられ、羅洪柱さんの目にとまったのである。                                 七八体の遺骨のうち二体は、後にのべるように、一九九〇年三月、社研部の生徒たちによって 韓国の遺族の元に届けられた。 

 過去の歴史を掘りおこすことによって未来を考えること、しかもそれを“交流学習”という方法 で展開する。これが中央高校社研部の調査活動の特徴である。「交流」とは、分け隔てを取り払い、 心の壁を取り除くことである。交流の対象は、在日韓国・朝鮮人や韓国の人びと、とくに戦前・戦中 の植民地支配の体験をもった在日一世から中学生・高校生・大学生までと幅広い。      在日一世との交流 は聞き取り調査が中心である。  在日韓国・朝鮮人が政治的な無権利状態におかれ、さまざまな差別や偏見にさらされている現在の 日本社会にあって、生徒たちは交流による学習を通して、「在日」の人びと、また、韓国・朝鮮の人 びとと「共に生きる社会(世界)」をつくっていこうと、模索しているのである。言葉や習俗・習慣 などの文化の違い、すなわち民族の違いを乗り越えて、それらを個別の価値あるものと互いに認め、 同じ人間として対等・平等な関係の中で生きることができる社会(世界)をつくっていかねばならな いと考えているのである。過去の歴史の真実を学びながら・・・。                     しかし、活動している生徒も、指導している私も、さらに受け皿としての学校も、特別な力をもっ ているわけではない。ただ本校には、生徒会活動やホームルーム活動など生徒の集団づくりに関する 活動を大事にするという伝統があり、それが生徒たちの活動を支える力になっている。  私が指導方針として大切にしてきたことは、調査対象の一つひとつをじっくりと調べ、一年ごとに その成果と課題を整理するという、階段を一段ずつ上がるようにして活動を進めることであった。 だから今回のとりくみも数年がかりの長いものになってしまった。

  本書執筆中に、亀島山地下工場で直接・間接の強制労働を体験した二人の在日朝鮮人一世が亡くな った。 私たちに当時の様子をくわしく語って下さった安采鎬さんと金原哲さんである。お二人のご冥福をお 祈りします。

                                                      一九九二年 三月 二五日

 はじまりはアリランから 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 

back  next  home  三鷹事件  六法  link  e-mail