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平塚らいてう 『青鞜』発刊の辞
元始女性は太陽であった――青鞜発刊に際して――
元始、女性は実に太陽であった。真正の人であった。
今、女性は月である。他に依って生き、他の光によって輝く、病人のやうな青白い顔の月である。
さて、こヽに「青鞜」は初声を上げた。
現代の日本の女性の頭脳と手によってはじめてできた「青鞜」は初声を上げた。
女性のなすことは今は只嘲りの笑を招くばかりである。
私はよく知っている。嘲り笑の下に隠れたる或るものを。

そして私は少しも恐れない。
併し、どうしやう女性みづからみづからの上に新にした羞恥と汚辱の惨ましさを。
女性とはかくも嘔吐に値するものだらうか、
否ヽ、真正の人とは――

私どもは今日の女性として出来る丈のことをした。心の総てを尽くしてそして産み上げた子供がこの「青鞜」なのだ。よし、それは低能児だらうが、奇形児だらうが、早生児だらうが仕方がない。暫くはこれで満足すべきだ、と。
果たして心の総てを尽くしたらうか。あヽ、誰か誰か満足しやう。
私はこヽに更により多くの不満足を女性みづからの上に新にした。

女性とは斯くも意気地なきものだらうか、
否ヽ、真正の人とは――

併し私として此真夏の日盛の中から生まれた「青鞜」が極熱をもよく熱殺するだけ、それだけ猛烈な熱誠を有つていると云ふことを見逃すものではない。
熱誠!熱誠!私共は只これによるのだ。
熱性とは祈祷力である。意志の力である。禅定力である、神道力である。云ひ換へれば精神集注力である。
神秘に通ずる唯一の門を精神集注と云ふ。(中略)
私は精神集中の只中に天才を求めやうと思ふ。
天才とは神秘そのものである。真正の人である。(以下略)

出典 『平塚らいてうの光と蔭』大森かほる、第一書林、1997年

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