
はろろー 辰田 淳一
いつものように、僕は無線機のスイッチを入れる。
アンテナを立てて、周波数をあわせてから、ボリュームのスイッチを回す。雑音ばかりが僕の耳に入ってくる。
「はろろー」
いつまでも続く雑音のストームの中に呼びかける。なんかよく分からない呼びかけは、僕たちの決まり事。すっかり慣れてしまったけど、冷静に考えてみるとちょっと恥ずかしくもある。
「はろろー。ユウジ?」
スピーカーの向こうから声が返ってくる。
「アスカー。そっちは元気?」
「元気元気ー。この前風邪引いて大変だったけどね」
アスカの声はちょっと高くてふわふわとした……本人に言ったら気を悪くするけど、率直に言えば、いわゆるオコサマ声。本人曰く、外見は背は低いけどすらっとして大人っぽいらしいんだけど……。
「そう言えばさっき、久しぶりにタローからの通信があったよ」
「おお、久しぶりだ」
タローは中学生らしい。らしい、というのは、この無線機で聞く声しか知らないから。
本名も顔も僕らは知らない。そんなことはどうでも良かった。無線機の向こうで話している誰かが存在しているのは、間違いない事実だったから。それ以上のことは僕たちには必要ない。それだけで、僕たちはお互いを親友だと信じられるから。
「両親とけんかして拗ねてるんだって」
「あはは」
反抗期らしいタローはよく両親となんだかんだで揉めている。
「今日は他にはいないの?」
僕が訊くと、アスカは
「いないみたい」
「珍しいねー」
「じゃ、今日は二人っきりの秘密の時間だね♪」
アスカがちょっと声を作りながら言うと、いつもの調子だとはいえ今でも少しどきりとする。
僕たちはいつもこういう調子だ。
わざわざ無線機を使って話す必要なんてないような、どうでもいい雑談。あるいは馬鹿話。……そんな時間が、何よりも楽しくて、貴重だった。
ちらりと窓の外を見る。……僕の住むこの街から、星空は見えない。代わりに見えるのは、無機質な白い壁。……僕たちの世界を覆うシェルター。
満天の星空を、僕はプラネタリウムの映像でしか知らない。
僕が生まれる少し前に、この星では大きな戦争があった。……長い戦争を終えたのは、どちらの軍でもどちらの政府でもなく、どこからか起こったデマが発展して起こった一つの事故だった。
その時、僕たちの住む星は、もう人間の住めない星になってしまった。
幸いに、その時の世界には、もしもの時に備えた無数のシェルターがあった。……その一つ一つに、僕たちは暮らしている。
近くのシェルター同士の中には、何とか連絡を取ったり行き来が出来るようになった所もある。でも、ほとんどのシェルターとは、今はもう電波でやり取りするだけしか出来ない。
僕たちみたいに。
雑談が不意に途切れたとき、僕は確認するように言った。
「アイツからの通信、入った?」
もう慣れたいつも通りの台詞。
「ううん」
いつも通りの答え。そして、しばしの沈黙。
この周波数で、僕たちが毎日のように話すようになってから、どれだけの時が過ぎたんだろう。
空白のはずの周波数で偶然見つけた話し声。そこで会った、アスカやタローや、あと数人の人たち。……そして、マルケーと。
他のコロニーともかなり外れた孤立したコロニーに住んでいるらしいマルケーの話は、誰よりも面白かった。町中でのありふれた喧嘩の様子も、彼の手に掛かるとまるでドラマの一シーンであるかのような大スペクタクルに早変わりしていた。……そういう道化役だけでなく、悩んだり困っていたりすると、誰よりも親身になって話を聞いてくれるのも彼だった。年は知らないけど、この場のみんなの兄貴、と言う感じだった。
「あれから、もう何日になるんだっけ」
聞くとも無しに僕は無線機に話しかける。
「1ヶ月……超えたよね」
アスカがぼんやりとつぶやいた。
あの日、普通に僕たちと会話していたマルケーは、突然に返事を返さなくなった。……それ自体は僕たちの間ではよくあることで、電波が悪くなったり、あるいは無線機の電池が切れたりと、様々な理由で突然に通信が切れてしまうことは珍しくもなかった。
でも、次の日も、その次の日も、マルケーの声が通信機に入ることはなかった。
そして、僕の耳に入ってきたのは、彼の声ではなく、一本のニュースだった。
彼の住んでいるコロニーとの連絡が、途切れた、という。
僕は……いや、僕と仲間たちは、今も毎日、この周波数でいつも通りに会話を続けている。コロニーがどうなったのかは分からない。危険な外の世界を抜けることはまだ出来ない。……でも、住人が全滅したとか、そういう知らせも全く入っていない。
まだ、何も分からない。
「いつか、アイツ帰ってくるよね」
言い聞かせるように、アスカがつぶやいた。
「ああ、……きっと」
僕は何度も何度も、無線機の前で頷いた。
今日もアイツの帰りを待って、僕たちは呼びかけ続ける。
はろろー。
はろろろー。