天才になりたくて


 2000年春の褒章が発表されまして、将棋の加藤一二三さんが 授章されてました。褒章のことなど僕にはどうでもいいんですが、 その加藤さんの経歴を見て、思わず舌なめずり。14歳でプロ棋士 になり、18歳でA級八段、「神武以来の天才」と呼ばれたそう です、加藤さんは。神武以来ですよ!日本なんて国名がなかった 時代から数えても、こんな天才はいなかったといっているのです! 古今未曾有、前代未聞、なんて決めゼリフは、僕、好きなんです。
 で、加藤さんが28歳のとき、大山康晴さんと対戦したときの エピソードがまたたまりません。7時間の大長考の末、「天来の 妙手」を発見、大山さんを打ち破ったのです。7時間にも及ぶ 思考時間に、加藤さんの頭脳はどうなっていたのでしょう。 恐ろしいスピードで回転していた、としか表現できないのは、 僕が凡人だからです。その瞬間、この広大な宇宙の中で、加藤さんの 脳の密度は爆発的に濃くなっていたのではないでしょうか?
 こういう、思考の極限みたいなのも、僕は好きです。子供のころ から、なんとなくあこがれていたようにも思います。意識の集中 によって、いままでになかったものが生み出される、そのゼロから イチへの変換の奇跡が、僕をぞくぞくさせるのです。
 棋士だけではありません。数学者も、発明家も、ミュージシャン なども、思考の極限、あるいは未知なる感覚の震え、を体験している と思われます。ケクレは熟考の末、眠りの中でベンゼン環の構造を 思い付いたらしいし、ニュートンが林檎の落ちるのを見て万有引力 の法則のヒントを得た(嘘のエピソードかもしれないけど)ことは 有名です。
 子供の僕が、そういった偉人たちのエピソードを聞いて、「天才に なりたい」と思うようになったのは、やっぱり変でしょうか? いまの僕は、自分が天才でないことにもちろん気づいていますが、 子供のときは、もしかしたら自分は天才なんじゃないかと思った こともありました(笑)。子供なら誰しも、1回や2回は、そういった 万能感を得るものです。
 ここで告白すると、僕は小学生の後半から、中学時代にかけて、 自分の能力の開発に着手したのです。すべてのことに失敗しました が、いったいどんなことを試したのか、思い出して笑って みましょう。
 まず、一番に思ったのは、人並に眠っていたらだめだ、という ことです。短時間睡眠が勉強する時間を生み出し、しかも脳を 活性化させると信じていました。ナポレオンの3時間睡眠の エピソードも影響してましたね。それで、短く深く眠るために体の 構造を変えようとしました。その手助けになる本が出ていたので、 食事を制限したり断眠をしたりしました。僕は低血圧で、朝に滅法 弱いので、この計画はすぐに失敗しました。
 どうしても眠ってしまうなら、眠っているうちに学習すれば いい、ということで(笑)、睡眠学習も試してみようと思いました。 僕と同年代の方は、睡眠学習、という言葉に聞き覚えがあると 思います。当時、雑誌の広告などでも紹介されていた機械なんですね。 イヤホンでテープに録音した英単語などを聞きながら眠ると、 目覚めたときに記憶している!といううたい文句でした。機材を 買う資金がなかったので、僕は独自にテープを作って、夜、眠る ときにヘッドホンをしてチャレンジしました。すると、今度は それがうるさくて眠れないわけです。われながら、アホかと思い ましたね。本当に学習効果があるかも怪しいし。もっとも、 独自の学習テープを作っているうちに英単語なんかは覚えて しまって、それくらいなら最初から普通に覚えた方が早いと 気づきました。
 記憶術、なんて言葉も、同世代の人には懐かしいのではないで しょうか。週刊少年ジャンプなどに広告が出ていたアレです。 最近の雑誌には、好運を呼ぶペンダントだとか、ウェストを無理に 引き締める下着だとかの笑っちゃう広告があって、こんなの本当に 買うやつがいるのか、と僕は思うわけですが、記憶術に関しては、 若気の至りというか、僕は手に入れてしまいました。たくさんの ことを短時間で記憶できる秘密の方法が書いてある書物、その マスターの仕方、が記憶術なんですが、もちろん、これも失敗 しました。記憶術の内容は、一言でいえば連想ゲームで、それ自体 はいま考えても、好運のペンダントよりはずっとマシなんですけど、 一番の問題は、記憶術をマスターするのに時間がかかる、ということ です。
 僕は右利きなんですが、自分の能力を開発するために、左手の 練習もしました。右手は左脳に連動してるんですが、この左脳は 論理的なことをつかさどる部分で、右脳は芸術的というか創造性 の部分なんですね。で、左手で文字を書いたり歯を磨いたりの 訓練を始めたわけです。最近でいうところの、右脳活性、ですね。 実は、これはいまでもときどきやってます(笑)。意外と面白い ですよ。日記は左手で書く、とか決めてやると長続きするかも しれません。もっとも、その効果が具体的に何の形であらわれるか、 となると、僕もよくわかりません。
 いくつか僕の失敗例をあげましたが、はっきり言うと、天才は こんなことを意識して訓練しませんよね。天才は、天才になる訓練 などしないのです。少年の僕は、残念ながら天才ではありません でした。天才になる夢はついえました。天才になることが目的では 本末転倒です。
 では、物書きに必要な才能とは何でしょうか?
 それを考えつつ、偉人たちの足跡をまた巡ります。

00/04/30 shodo


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