駄作

゛コンコン゛  ドアをノックする音がする。
「はい? だれぇ?」
なっちはドアに向かって声をかける。
「開いてるから、入っていいよ」
「黄色いそら〜でぶんぶんぶーん♪」
ドアを開けて入ってきたのは矢口だった。
歌の通り(?)黄色いジャージを着て、手をひらひらさせてぴょんぴょん跳ねている。
・・・っとにいつも元気だなぁ〜。矢口はぁ・・・。
「ハイ!矢口、帰りなさいっ」
なっちは、矢口を見ると苦笑いした後に即、帰れコールした。
冷たいかもしれないけど、今は仕方ない。
「え〜、なんでぇ・・・遊ぼうよぉ・・・」
なっちの背後から、顔を覗き込む矢口。  
じゃれたくて仕方ないらしい。
なっちだって、じゃれたいのはヤマヤマだけどさ・・・。
「勉強しなくちゃいけないんだもん」
「べんきょぉ〜?ウソぉ〜。なっちが勉強するのぉ?
矢口と遊んでぇ〜・・・ねぇねぇ」
なっちの肩に顔をのせて、腰にウデを回してくる。
うぅぅ〜っ。そんなに甘えないでよぉ・・・。
なっち、明日から大事なテストなんだから・・・。
矢口はこんなんでも、頭がイイ。
いつもクラスで1,2番の成績を収めているらしい。
らしい・・・っていうのは、本人があまり口にしないから。
なっちは矢口より1つ年上なんだ。
だから、あんまりクラスでの矢口のことは分からない。
「なっち、なっち、なっち・・・」
耳元で囁くようになっちコール。  
あー!もうどうにかなりそうっ。
なっちは、誘惑を死ぬ思いで振り切り、まとわりついてる矢口を引き離した。
「ダメぇ!かえりなさいっ。・・・退室しなさいっ」
でも、矢口にとってはなっちの言うことなんて全然効き目なしって感じみたい。 
ヘラヘラ笑ってる。
まったく出てく様子もないし・・・。
もぉ〜。
「ケチなっちぃ〜!」
そう言うと矢口は、なっちに飛びついてきた。
「ぉ゛やぁ゛ぁ゛ぁ゛〜〜!!」
そのまま倒されるなっち。
・・・矢口の方が身体ちっちゃいのになぁ。(ほんのちょこっとなんだけど)
「んっふっふっふ〜。やぁっとこの体勢にもってこれたぁ〜」
なっちの両肩を押さえ込んで嬉しそうに笑う矢口。
なっちだって、イヤじゃないんだよ。
でも、TPOってモノがあるっしょ?
でも、もう諦めた。 
その代わり、矢口の首筋にウデを回して『OKサイン』を出して矢口を引き寄せた。
それを見た矢口は満面の笑みで(これがまたかわいいんだ・・・)、なっちの唇に自分のを重ねてきた。
・・・いつも思うけど、矢口の唇ってやらかいなぁ・・・あったかくてしっとりしてて、気持ちイイ。
なっちは、いつしか勉強のことも、明日のテストのことも忘れて、矢口のことだけに夢中になっていった・・・。

ベットの上でじゃれてると矢口がふいに耳たぶを噛んだ。
「きゃっ。もお、なっち耳弱いの知ってるでしょ〜」
矢口はくすくす笑いながら
「あ、ピアス一個増えてる」
「うん、沙耶香にあけてもらったんだぁ〜
 なっち恐くてできないんだけど、沙耶香は平気でブスって
 開けちゃうの。すごいよね。」
「ふ〜ん、、、」
微妙に矢口の表情が変わったような気がした。
なっちの気のせい?
「次は矢口があけたげるからね。ふたりおそろいのにしよっ」
「いいよ。」
「ふふ、ねぇ、なっち少し胸おっきくなったんじゃない?」
そういって矢口はなっちの胸の先に指先でそっと触れた。
矢口に触れられるとなっちはドキドキして切なくなる。
「あ・・・」
矢口は胸を優しく包むように触れながら、首すじの所にキスした。
吐息が漏れるなっちの瞳をまっすぐにとらえて
「なっちは矢口のものよ。誰にもあげない」
そういってまた口づけた。

