進化論



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 ネットで検索すると、「進化論は間違いで、聖書の創造説が科学的に正しい」と主張するサイトが非常に多いことに驚かされます。日本では、キリスト者は総人口の1%もいるかいないかだということを考えると、キリスト者の中に進化生物学(いわゆる進化論)を批判したい人たちがかなりいるのかなという印象を持ちます。しかし、彼らの「批判」なるものを見ると、無知・初歩的な誤解・偏見に満ちており、学問的には何の価値もありません(どういった誤解が生まれやすいかを見ることは、それなりに価値がありますが)。聖書の創造説を信ずるのはご自由ですが、科学上の学説である進化論を愚にもつかないような薄弱な根拠で批判したつもりになるというのは、いかがなものでしょうか?私は生物進化を専門に研究しているわけでも何でもなく、全くの素人に過ぎませんが、その私から見ても、彼らの批判はお粗末過ぎます。ここでは、私が理解している範囲で彼らの間違いを指摘していきたいと思います。

 なお、私がここで問題としているのは、一部の勘違いキリスト者による進化論への的外れな攻撃であり、聖書の創造説を批判しているわけではありません。ときたま、「流木は聖書の創造説を否定しようとしている」とかいい出すキリスト者さんが出てきますが、キリスト者が神による天地の創造を信ずるのはキリスト者の信仰の自由であって、それをとやかくいうつもりは全くありません。あなた方にはそれを信ずる権利が保証されているのです。

 私が問題としているのは、より具体的にいえば、創造科学です。つまり、聖書の創造説を「科学的に」正しい学説であるとする主張です。創造説と創造科学とはイコールではありません。両者は似て非なるものです。キリスト者Aさんが「聖書の創造説は正しい」とおっしゃったら、私は「そうですか」と答えるでしょう。一方、キリスト者Bさんが「聖書の創造説は科学的に正しい」とおっしゃったら、私は「それはおかしいのではありませんか」と答えるでしょう。

 
特殊創造説はキリスト教信仰上の信条であって、それに反するような証拠が何か出てきたら覆るような性質のものではありません。そもそも、キリスト者は聖書を神様の御言葉を記した書物としており、神様の御言葉は永遠の真理とされているわけですね。神様の永遠の真理なるものが間違いとなる可能性は最初からないはずです。ところが、「科学的」ということは、それに反する証拠が何か出てくれば、従来の定説も覆ってしまうということです。ご存じのように、地球の周りを太陽その他が回っているという天動説がかつては支配的な学説でしたが、今日では太陽の周りを地球やその他の惑星が回転しているという地動説が定説となっています。「昔の人たちは迷信深かったから天動説なんか信じたのだ」という人がたまにいますが、天動説は迷信ではありません。科学的な仮説です。かつては天動説が科学的に正しいとみなされていましたが、天動説に反する証拠が次々と見つかった結果、今日では地動説が科学的に正しいとされるようになったのです。科学的な正しさというのは、「いまのところ間違いだという証拠もないからとりあえず正しいとみなしておこうか」という程度のものです。永遠に、絶対に正しいなんて意味は全くありません。

 そうした認識に立って「創造科学」を見てみると、意味不明であることは明らかでしょう。「絶対に何があっても、聖書の創造説は正しいんだ」としつつ、同時に「科学的」だというんですから。絶対に何があっても正しいというようなものは、科学的ではあり得ません。科学的ということは、間違い得る(それに反する証拠なりが出てくれば間違いだと証明できる)ということです。間違う可能性がもともと最初からないものは、科学的ではありません。つまり、あの手の主張をする人は科学的とはどういうことなのか全然わかっていないのです。科学についてまるでわかっていないから、「科学的ではない」(=間違いになる可能性が全然ない)といわれると、「間違いだというのか」とムキになって反論したりするのです。

