5 軍縮条約と潜水艦
明治末期、単殻式でガソリン機関を使用したホーランド型潜水艇の
建造技術の習得に始まった日本海軍は、急速に進歩する技術に追いつ
くため、各国より潜水艦を購入して比較検討し、それらのもつ特長を
活かしながら、国産化に向かい努力していた。
この頃すでに、先進国においては二重殻式構造にディーゼル機関を
搭載した潜水艦が普及し始めており、この利点を認めた日本海軍は、
ただちに仏国のローブーフー型潜水艦を購入し、近代化の研究に着手
した。その結果、大正8年呉工廠ではローブーフー型をモデルにして
日本海軍が独力で設計、建造した「海中型」を竣工、さらに改良を加え
ながら海中2型から3、4型、また特中型の22隻が、大正13年までに
に竣工した。
これらの後期型に於いては性能も安定し、海軍にあっては多年沿岸
用として潜水艦隊の中核をなし、又その一部の艦は太平洋戦争の初期
に練習用として使用されていた程である。しかしこれらの潜水艦にも
用兵者は必ずしも満足できるものではなく、更に外洋での艦隊に随伴
できる高速で航洋性の高い潜水艦を望んでいた。この要求に答えるべ
き努力がなされ、この間に試行錯誤の末、積み重ねられた技術は後に
建造される海大型潜水艦にと発展して行くのである。
さて、話は少し先に戻るが、潜水艇が初めて購入された頃のそれは
独立した軍艦として認めてもらえず、水雷艇の種類として艦艇種別表
には潜航水雷艇と表記されていた事は先述のとおりである。しかし、
潜水艇隊が編制され、凱旋観艦式で、潜航、戦技などを演じた翌月の
明治38年12月12日には、この特性が認められて独立した艦種として、
潜水艇と制定された。
その後、次々と建造される潜水艇の隻数が増えるに従い艦名だけで
なく等級別と艦型による類別が必要になっていった。これも潜水艦の
発展と共に幾度も改正され、したがって年代により艦名が異なる事が
あるので等級別、艦型、艦名に少し触れておこう。
大正5年8月4日には、型式が多くなったこともあり、排水量によ
り等級を付与して一等(600d以上)、二等(600d未満)と分類したが、
大正8年4月1日さらに、等級別を一等(1,000d以上)二等(1,000d
未満、500d以上)三等(500d未満)に再分類し、潜水艇の大型化に伴
い従来の潜航艇を改称し潜水艦と呼ばれるようになった。
日本海軍の潜水艦の艦型呼称は大正11年2月14日に初めて制定され
海軍大型、海軍中型などの下に代表艦名の番号部分を採って○○型と
呼称していたが、大正12年6月15日この呼び方を廃止し、それに代わ
り伊号、呂号、波号型などの総称を設けて、一等潜水艦に伊号、二等
三等潜水艦にそれぞれ呂号、波号の冠称を付けて呼び、巡潜型、海中
型などの呼称も設けた。
さらに大正13年11月1日の類別、等級改正には海大型、巡潜型など
の型式名を制定し、新型艦が竣工するにつれ1型、2型などの細分化
した型式名を追加していくと同時に、これまでの艦名を一新し新規に
改名され、巡潜型は1番から、海大型は50番代から命名された。
しかし昭和13年6月1日これまでの艦型による総称を廃止し、同型
艦の代表艦名を型式名と制定し、この方式は終戦まで変わらなかった。
「例・巡潜1型伊号第3潜水艦の場合、伊1型・伊号第3潜水艦」
したがって昭和13年以降、海大○型aなどや、甲、乙型の呼称は海軍
部内だけで便宜上使用されただけで正式ではない。尚、昭和6年6月
1日、この頃旧式の波号型は除籍されており、三等の該当艦がなく、
この等級は削除されたが、この類別は終戦まで使用されたため、戦時
中に竣工した波号型は二等潜水艦に類別されている。
話を戻そう。
第一次世界大戦も終わり、世界に平和が戻ったかのように見えたが
損害を受けることなく戦勝国となって、太平洋に進出の足がかりを得
た日本と米国は、互いを仮想敵国と想定して海軍力、いわゆる主力艦
建造の競い合いを始めたのである。
互いに膨張する建造計画は両国の問題のみならず、世界に危機感を
与えるに及んで遂に日、米、英、仏、伊の5カ国で海軍軍備制限会議
がワシントンで開催されるに至った。この会議により日本海軍の主力
艦保有量が、米、英国のそれに対し、6割りに制限されてしまったの
である。
此処において日本海軍の国防に関する問題はアメリカ一点にしぼり
込まれる事になった。想定される米主力艦隊の渡洋作戦を阻止するた
め、絶対必要とされていた主力艦7割の比率を米、英国の6割に制限
されては、いかなる作戦をもってしても勝算はなく、日本海軍の防衛
策は、まさに危機に曝されたのである。
この戦力の差を制限外である補助艦艇により補い、西太平洋の制海
権を確保しようと日本海軍は、潜水艦による漸減作戦なるものを創意
した。この潜水艦による漸減作戦とは、ハワイ方面に集結する米主力
艦隊の行動を監視し、さらに出撃があれば後を追い機会を狙って反復
攻撃を仕掛け、米艦隊の戦力を漸減させる。その後、我が主力艦隊を
もって、決戦を挑もうとするものであった。
それには、艦隊と行動を共に出来る、高速で航続力が大きく、更に
長期作戦に耐えれる大型潜水艦が求められたのである。
ワシントン条約で不平等な比率を押し付けられて、苦境に立たされ
た日本海軍が、漸減作戦遂行のため造艦技術の粋を集結して建造した
潜水艦が、海大型や巡潜型であり、後に続く甲、乙、丙型などすべて
世界に比類ない強力な艦隊型潜水艦であった。