ようやくなっちもソノ気になってくれたぁ。 
矢口、がんばった甲斐があったってもんだ。えへへ。
明日テストだっていうのは、悪いと思うけれど・・・スキなんだもーんっ♪ 
仕方ないよね。
そんなことを考えながら、そっと舌を入れる。 
なっちは一瞬ためらうけど、すぐに応えてくれる。
まったくもって、なっちはかわいい。 
年齢は矢口のほうが1つ下だけど、リードするのはいつも矢口。
だってなっち、おっとりしすぎなんだもん。 
矢口は要領いいのが取り柄だからねー。あはは。
きっと、なっちに主導権にぎらせたら、キスが精一杯なんだろうなぁ・・・くくく。
「・・・なぁ〜に笑ってるべ」
あ、しまった。ついついキスしながら笑ってしまってたらしい。
なっちがふくれっ面して矢口の方を見てる。
「ゴメンゴメン。なんでもないよぉ」
慌ててご機嫌直しのキス。 
それでもなっちはまだ不満そう。
ハイハイ、ちゃんとなっちのコト考えてますよ。  
わかってよぉ〜。
「ね。機嫌直してっ・・・」
なっちの首筋にキス。  
なっちがここ弱いっていうの、知ってるから。
「ぁん・・・やぐち・・・っ」
吐息まじりに、なっちが反応する。
うひゃ。いきなり色っぽいモードに突入だぁ。
そんな声出されると、矢口・・・調子に乗っちゃうよ?
いいの?明日テストどころじゃないかもしれないよ?
なんてことを思いながらなっちの胸元に手を伸ばしていった。
首筋へのキスを続けながら胸に触れる。  
なっちのドキドキっていう鼓動が、手を通じて伝わってくる。
いつものことなんだけど・・なんか矢口もドキドキする。
なっちの唇から熱っぽい吐息と喘ぎ声が漏れる。 
なっち・・・めちゃめちゃえっちなカオしてる・・・でもかわいい。
矢口も、もっともっとえっちな気持ちになってく。
「やぐち・・・」
「ヤ。やぐちじゃないって言ってるでしょ・・・まりって呼んでよぉ。 こんなときくらい」
いつもは゛矢口゛の呼称で甘んじてるけど、ホントは゛真里゛って呼ばれたい。
ただ、いつもはなっちがテレくさがるからガマンしてる。
こんなときくらい・・・思い切り甘い恋人同士になってもいいでしょ?
「ぇ〜・・・」
「呼んでくれなきゃ、なっちのしてほしいコトしてあげなーいっ」
なっちは、スカートが半分捲くれあがっている姿になってて、ムッチャマッチョそそるんだけど・・・
矢口は敢えて直にその場所にはなかなか触れないようにしてる。
なっちが「もっとソノ気」になるように。
じれったさになっちの体が揺れる。 あともうヒト押しかなぁ。
「なっち・・・どう? ゛真里゛って呼んでくれる?」
ウィスパーボイスで、耳元で。 
早く呼んでくれないと、矢口のガマンも限界だよぉ〜。
「・・・まり」
なっちもガマンしきれなかったみたい。
ちっちゃな声だけど、まり って呼んでくれた。
「ん?聞こえないよぉ・・・なんて言ったの?」
矢口はイジワルだから、もう一度催促。・・・何度でも聞きたいっ。
なっち、もっといっぱい矢口のなまえ呼んで。
もっと矢口を見て。もっと矢口に夢中になって。
矢口は こんなにもなっちに夢中だよ。
なっちは、真っ赤になりながらも、それでも矢口と視線を合わせて
「まり・・・」
「なっちぃ〜、すき〜〜っ!」
矢口は、なっちと共通の思いを果たすべく なっちをぎゅっと抱きしめた。
なっち・・・ゴメンね。きっと今夜はもう勉強できないよぉ。
矢口が今夜のなっちを貸しきっちゃうからね。


もぞもぞと身体を起こし、カーテンの隙間から差し込む月明かりで、
なんとかベッドサイドの時計をよむ。
・・・2時半かぁ〜。 ふぅ。
そして、すぐ下に視線を戻す。 そこにはぐっすりと眠ってる矢口。
寝顔もめっちゃかわいい。 ほんと、矢口ってみとれちゃうなぁ。
なっちは寝てる矢口を起こさないように、そぉっとベッドを出た。
・・・やっぱり少しは勉強やっとかなきゃ。
「ん・・・」
矢口がごろんと寝返りをうつ。唇が、月の光を浴びて艶やかに光ってる。 
なっちはちょっとドキっとした。
勉強をがんばるおまじない・・・矢口、いただきまーす♪
一旦は椅子に腰掛けたんだけど、ベッドサイドまで行って矢口のカオの前にしゃがむと、
軽く矢口の唇に口付けた。
やっぱり、やらかくて気持ちイイ。  
さて、勉強がんばるべ!
・・・それにしても・・・矢口、今夜はなんかあったのかな?いつもあんなに無茶言うコじゃないんだけど。
なっちで相談に乗れるんなら、ハナシ聞いてみようかなぁ。 
だいたい、矢口はいつもひとりで背負いすぎなんだからっ。
・・・あれ?勉強しなきゃ!
アタマぶるぶる振って、矢口のことを追い払う。
・・・ごめんね。今だけは許してちょ。
暫く教科書と向かい合っていたけど、全然アタマが働かない・・・う〜〜っ、どうしよう・・・。
・・コーヒーでも飲もうかな。
立ち上がって、隣の部屋へ行き、コーヒーメーカーのパワーをオンにする。 
コポコポと音がして、いい香りが漂ってくる。
出来上がったコーヒーをすすりながら、元の部屋に戻る。 
矢口はやっぱりスヤスヤ寝ている。
ふふ・・・こうして見ると、コドモみたいだなぁ。
なっちもヒトのこと言えないけど、矢口は、かなりベビーフェイス。
でも、見かけによらないんだよねぇ
・・・負けず嫌いで、要領よくて、仕切りやで、明るくって、優しくって・・・。
・・・あれ?また矢口のこと考えちゃってる・・・イカンイカン。
今は明日のテストのことを第一に考えなきゃ!
「さ。今度こそ勉強しよっと」
気持ちを切り替えるようにわざと声に出してみた。
カップを机に置いた。そして、おもむろに教科書を開いたら・・・
「ぅあっちぃ!」
コーヒーこぼしちゃった・・・しかもなっちの足の上〜〜。
「あつい〜〜っ!・・・もぉ!」
自分で自分のトロさにハラが立つ。
しかも、なっちの叫び声で矢口が起きちゃった。
「ん・・・?どうしたの?」
眠そうに目をこすりながら、起き上がる。 ゴメンね。
「あ〜、ゴメンね。なっち、自分の上にコーヒーこぼしちゃったんだ」
「アハハ、あいかわらずドジだねぇ。なっちは。  ちょっと見せて」
「ん・・・ホントごめんね。疲れて寝てたのに〜」
「疲れてるのは、お互いさまでしょ? それに矢口はいい思いしたからさ・・楽しかったよ」
ニッコリと笑う矢口。  
なっちは胸がきゅーんとなった。こんなときなのに。
どうしよう・・・なっち、矢口のことがすっごいスキだ・・・。
゛抱きしめたい゛って思った。
そして、なっちはその気持ちの通りに動いた。
「ちょ・・・なっち? いきなりどうしたのぉ?」
面食らう矢口。 
そうだよね。なっちはテレ屋だから自分からこんなコトするってないもんね。
でも、矢口は驚きながらもしっかりとなっちを抱きしめてくれる。
矢口はいつもそう。
どんななっちでも、しっかりと抱きとめて、受け止めてくれる。
だからなっちは、安心していつも「なっち」でいることができるんだ。
「矢口・・・ううん、真里・・・だいすき」
そう言うと、また矢口に唇を重ねた。・・・テストのことは頭から追い払って。
明日のことは考えないようにしよう。 
今がよければそれでいっかぁ。
なっちは、矢口の笑顔を見ながらそんなことを考えていた。
「明日が矢口のテストなら、なっち100点なのにね」
「ううん。まだまだっしょ。  ・・・もっと矢口のコト教えてほしいよ」
それは心から出た言葉だった。 
もっともっと矢口のコト知りたい。 
なっちの中、矢口でいっぱいにしたい。
矢口・・・ずっと一緒にいようね。 
なっちのこと、離さないでね。
そんな気持ちをこめて、もう一度矢口を抱きしめた。

