水上戦闘機「強風」(N1K1)

 二式水戦に代わる高性能水戦として戦争末期に内地の水上基地に配
備され、防空戦闘に参加したが、機数が少なく、あまり知られていな
い。本機から発達した陸上機の「紫電改」は優秀な局戦として期待さ
れB-29迎撃に活躍した。

◎ 製作所
 川西飛行機   生産機数 97機


水上戦闘機(N1K1)要目表

水上戦闘機(N1K1)



水上戦闘機(N1K1)

十五試水上戦闘機「強風」(N1K1)

製作記号 N1K1  試作名 15試水上戦闘機 コードネーム Rex


寸 度  全幅 12.000m 全長 10.585m(水平) 全高 4.750m(水平)
   胴体全長 9.120m
   主翼弦長 2.098m(中央)〜1.250m(翼端)
   補助翼幅 2.720m×2  フラッフ幅  ×2
  水平尾翼幅 5.000m    垂直尾翼高 1.300m
  主浮舟全長 8.559m    主翼上半角  °

面 積  主翼 23.500屐  /緤身翼 5.46屐/眥照翼 1.459
    補助翼    屐滷押.侫薀奪廖  ´屐滷押
    昇降舵    屐滷押 (向舵   
重 量  自重 2,752圈   〜軆杜 3,500

発動機  三菱 「火星」13型 空冷星型複列 14気筒×1
     離昇馬力 1,460hp/2,450rpm
     公称馬力 1,480hp/2,200rpm/2,600
プロペラ ハミルトン定速 3枚羽根   直径 3.20m

燃 料  660 函  ‘溝離織鵐 160 滑油 30

性 能  最大速度 262.0kt<485km/h>/6,000m
     巡航速度 200.0kt<370km/h>  着水速度 71kt<131km/h>
     上昇時間 3,000m〜 3分05秒  5,000m〜5分32秒
   実用上昇限度 10,560m  航続距離 1,070nm<1,980km> (4h)

武 装  翼内          20.0mm固定機関砲 2門
     胴体           7.7mm固定機関銃 2門
     爆弾  30kg×2
乗 員  1名     初号完成 昭和17年 5月
            正式採用 昭和18年12月 

設計.製作会社 川西  生産機数 試作8機含め 97機


備 考 第1号機は二重反転プロペラ。増試型は、機首上面に過給器用
    空気取り入れ口有り。
    後期量産型は単排気管式。「火星」15装備の型有り。
   「強風」改(N1K2)は「火星」23装備、集合排気管、オイルクー
    ラーはカウリング内。

水上戦闘機「強風」(N1K1)三面図

十五試水上戦闘機「強風」の解説

 海軍は日華事変において、未だ飛行場が整備されてない前線で、
小型の艦載水偵が局地の防空に有効に活用されているのに着眼、本
格的な高速水上戦闘機の開発に着手した。
昭和15年9月、当初より水上戦闘機としての設計はわが国で始め
ての事で、この新機種の開発には、飛行艇などで水上機に経験豊富
な川西に高速水上戦闘機の試作が指示された、それが15試水上戦闘
機「強風」N1K1(社内名 K-20)である。
 陸上機に対して下駄ばき(浮舟付き)という不利な条件をもつこの
新機種に対して陸上戦闘機に劣らぬ高速と格闘性能が要求され、川
西が設計に就いてとった方針は、採用可能な新技術をすべて採り入
れるという理想主義的なものであった。

 本機が採用を試みようとした新技術は主だったものだけでも層流
翼、自動空戦フラップ、エンジン延長軸、2重反転プロペラ、引込
み式の翼端浮舟などで、従来の戦闘機に比べ数多い事が分かる。
 まず陸上機に劣らぬ速度を得るため、東大航研の谷一郎教授が開
発した摩擦抵抗を減らして高速機に適した層流翼を主翼に採用、又
格闘性能を良くするため自動空戦フラップ操作装置を装備した、こ
の空戦フラップというのは、川西が世界に先駆け独自で考案した極
めて優れたものであり、これらの両機構は後日、改造型として生産
された「紫電」「紫電改」にも引き継がれ、後継機である「紫電改」
においてはその名をいっそう有名なものにした。

 発動機は当時最強力の三菱「火星」を選定したが、戦闘機用とし
ては直径が大きいため胴体が太くなり、それによる前面抵抗増大の
対処として胴体前端の形をしぼりエンジン延長軸を採用する事でそ
の抵抗の減少を図った。
 機体は翼を海面から離す意味もあり、空気抵抗と失速性の少ない
中翼形が採用され、主浮舟の支持には前部をV字型、後部には一枚
板型の支柱で胴体に結合する、簡素で抵抗の少ない方法がとられた。
翼端の補助浮舟は、設計当初に引込み式を計画し開発中であったが、
構造が複雑で重量の増大を懸念し固定式に変更された。
 小型の水上機に大馬力のエンジンを搭載する事には難問が有った、
強力なプロペラの回転が発生する反動トルクに関するもので、これ
は機体の横安定性に対し大きな障害になる、この対策としては二重
反転プロペラを採用することでトルクの打ち消しを計った。

 昭和17年5月、15試水上戦闘機の1号機は初飛行を行い、翌18年
初頭には試作機8機が続いて完成した。しかし試作2号機からは、
構造が複雑で整備に時間がかかり過ぎ、実用性に乏しいとの理由で
二重反転プロペラの使用を中止し、従来どうりの3翅単プロペラに
改装された。
 その後も新機種のために川西では不慣れの面も多く、試行錯誤の
連続で実用試験に多くの時間を費やしてしまった。特に二重反転式
プロペラの廃止による、機体の横揺れや離着水時の偏向くせなど幾
多の問題点を残したまま量産に入り88機が生産された。

 昭和18年12月「強風」11型として制式採用となり、19年初頭まで
に試作機も含め合計97機生産されたが、時すでに、戦局の移行によ
り必要性も薄れ、終戦間近に本土防衛用として小数機が琵琶湖に配
置されたが、期待された程度の活躍を見ることはなかった。
「強風」が試験飛行の段階の時、既に実用化されていた零戦改造の
2式水戦が活躍しており、本機は海軍が期待した戦果を挙げること
は無かったが、然し後に陸上機に改造した「紫電」や「紫電改」が
優秀な性能を発揮したのを見る時、この「強風」の基本設計が如何
に秀れたもので有ったか伺い知る事が出来ると共に、その母胎にな
った意義は大きい。
水上戦闘機として高性能を誇りながらも戦機に恵まれず、その後に
継機により、その優秀さが立証された「薄運の名機」とも言えるの
ではなかろうか。