
Mother
午前2時半。
裕子がそろそろ眠ろうかと思ったその瞬間・・・
携帯の着メロが鳴った。
曲は『ふるさと』
これは、なつみ専用のメロディ。
液晶画面にも「ナッチ」と着信表示が出ている。
「なっち・・・こんな時間にどないしたんやろ・・・」
不思議がって、通話ボタンを押した。
その途端 、
「ゆーーーちゃぁーーんっ。
なっちれぇーす!えへへ〜」
電話の向こうは明らかに酔っ払っているなつみ。
しかも、相当ベロベロだ。
「なっちぃ!
アンタ未成年やろ!
なに酔っ払ってんねん!」
「らにってぇ・・・いいじゃぁん。なっちらって飲みたいときはあるんらもぉーん」
「ったくぅ〜・・・で、
今どこにおるん?
裕ちゃんが迎えにいったるから」
確かに、まぁ今時飲酒未経験な未成年を探す方が難しいくらいではあるが・・・
それにしても、今夜のなつみは明らかに行き過ぎだ。
ここは、いっちょアタシが注意したらなアカンのやろなぁ〜・・・と思いつつ、
裕子はなつみから居場所を聞き出した。
電話で聞き出した場所へと車を走らせる。
・・・最近、仕事が忙しくてロクに休みもとれなかった。
そんな中の久しぶりのオフは明日。
せやから、なっちもついついハメを外してしまったんやろか。
メンバー全員、何かしらのストレスはたまりきっている。
アタシかて、もうレッドゾーンや・・・。
こーゆーときは優しくせなアカンかなぁ・・・。
「あ〜〜〜〜!!もぉ!どないしろっちゅーねん!」
ひとり似詰まる裕子。
ほどなくなつみがいる店に到着した。
かまわず路駐し、店の中に入る。
薄暗い店内。
ひしめく人達。大音量で流れる音楽。
裕子は店の中を見回してなつみを探す・・・が、見当たらない。
「どこにおんねん・・・まったく・・・ヒトを呼んどいて・・・」
なつみが心配のあまり、ついつグチもこぼれる。
・・・大声で呼ぶわけにもいかないし・・・しゃーないな・・・探して歩くか。
・・・と、裕子が動き出そうとしたとき、ポンと後ろから肩を叩かれた。
「ゆーうちゃんっ♪」
「なっち!アンタどこにいたん・・・探したんよ」
振り返るとなつみが立っている。
・・・電話のときほど酔ってはいなさそうだ。
裕子はとりあえず一安心。
「とにかく帰ろ。ハナシはアタシんとこで聞くから」
「えー、裕ちゃんも一緒に飲もうよぉ〜。だから電話したのにぃ」
「もぉ、アカーン!ええか、なっち、アンタは未成年や!限度っちゅーもんがあるねんで」
「え〜・・・」
「えー、も何もないっ!・・・帰るで」
有無をいわさずなつみを引っ張って、車の中へ。
仕方ないので支払いは裕子がもった。
「は〜、保護者もしんどいわ・・・今の経費にならんやろか・・・」
愚痴りながら、もう一度車へ戻ると、なつみは助手席で熟睡していた。
「・・・まったく、しゃーないやっちゃなぁ・・・」
口ではそう言うものの、裕子はなつみが「かわいくてしかたがない」のだ。
優しい目でみつめると、リアシートから毛布を取り出し、なつみに掛けてやった。
「・・・おかぁさん」
小さな声でなつみが そうつぶやいた。
「なっち・・・やっぱさみしいんかな・・・」
裕子は、なつみの頬にかかった髪をかきあげてやると、そう口にした。
なんだかんだ言うても、まだ18やもんなぁ。
親御さんは、遠いところにいてるし・・・。
なっち、甘えんぼで寂しがり屋やしな。
まだまだおこちゃまなんやな〜。
裕子は、なつみを起こさないように、静かに車をスタートさせた。
あれ・・・?眩しいな。
なっち、カーテン閉め忘れたっけ?
コーヒーの匂いもするよ。
「・・・なんでぇ?」
ガバっと起きると、ひどい頭痛がした。
「アタタタタタタ・・・」
思わず頭を抱えるなつみ。
そして、ハタ、と周りを見回す。
この、見覚えのある部屋は・・・
「オハヨ。なっち、よく寝たなぁ」
そして、この聞き覚えのある声は・・・
「ゆーちゃん!・・・アタタタタタ・・・」
自分の声で頭痛がする。
どうやら大声は禁物らしい・・・二日酔いか・・・。
そういえば、ノドも渇く。
「気分はどや?
ん?
いっちょまえにベロベロに酔ってからに〜」
「なっち・・・裕ちゃんに電話したの?」
「そうや。
”一緒に飲もうと思ってぇ”って言ってたで」
コーヒーを飲みながら、からかうようにゆうべのなつみの口調を真似る裕子。
「あちゃぁ〜・・・ゴメンね・・・裕ちゃん。メイワクかけちゃったね」
「メイワクなんてことはないよ。・・・まぁ、飲みすぎはアカンけどな」
裕子は、ベットサイドの椅子を逆向きにさせ、
そこに腰掛けると、背もたれのところにアゴをあずけた。
「なぁ、なっち。 なんかあったんか?