夜は、いつまでも終わらない・・・そんな気がした。

                         【おしまい】






「・・・・っち・・・なっち、朝だよ・・・起きて・・」
うっすらを目を開けると瞳いっぱいに矢口がいた。
「パン焼けてるよ。さ、起きて顔洗っておいでよ。」
「うん・・・」
なっちは眠い目をこすりながら洗面所に向かった。
まだまぶたが重い。
が、鏡を見て一瞬のうちに眠気か飛んだ。
「あ"あ"あ"〜〜〜」
急いで矢口のとこにかけよると、矢口はミルクを飲んでいた。
「どした?」
「もお!!!キスマークはつけちゃだめ!って言ったじゃん!!」
「うそ。ありゃ、ほんとだ。」
なっちの白く細い首筋に、小さく青いアザがぽつんとできていた。
「今日体育あるんだよ〜いや〜どうしよ〜バレバレだよ〜」
「いいじゃん。別に。」
そういって矢口はそのキスマークを人差し指で触れながら
「なっちは矢口のものってしるし。」とくすくす笑った。
「あ〜ん、どうやって隠そ〜」また洗面所に戻って鏡を見直した。
鏡にうつる小さなしるし。
ほんとはちょっと照れくさくてうれしい。
「なんとかなるか。」つぶやいて歯ブラシをとった。

「っう〜さむ〜い」
朝の冷たい風が身に染みる。
なつみと真里はバス停に並んだ。
キスマークはファンデで隠した。
でも体育の時間はやっぱり不安だ。
「体育さぼろっかな〜」
「何限目?」真里が聞き返す。
「4限目。」
「サボりなよ!矢口部室で待ってるからさ。」
「ほんと?大丈夫かなぁ〜」
なつみと真里は茶道部に入っていた。
といっても文化祭以外はほとんど活動がなく、
もっぱら部室を遊び場代わりに使っていただけだった。
やっと来たバスに乗り込むと長身の少女が立っていた。
「圭織、おっはよ。」真里が明るく言った。
「おはよ〜」
圭織は美しい黒髪をなびかせ振り向いたが、
目にはクマができていた。
「圭織、ひょっとして・・・また?」なつみが心配そうに言った。
「うん・・・・全然寝れない。」
圭織は最近ケンジという男のしつこいストーカー行為に悩まされていた。
「昨日はお気に入りのいちごのパンツが取られたの・・・」
「いちごぉ?」
圭織は真剣な顔つきでうち明けたのだが
真里は思わず吹き出してしまった。
怒りだす圭織を真里がなだめているのを笑いながら
なつみがふと後ろを見ると窓の方をじっと見ながら
一人で座っている沙耶香を見つけた。

朝日に照らされた沙耶香の横顔は凛々しかった。
なつみはつい見とれてしまった。
ふいに沙耶香が前を向き、なつみと目があった。
視線が重なり、なつみは思わずそらしてしまった。
やだ・・・別にそらす必要ないじゃない・・・
おそるおそるまたなつみが顔をあげると、
沙耶香はまだなつみを見つめ続けていた。
・・・胸が・・・どきどきしてる・・・
沙耶香となつみの出会いは今年の春だった。
室蘭から転向してきたばかりのなつみは上手く東京に
なじめず、クラスの一部の生徒に密かにいじめられていた。
真里とは会話を交わすようにはなっていたが、
嫌がらせを受けていることはうち明けられないでいた。
その日も体育倉庫でなつみはいじめを受けていた。
「ねぇー、今の聞いたぁ?
 この子、"したっけねぇ!!"だって〜だっさー」
「ほんとー、ちょっとかわいいからって、所詮田舎者のくせして」
「ほらー、もっかい"室蘭弁"しゃべってみなよ〜」
「なっちが何したって言うの!もうやめてよぉ・・・」
耐えきれずなつみが泣き出しそうになったときだった。
「いい加減にしなよ。」
振り向いたなつみの前に悠然と沙耶香が立っていた。
「何よ沙耶香、あんたに関係ないじゃない。引っ込みな!。」
沙耶香は鋭い目を光らせ、一言言った。
「みっともないよ。」変な迫力があった。
「ねぇ、稲葉、沙耶香に関わるとやばいよ、ここは引いとこ。」
「でも信田・・・・・・くっ。」
くやしそうに稲葉たちは体育倉庫を出ていった。
なつみはただ立ちすくんでいた。
沙耶香は無言でポケットからタバコを取り出すと、火をつけた。
最初の煙を吐き出して言った。
「あんたもさぁ、もう少ししっかりしなよ」
「言われなくてもわかってるべ!」
しまった!またなまってしまった。
興奮するとついでてしまう。なつみは思わず口をつぐんだ。
「無理して東京の言葉なんかしゃべる必要ないって。
 ・・あんたさぁ、校庭の桜の木に興奮してはしゃいでたでしょ。」
「えっ?」
確かになつみは初めて学校に来た日、
満開に咲いた桜の美しさに感動していた。
・・・・見てたんだ・・・・
「方言丸出しでさー、なまらすごいべっとか言って。」
なつみはまたばかにされたのかと思ってムッとした。
「かわいいと思ったよ」
そう言って、沙耶香は初めて笑った。

