機上作業練習機「白菊」(K11W1〜2)

 旧式な高翼の九〇式機上作業練習機に代わって、太平洋戦争の中期
頃から使用された中翼単葉固定脚で特異な形態をした大型練習機であ
るが、機上作業練習機としてはあまり評判は良くなく、機練としてよ
りも、連絡、輸送、対潜警戒など雑用に多く使用された。
 製作所 九州飛行機(渡辺)  798機



機上作業練習機「白菊」21型(K11W2)

機上作業練習機「白菊」(K11W1)要目表

製作記号 K11W1 試作名 15試機上作業練習機 コードネーム −−

寸 度   全幅 14.980m  全長 10.240m 全高 3.930m(3点)
    主翼弦長 −−−m(中央)〜−−−m(翼端)
    補助翼幅     m×     フラッフ幅 −−−m×
   翼折時全幅 −−−m     翼折時全高 −−−m
   水平尾翼幅 −−−m     垂直尾翼高 −−−m
    主輪間隔 −−−m     主翼上半角 −−−度
     後退角     % 翼弦で−−−度°

面 積 主 翼  30.5(補助翼を含む)   水平尾翼 −−−
   垂直尾翼 −−−屐          補助翼 −−−屐滷
    昇降舵 −−− 抵抗板 −−−屐滷 方向舵 −−−

重 量  自重  1,677 総重量 2,644kg 過荷 2,800kg

発動機      日立「天風」21型 空冷星型 9気筒×1
         離昇馬力    515hp/ 2,300rpm/m
         公称馬力    480hp/ 2,200rpm/1,500m 
               −−−hp/−−−rpm/m

プロペラ  木製固定ピッチ  2枚羽根  直径 2.710m
                 ピッチ −−−度〜−−−度
燃 料   翼  内 −−−函〕邁質槽 −−−函漾檗
      実搭載量   480(正規)   −−− (  過荷)
           −−−(偵察過荷)
      滑  油   40

性 能   最大速度  122.0kt( 226km/h)/ 1,700m
      巡航速度  95.0kt( 176km/h)/ 1,400m
      着陸速度  55.0kt( 102km/h)
      上昇時間  1,400m〜8分00秒 −−−m〜 分秒
    実用上昇限度  5,620m
      航続距離   345nm(640km) 最大635nm(1,176km)
             90nm(167km)(機銃射撃練習時)
            −−−nm(−−−km)(偵察過荷)
      離陸距離 (無風) −−m  (風速 −−m/s) −−m

武 装   胴体      7.7mm旋回機関銃  1門
      機  首   −− mm固定機関銃 −−門
      爆  弾  30kg×2 又−−kg×又は−−kg×

乗 員   5名      初号完成  昭和16年  月  日
              制式採用  昭和17年  月  日

設計.製作会社 九州飛行機(渡辺) 生産機数 798機
 


備考 「白菊」11型(K11W1)の練習コンパートメントの内部、偵察
   練習席等を改造を加えた21型(K11W2)も生産されたが、大幅
   な設計の変更はなかった。


機上作業練習機「白菊」21型(K11W2)三面図


機上作業練習機(K11W1)解説

 日本海軍では世界にさきがけて、専用の機上作業練習機を保有して
搭乗員の養成をはかってきたが、昭和11年この九〇式機作練に代わる
べき十一試機練が試作された。だが、これまでの九〇式機作練になじ
んできた通念からすれば、全金属製練で双発の十一試機練は、高価で
贅沢すぎるとされ、結局は制式化されずにおわった。
 しかし、昭和13年頃になると実用機は近代化され、世界レベルから
さらに高性能な「彗星」「天山」「一式陸攻」「二式水艇」が続々と
計画されており、これに対応するため、旧式化してきた九〇式機作練
に代わる近代的な機上作業練習機として、昭和15年に一五試機上作業
練習機の試作が九州飛行機(渡辺)に発注された。
 試作機は翌16年に完成し、試飛行を行ったが安定性で若干の改修を
要しただけで大して難点もなく、直ちに制式化され、機上作業練習機
「白菊」として量産に入った。本機は根本的に九〇式機練の近代化であ
るが、全金属製で下方視界に重点が置かれ、作業用窓の取り付けなど
のほか、練習生の乗降の便を考慮して中翼型式とした。プロペラは木
製固定ピッチ2翔、脚は引き込み式を思わせるが固定脚である。
 安定した発動機で実働率は高く、戦時下の予備学生や予科練などの
大量養成に成果を上げた。その反面、機内の機内配置が操縦席と練習
席との流通が悪く、九〇式に慣れた者からは不評をかい、依然として
90式機練が使用されていた事実もある。
 量産機には前期型の「白菊」11型(K11W1)と内部に改修が加えられた
「白菊」21型(K11W2)があるが、機体に大きな改装を加えられたもの
ではなく、両者に大差はない。
 昭和17年から、渡辺鉄工所を改称した九州飛行機で量産され、両型
合せて 798機が終戦までに生産された。搭乗員の大量養成に使われた
ほか、近距離の連絡、輸送、対潜哨戒などにも利用され戦争末期には
爆装した特攻機として出撃した機も多数あった。