
MAZE
この部屋は、鏡の迷路。
幼い頃、パパに連れられて行った古い遊園地で、
僕は、鏡を使ったトリックハウスに入った事がある。僕の本当のパパではない、『パパ』。
不意に手を振り解かれた瞬間、
僕は、その場所に置き去りにされたような気がして泣き出した。恐いよう、恐いよう、僕を独りにしないでよう。
沢山の眼が、僕を見ている。
嘲り乍ら、僕を見ている。合わせ鏡の狭間に、出口を探して振り向いたけれど、
其処に居たのは、青い顔をして、只、笑っているだけのニセモノの僕だった。微かな音を頼りに、ようやく外へと辿り着き、僕は眩しい陽光に手を翳す。
除けた手の向こう側に、ようやく取り戻した現実。
その中に在る無邪気な笑い声に、僕は、僅かな憎しみすら覚えた。大人にとっての、ほんの悪戯。
けれど、僕は、また置いて行かれると思って恐かったんだ。――― 嘘吐き。
ママの前で、僕は強い子でいなくちゃいけなかった。
ママが恐かったのは、ママに嫌われたくなかったからだよ。大好きだったママは、僕を置いて何処へ行ったの。
ねえ、誰でもいいから僕の話を聞いてよ。
本当の僕を見てよ。どうしたら気持ちが楽になれるかなんて、学校じゃ習わなかった。
ありのままの僕で居ていいって、誰か言ってよ。
泣いてもいいって、誰か言ってよ。嘘でもいい。
もう、大人を嘘吐きだなんて言わないから。誰か、誰か、誰か。
・・・
子供の頃に遊んだ空き地に行った。
此処は、こんなにも狭かっただろうか。
砂の城の手触りも石の色も、一つ一つ、色鮮やかに思い出せるのに。何時の間に僕は大きくなって、あの頃の想いを麻痺させてしまったんだろう。
息苦しい日常に、眼を背向けるようになったんだろう。――― 心を閉ざしていれば、傷付かずに済むのよ。
ママの言った言葉の意味が、やっと僕にも分かったよ。
それは、とても寂しい事だけれど。其処には、もう、絵画コンクールで表彰されて嬉しがっていた、あの日の僕は居なかった。
大きな社会の真ん中で、僕の存在価値は希薄になってしまった。海の上に落とされた、一滴の赤い雫の様に。
消えて無くなる、束の間の涙の様に。それを認めてしまった今の僕は、一体、誰?
それは、何も無い、真っ白な部屋の片隅に膝を抱えて座って居た、もう一人の僕。
彼に会えたら、全てを悟る事が出来るのだろうか。前に進めば傷付くだけ。
一歩も踏み出せず、やがて、僕は座り込んで泣き出した。あの日と同じ、迷路の中で。