強烈な沙耶香との出会いだったが、それ以降、
これといって深い進展はなかった。
クラスのいじめは真里と仲良くなるにつれ徐々になくなった。
真里は絶えずなつみのそばを離れず、沙耶香のように
いじめグループからなつみをかばったりもした。
真里の天真爛漫な明るさはなつみの傷を癒してくれた。
ただ、真里は方言をなおすように強要するので
沙耶香に言われた言葉はなおさらなつみの心に響いていた。
沙耶香の存在は密かになつみの"特別"だった。
真里のなつみへの態度は日増しにエスカレートし、
初めてキスをされた時はさすがにとまどったが
真里の深い愛情はわかっていたし、真里のキスや愛撫から
ほどこされる快楽をいつのまにか心待ちにするようになってしまった自分にも気づいていたので、
そのままのめりこんでしまっていた。
ただ、真里は沙耶香の事をあまり良くは思っていないようで、
沙耶香の話をすると微妙に態度が変わる。
それがなぜかはなつみにはわからなかった。

【彼女の恋人】

アタマの後ろを何かでガツンと殴られた気がした。
さっきからずっと耳障りだった雨の音も、今のあたしの耳には届かなかった。
仕事帰り・・・今日は久しぶりに紗耶香を車で送っていくことになって、ちょっとウキウキしてた。
そんなあたしに、衝撃の大告白が襲いかかった・・・。

「・・・ん?いま、何て言ったの?」
やっとの思いでそれだけ口にした。
いつもだったら紗耶香は、そんなあたしの微妙な変化にも気づいてくれるけど、
今日は自分の身に起こったことで精一杯らしい。
「んー。圭ちゃんにはイチバンに言っておこうって思ってさぁ。
 ・・・真希に告って、OKもらったんだ」
よっぽど嬉しかったのか、表情も緩みっぱなし。
「なんてゆーのかなぁ・・・ホラ、同情が愛情にかわるってヤツ?・・・あはは。
 そんなんわかんなかったけど、実際に自分が体験すると、こんなもんかーって思うんだよねぇ」
テレ臭いのを隠すためか、よく喋る。 
おかげであたしがいつも以上に無口になっているのにも気づかないくらいだ。
「そっか。・・・・・真希ね。  うん。よかったね。おめでと」
「うん!ありがとー。やっぱ、圭ちゃんだよねっ。そう言ってくれると思ってたよ」
嬉しそうに話す紗耶香を横目で見ながら、あたしは崩れそうになるのを一生懸命堪えてた。

・・・あたしは紗耶香のことがスキ。
そう自覚したのはだいぶ前のことになる。
そうだなぁ・・・真里がタンポポに加入することが決まった頃かな・・・。
あのことがあって以来、ますますあたしと紗耶香のつながりは強くなってたし。
あたしのこの気持ちは、誰にも言ってなかったから、たぶんメンバーの誰もしらないと思う。 
勿論紗耶香も。
いつかくるだろうチャンスを待って、ずっと、紗耶香だけを見てきた。
なのにね・・・。そっか。真希かぁ・・・。
紗耶香が、真希の教育係を買って出てから、確かに2人でいる時間は長くなっていた。
いろいろ話し合ったりすることも多かっただろうし、
お互いの心の内をわかるようになるのも、そう時間はいらなかったろう。
以前のあたしや紗耶香がそうだったように。
それだけに、ショックと同じくらい、納得できる気持ちもあるんだ。こころの中に。
でも・・・でも、どうして真希なの?
どうしてあたしじゃないの?
ねぇ、紗耶香。

「圭ちゃんとは、プッチでも一緒に仕事するじゃん?だから、黙ってるのもなんかよくないなぁって思って。
 夕べ、真希と電話で話し合ったんだぁ」
そんなあたしの気持ちを知る由もない紗耶香は、まだテレくさそうに話しつづけている。
紗耶香・・・ここで、あたしがスキだって言ったらどうするんだろう・・・。
「圭ちゃん・・・?」
ようやく紗耶香も、あたしの様子がおかしいのに気づいたらしい。顔を覗き込んできた。
「圭ちゃん、どうしたの? あたしばっかり喋ってるから、いけなかった?」
「紗耶香・・・」
信号がちょうど赤になった。 
あたしは車を止めると紗耶香の顔を見つめた。
ドドドドドド・・・とアイドリング状態の細かい揺れが身体に心地いい。 
このままどっかに行っちゃおうか・・・ふと、心にそんな考えがわいた。
この車にロケットがついてたら、迷わずに連れ去っちゃうのに・・・。
「ねぇ、紗耶香ぁ、すこしドライブしない? ホラ、久しぶりだしさ。こうやって2人でいるのって」
わざと明るめに言ってみた。紗耶香は何の疑問も抱かず
「あ、いいねぇ〜。行きたいー!」
と乗ってくれた。
あたしは、すこし微笑むと信号が変わったのを見て、車をスタートさせた。
そう言えば、教習所でよく『出足がよくないよ』って言われてたなぁ・・・。
こころのアクセルもなかなか踏み込めないし、これって性格?
そう考えてひとりで苦笑いしてしまった。

