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―  弁護士を目指して  ―

 人は人生の中で様々な問題を抱え、岐路に立ち、どこへ向かえばよいのか見えなくなる時がある。
出口を求め新たな方向性を見出す事が出きる場合もあれば、迷いつづけさらに深い闇に落ちて行く
場合もある。
常に最善の道を求め、一生懸命に模索しつづけることが重要であり、最初からその選択の良し悪し
など誰にも分からないのだ。問題は結果ではなく、その過程にあるわけで、必死に模索しつづける
ことで結果がついてくるのだと私は思う。
 私自身、仕事をしながら弁護士を目指し法律を学び始めたが、日々の仕事に追われ勉強に集中で
きないことで、始めは苛立ち、焦りを覚えていた。
私と同じように弁護士や、法曹を目指す人達は着実に一歩一歩前進しているにもかかわらず、自
分はと言えばどうだろう・・・?
大学も美大出身であり、法律の世界とは全く関係のない生活を送ってきて、その上仕事をしながら
の勉強ではスタートラインにもまだ立っていないのではないか。ただ毎日、焦るばかりで、何も満
足にできないまま時間だけが過ぎて行くように思えた。
 その頃、私は人材派遣会社を友人と経営していたが、始めたばかりと言うこともあり経営は思わ
しくなかった。
「人の労力を使って利益を得るつまらない仕事だ」と、言い訳ばかりで、この仕事の真髄を知らぬ
まま司法試験受験をいいこと逃避しようとしていたのだった。
 確かに私にとって、この仕事は飽くまでも、受験勉強をする為の必要最低限の生活費が稼げれ
ばいい、と割り切ればいいのかもしれない。しかし、自ら始めたものをこのまま中途半端に辞める
ことはできない、という気持ちがあった。ここで簡単に仕事を放り出し、逃避の対象として受験に向
かって行く、その気持ちのままで果たして司法試験を成し遂げられるとは思えなかった。
あと一ヶ月、今までのやり方を考え直しこの仕事に取り組んでみよう。そう思い、今までどこに問
題点があって経営がうまくいかなかったのかを見直すことにした。それは、以外に単純なことであ
り、また最も重要なことだったのだ。
今まで私は、大手の派遣会社の真似ばかりをしていた事に気づかず、小さい会社が最も大切に
しなくてはいけない、人と人との密接な関わり、信頼関係を築くことを忘れていたのだった。
仕事の合間に法律の本を開き、時間を惜しんで勉強をしている私は、ほとんど事務的な対応が精
一杯であり、派遣スタッフが不信感を持ち、他へ流れて行くのは当然だった。
人材派遣の仕事は扱う商品が「人間」だけに大変厄介で、せっかく仕事を紹介できても後のフォロ
ーがきちんとできなければ突然会社に出てこなかったりと、何かと問題が発生する。そのような問
題を極力起こさない様にすること、それは決して派遣する人をただの商品であるなどとは思わない
ことだ。小さな会社だからこそ、派遣する人と私達とは強い信頼関係で結びついていなければなら
ない。派遣スタッフにトラブルがあった時には、一人で抱え込まぬよういつでも相談してもらえる
ような関係を形成していることが重要だ。
人間だから感情もある、日々の生活の中で起こりうる問題も実に様々だ。
それに一つ一つ対処していきながら、あることに気づいた。私はこの仕事を通し、本当に人間が好
きなんだということを実感したのだった。人間が好きでなければ、こんな割りに合わない仕事やっ
ていないだろう。もっと別の、気軽なアルバイトをしながら、司法試験の勉強をしていたに違いない。
いや、本当ならその方がずっと賢明なのかもしれない。
しかし、私はあえてこの仕事と司法試験の勉強を両立していく方を選択した。
なぜなら、予備校に通い法律の知識を入れるだけでは知ることのできない、もっと重要なことを学
べると確信したからだった。
将来弁護士となった時に、今まで見て、経験し、関わってきた人間関係があるからこそ実務にしっ
かり適応できる視野の広い弁護士になれるのだと考えている。
 これまでの仕事上の経験以外にも、私の弁護士になるという決意を決定付けた出来事がある。
それは、両親の事業の失敗、破産、取引先との裁判を経ての経験である。
 私は自分の仕事が何とか軌道に乗り始め、やっとこれで勉強に費やす時間も多く取れると思って
いた矢先の出来事に当惑した。破産した家の娘が司法試験を目指す、それは、全く見当違いなこと
なのではないかと思ったからだ。
だが、自分を哀れんでいるだけでは何も始まらない。それならば自分にふりかかるどんな困難、逆
境も、バネにすればいいのだと転換した。
自分の家族同様に、多重債務に苦しむ人達の気持ちを一番理解し得る弁護士になることが、私が
貫くべき道ではないか。
人は悩み、自分の力で対処出来ないが故に弁護士に依頼する、その最後の頼みの綱として弁護士
という存在がどれほど依頼人にとって重要なものか。その重みを本当に理解している弁護士が、は
たしてどれほど多いだろうか?最後の頼みの綱が切れてしまえば、問題はさらに膨らみ、打開策を
見つけることは困難になる。お金がある人と、ない人では弁護士の動きにも差が歴然と感じられる。
必要経費の問題もあるからしょうがない部分はあるだろう。しかし、何人にも公平に弁護するのが
弁護士としての義務ではないだろうか。弁護士までも金しだいという慣習は、問題を抱え頼ってき
た人を絶望の淵に追いやってしまう事になるのだ。このような状況下にある人が、どれほど多いの
かを直視しなければならない。そのような人達に手を差し伸べる弁護士になること、それが、私の
夢であり、成し遂げるべき目標である。
社会的に弱い立場の人達の側に立ち、擁護するための力、知識を培う努力は弁護士になるその

日まで、決して惜しまないつもりだ。