泥かぶら
奈良時代は今、歴史的には非常にすばらしい時代のように言われて
いますが、本当はもっと暗いみじめな時代です。日本は、いつどうな
るか判らない。今よりもっと悲惨な時代であったようです。だから
聖武天皇は大仏を作って元気をつけようとされたんです。

 その頃、ある村に貧しい一人の女の子がいました。お父さんはどこに
行ったかわからない。お母さんは死んでしまって孤児みなしごです。
天涯孤独ですから、いつも汚い恰好をしているし、ある意味では弱い
立場でありますから、皆がいじめます。唾をかけます。石を投げます。
もちろん一緒に遊んであげるようなことはいたしません。どこかの国の
今のいじめみたいなものですな。

 だけどこの子は非常に気性が激しかった。だから石を投げられたら石
を投げ返した。唾をかけられたら、かけ返した。そして遊んでくれなけ
れば一人丘に上がって夕陽を見て知らん顔しておった。そのような生活
をしておった。人生においてその子自身も考えた。このままでは自分は
どうなるんだろうか……。

 そこへ一人のお坊様がまいりまして、その子のなりゆきをじっと見て
いるのです。「気性の激しい子だなあ。そして絶対に負けん子だなあ。
よしわしが助けてやろう。」ということで、その子がいつものように丘
の上で夕陽を見ながらたたずんで座っているのを後ろから肩を叩くのです。
「どろかぶらよ、お前は本当はすばらしい子なんだ。だけども今のまま
ではダメだよ。」といって、

 三つのことをお坊様がおっしゃいました。

一、自分の顔を恥じないこと
一、どんな時にもニッコリ笑うこと
一、人の身になって思うこと

 こんなことは大変だなと思ったんです。しかしこのままではどうにも
ならない。よしやってみようと思いました。最後までやるのです。


*守り通した三つの言葉

 ところが、ある時とんでもないことがおこります。極めつけみたいな
ことで濡れ衣を着せられます。実は、このどろかぶらという女の子を嫌っ
ていじめておった者が村一番の美人と言われ一番お金持ちであるといわれ
ていた庄屋の子「こずえ」です。 こずえさんという人がどろかぶらを
非常にいじめるのです。ところがある時に「助けて」と言ってどろかぶら
のところに走って来るのです。その後ろからお父さんの庄屋が鞭を持って
追いかけて来るのです。それはなぜかというと、庄屋が命よりも大切にし
ていた茶器を割ってしまった。しかもこのこずえが、「これはどろかぶら
が割ったんだ」と言うんです。

 ここでこのどろかぶらはその時に、「それは私がやったのではない」
と言わなかった。自分を一番いじめた子、この子の気持ち、人の身に
なって思うことと言われたもんだから、これを実践したのです。黙って
こずえをかばおうとし、庄屋は当然、どろかぶらに先入観を持っています
から、こんな汚い奴でいつも喧嘩ばかりしていると思っていますから
そのままその子を折檻(せっかん)します。

 そして折檻されている最中に「こんなもの止めよう。お坊様が
おっしゃったこの三つの言葉、あんなことで私は良くなるとは思えない。」
という気持ちになるのです。「そんなもの無い方が良い」という気にも
なりますが、この子はそれを打ち払います。
 そしてついに感動が訪れるのです。もう何度も何度も鞭で叩かれ体は
ぼろぼろになって、また丘の上の夕陽を見ながら泣いておった時に
後ろからそっとやってきた人がいます。それは自分をおとしめた
こずえなのです。

 自分が一番大事にしていた宝物である櫛を差し出すのです。
「助けてくれて有り難う。本当に悪い事をした。これは私の宝物だから
あんたに貰ってほしい」と言ってくるんです。その時、生まれて初めて
どろかぶらは報いられたことを知りました。そして「その櫛はいらない
から、どうかその心だけでいいからこれから仲良くしてね。」と言いま
した。こずえはさらに感動して、どろかぶらの泥を払って櫛ですいて
あげてかたわらの花を挿してあげました。

 それから人生が逆転してしまいまして、今までの評価がどんどんと
変わってきます。そうすればなおさらこのどろかぶらはお坊さんの
三つの言葉をさらに実践して行きます。喘息持ちの老人の家には山奥
に入って薬草を取って持ってきたり、子供が泣いていたら慰めてやっ
たり、あるいは子守りをしてやったり、人の嫌がることを次から次に
やっていきます。だから村人にとってついにどろかぶらは村に
いなくてはならない人になっていく。ところがもうひとつ今度は
凄い極めつけが来るんです。


*ニッコリ笑う心

人買いが来るのです。人買いは今時、流行やらないかもしれません
けれど、実は現在でも、外国では大いにあるのです。子供を売り
買いする人がやって来るんです。この人買いの名を次郎兵衛と言い
ます。そして、このどろかぶらの親友である一人の娘を買っていこう
とします。売られて行こうとする親友は泣き叫びます。それを見てい
たどろかぶらは、ついに自分が身代わりになろうと決意します。
そしてその人買い次郎兵衛に「その子の代わりに私を連れて行って
くれ。」と言い、次郎兵衛はびっくりし、目をむいて言いました。
「お前、何を言っている。遊びに行くのではないということが判って
いるのか。もういいかげんにしろ。さっさと向こうに行け。」と。
 はじめは取り合わないのですが、メソメソ泣いておる女の子と
健康ではちきれんばかりのどろかぶらを見て、どっちが高く売れるか
考えるのです。「よし、じゃあ、こっちのほうがいいな」と
どろかぶらを連れて行くことにします。

ところが、どろかぶらは先ほどお坊さんの三つの言いつけを守って
います。自分の顔に恥じない。自分の未来が必ず開かれるという信
念を持っています。どんな時にもニッコリ笑っています。常に相手
の身になって考えています。ですから、都へ上がる間、毎日毎日、
何を見ても素晴らしい。何を食べても美味しい。どんな人に会って
も常にその人を虜にしてしまう魅力がある。

ついに次郎兵衛はある時、置き手紙をしていなくなってしまった。
その手紙には、
 「私はなんとひどい仕事をしておったか気が付いた。お前の
お陰で、私の体の中にあった仏の心が目覚めた。だから、お前は
仏の子である。どろかぶらよ、幸せになってくれよ。」
と書いてありました。

            終わり
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