 世の中に最初から知識のある人はいませんが、科学を云々したいのであれば、「神様の深いお考えは人間の浅知恵では測れません」とかいって無知の上にあぐらをかくのではなく、科学哲学でも少しは勉強して下さい。あの手の勘違いキリスト者さんがご存じないのは、神様の深いお考えとかいうレベルではなく、人間の浅知恵のレベルの話なんですよ。単にものを知らないだけではなく、簡単に調べられることさえも調べようとせず、勉強しようともしない点があの方々の最大の問題点だといえます。「流木さんは自分を知者だと思っているようですけど……」とおっしゃる方がときどきみえますが、ここに書いてあるぐらいのことは進化論の入門書を1冊でも読めば得られる程度のものです。ここに書いてあることを「膨大な知識」だとか思ってしまう時点であなたの生物進化に関する知識は足りなさ過ぎるともいえます。多分、世間平均以下でしょう。繰り返しますが、私は進化論については素人です。生物の進化を専門に研究している人たちから見れば、ここに書いてある程度のことは知識とも呼べないようなものです。この程度の知識(の切れ端)があったところで、「知者」と呼べるはずはないのです。

 進化論を批判したくてウズウズしている勘違いキリスト者さんたちの本質的な問題点は、生物の進化についての知識が足りないことではありません。知識が足りなければ勉強していけばよいのです。誰でも最初は何も知りません。無知が問題なのではなく、全く知ろうとしない(知る必要がないと思い込んでいる)ことが勘違いキリスト者さんたちの致命的な欠点なのです。もし、「わたしは神様の永遠の真理を既に知っているのだから、他に何も学ぶ必要などない」と思っておられるのなら、それは傲慢というものだと指摘しておきます。イエスは「傲慢になれ、自分を高くせよ」と説いたのでしょうか。この点については、以下個々の誤解を取り上げていく中で改めて詳細に検討していきます。

誤解だらけの進化論(1)

 取り上げている誤解は次の通りです。

 「生物の身体の仕組みは大変精巧であり、到底偶然に出来あがったとは思えない。例えば、人間の目のような複雑な器官が偶然の産物として突然できるはずがない。やはり生き物は神によって創造されたのだ」「炭素14年代測定法では化石の年代は測定できない。地球の歴史が46億年などという話に根拠はない」「進化論では人間の先祖はサルだといっているが、だったら、動物園のチンパンジーはそのうち人間に進化するのか?」「生物が進化したのなら、最後に登場した人間が最も進化した優れた生き物ではないのか?」「進化論では生き物は偶然に進化してきたといっているが、そんなことは信じられない」「進化は熱力学の第2法則に反しているから間違いだ」「進化論は学会で公式に否定された」

誤解だらけの進化論(2)

 上記の続編です。取り上げている誤解は次の通りです。

 「進化論は唯物論だから間違いだ」「進化論を認めると、神による天地創造が否定される」「進化論では人間の先祖はサルだといっているが、そういう考えでは倫理や道徳が基礎付けられず、犯罪が増える。聖書に説かれたキリスト教の教えに基づかなければ、まともな社会生活は営めない」「進化論は実験できないから科学ではない」「進化論では次に生物がどんな風に進化するかを予測できないから間違いだ」「化石はノアの洪水で逃げ遅れた生き物のものだ。化石に順番があるのは、逃げ足の速い生き物ほど上の方に逃げられたからだ」「恐竜と人間との足跡が見つかっている。恐竜そっくりな土偶も見つかっている。これらは恐竜と人間とが同じ時代に生きていた証拠であり、進化論は間違いだ」

誤解だらけの進化論(3)

