GENの玄米食健康法

私は就職した年の昭和47年の秋から玄米食を始めた。それが,今だかって続いている。

 持病(一病)があったからで,今ではその病気に感謝する余裕もある位だ。

 玄米食を始めて10年以上も経った時,ある地方の新聞社の記者から,原稿を書いてみないかと勧められた。その気になって書いたのが,この拙文である。ちょっと古くなってしまったが,興味ある方は,ご覧下さい。私のあだ名は,「玄米博士」でした。

『私の玄米食』
   
【千葉時報 昭和59年5月1日号】
健康はまず食生活から 静かな人気よぶ玄米食 食べものはくすりなり

 皇帝になって埋葬されるよりも,乞食になってもいいから生きていたい,とはフランスの哲学者ラ・フォンテーヌの言葉であるが,健康でありたいと言う願望は古今東西万人共通のものであろう。
"食物は薬なり"という諺があるが日常食品公害に毒されるこんにち,この諺こそ熟読吟味の要ありとみたい。
 白米(白パン),白砂糖,化学調味料を現在の食生活の中で"三白の害"と呼称する医学者もいる。主食のなかでいま玄米が静かな人気を集めている。
 本紙は○○で"玄米博士"の異名のあるGEN氏をわずらはせて「私の玄米食」を執筆して頂いた。"健康と食生活"なにかとご参考になれば幸甚の至りである。  

=平口記=

  私の玄米食(1)

 私が玄米食を始めたのは今から11年前のこと。体調がいまいちすぐれず,何を食べるべきかについて私なりに資料を集めている頃のことでした。たまたまある新聞に「食品公害の時代"何をたべたらいいの"」という連載が始まり,毎回食品公害を克服すべく何かの実践をされている方々が各分野から紹介され,実に興味深く記事を読んでおりました。その後切り抜きをしておいたものを貼って整理してみると,玄米食の実践を通じて素晴らしい健康を維持している‥という方の実に多いこと!そしてこの時,これをやってみるしかないと思いました。早速,お米屋に玄米を頼み圧力釜を買ってきて,とりあえず私だけの玄米食が始まりました。
 今から当時を振り返りますと,私にはもう一つ玄米食をする理由がありました。それは胸やけ,胃のもたれ,便秘と下痢の繰返しなどの症状があったことですが,実は高校時代から続いていたため,それが健康な状態と錯覚していたのです。これらの症状は玄米食を続けていくなかで次々と消えていきました。そしてふしぎなことに,これはもう当たり前のことと思っていたことまでもが治ってしまったのです。
 即ち,疲れやすい,寝つきが悪い,ねむい,カゼをひきやすい…等々。しかし頑固に最後まで残ったのは胸やけです。玄米以外のものは何を食べても調子が悪いのです。それもようやく2〜3年前に治りましたが,これには後日談があって,実に玄米食に感謝することとなりました。
 昨年4月,私はついに成人病検査を受ける年頃になりまして,健康には自信があったものですから,いの一番に検査を受けました。うれしいことに体力年齢の方は10年続けていたテニスの成果が実り,実際より9才若くでましたが,1週間程して十二指腸潰瘍の疑いありとのレントゲンの結果がでました。直ちに県ガンセンターで胃カメラを飲み医師の判定を待ちました。
 自分では潰瘍などあるわけがないとの強い確信がありましたが,それでも不安は残るもの,両親にもこの事を隠して結果を待ち,結局完治していると告げられた時といったら,やはり「玄米食のお蔭」と思わず心の中で叫んでしまいました。
 よく一病息災といいますが,私の場合とにかくも,11年間玄米食を続けられた理由はこの十二指腸潰瘍が一病であったからであろうと思います。
 この素晴らしい玄米食を私は何十人もの人々に勧め,そして,実践に踏み切らせることに成功しました。しかし,いくら頭の中で玄米食を理解しても,白米の"うまさ"は忘れ難く,殆どの人が白米食にかえって行ったのです。    (つづく)

   【千葉時報 昭和59年6月1日号】
 健康はまず食生活から 静かな人気よぶ玄米食 食物が性格や考えを変える

  私の玄米食(2)

