
保田圭 プッチホン
7回目のベルで受話器を取った圭。名前を聞かなくても声ですぐわかってしまう。
「どうしたの、こんな時間に?」
「うん、なんか眠れなくてさ」
「……明日だね」
明日香が娘を離れてまだ数ヵ月というのに、明日にはもう娘がひとり増える。
「どんな子なんだろ?」
「関係ないよ。誰が入ってこようと、あたしは絶対負けない。圭ちゃんだってそう
でしょ?」
受話器の向こうから聞こえる力強い声に、不安で少し自信のなかった圭も、自然と
言葉に力が入る。「もちろん」
「あたしたち、いままでくやしい思いしてきたよね。だから、がんばってみんなを
見返してやろうよ」
「うん」
「あたし、ユニット組むとしたら、圭ちゃん以外考えてないから」
昨日から降り続く雨が、さらにはげしさを増している。
「ホント?」
「うん」
その言葉を聞いて、圭は遠く離れた相手をすぐ近くに感じていた。
「……うれしい」
受話器を置いた圭は、カーテンを開くと、濡れている窓ガラスに身体を寄せた。
人差し指が、ついさっきまで話をしていた娘の名前をかきはじめる。
『さやか』
窓の向こうの暗闇に、一瞬、カミナリが光を差した。
明日は晴れるといいな。圭はカーテンを閉じると、机に向かい、恋という字を辞書
でひいた。
だんだんと近づいてくるさやかを見て、圭の顔に笑みがうかんだ。
手を伸ばせば届く距離。
「おはよう」ふたりの声がかさなる。
さやかはサングラスをとる。「髪切った?」
ほんの少しの髪型の変化にも気づいてくれる。そんなささやかなやさしさでも、
圭の心に大きく響く。この先なにがあっても、私はこの人から離れない。
その先を曲がると、ひとりで待っている新メンバーの金髪が見えた。
「後藤真希です。13歳です。よろしくお願いします」
年齢を聞いた娘たちは、大人っぽい容姿とのギャップに驚きをかくせない。
圭は、さやかを横目に見た。口元に薄い笑みがうかんでいる。
外では、一昨日から降り続く雨が、さらにはげしさを増していた。
コイツは使える。さやかは真希に歩み寄ると、ムチを振り下ろすように右手を
差し出した。
「市井です。よろしくね」
やさしそうな先輩の声に、真希は無邪気な笑顔を見せた。揺れる金髪が眩しい。
まだ昼間だというのに、圭の心のカーテンは完全に閉められた。
窓を開けると、夜の風が冷たく圭の身体をつつみはじめる。昨日の今頃には、
私はきっと笑ってた……。
家に戻ってから、何度も電話をかけ続けている。それでも、さやかは一向に
つかまらない。圭は、1が並んでいる目覚まし時計をカベに投げつけた。
後藤真希。彼女の加入はモーニング娘。を変えるかもしれない。事実、初日
から圭の心を曇らせている。その後まき起こすのだろうか、嵐を。