暫く車を走らせてると、いつの間にか雨も止んでた。 
雲の流れが早いみたいで、空には星がたくさん見える。
紗耶香が窓を開けて空を見上げる。
「わぁ!圭ちゃん圭ちゃん、すっごい空だよ!星がいっぱいでてる〜」
あまりにも無邪気にはしゃいでるから、ちょっとサービスしたくなって、
そばに見えたファミレスの駐車場に車を停めた。
「外、出てみようか?ちょっと星でも見る?」
あたしはそう言った。紗耶香も笑顔で車を降りた。
「うわーーー、やっぱしすごい。こんなにキレイな空、最近見たことないなぁ」
「そうだねぇ。さっきまで雨降ってたなんて思えないな」
やっぱりはしゃいでいる紗耶香を見ながら、ついつい考えてしまう。
紗耶香・・・真希の前でならどんな顔してキレイだねって言うの?
そう考えると胸が焼けるように痛む。・・・ダメだ。
あたし、真希に嫉妬してる。どうしようもないほど。
どうして真希なんだろう。
あたしはこんなに長い間、紗耶香のことだけを見つめてきたのに。
真希と紗耶香が過ごしてきた時間の何倍も一緒にいたのに。
誰にも負けないくらい・・・そう、真希にだって負けないくらい、紗耶香のことスキなのに。

あたしはたまらなくなって、空を見上げた。星が無数に瞬いている。
・・・星の数ほどいるヒトの中で、どうして紗耶香がスキなんだなんだろう?もっと他にもいるのに。
他ならもっと楽に恋愛できるかもしれないのに。
紗耶香はずっと空を見上げてる。首が疲れないかなって思うくらいに。
その姿は今まで見てきたなかでも一番綺麗だった。
今夜の星空にも決してひけはとらなかった・・・と思う。
思わず手が紗耶香の肩をつかんでいた。
「圭ちゃん?」
紗耶香があたしの顔を見る。  
この瞳にまっすぐに見つめられると、何もできなくなっちゃう・・・。
「あ、あの、ずっと空見てて疲れないかなって思ってさ」
「なーんだ。そっか。大丈夫だよ。圭ちゃんより若いんだからそんなにすぐ疲れないって」
「!・・・言ってくれますねぇ〜」
あたしが睨むと紗耶香はアハハハと笑って、そしてこう言った。
「今、考えてたんだ・・・。この星の数くらい、ヒトっているんだよね・・・」
「んー。そうだね」
「スゴイよね。こんなにたくさんのヒトがいる中で、あたしたちって出会ったんだよね」
「うん」
「それってホント、奇跡に近いことだと思わない?こうしためぐり合い」
あたしは無言で首をタテに振った。紗耶香は続けて言った。
「あたしさ、圭ちゃんに出会えてほんと嬉しかった。
 ・・・圭ちゃんの存在があったから今までがんばってこれたんだよ」
「・・・どうして?」
初めて聞く、紗耶香の告白に、あたしは戸惑いをかくせずに思わず尋ねていた。
「うーん・・・どうしてって・・・それはやっぱり同期だし。
 それに、一緒に辛いことや悲しいこと経験してきたでしょ。
 たぶん、それって他のどのメンバーよりも圭ちゃんが一番近いところにいて、
 一番分かり合えてると思うんだ。
 タンポポの時のことにしてもそうだしね。
 圭ちゃんなら、あたしの気持ちわかってくれるだろうし、
 あたしも圭ちゃんの気持ちは誰よりもわかってるつもり。
 だからさ、圭ちゃんと一緒ならがんばれるって、そう思うんだ」
紗耶香はひとつひとつ、言葉を選びながらゆっくりとそう言った。
「あたしにとって、圭ちゃんは大事なヒトなんだ。  ・・真希とは違うレベルでね」
あたしはビックリした。  
紗耶香・・・こんな風に思ってくれてたんだ。
と、同時に胸の中のわだかまりがスーっと消えていく感じがした。・・・すこしゲンキンかなぁ。
紗耶香は紗耶香なりに、あたしのことを思ってくれていたんだね。
思いの形はひとつじゃないんだよね。

「さて、そろそろ帰ろうか?明日もまた早いもんね」
「そうだね。さ!明日もガンバロ!」
時計を見るともう1時近い。あたしたちは急いで車に乗り込んだ。

星の数ほどいるヒトの中で、紗耶香と出会ったのは、嘘じゃないし、偶然でもない。きっと、必然。
だから、もしこの車にロケットがついてたとしてもどこへも連れ去らないよ。
あたしのものじゃなくても、紗耶香のことやっぱりスキだから・・・。

                          【おしまい】


【ツヨクナリタイ】

いつの頃からだろう。人ごみの中にいるのに寂しく感じるようになったのは。
いつの頃からだろう。強くならなきゃって思ったのは。

イジメにあった頃ですら、そんな気持ちにはならなかったっていうのに。
いま、なっちがいる世界は普通じゃないから。
信じられるのは、自分だけ。
頼れるのも自分だけ。
自分で自分を守るしかない・・・だから強くならなきゃいけない。
呪文のように、こころの中でそう繰り返していた。

