2 C型と川崎型潜水艦
いまだ自力建造に途惑いを感じていた日本海軍ではホーランド型に
続いて、明治42年英国ヴイッカース社製C型潜水艇5隻の購入を決め
た。2隻は同社で建造し特殊運搬船トランスポルダー号に搭載されて
日本に運ばれてきたが、後の3隻は機材を輸送の上、呉工廠で改良を
加え建造された。
C型はホーランド型に比べ排水量では約3倍にも達し、水上、水中
航続距離や航行速力も増大し、又潜望鏡2本、発射管2門を装備する
など、兵装においても強化された実用的な潜水艇に発達していた。
呉工廠で建造の3隻は、英海軍が建造中であった改C型の情報によ
り、艦橋の大型化、上部構造物を艦首まで延長するなどの改良を加え
凌波性の改善を図った。そのためヴイッカース社と、呉工廠で建造し
たのを、それぞれC1型、C2型と型式別に呼称した。C型の完成に
より日本海軍は、沿岸防御に有力な潜水艇を保有することになったの
である。
C1型(波1型)
波号第1 明治42年2月26日竣工 昭和4年4月1日除籍 ヴイッカース社建造
波号第2 明治42年3月26日竣工 昭和4年4月1日除籍 ヴイッカース社建造
C2型(波3型)
波号第3 明治44年8月21日竣工 昭和4年4月1日除籍 呉工廠で建造
波号第4 明治44年8月26日竣工 昭和4年4月1日除籍 呉工廠で建造
波号第5 明治44年8月31日竣工 昭和4年4月1日除籍 呉工廠で建造
全艦5隻とも、大正8年4月1日潜水艇より潜水艦に改名、
3等潜水艦に類別変更。大正12年6月15日、波号第1〜波号
第5と改名。
日本海軍は英国のC型潜水艦と、国産潜水艦とを比較研究するため
に、一隻の試験的潜水艦を、ホーランド型で実績のある川崎造船所で
建造した。これが川崎型(波6型)と呼ばれる日本人だけの手で初めて
設計された潜水艦で、日本海軍独自の工法で作業は進められ大正元年
に竣工した。
本艦はC型よりも、2倍近い馬力の機関を搭載して、速力の向上を
図ったが、この機関が所定の出力を発揮できず、さらには途中で設計
の変更などがあり失敗の要因を作った。C型と比べて特に見るべき点
も無く、実用性に関しても満足出来るものでなかったために同型艦は
建造されず、またこれ以後、日本海軍独自の設計、建造は当分見送ら
れるようになった。
川崎型(波6型)
波号第6 大正元年9月30日竣工 昭和4年4月1日除籍 川崎造船所で建造
大正8年4月1日潜水艇より潜水艦に改名、3等潜水艦に類別変更。
大正12年6月15日、波号第6と改名。
日本海軍では川崎型以来、独自による開発を中断していたが、第一
次世界大戦が始まり、ヨーロッパで活躍する潜水艦の働きに刺激され
潜水艇の開発を再開、新型艇の建造をめざした。しかし、自力による
設計、建造にはいまだ難点も多く、といって大戦中のヨーロッパから
の技術導入もままならず、結局建造した艦はC型潜水艦に改造を加え
雷装を二倍に強化しただけのものに止まり、特に目立った発展は見ら
れなかった。
この改造により増強した発射管も外装式であったため、自質的には
戦力を向上させるには至っておらず、これをC3型(波7型)と呼び2
隻建造されただけで後続艦は造られなかった。
C3型 (波7型)
波号第7 大正5年10月31日竣工 昭和4年4月1日 除籍 呉工廠で建造
波号第8 大正6年2月20日竣工 昭和4年4月1日 除籍 呉工廠で建造
大正8年4月1日潜水艇より潜水艦に改名、3等潜水艦に類別変更。
大正12年6月15日、波号第7、波号第8と改名。