水上偵察機「瑞雲」11型(E16A1)

 十四試で、高速水偵として失敗に終わった「紫雲」に次いで、一六試
で計画された日本海軍最後の水上偵察機であり、性格的には「紫雲」が
高速性能を重視したのに対し、本機は急降下爆撃を行う爆撃機としての
性格を持たせた機体であった。生産機数こそ 256機と少ないが、性能的
には満足のいくものでり、水上爆撃機として活躍したばかりでなく戦争
末期には特攻機として、沖縄方面に出撃していった。
 設計・愛知  製作 愛知 日本飛行機  総生産機数 256機


水上偵察機「瑞雲」11型(E16A1)

水上偵察機「瑞雲」11型(E16A1)要目表

製作記号 E16A1 試作名 十六試水上偵察機  コート゛ネーム Paul

寸 度   全幅 12.800m 全長 10.840m 全高 4.740m
   水平尾翼幅  −− m     垂直尾翼高  −− m
    補助翼幅  −− m×    フラッフ幅  −− m
     胴体長  −− m    主フロート長  −− m
    主翼弦長  3.000m(中心線)〜1.500m(翼端)
  フローと間隔  3.200m     主翼上半角   3度

面 積 主 翼 28.000u 水平尾翼  −− u 垂直尾翼  −−u
    補助翼  −− u フラップ  −− u 方向舵   −−u
    昇降舵  −− u×2

重 量  自重  2,800s  総重量  4,000kg   過荷  4,500kg

発動機      三菱「金星」54型 空冷星型複列 14気筒×1
         離昇馬力   1,300hp/ 2,600rpm/−− m
         公称馬力   1,200hp/ 2,500rpm/3,000m 
                1,100hp/ 2,500rpm/6,200m

プロペラ  住友ハミルトン油圧式定速  3枚羽根
      直径  3.200m    ピッチ 22.0度〜42度

燃 料   翼  内 −−−g 落下増槽 −−−g×− 
      実搭載量  1,200g (正規)   −−−g (  過荷)
           −−−g (偵察過荷)
      滑  油   50g

性 能   最大速度  242.0kt( 448km/h)/ 5,580m
            228.0kt( 422km/h)/ 2,840m
      巡航速度  190.0kt( 352km/h)/ 5,000m
      着水速度  60.0kt( 111km/h)
      離水速度  −−kt( −−km/h)
      上昇時間  3,000m〜4分40秒 5,000m〜 8分59秒
                     6,000m〜 10分32秒
    実用上昇限度 10,280m 
      航続距離   568nm(1,052km)/−−4h(正規)
            1,369nm(2,535km)    (爆撃過荷)
            1,172nm(2,168km)    (爆撃過荷)
      離水距離 (無風)−−m  (風速 −−m/s) −−m

武 装   胴体後部上方  13 mm旋回機関銃  1門
      両  翼     20 mm固定機関銃  2門
      爆  弾  250kg×1 又は 60kg×2

乗 員   2名      初号完成  昭和17年 3月31日
              制式採用  昭和18年 8月 日

設計.愛知  製作 愛知 197機 日本飛行機 59機 総生産機数 256機
 


備考 
                                                       


水上偵察機「瑞雲」11型(E16A1)三面図


水上偵察機「瑞雲」11型(E16A1)の解説

 昭和14年末、日華事変が長期化の様子を見せる一方で、太平洋では
日米関係の悪化が深まるなか海軍は、全機種の高性能化を促進してい
た。さきの、一〇試水上観測機や十二試3座水上偵察機は零式として
制式が内定していたのに対し、十二試2座水上偵察機は中島、愛知と
も不採用となり、その後継機として海軍は、さらに高度の性能を持つ
水上偵察機を計画、川西には高速で強行偵察の出来る水上偵察機を、
また愛知には急降下爆撃が可能で、最大速度250 ノット( 450km/h)と
いう高性能水上偵察機を、昭和15年2月7日に十四試特殊水上偵察機
として夫々一社特命で内示された。
 愛知では松尾技師を主務、森技師らが補佐となり直ちに基礎研究に
着手、15年11月、12月にはモックアップ審査を終了し、16年1月から
名称も十六試水上偵察機と改称され、詳細な試作設計が行われ、試作
一号機は17年3月に完成した。本機は高性能水上偵察機として離着水
性能向上やカタパルトからの発進を容易にするため、内翼後縁に親子
フラップ(二重スロッテッド)を装備したほか、 250kg爆弾1、または
60kg爆弾2個を搭載して急降下爆撃が出来るように、強度、安定性、
運動性に充分の考慮が払われ、浮舟支柱に急降下速度制限用の抗力板、
主翼後縁に押しボタン操作式の空戦フラップが装備されていた。
 昭和17年7月、海軍の領収飛行試験での所見として、速度と上昇力
が要求を満たぜず指摘されたほかは、水上、空中での安定性はともに
良好、操縦性能では各舵の釣合い、効きも良く旋回、離着水、急降下
も容易とされ、横須賀空技廠実験飛行部に納入された。7月28日から
同飛行部で実験飛行の結果、強度上の問題がおこり、主翼の外板強化、
後脚支柱に補助支柱つける、などのほかに武装強化、自動消火装置の
装備などと改修に長期を要し、昭和18年8月「瑞雲」11型として制式に
採用された。量産は通産四号機から始まり、愛知で昭和20年6月まで
に 197機を製作、日本飛行機では終戦まで生産が続けられ59機が完成
していた。なお、量産機は上述のような改修の他に、発動機が試作機
の「金星」51型から54型に換装されている。又、昭和20年に入ってから、
本機の性能向上型として、発動機を「金星」62型に換装した「仮称瑞雲
12型」(E16A2) が試作されたが、量産にはいたらなかった。
 本機は日本海軍最後の制式水偵にふさわしい優秀機で、太平洋戦争
末期から終戦までフィリピン方面の水上基地から出撃し、大いに活躍
した。完成時には既に搭載する艦もなく、本来の艦載機として使用さ
れる事はなかったが、世界的にもまれに見る高性能万能機として偵察
に、爆撃にとその実力を発揮し、日本海軍水偵の有終の美を飾った。
出現時期がもう少し早ければ、相当の成果が期待された惜しい機体で
あり、又その戦果も定かでないままに、少数機の生産に終わった知ら
ざる薄運の傑作機といえる。太平洋戦争末期には、その一部が特攻隊
として出撃した機もあった。