 人は健康である時にはその健康を意識せず食が人の体をつくり健康の源となることを忘れて,美食に走ったり,食を粗末にしがちです。食を誤ればその禍いは必ず我身にかえってきます。
 この食の基本は先達の教えるところですが,現代こそまさに食の重要性を見直す時代といえましょう。私は自己の体験を通してこの教えを理解できたように思います。
 科学万能主義のこの世の中にあって,近代栄養学も例外ではありません。食べ物を栄養素に分断し,摂取必要量を計算することによって,その食べ物が総体としてもつ生命力−生きているのか?死んでいるのか?−換言すれば,そこから新しい生命がめばえるのか?という重大な問題が切り捨てられ,食べる側(受け手)の個人差や状態も無視されてしまうわけです。食べ物を車のガソリンのようにみなしているのが今の栄養学で,まさに人間の生命に対する傲慢な態度といわざるを得ません。
 私たちが食物を摂ることの意味は,現代の科学をもってしても到底はかり知ることのできないものでしょう。従って私たちが何を食べるべきかは,日本の歴史・私たちの祖先の英知に学ぶ以外にないわけです。日本民族の体をつくってきた歴史的な食べ物(五穀を中心とした自然食で決して肉食ではなかったはずです)を摂り,この食べ物を通じて自然との一体化(体内で)が行われるのです。即ち,私たちは自力で生きているのではなく,自然と共生しているのです。この発想の違いが現代の悲劇を生み,日本の未来をあやうくしているのです。
 今までに玄米食を経験された方,あるいはこれから始めようとされる方々に,是非とも食べることの意味をもう一度深く噛みしめていただきたいと思います。そして,この拙文がそのきっかけとなれば幸いに存じます。
 さて,次に私の短い経験を通じて,玄米食を持続させるに欠かすことのできぬ点をまとめておきます。
 まず食べ方です。どんなに良い物であっても,摂取の仕方を誤ってしまっては効果は期待できません。
 ・玄米は一食に軽く一膳。一口ごとにはしを置いて50〜80回よく噛み,玄米の外皮−繊維の部分を細かく噛み砕くことが必要です。それには,できれば,土鍋もしては,それに近いものを用いておかゆに炊く方法が最適です。この方法の利点は,からを噛み砕き易く,またよく砕かれていないと飲み込みにくいことです。そして圧力釜と違いビタミン等の破壊が少なく十分歴史的であることです。
 ・食事はゆったりと,30〜40分かけたいものです。
 ・腹八分にして,決して過食しないこと。玄米は無意識に食べていても過食を避けることができます。なぜなら,よく噛むことによってだ液が多く分泌されて消化を促進し,繊維が膨張して,白米より少量で満腹感がえられるからです。おまけに腹もちがよいため間食が減り,太り過ぎ,やせ過ぎが是正されその人に合った健康体重になるでしょう。因みに,私の場合玄米食を始める時点での体重は約50s,そして,今が約60s(身長167 p)です。そして,いつも青白いといわれた顔色が,今では,赤味を帯びて血色がよいといわれるようになりました。さらに,私の母や弟の場合でも1〜2年で10〜15sの減量に成功したという実績もあります。(今は胚芽米でもとの体重にもどってしまいましたが…)                               (つづく)

   【千葉時報 昭和59年8月1日号】

  私の玄米食(3)