 上記の続編です。取り上げている誤解は次の通りです。

 「頑迷な科学者は進化論を守るために、科学的な議論を避け、事実を認めようとしない。これは学校で聖書の創造説を教えないからだ」「予言しておくが、進化論はあと50年もすればなくなる」「突然変異で偶然違う種になったとしても、オスだけだったりメスだけだったりすれば子孫は残せない。オスとメスとが同時に出現するなんて都合のいいことはあり得ないから、進化論はインチキだ」「あなたの妄言を読むのはアホらしくなりました。進化論者は進化論に命をかける覚悟はないので、信仰あるクリスチャンが進化生物学者を2、3人殺せば、勝負は見えています」「聖書では『芥子種ほどの信仰があれば山をも動かせる』といっている。『誰でも再現できるのが科学』だというのなら、芥子種ほどの信仰さえあれば、誰でも水の上を歩けるのだから、信仰は科学である。創造説は信仰だから科学ではないというのは、全くのデタラメだ」「学校で進化論だけ教えるのは、信仰の自由に反している。学校でも聖書の創造説を教えるべきだ」「聖書は一語一句総て正しい。進化論は聖書の教えと違うのだから、ダーウィンの本など読まなくても間違っているに決まっている」「進化論は『獲得形質は遺伝しない』というメンデルの基本法則を無視しているから間違いだ」「業績のない二流学者が聖書の創造説を目の敵にして擬似科学よばわりするのを生きがいにしている」「わたしは進化論から創造論へ変わったクリスチャンですが、ダーウインの進化論は古くさくて進化論者ですら信じていません。ダーウインの進化論を信じているのは低学歴の人たちだけですよ」「蝶が美しく愛らしいのは神様が人を楽しませる為にそのように造ってくださったのです」

誤解だらけの進化論(4)

 上記の続編です。取り上げている誤解は次の通りです。

 「進化論では、『適者が生存する』というが、生存したものが適者だといっているだけでトートロジー(同義反復)に過ぎない」「進化論は反証可能性を持たないから科学ではない」「科学は法則を定立できる。進化論が科学であれば、法則を定立できるはずだ。法則は、化学進化から惑星の進化まで進化の総てを統一的に解明してみせるものでなければならない。進化論がそんな法則を確立していないのなら、進化論は科学ではない」「シベリアから発掘されたマンモスのミイラの胃袋からは、未消化の青草やキンポウゲが見つかった。これは、マンモスが温暖な地域に住んでおり、急速に冷凍された証拠であるから、ノアの洪水が本当に起こったことは明らかだ」「生物学者はダーウィンの進化論を盲信している。私は素人だが、ダーウィンの進化論が十分な証拠もなく通説となったのは許せない。カンメラーの実験によって獲得形質の遺伝は証明されたのに、その後、誰も追試をしないのはおかしい。ワイズマンのネズミの尻尾切り実験はラマルク説の反証としては不適切であり、こうした知的に不誠実な行為によってダーウィンの進化論が通説となったことは学説史的に問題だ。ラマルクの進化論も、その後に得られた進化論の知識に基づいて修正すれば、ダーウィンの進化論と同じになると科学的に証明できる」「進化論者は「私の先祖はサルである」といいますが、私はサルを先祖として仏壇にお祭りする気にはなれません。進化論者は、大昔にサルが2本足で歩き回っているうちに脳がどんどん発達した(=重くなった)などといいますが、少し冷静に考えればすぐわかるように、2本足で走るエリマキトカゲの脳が人間のように発達したという形跡はありません。サルと人間とは外見的には似ていますが、2本足で歩いたから脳が発達したという考えは唯物論的な作り話であって、脳の重量が大きいほど賢いというのも唯物論者が好む考えです。進化論はまさに「サルが歩けば人になる」という笑い話のようなものです」「枯葉そっくりの姿をした「カレハカマキリ」という昆虫がいます。進化論者は作り話が得意ですが、カレハカマキリが一体どうやって枯葉そっくりの姿に「進化」したと説明するのでしょうかねえ…」「進化論は、「科学」の点からとらえた、生物の進化や、地球の誕生であって、それを信じるか信じないかは、やはり信仰の自由で、人それぞれでよいと思います」

誤解だらけの進化論(5)