あんなに飲むなんてどうかしてる。
アタシでよかったら、ハナシ聞くで」
なつみは、裕子の優しい言葉を聞いて涙が出そうになり、慌てて上を向いた。
裕ちゃんはいつも優しいんだよね・・・。
なっちの辛いところがわかってて、そこにスッと手を差し伸べてくれる。
タイミングも絶妙。
いつもなっちのこと、見ててくれてるんだろうなぁ・・・。
「なっち、裕ちゃんみたくなりたいよ・・・」
「なぁ〜に言うてんの。おだてても何もでぇへんよ」
いきなりのなつみの発言にテレる裕子。
「なっちは、なっちなりの良さがあるやん。
・・・アタシはそんななっちが大好きやねんで」
「ん・・・ありがと・・・でもね・・・」
うつむくなつみ。
「でも、どないしたん?」
「なんかさ、なっち、このままでいいのかなって・・時々思うんだぁ。
わけもわからずに走って走って・・・いま、なっち息切れ寸前だよ」
「・・・」
裕子は、なつみに話させるために、余計な相槌はうたずに聞き役に徹した。
「こんな状態で、
ファンのみんなにイイもの見せることができるのかなぁって思う。
・・・上手く言えないけど、もっとなっちたちのペースでやりたい。
いろいろ考える時間も欲しいよ」
布団をポンポンたたきながら喋り続けるなつみ。
「ごっちんだって、体調崩してるでしょ。
学校とお仕事の両立だから、当然だよね。
・・・ねぇ、裕ちゃん。
なっちたちこのままでいいの?
このまま、走りつづけるしかないのかなぁ?
・・・なっち、わがままかもしれないけど、疲れちゃったよ」
「なっち・・・」
「わかってたことだけどさ・・・
みんながみんな、なっちたちのことを理解してくれるわけじゃないっしょ。
こういう世界で生きていくには、見たくないもの、聞きたくないこともどんどん情報として入ってくるし・・・。
見るものすべて信じちゃいけないって思うけど・・・辛いよ」
そこまで言うと、なつみはポロポロと堰を切ったように涙をこぼした。
裕子はそんななつみをじっとみつめていたが、やがて口を開いた。
「なっち・・・なっちは、歌を捨てるんか?」
裕子の言葉になつみはパッと顔を上げた。
2人の視線が合う。
「なっちは、歌が好きなんやろ?
それで、オーディション受けて、
1回は落ちたけど、こうして娘。になって・・・
今までたくさん辛いことあったやん。
それを全部乗り越えてこれたのも、歌が好きだったからやろ?」
なつみは黙って聞いている。
裕子は続けた。
「こんな世界や。
辛いことが多いんは、ある程度覚悟してなあかん。
強くならなあかんねん。
なっちも言うてたやろ?
”強くなりたい”って」
「ん・・・」
「でも、すべてをガマンしろ、とは言わへん。
辛いときは、アタシでよかったら甘えてええんよ。
裕ちゃんが、なっちの東京のオカンになったるから。
・・・な。もうすこし一緒にがんばろ・・・投げ出すのはいつでも出来んねん」
小さく頷くなつみ。
裕子は笑いながら
「・・・なんてカッコええこと言ってるけど、
ホンマはなっちと離れるのがいややねん。
アタシは、歌ってるなっちが好き。
いつまでも、なっちが歌ってるのを見てたい。 ・・・すぐ側でね」
そう言うと、裕子はなつみをそっと抱きしめた。
一瞬小さく身体を震わせたが、なつみはそのまま裕子の腕に身体をあずけた。
「裕ちゃん、ありがと。
なっち、裕ちゃんに出会えて良かった。
なんか、忘れてた大事なものを思い出させてもらったよ。
・・・またこれからも、なっちが弱音吐いたらしかってくれる?」
そう言うと、なつみは裕子に向かって笑顔を見せた。
もう迷いの色は、その顔にはなかった。
「あったりまえやんかぁ!
・・・だから、ひとりで溜め込んだらあかんで」
「うん。 わがままな娘でゴメンね」
「まざぁ〜♪・・・ってかぁ?」
裕子が歌うと、2人はオナカを抱えて笑い転げた。
「アタタタタタタ・・・頭痛いんだったぁ〜」
「まったく・・・自分のペースも考えんと飲みすぎるからやで。
今度裕ちゃんが飲み方教えたる」
「ホント?」
嬉しそうに裕子を見るなつみ。
裕子はニッコリと笑って、
「ホンマやで。ただし、なっちがハタチになったらな〜」
「なぁーんだぁ〜。ケチぃ」
もう一度笑いが起こる。
「あ〜、ナンカやる気でてきたよぉ。明日のお仕事たのしみぃ〜」
「またまた・・・ゲンキンなやっちゃなぁ」
うーんと大きく伸びをして、なつみが言った。
裕子はそんななつみを見て苦笑いしている。
なつみは、窓の外に目をやった。
気持ちいいくらい晴れわたった空。
ふわっと吹き込んだ風が、カーテンとなつみの頬をなでていった。
わがままな娘でごめんね、Mother・・・。
【おしまい】