 ・食肉中心から菜食長身に。実践していただければ判ることですが,玄米を食べているとふしぎに肉は欲しくなくなります。かえって菜食の方が胃袋の中にしっくり納まるような感じがします。特に体調が悪い時など,できるだけおかゆ状態に炊いて,野菜の煮つけやみそ汁などを少量食べていればすぐに回復に向かいます。(できることなら野菜は無農薬有機農法で旬のもの,みそは,無添加手造りのものが望ましい。)
 さて,次に玄米に対する誤解や偏見をお持ちの方が多いので触れておくことにします。まず,玄米はまずいという先入観です。戦時中のまずい玄米のイメージが今だに脳裏から離れず,言下に拒否される方が少なくありません。しかし,玄米にも色々な炊き方がありますから,自分にあった方法を捜すことも必要でしょう。
 私の好きな玄米は,おかゆです。三倍の水に一晩浸したものを沸騰するまで強火で熱しその後消える寸前の弱火で約1時間おき,そして15分位蒸らすという方法です。
 他に圧力釜を使って大豆・小豆・コンブなどを混ぜて炊く方法や,玄米ミールにする方法もあります。同じ玄米でも種類や鮮度,炊き方,食べる時の熱さなどによって随分味が異なるものです。どなたにもきっとお好みの味をみつけることができると信じています。根強い農薬汚染(水銀)への不安です。しかしこの問題はもう十年以上も以前のこと。BHCなどの禁止された農薬汚染も当時の半分以下になったと聞きますし,米の場合玄米ず食べたとして汚染の基準値を設定していますから,白米と比べ著しく危険であるとはいえません。また前述の通り,玄米食と白米食を比較した場合,玄米の方が米の摂取量が少ないので,当然農薬の摂取も少なくなります。(十年前でも玄米は白米の二倍の水銀を含むと言われていましたが,米の摂取量が半分ならば水銀総量は同じになるわけです。)さらにつけ加えるならば,ねずみの実験で玄米食のねずみの方が白米食のねずみに比べ水銀の蓄積率が低い,玄米食の母親の水銀含有量は白米食の母親の比べ著しく低い,等の話が新聞や雑誌に載っておりましたが,最近ではそれらを裏付ける科学的なデータが学会で報告され話題になりました。
 即ち,野菜などの繊維には発ガン物質などの汚染物質を吸着して体外に排泄させる効力があるそうです。この報道を目にして,私には思い当たるふしがありました。便秘が玄米食で完治することです。便秘をすると吹き出ものができますし,顔や体がむくんでくるのがはっきり分かります。これは本来排泄されるべき物質が便秘中に吸収されてしまったことを物語っています。便自体も異常発酵して黒ずみ臭くなるようです。
 これは,家族全員が玄米食に切り替えた友人から聞いた話ですが,汲み取り式のトイレの臭いがほとんど気にならなくなったそうです。この事実は,はじめ本人が気付かず,汲み取りに来た人から指摘され,そう言われてみれば……という次第で判ったということ。便の色や形状,臭いが人の健康度を測る一つのバロメーターであるといわれますが,これはそのことを示すエピソードといえましょう。
 まさに,この玄米の繊維の働きたるや全くすばらしいものがあります。腸に適当なかさを与えることによって腸のせん動運動を活発にし,吸収能力を高め,そして快便をもたらす。(快便ほど,気持ちのよいものはありません。排泄は本来楽しいことなのです。太くてりっぱな便がでるとうれしそうに報告にくる姪の姿をみるとそう思わずにいられません。みんな子供の頃はそうではありませんでしたか?)結果的には,少量の玄米で白米の数倍の効果を引き出すことを可能にします。これは玄米食を体験した人でないとわからない感覚です。

    【千葉時報 昭和59年10月1日号】

  私の玄米食(4)

 農薬汚染に対する結論としていえることは,たとえ,玄米の汚染度の方が高くとも,玄米にはそれらを帳消しにしてあまりある未知の力=生命力があるということでしょう。
 最後に,玄米食で健康をめざされる方へのアドバイスです。
 まず,玄米食は健康の要ではありますが,他にも影響力の強い要素がたくさんあります
から,玄米食を過信することは危険です。しかし,偉大な自然の恵みに生かされているという謙虚な姿勢を貫くことができるならば健康は,そう遠くはないはずです。
 随分とえらそうな事を書き綴ってきましたが,私も人の子,完全な玄米菜食主義者とはいい難く人並み(?)にお酒も飲めば,美食をすることもあります。(タバコは止めました。喫煙は自殺行為に等しいからです。)
 ただ肝腎なことは,基本をしっかり守り,自分の体を知って,自らコントロールしバランス(協調)を保つよう努めることであると思います。
 私なりに健康への実践法をまとめて結びとします。
 主食には白米,白パンをやめ,玄米もしくは玄米に近い状態の米を食すべきです。
 副食には旬の野菜(できれば無農薬,自然農法の)を中心に豆や少量の海藻と小魚を摂るようにし,不自然な多くの食品添加物を含む加工食品をできるだけ減らすことです。
 欧州の食事に多用される肉,牛乳,卵もしくはその加工品は,歴史的にみても日本民族が元来食べてこなかったものですから,多食は必ず弊害を起こすはずです。また,農薬や抗生物質の汚染も見逃せません。
 調味料も白い砂糖や精製塩,化学調味料は自然の状態に反しますから,昔から使われてきた,黒砂糖に近いものを選びましょう。
 その他,食物ではありませんが,有害説の消えぬ合成洗剤を石けんに切り替え,薬の安易な使用を控えるべきです。(この私,玄米食を始めてから,ふしぎにも歯医者以外の医者にかかることがなくなりました。)また適度な運動も欠かせません。一日一回位,汗が少しでる程度の運動を心がけるべきです。
 以上を基本に,私たちの先人が築き上げてきた世界に誇ることのできる日本食に回帰し粗食に徹するならば,必ずや健康は我がものとなり,新しい生命の躍動する瑞々しい自分を発見することでしょう。            

            (完)