 上記の続編です。取り上げている誤解は次の通りです。

 「流木さん。進化論を事実ではなく1つの仮説としてなら学校で教えてもよいと思いますが、クリスチャンが創造論を信ずるのは信仰の自由です。あなたがねちねちと創造論を批判するのはクリスチャンの信仰の自由への侵害だと思います」「人間の耳が頭の横についているのは、眼鏡をかけるためです。耳がこのような位置にあるのは、人間が眼鏡をかけることを神様が最初からお考えになってそのように作られたからです」「馬の化石は進化の科学的な証拠にはなりえません。なぜなら、聖書には「神はその種類に従って野の獣を造られた」とあるからです。ですから、馬は進化したのではなく、創造主が「その種類に従って」造られたものです。馬の化石で一番古いとされているヒラコテリウム(エオヒップス)からサラブレットに至るまで同じ場所の地層から順次発見されたところは世界中どこを探してもありません。別々の地域の別々の地層から発見された化石をただ並べたに過ぎないのです。生物学者もそうした事実を知らないで、机上の空論を学生に教え続けています」「ダーウィンの進化論を妄信する人たちは遺伝子の偶然変異説を用いて進化を説明しているが、遺伝子が偶然に変異して新しい種が誕生したことは実験で確かめられていない。遺伝子が偶然に変異して進化が起きる確率を計算してみると、宇宙の年齢よりも長い時間が必要となる。だから、進化は不可能であり、やはり創造主によって生き物は今ある姿で造られたのだ」「私は大学でも教鞭を取っているが、進化論は日本ではほとんど自明の理とされているが、聖書の創造論の方がむしろさまざまな新しい観測結果や実験結果に妥当することが証明されている。アメリカでは一流かつ高級な研究機関や大学の教授であるほど、進化論のオカシサに自ら気がつき、創造論を支持している。進化論を無批判に受け入れてしまう日本人の精神構造は、このカルトによってマインド・コントロールされている状態と同じであり、教科書に書いてあるからといって鵜呑みにする態度が学力低下を招いており、「科学技術立国日本」の将来はきわめて危ういと言わざるを得ない」「私がクリスチャンになって、聖書を学んでいくと、この天と地、動物や人間は、神様が造られたのであ聖書は教えているのです。私は進化論しか知らなかったので、「進化論と創造論、どちらが本当なのだろうか。もし進化論が正しいのなら、私はクリスチャンをやめなければならない」と不安になって、図書館へ駆け込みいろいろな本を読んだのです。そして分かったことは、進化論とは、空想の域を越えない作り話なのだということでした。はっきりとした確証は全くありません。進化の過程のも、ただ単に姿形が似通った生き物を、単純と思われるものから複雑なものと順番に並べただけで、そこに根拠など何もないのです。一方、創造論では神は生き物を「種にしたがって創造された」とあります。細胞の核の中にあるDNA遺伝子の研究が進むにつれ、このことはさらに確証されています。地層で逆転した地層があることや、たくさんの化石、石油、石炭などがあることも、ノアの洪水で解決されます。神がいのちを創造されたことを受け入れるなら、問題は解決できるのです。ぜひあなた自身で聖書を調べられることをお勧めします」「ダーウィン説では、「高い木の葉を食べられる、首の長いキリンが代々生き残った」といいますが、もしそうなら、首の短い子供のキリンはどうして生き残ったのでしょう?また、首の長くなることが進化で適者生存なら、首の短い他の動物は生きていけないことになります。だからキリンの首は適者生存で長くなったのではないことがわかります。神は、キリンはキリン、馬は馬として造られました。そして人間は神様から愛されるものとして創造されたのです」

誤解だらけの進化論(6)

