Last Up Date 2003/02/19
第6章 世界観
第2条 世界の構成要素
第2項 国家

 国家です、国家。正直、これがあるから人間が幸せになれない原因の1つではないかと。と言っても、私はアナーキスト (無政府主義者)ではないので。要するに、国家のトップがバカでエゴイストだから問題なんです。

 それはさておき、人類が社会を形成していったうえで、「国家」という枠組みは非常に重要です。人々が一カ所に集まっ て、それが大規模に組織化された集団が国家です。非常に簡単ですが。
 国家とは何か。一言で言えば、ある一定の領土と民衆、それを管理する組織──政府機関のことです。日本で言えば、日本列島という領土があって日本国民が いて、なおかつそれらを管理する政府機関──内閣を頂点とする省庁、議会、裁判所を有している組織──のことです。立法・行政・司法の三権を有する組織が 国家と言えます。
 詰まるところ、国家とは組織体系の一つでしかありません。ある意味で、人間が創り出した最初の人工的区分なのかも知れません。

 国家の形態(組織形式)は古代・中世・近代・現代、また東洋西洋によって多少異なります。これは人類の発達段階にも大 きく影響することで、特に経済と大きく関係があります。これをカール・マルクスは以下の五段階の発展として説明しています。

(1) 原始共産主義的
(2) 奴隷制的
(3) 封建的
(4) 資本主義的
(5) 共産主義的

 これが有名な「マルクス主義」で、人類はやがて共産主義になるとしています。もっとも、それは現在の状況を見る限り、 現実化していませんが。ただ、これはマルクス自身が「西ヨーロッパにおける経済発展」と限定しています。そもそも、この五段階を見つけだしたのはイギリス の歴史をもとにしています。確かに、イギリスは模範的な発展段階を遂げてますから。
 これをもとに、少し国家の成り立ちを考えてみましょう。国家という概念が生まれたのは農耕開始からです。これは大雑把すぎる説明なので、もう少し詳しく 説明すると、現在の「縄文農耕」「縄文稲作」と呼ばれている問題がありますね。縄文時代にも稲作があったと。これに関しては詳述してませんが、ここで言う 農耕開始とは、社会変革も含めた農耕のことを指しています。ですから、単に稲作(おそらく陸稲)をしていただけでは、ここでいう農耕には含めないとだけ覚 えておいてください。

 西洋と東洋では違うのですが、それを範疇に入れず、概念的に説明していきます。
 時代は人類が石器時代から金属器時代に入る頃です。正確には、新石器時代の頃から農耕が始まります(かなり大雑把です。新石器はあくまで西洋を中心とし た区分で、日本では縄文・弥生に分けられています。そもそも、西洋的区分では東洋的変化をしてきた日本には適応できません。それに日本は縄文農耕論でもめ てますし)。それまでは原生していた植物の採集や狩猟で生計を立てていましたが、そこから発展した栽培・農耕を始めました。西洋では主に小麦、東洋では米 が栽培され始めます。
 灌漑農耕を開始された場所は大河の周辺でした。つまり、4大文明の場所です。なぜ、大河周辺かと言えば、農耕のための水が豊富にあったこと、それによっ て土壌が豊かであったためです。しかし、大規模な農耕は家族程度の集団では行うのは困難で、大集団で行う必要がありました。また、それに伴って灌漑や治水 も必要となり、灌漑施設や収穫物などは集団共有の財産として管理されます。
 やがて、集団や農作業、収穫物を管理する人物が必要が生じました。多くの場合、その人物は神官あるいは巫女といった宗教的人物でした。管理する人がいる ならば、当然管理される人物も発生します。それが生産者達です。これがのち、支配階級と被支配階級に分かれるわけです。
 やがて、金属器・農地拡大など生産性が上がり、生活に必要のない余剰生産物が生まれます。それにより、技術者や筆記者など(スペシャリスト)が生まれ、 余剰生産物が他の集団と交換され、交易が始まります。時に、戦争によって掠奪もされます。
 なぜ、余剰生産が生まれるとスペシャリストが生まれるかというと、より効率的な農具や灌漑施設の開発、生産物を保管する倉庫などを造る大工、生産物を記 録管理する筆記者など、それぞれの分野で能力を持った人物が必要となり、また、それに従事できるようになるからです。
 こうした中で、神官や巫女は権力を増大させ、やがて神格化されて王族化します。周辺の補助者は貴族化し、支配階級が確立されます(模範的なのがエジプ ト)。他の集団と対抗するため、軍隊を組織されます。軍人もまた特権化していきます。他にも、さまざまな技術を確保するため、技術者を養成するようになり ます。これが古代の権力機構──国家となるわけです。
 古代は基本的に神権政治を行います。つまり、権力者(王)は神から権力を与えられたというものです。あるいは、王自身が神であるか。古代エジプトでは王 (ファラオ)は太陽王ラーの化身としています。日本も天皇は現人神であり、アマテラスの化身とされていました。

