Last Up Date 2003/01/16
第5章 小説
第2条 小説の必要科目
第3項 許容力

 まず、許容力とは何か、それを知らなければなりません。

【許容】(名・他サ)〔文〕それでもよいと言って・ゆるす(みとめる)こと。大目(オオメ)に見ること。「━━量」(『三省堂国語事典』第三 版特装版 三省堂 一九九二年第二十刷発行)

 こんなような人だったら、さぞかし「いい人」なんでしょうね。いえ、現実にはいませんけれど(苦笑)。
 それはさておき。なぜ、小説(小説家)に許容力が求められるかと言えば、得てして登場人物は多種多彩な考え方を持っているからです。小説家は「A」だと 思っても、主人公は「B」と思うかも知れません。あるいは、ヒロインは「C」と思うか知れない。さらには、敵役は「D」と考えるかも知れません。それら全 てを自分の頭の中で、同位置に並べなければいけないのです。人間がいれば、その数だけ「考え」もあるのですから。
 小説の面白みの一つに、異なる思考・思想・主義・主張の衝突があります。一人の主人公がいて、その主人公の考え方が絶対で、他は間違っている。だから、 主人公は他を征伐するんだ、という物語は面白くないですもの。ああ、まるで民族主義みたいです(爆笑)。
 分かっていながら、小説家は主人公を自分と重ね合わせる傾向があります。言い換えれば、自分の思考に合わせてしまうのです。ですから、例をライトノベル ズにするのもなんですが、その初心者の方は主人公を無敵にして、勧善懲悪、敵をばったばったと薙ぎ倒す物語を作りがちです。しかし、それでは独りよがりで す。何の面白みもありません。本来、主人公に同調し、共感すべきなのは読者なのですから。正直な話、私が見た限りでは本職の作家でも何人か、そういった作 家はいます。あえて名前は申しませんが。某……氏とか(笑)。

 話を戻しましょう。具体例として、拙作である「天誅シリーズ」を挙げます。いえ、自作を褒めるわけではありません。で すが、ヘタに世の中に出ている作品を挙げるよりマシだと思うのです。もしろん、出版された小説を挙げた方が広く理解されます。しかし、自分の作品の方が自 分がどんな目的を持って、どのように執筆したか分かっています。ですから、そちらの方が説明しやすいのです。もっとも、あまり自分の作品を自分で解説する のは好きではありませんが。
 「天誅シリーズ」は主人公クラスの登場人物が、四人登場します。嶐稜、ノースティル、淕鳳、シュバルツの四人です。一人一人の詳しい説明をすると、

嶐稜[りゅうろう]: 十五年前の革命時、『八傑』と呼ばれた英雄の一人。普段は飄々とした態度で、何を考えているのか、まったく分からな い。穏和な性格で誰に対しても礼節をわきまえる。ただ、ノースに対しては、ちょっと悪戯めいた行動を取るが、淕鳳には甘い。

ノースティル(ノース): 楽天的で、物事をあまり深く考えない。所謂、考える前に行動する性格。言動は粗野だが、弱者に対しては優しく、守 らなければという義務めいたものを感じている。一方、圧制者に対しては容赦しない。

淕鳳[りくふう]: 元帝国諸侯の継子。今まで上流階級にいたため、常に人を見下した言動を取り、背伸びをして大人を装う。どこか冷めた目で 現実を見ている。そのためか、ノースとは折り合いが悪く、いつも喧嘩ばかりする。しかし、嶐稜に対しては強きになれない。

シュバルツ: 仮面をかぶった謎の男。頭脳明晰、眉目秀麗、全てを兼ね備えた人物。だが、人間味に欠ける。まるで感情を押し殺しているか── 捨ててしまったか。作戦立案は彼の仕事であり、彼が全ての仕事を斡旋している。

 分かりやすい対比としては、嶐稜⇔シュバルツ、ノース⇔淕鳳。嶐稜もノースも人間は救われるべきものであり、基本的に 人間存在を信じています。しかし、淕鳳はどこかで人間を信用しきっていないし、シュバルツに至っては信じようともしない。
 この時点でどちらかに優位をつけてしまうと、主人公グループは完全に「いい人」か「悪い人」になってしまう。それはこの物語を進める上で、まずいわけで す。彼等は「天誅人[カートル・シュール]」──必殺仕事人のファンタジー・バージョンです──であり、人を救うために人を殺すという矛盾を犯しているわ けですから。
 また、嶐稜は過去の革命で英雄と呼ばれながら、現在は裏家業をしている。それは革命の決済のためであり、彼は過去を引きずりながら生きている。彼の行動 原理はすべて過去に存在し、それが今に繋がっている。
 ノースは逆に、過去ではなく今と未来のために生きている。自らが過去の革命のために戦争孤児になり、社会的な弱者であった。それがあり、今、弱者を救う ために、これから生まれてくる人々を新しい時代で迎えるために、彼は自分の手を汚している。
 淕鳳は今、生きるために保護者を必要とし、また自分の父を殺した男に復讐を誓っている。つまり、現在と過去に生きている。
 シュバルツは全てを切り捨ててしまっている。その理由は言えませんが、彼はそれをすることで、彼の目的を果たそうとしている。
 それぞれがそれぞれの信念と生き方を持っています。おそらく、この四人は「天誅人」でなかったら知り合うこともなかったでしょう。しかし、彼等は一つの 目標に向かっている。その中で衝突もありますし、反発もあります。また、他の登場人物との対決もあるでしょう。
 人間である以上、それは仕方ないことです。しかし、そこで物語に関連するならまだしも、関係なしに登場人物の思考を依怙贔屓するのは問題です。登場人物 達は作者から生まれた存在ですが、その「世界」で生きているのですから。選ぶのは読者の方です。

 そうなんですよね。どうしても、作者は読者でもあるため、読者の思考に陥りがちなんですよね。まあ、それについては次 項で。
 ともかく、そういった自分とは異なる考えを容認できる『許容力』が必要なのです。その違う考え方の中から、読者は何を感じ取るか、何を正しいと感じるの か、何を求めるのか。
 そのためのものを提供するのが、作家の務めです。

*このページに書かれていることは、壬桜華の私見であり、必ずし も絶対とは言えません。
最終的には、ご自身で判断してください。


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