 上記の続編です。取り上げている誤解は次の通りです。

「進化論は神の存在を証明します。今日では、バクテリアから人間にいたるまで、すべての生き物は、一つのDNAから派生してきたことが判っていますが、突然変異は、あらゆる変化が可能なわけではなく、胚発生の過程で可能なものに制限されています。つまり、最初のDNAに進化の可能性が含まれていなければ「生存により適していても生じてこれない」ません。進化論者のいう「生存に適しているほうが生き残るだろう」という理屈は間違いないと思いますが、それは「生存に適しているほうが生じてくる」という理由にはなりません。最初のDNAが大自然の調和をみごとに作り出したのであり、これこそが創造主である神の存在を物語っているものなのです」「汚職、アルコール中毒、麻薬、病気、家庭の崩壊、青少年の非行、性道徳の退廃、殺人など、倫理、道徳の崩壊は実に目を覆うばかりです。このような世界的な文明の危機をもたらした原因は、哲学的にみれば、それは精神主義を軽視する唯物主義であり、それを支えている強力な理論的根拠の一つが進化論です。神の直接的な愛の対象として人間の姿がデザインされていました。聖書に「神は自分のかたちに人を創造された」とあるように、人間は神の似姿として最も完全なものとして考えられたのです。その人間をモデルとして動物や植物を考えられたのです。簡単に言うと人間は神に似せて造られ、万物は人間に似せて造られたということです。神は愛して喜び楽しむために、神の対象として人間を造られ、人間を喜ばせるために、人間の対象として万物を造られました。ですから万物が創造された目的は、人間の生活環境となるためであり、生活資料となるためであり、また人間の観賞と愛の対象となるためだったのです」「ここの管理人さんにいいますが、今から述べる疑問にすべて答えて下さい。始祖鳥と同じ地層から鳥の化石が出て来たのはなぜですか。また、アフリカでサルと人間とが別れたという説ですが、骨格から見て進化したというはっきりとした証拠はありません」「ある生物の種が多くの子孫を残したものを仮に適者だと呼ぶとして、その種が変化するためにはそれなりの時間が必要となりますか?それだとすると種が変化の途中にある化石などは発見されていますか?」「始祖鳥が中間生物?笑わせないでくださいよ。既に羽があるじゃないですか。羽のない生物から羽のある生物の中間の化石はどこにあるんですか!羽がちょこっとだけついてる生物の化石はないでしょう?ということはあるとき羽が突然ついたということでしょ!あなたがた進化論者こそ妄想を繰り返す荒唐無稽な人たちでしょうね」「だれでも無の状態から、生命が誕生すると思いませんよね?誕生すると言っているのが進化論信仰者なのです。落ち着いて考えてください。無の状態ですよ?僕の行っている大学で考古学を教えている教授ですら進化論は間違っていると言っています。ではなぜ、進化論を否定しないのでしょうか?それは、学者までになると自分の生活がかかってくるからです。だから、進化論信仰になるのです」「偶然通りかかった者です。進化論>誤解だらけの進化論(1)>【誤解2】を見ました。 私は進化&創造について結構多くのサイトを見てきました。その中の創造論主張者のあるページで“カリウム-アルゴン法はカリウムの半減期が約12億8000年という永さなので時針しかない時計で秒をはかるようなものだ”とかいてありました。これは信頼に足るものなのですか?更に、自らの所見ですがノアの箱舟が発見された、ということから洪水以前の地球は、環境が全然ちがっていたので炭素14法の仮定が崩れると思いますが、どうでしょう。あと全然関係ないですが今日地球の自転速度がほんのすこしずつ下がっているということを友達から聞きました。どうなんですか?」「時間が我々と神とでは違ったとすれば、預言者の話はウソになったりすることはおまへンヤロ。量子力学の多世界解釈が成立するとすれば、必ずしも科学論的には出鱈目とはなリマヘンわね〜。多世界はそれぞれ見ることができないわけでおますが、なんらかの理由で見れたとすれば、創造論と進化論はともに正しいと言うことになりまッしゃろ。科学の世界に絶対がない以上、完全否定は不可能でおますわね。観測されていないのならば、「大進化」そのものも観測されておりマヘンしな〜」「進化論は反創造論である」「『ある仮説が何かの証拠によって否定されたなら、その仮説は科学的である』とすれば、科学とはそもそも間違いということになる」

誤解だらけの進化論(7)