 国家の形成はさまざまな場所で行われ、最初は小さな集落から始まり、次第に周辺取り込んで巨大化(国家化)していきま す。やがて土地や食糧を求めて国家間で戦争が行われます。負けた国家の人民は奴隷として勝利国に連れていかれ、農耕や労働を強いられました。
 奴隷を用いて発展した国家の1つして、古代ギリシアがあります。彼等は奴隷で労働が軽減されたことによって、ソフィストのような非生産的な職業が生まれ ました。これは古代ローマにも同じことが言えますが。
 次の封建制ですが、これは東洋と西洋では発生理由や意味そのものが若干異なります。ここでは西洋の封建制を説明します。(アルプス以北の)ヨーロッパで は森林地帯であったため、大規模な灌漑ができずに小規模農業が各地で行われ、小国家群が発生しました。つまり、エジプトやイスラム帝国のような巨大な政権 が誕生しなかったのです。その小国家(領土国家)は互いに個人的関係(主従関係)を結んでいきました。それは小さな領土国家がより大きな領土国家に保護し てもらうためです。その関係は領土(封土)を仲立ちとしていたために封建制度(フューダリズム)と呼んだわけです。
 やがて、その封建関係が拡大し、国王を頂点として諸侯、騎士と封建関係を結んでいきました。また、領民──農民は土地に拘束され、農奴として支配されて いました。日本では幕藩体制が封建制度です。いわゆる、「御恩と奉公」というヤツですね。あるいは荘園制もそうと言えます。

 さらに、ヨーロッパではルネッサンス後、中央集権化が進み、国王を中心とした絶対王政国家が形成されるようになりま す。その理由として、ブルジョワジー(市民階級)の台頭と封建領主の没落です。
 なぜ、封建制度が崩壊したのでしょう。それは度重なる戦争で諸侯や騎士が没落し、宗教改革でもう1つの支配体系であったカトリックも威力を失ったためで す(理由は後述)。それまで国王は徳川家と同じで、最大の封建領主にすぎなかったのですが、諸侯や騎士の没落でその権力を拡大させることに成功しました。
 また、十字軍遠征後、拡大してきた商人や工人などの市民階級が、ルネサンスを経て興隆しました。彼等は大航海時代に向け、後ろ盾になる保護者が必要でし た。一方、国王は自分直属の部下である官僚制や国軍の整備から多額の費用が必要でした。互いの利害が一致し、この2つが協力態勢を取り、中央集権官僚国家 が生まれました。いち早く中央集権を終了させたスペイン、ポルトガルが大航海に出ました。
 この中央集権化は同時に、キリスト教の支配下から抜けるという意味もありました。ヨーロッパ封建制度というのは、同時にカトリック教の支配体制もである のです。封建領主とカトリックが同時に領土を搾取していたため、発展に支障をきたしていたのです。そういう意味でプロテスタントに改宗した国家が出てきま した。

 その後、中央集権化した国家は海外に植民地を持つようになり、帝国主義へと変貌していきました。帝国主義は資本主義を 根底として、無尽蔵な発展を求めます。ですから、社会保障も人権も何もブルジョワジー(市民)以外は必要ありませんでした。無産階級はまさに社会の奴隷で す。帝国主義の前に国王の打倒──革命が起きたわけなんですが、結局それは権力者の交代劇であり、ある意味の独裁政権でしかありません。
 資本主義に対する考え──社会主義はこうして生まれました。のち、それをさらに先鋭化した考え──共産主義が生まれ、マルクス主義が中心となりました。 この考えはレーニンにより、レーニン=マルクス主義に変化し、ロシア革命がこの思想によって行われました。中国・北朝鮮、東ヨーロッパ諸国などは、その レーニン=マルクス主義の影響で共産主義化したというわけです。