誰かの救いの手なんていらない。
独りで立てるようにならなきゃ。なっちは強くならなきゃ・・・。

朝が来る。今日も仕事だ。
・・・どうしてこんなに気が重いのかな。なっちは歌が大好きなはずなのに。
好きなことを仕事としてやれているのに、どうして?
中学の頃、学校に行きたくなかったときには、お母さんが励ましてくれた。
『明日学校に行かなかったらこれから先もずっと行けなくなるのよ。今負けたらダメ。辛いけど頑張りなさい』
あの言葉があったから、辛かったけど頑張れた。
でも今は・・・もうお母さんには頼れない。余計な心配はかけられないし。
ひとつタメ息をつくと、布団からモゾモゾと這い出た。
顔を洗うために洗面所へと歩く。 鏡に映るなっちの顔。・・・あーあ。ヒドイ顔してる。
ここのところ、満足に休みもとれてない。
夜も遅くまで仕事して、朝早くから仕事して・・・って、疲れがとれないのも無理はないよね。
真希が加入してからの娘。はまるで別のグループみたいだ・・・って裕ちゃんが言ってたなぁ。
そう言えば。
それはなっちもそう思う。
なっちたちは、どこに行くんだろう。なっちたちの気持ちではないところにドンドン動かされてる気がする。
でも、それをどうする術もない。目の前に与えられたものを、こなしていくだけで今は精一杯。

「余裕がないべ・・・」
鏡に向かってそうつぶやいた。ついでにデコピン。
ぶつけた人差し指がジンジンと痛かった。

その日はまったく仕事にならなかった。
雑誌のインタビューと表紙の撮影だったんだけど、どうしても笑えなかった。
・・・゛笑わなきゃ゛って気持ちはあるんだけど。
何回か撮り直して・・・みんなにもメイワクかけちゃったなぁ。
なんとか撮影は終わったけど、きっとヒドイ顔してると思う。
仕事終わった後、悲しくて悔しくて涙が出た。  
なっち、いったい何やってるんだろう。
自己嫌悪のカタマリだった。

「なっち」
なっちを呼ぶ声がした。その声にハッとして顔を上げた。
矢口が両手に缶コーヒー持って立ってた。帰ったんじゃなかったんだ。
「自販機でコーヒー買ったら、当たったんだ。・・・飲む?」
コーヒーを顔の前まで持ち上げて、矢口は笑顔を見せてそう言った。

・・・なっちって、どうも不器用みたいで、なんてゆーか上手く他人と立ち回れない。
要領が悪いってゆーのもあると思うけど。
やろうとすれば、もうすこし当り障りなくやってくことできると思うんだけど、性格上できないんだぁ。
だから、みんなといてもなっちは孤立しがち。 
なっちがみんなといるとき、すこし窮屈に感じているのと同じようにみんなもそう感じているのかもしれない。
そこへいくと、矢口はどんな相手とも上手くやっていて、なっちからしたら羨ましく感じる。
矢口の中ではいろいろ考えているのかもしれないけど、少なくとも表面上には決して出てこない。
・・・そういう点、矢口はオトナなのかも。
今もこうして、気を使ってきてくれてるし。

「ん。ありがと。」
なっちは手を伸ばして矢口から缶を受け取った。 コーヒーはあったかかった。
「あれ?・・・んしょんしょ」
綺麗な長い爪してる矢口は、なかなかプルトップが開けられないで困ってる。
なっちはそんな矢口を見てすこし笑うと、なっちの缶を彼女に渡した。 
矢口、コーヒーはなっちと話すための小道具だったんでしょ?
そんな彼女の気持ちがすこしありがたかった。
「ありがと。アハハ。矢口、自分で缶開けられないの忘れてたよぉ〜」
そう言うとひとくち飲んだ・・・途端、
「あつうぃっ!」
とやって、またなっちを笑わせた。

「あー、熱かったぁ。舌、ヤケドしちゃったよぉ」
「矢口って、ネコ舌だったんだ」
「そーそー。だから、冷めるの待たなきゃ」
・・・・・・
暫く、沈黙が続いた。なっちは黙ってコーヒーをすすっていた。
唐突にポツリと矢口が切り出した。
「ウチらってさ、ほんと先の見えない道に立ってるよね」
なっちはどう返事をしたらいいのか分からなかったから、そのまま黙ってた。
「普通にお仕事してるヒトなら、ある程度見通しがつくじゃん?
 でも、ウチらって明日に何かがあってもおかしくないでしょ。
 今回だって、真希が入ってラブマがめっちゃ売れて・・・こんな風になるなんて、
 去年の夏くらいに思ってた?」
なっちは首を横に振った。
「今の矢口たちって、このコーヒーだと思うんだ。熱くてさ・・・でも、熱っていつかは冷めるでしょ。
 そんな風に、ウチらもいつか冷められてしまうときがきっとくると思うんだ。今のままでいったら。
 だから、ある程度の変化は常にしてかなきゃいけないんだよね。
 変化することで、熱ってまた生まれると思うから」
いつもの姿からは想像もつかないような落ち着いた表情で、ポツポツと言葉を繋ぐ矢口。
なっちは黙って聞いていた。

「矢口も今の状況に順応できてるかって言ったら、必ずしもそんなことはないけど・・・
 でも、いちばんしんどいのは、なっちなのかなって、そう思うんだ。
 なっちを取り巻く状況がいちばん変わってきているし、
 なっちもそれ相応に変化していかなきゃいけないでしょ?
 だから、戸惑いが大きいのも無理はないって、そう思うよ」
そう言って矢口は穏やかな視線をなっちに送る。 
それは泣きたくなるくらい、優しくて。
「・・・」
なっちは何も言えなかった。 
たぶん、矢口はなっちが日頃無意識で感じていることを、代弁してくれてるんだと思う。
他人から言われて初めて気づく、自分のほんとうの気持ち・・・。
それだけに、余計何も言えなかった。 
俯いて、缶からほのかに出る蒸気をじっと見つめてた。