 上記の続編です。取り上げている誤解は次の通りです。

「生物は徐々に進化するそうですが、本当に徐々に進化するものなのでしょうか?カンブリア爆発では、それまで 二十数億年かけて3門しかなかったのが1000万年程度で一気に30門以上まで出揃ったといわれています。徐々に進化するというのならカンブリア爆発は無かったということなのでしょうか?」「胃袋は胃自体も溶かしうる強力な胃酸を出しますが、胃粘膜によって保護されています。徐々に進化するのならどちらかが先に胃に備わった、となると思うのですが、胃の粘膜よりも胃酸が先なら胃は溶けてしまし、胃粘膜が先なら不必要なものが先に備わった。ってことになると思うんですよね。そもそも、胃酸がない胃なんて存在意義があるのでしょうか?」「鳥の羽が徐々に出来てきたとします。羽の初期状態では羽としての機能を満足させることが出来ませんので、当然鳥は飛べません。いつ鳥は自分の羽で空を飛ぶことが出来ると悟ったのでしょうか?」「偶然人間に進化する道を得ることが出来た種はそれ以外の種と子供を残すことが出来ないので、同時期に同じ地域に突然変異体が男女でいたということになる。これも不自然ではないか?」「進化論は「生存しているから適している」と言っているだけだと思うのです。そういう論法って「トートロジー」って言うんじゃなかったでしたっけ?進化論って酷く不完全だと思うのですが?」「世界一の物理学者であったアインシュタインは、原子の研究をして、造り主である神様の存在を認めざるを得なかった有名な人です。原子は原子力というすばらしいエネルギーを持っています。アインシュタインは、その原子を研究した結果、原子のエネルギーを存在させ、保っているその一番の源は天地万物を創造された神(創造主)以外には考えられないと告白したのです」

「論破完了」宣言への道

 このコンテンツは、私が書き込みをさせていただいているNATROM氏主宰の掲示板「進化論と創造論についての掲示板」(リンクも張ってあります)において、Temporalというハンドルを用いる人物が2004年の11月に行った主張を時系列で紹介し、その内容に検討を加えたものです。Temporal氏は「進化論関係の本は1冊も読んだことがない」としつつ、「進化論への素朴な疑問」として「進化論は科学ではない」という主張を展開(?)されたわけです。当然のことですが、検討を行っているのは、私(流木)であり、掲示板の管理者であるNATROM氏は一切関知するところではありません。なお、現時点(2004年11月末現在)では、過去ログの掲載にとどまっており、内容の検討はほとんどしておりません。

ある進化論否定者の軌跡

 進化論を否定したがる人は少なくありませんが、彼らの進化論に対する「批判」と称するものは、進化論についての入門書や啓蒙書の1冊でもきちんと読んでいれば決して出てくるはずのないような初歩的な誤解・偏見に満ち満ちているといわざるを得ません。ある進化論否定者は「進化論では『地球は突然変異で進化した』といっているが…」と述べましたが、こんな発言は進化論についての世間平均の知識から見てもバカげたものでしょう。ここでは「進化論と創造論についての掲示板」に2006年2月に登場した「よう」と名乗る人物とのやり取りを見てみます。自分の無知の上にあぐらをかいて開き直る進化論否定者の1つの典型がわかるでしょう。知的に不誠実で傲慢な人物というのはどこの世界にもいるものですが、進化論否定者にはその手の人物が特に多いように思えるのは、私の単なる錯覚なのでしょうか。

批判(?)のメール「またです。また批判者です。」

 ほとんど更新もしていないこのサイトでも、ときおり覗かれてメールを下さる方がおられます。今回は批判(?)らしきメールを頂戴しました。当方の読解力では意味のとれない部分も多々ありましたので、投稿者の問いかけに対して真正面からお答えできたのか少々不安な面もありますが、公開させていただきます。要旨としては、「見たら変な子になるから、このサイトを消してほしい」というものです。進化論に対する勘違いキリスト者さんの珍妙な批判(難癖? 言いがかり?)が集めてある(集まった)のは事実ですが、それはそういうことをおっしゃる方が実際におられるからであって、「変な子になる」(子どもの教育に悪い)と苦情をおっしゃりたいのなら勘違いキリスト者さんにおっしゃるのが筋というものではないでしょうか。なお、当方は「有害情報から青少年の守る」と称して行われる「フィルタリング」には反対です。何が「有害」なのかは当事者が判断すべきものであり、政府や政権政党その他が「これは有害、これはOK」などと決めるのは情報統制そのものです。



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