 こういう段階を経て、ナチスドイツやファシズム・イタリア、大日本帝国、レーニン・スターリン下のソ連、蒋介石・毛沢 東下の中国などの独裁政権の打倒・崩壊があり、ようやく民主主義へと移行していきます。
 しかし、本当に民主主義かといえば、人類はまだまだ真の民主主義に到達したとは言えないでしょう。自由と民主の国と言われるアメリカですら、ホワイト・ アングロサクソン・プロテスタント(WASP)が国家の中枢を握り、人種差別・白人至上主義・反共産などの差別、大統領選・陪審制裁判に見られるショー ヴィズムなど、およそ自由や民主主義とはかけ離れた行為が往々としてあります。今回のテロ(9・11事件)でよくお分かりでしょう?(『ボーリング・ フォー・コロンバイン』を見ると、アメリカという社会がどのようなものか分かります)

 現在の政治体制は共和制、立憲君主制が主流です。一応、社会主義国家とか連邦制とかありますけど、ほとんどの国は共和 制に属します。
 その共和制とは何か。難しい問題ですが、大統領が国政のトップとして、議会によって決まる国のことです。その大統領や議員は直接国民が選出します。代表 的な国家はアメリカ、フランスなどです。
 一方、立憲君主制とは国の頂点に国王がいて、その下に内閣を預かる首相がいて、その他は共和制と同じです。ただ、首相のいる国がすべてそうかと言えば、 ロシアは大統領の下に首相がいる形ですし、イスラエルなどは国王はいません。また、首相は間接選挙──議員が首相を選出します。例外的に、イスラエルは首 相公選ですが(このあいだ廃止されました)。

 ここで気付いた人は気付くでしょう。となると、日本は天皇が国の頂点なのかと。天皇はあくまで「象徴」であり、実権も 権威もありません。もちろん、君主(国王)でもありません……のはずなんですけど、首相の任命、最高裁裁判長の任命とか国会の開会宣言とか、およそ君主ら しい行動が憲法で定められているんですよね。実を言えば、日本国憲法の矛盾でもあるんですけど。とりあえず、首相がトップということで話を進めます。 (はっきり言いましょう。この問題は日本が置き去りにしてきた問題で、現在も解決していません。憲法に規定されている「象徴」はどういう存在なのか。天皇 の位置はどこにあるのかも議論されることはありません)
 なぜ、日本のトップが首相なのかと言えば、第2次大戦前まで日本は天皇を中心とした立憲君主制でした。しかし戦後、アメリカによって「大日本帝国」は崩 壊し、新しい国造りが始まりました。そこで新しい日本のモデルとしてイギリスが選ばれ、イギリスのような議院内閣制が決まり、首相が国のトップとなったわ けです。
 ちなみに、イギリスも国王(現在はエリザベス女王)は国のトップですが三権を有していませんし、権力もありません。唯一、権威だけはありますが(追記す ると個人的な、ですが)。
 この政治体制の問題を問うと、えらい時間と労力、資料が必要となります。政治学を学んでいる人でも分かっているのか疑問です(苦笑)。
 経済・政治体制だけでも国家は果てしない変遷を重ねてきました。国家という問題はいくらでもあるわけなんですが、世界観で必要な「国家」というのは舞台 装置としての国家です。私は国家とは世界において一番身近な空間だと思います。国家は都市や街も含みますから、一番現実的な舞台ではないでしょうか。

 そういう意味で、政治体制や経済状況も必要ですが、そこに住む人々はどういう人なのか、どんな街なのか、それを決める ことが重要になります。
 なにか、さっきまで言っていたことと違いますね(苦笑)。つまり、今まで言っていたことの歴史を今、貴方が生きている街、都道府県、国家が持っているの です。そして、それを知らず知らず受け継ぎ、創り出しているのです。それを理解すれば、なぜ国家という舞台が必要なのか、また、どのような役割を果たして いるのか、それが分かるはずです。
 まあ、問題を述べれば色々とあるんですけれど、つまり現実面での物語の舞台と考えてくれればいいです。

 今回、国家のみに限定しているため、文化における国家というものを排除しています。文化から見た国家を日本でやると、 非常に面白い日本性が分かるのですが……今回はそういう学術的なものではないので。

*このページに書かれていることは、壬桜華の私見であり、必ずし も絶対とは言えません。
最終的には、ご自身で判断してください。


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