「変わることって難しいよね。今までやってきたことを無にしないといけない時もあるし。
 でも、捨てなきゃいけないものもあるけど、
 その代わりに新しい自分を見つけたりできる・・・悪いことばっかじゃないんだよね」
矢口はなっちから視線を外すと、大きくひとつ伸びをした。
「ねぇ、なっち。 もしかしてさ、ひとりでためこんでない・・・?
 もうすこし周りに・・・矢口たちに頼ってよ。
 もっと言いたいこと言ってよ。なっちの辛そうな姿見るの、嫌だよ。」







「なつみちゃんよ。 これから一緒に暮らすんだから、仲良くしてね」
そう言う母親の後ろに隠れてたなつみの姿を、裕子はこの先ずっと忘れないと思う。
心細そうに、じっと裕子をみつめるなつみの瞳を・・・。
(このコは、あたしが守ったらなアカン。何があっても守ったらな。)
そう、幼心に決めたことも。

それから、狂いなく季節は繰り返し、16年の歳月が過ぎた。
裕子・26歳、なつみ18歳の冬になる。

「う〜ん。いつ見てもなっちの制服姿はエエなぁ〜♪」
「いきなり何言ってんの?毎日見てるじゃんっ。
そんなコト言ってるひまがあったら手伝ってよぉ。お皿出すとかさー」
------朝。
いつものように、2人分の朝食を忙しそうに作るなつみの後ろ姿を見つめながら、ご満悦そうな裕子。
「ゴハン食べるより、なっち見てたほうが楽しいもん」
「・・・そう言ったって、ゴハン出されるとめちゃくちゃ食べるクセに」
小声でつっこむなつみ。
「ん?なんか言った?」
「ううん。なーんにもーー!」

ようやく出来上がった朝食を、なつみは5分で食べ終えると、バタバタと玄関に走る。
「あ!なっち!いつものはぁ〜?」
なつみの後姿に向かって、裕子が甘えた声をかける。
そこでなつみはピタっと止まり、裕子の方に戻って来た。
「もぉ〜。今日は遅刻しそうなのにぃ〜」
・・・と言いながらも「いつもの」---”ほっぺにキス”をしていくなつみ。
口ではなんだかんだ言いながらも、イヤそうではない。 
裕子はなつみのそんな反応をニヤニヤしながら楽しんでいた。
そして、玄関のドが閉まる音を聞くと新聞紙に目を通し、日付に何気なく目をやる。
「・・・あ、今日は・・・」
------ 16年前、裕子となつみが初めて顔を合わせた日。 
裕子にとっては忘れられない日である。
その頃、なつみはまだたった2歳だった。 もちろん、裕子と血のつながりがないことは知らない。
知られてはならない。
・・・この世に自分と血の繋がった人間が1人もいないなんて、絶対に知られてはならない。

裕子の父親の友人の娘・・・それがなつみだった。
ありがちな話ではあるが、なつみの本当の両親は事故で亡くなっていた。
そして身寄りのないなつみを裕子の両親がひきとったのだった。
まったく血のつながりのない2人だったが、裕子となつみは、本当の姉妹よりも仲がよかった。 
なつみを溺愛する裕子。 そんな裕子を時には疎ましく思いながらも、大事に思っているなつみ。
裕子は、なつみのためなら何だってやってきた。 
送り迎えなどは当然だったし、時には自分の予定をキャンセルしてでもなつみを最優先に考えてきたのだ。
それほど、裕子にとってなつみはかわいかったし、大切な存在だった。
「・・・あ!アカン!のんびりしすぎた!完全にチコクやぁ〜(>_<)」
ふと回想から戻り、慌てる裕子。 
時計に目をやると、始業時間は間近であった・・・。

「ふぅ〜。よかったぁ。間に合って」
「おはよー、なっちぃ。珍しいね。こんなギリギリに」
遅刻すれすれに教室に飛び込んできたなつみにむかって、紗耶香が笑いながら声をかける。
「うん。また裕ちゃんがさぁ・・・」
タメ息をつきながら、なつみは席につく。
「ホントになっちとお姉ちゃんは仲いいね。 
 なっちの口から、”裕ちゃん”って名前出てこない日ないもんね」
「えー?そうかなぁ?  そんなになっち、裕ちゃん裕ちゃんって言ってる?」
「言ってる言ってる・・・なんだか恋人同士みたいだよぉ」
紗耶香の言葉にドキっとするなつみ。
・・・そうなのだ。 なつみに対する裕子の愛情の注ぎ方は尋常ではない。
例えて言うなら、今の紗耶香が言ったように『恋人』のような感じなのだ。
朝の日課の「ほっぺにキス」にしても、普段の裕子のなつみに対するスキンシップのとり方といい・・・。
でも、なっちと裕ちゃんは姉妹だし・・・女同士だし・・・そんなことないべ。考えすぎだ・・・。
なつみは頭をぶんぶんと振って(裕子が見たら「カワイイ!」といいそうだが)、今の考えを振り払った。
そばで紗耶香がきょとんとして、なつみの様子を見ている。
なつみは、紗耶香の視線に気がつくと、へへっと笑ってごまかした。

「受験かぁ〜。もうそんな時期なんだねぇ・・・」
前の席の圭織が、後ろを振り向いて嘆いている。
「願書とか、そろそろ提出なんでしょ?」
「謄本とかもいるんでしょ? あ〜、メンドくさぁ〜」
「戸籍?なっち、とりにいったことないんだぁ〜」
「えー?どうして?ココ受ける時だって必要だったじゃん!」
「んー・・・裕ちゃんがとってきてくれたんだぁ」
矢口のつっこみに困ったような顔をして、答えるなつみ。
「はー・・・ホントに過保護だねぇ・・・なっちのお姉ちゃん」
「なっち、このままじゃダメだよ。オトナにならないと!」
紗耶香や圭織にまで言われる始末。
なつみは皆の気迫に気圧されたかのように
「うっ・・・うん・・・」
とクビをタテに振るしかなかった。

「ヨシ!決めた!今日の帰り、みんなで区役所に行こう!なっちをオトナにしよう!」
圭織がそう言い出した。 
何しろ、圭織が言ったら後にはゼッタイに引かない。
「何事も社会勉強だよ。なっち」
と、真里や紗耶香にまで言われてしまっては拒否できるはずがない。
”寄り道はアカン!”ときつく裕子に言われていたが、この日ばかりはその決まりを破らざるをえなかった。
また、なつみ自身の中にも もうオトナなんだから という思いがあったのも事実である。
いつしか、こっくりとうなずくなつみだった。
「はーい!きまりぃ〜♪」
真里が嬉しそうにそう言った。
なつみは、約束をやぶることでなんだかひとつオトナになったような気がして、放課後が楽しみだった・・・。
「裕ちゃん・・・なっちだって、やるときはやるんだからね〜」
そう小声でつぶやいた。

「ただいまぁ〜・・・あれぇ?なっち?」
どうも体調を崩したらしい裕子は、力なくドアを開け、なつみに向かってただいまを言った。
こういうときは、なつみに甘えるに限る・・・そんな気持ちでほんのすこし早退してきたのだが、
意に反して返事がない。
よくみると、部屋の中も薄暗い。
-----夕方4時半。
いつもなら、なつみは家にいて、夕飯の支度をしているはずなのだが。
「どないしたんや・・・今日に限って・・・」
不思議そうにつぶやきながら、キッチンへと足を運ぶ。  留守電が点滅している。
「まさか・・・なっちになんかあったんやろか・・・」
急いでメッセージを再生した。

『ピー・・・ゴゴ ヨジニジュウゴフンデス・・・
 ・・・あ、裕ちゃん?
 なっちです。 
 裕ちゃんの携帯に電話したんだけど、電波が入らなかったみたいなんでこっちにします。
 今から圭織たちと、区役所に寄って願書用の戸籍をもらってくるね。
 その後・・・』
ザワザワとした中でのなつみのメッセージをそこまで聞いた裕子は、青くなった。
戸籍!!
そんなもの、なっちに見られたら自分が養女であることがバレてしまう!!
「アカン!なんとかして止めな!!」
裕子は急いで自分のバッグから携帯を取り出すと、メモリーを呼び出し、なつみにコールする。
しかし・・・
『・・・おかけになった番号は、電波の届かないところにいるか、電源が入っておりません・・・』
機械の女性の声が繰り返されるばかりだ。

「なっちぃ!なんで繋がらへんねん!」
いらついた裕子は、つい口に出してそうつぶやいた。
・・・こうしている間にもなつみは目にしてしまうかもしれない。
決定的な事実を。
「たった5分前のことやんか・・・なんでもうすこし後に電話くれへんねや〜」
泣きたくなった。
・・・ここでなつみに見られてしまったら自分は今までなんのために隠しとおしてきたのか。
いや、そんなことよりも、なつみの受けるであろう衝撃を思うと胸が潰れそうになる思いだった。
「区役所・・・隣駅やったな・・・間に合うやろか・・・」
電話によるコンタクトを諦めた裕子は、急いでもう一度出かける支度を始め、
慌てて部屋を飛び出していった。

■だぁりん■

『あなたがわたしを呼ぶ やさしい発音がすき』

深夜の交差点。信号待ちのひととき・・・。
「なぁ、なっち」
やわらかな関西のイントネーション。 
なっちには絶対にマネできないなぁ。
怒ると急に怖くなるんだけどね・・・。
「ん?なに?」
なんてことを考えながら、なっちは振り向いた。
そこには後ろに手を組んだ裕ちゃんがニヤニヤ・・・もとい、ニコニコして立ってる。
「目ぇつぶってみ。 エエもんあげるから」
「えぇ?なんかプレゼント?」
なっちは言われた通りに目をつぶった。

『あなたがわたしにする キスのやりかたもすき
           包み込まれるような ながぁい キス』

なんだろう・・・?とワクワクしてるなっちの唇に、急にあたたかいなにかが触れた。
「!」
一瞬で今の状況を理解した。  
もー!裕ちゃんまたなっちにこんなコトして!
でも、ホント言うと嬉しい。 
裕ちゃんの柔らかな唇も、優しく包んでくれるようなキスも、キスの後の「ぎゅ」もすきだから。
・・・おやぁ?
ふと、気がついたらなっちの方から裕ちゃんの唇を求めてた。

『時々いう いじわるはいやだけど
    その時の ちょっとずるいすました顔は けっこうすき』

「ふぅ〜〜ん・・・なっちもこんな反応するようになったんやなぁ・・・。誰に教わったんや?」
「なっ・・・!」
「ホラ、言うてみ?  
 誰のとこで勉強してきたんや?
 彩っぺか?
 それとも矢口か?」
唇が離れた後、ニヤニヤしながら問い詰める。
・・・なっちがそんなこと出来ないの、十分すぎるくらい知ってるクセに。  
いぢわるっ!
けれど、こうやってなっちをからかうときの裕ちゃん、すました顔するんだ。
そんな裕ちゃんも結構すき。  
あらら。なっちって、いぢめられるのすきなのかなぁ。
ヤバイヤバイ。
「・・・なっちが、そんなコトできないの知ってるっしょ?」
上目使いで、裕ちゃんの顔をチラリと見る。
裕ちゃんは、そんななっちを穏やかな瞳で見つめてる。
・・・さっきまでのずるそうな顔は、陰をひそめて。
そんな瞳で見ないでよ。 
なっちが弱いって知ってるでしょ。 
とろけそうだよぉ。
「うん、知ってるで。 なっちはそんなコやないもんなぁ」
優しく微笑んだ後にいいコいいコ。  カンペキにコドモ扱い。