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−雑記らくがき帳−

不定期日記です。なんの推敲もなしに勢いで書いてます。
そもそも語尾のデスマス体とダアル体からしてむちゃくちゃですが……気にしない気にしない。
本人が気にしないことに決めましたから(^^)

2010年1月現在、日記はこんな感じで分散してます。
  • 雑記らくがき帳(このページ)
    一応ここがメイン日記の扱いです。
  • 雑記らくがき帳別冊(ブログ)
    出先投稿とか思い付いた時の文章とか。最終的にはこのページに転載していく予定です。
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    一言コメント系。実は更新頻度高め。

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2011年3月31日(木) 「12年目へ」

 どこかに本当の自分がいるなんてそんな馬鹿なことを呟く気はないですし。
 あの頃に戻れるなら悪魔にだって魂を売り渡すとか言ってみたところで本当に戻れるなんて思ってはいません。
 ……それでもあの頃のような輝きを少しでも取り戻したいとどうしても思ってしまうのです。

 もはやtwitter以外止まりかけていて、「辰田淳一」名義での活動は途絶えて久しい。同人ADVのシナリオに関わったり、12月に書いた通り短編も書きましたが、それも全て別名義。「辰田」という名前がそろそろ違和感のある名前に変わり始めてもいます。むしろ創作サークル側の名前が今も半分現役だというのに。

 もうこのサイト閉じてもいいよね? と何度も思いました、けど。

 私はまだ帰りたいんだ。
 辰田を名乗ってこのサイトがいっぱい更新されていた頃は、本当に自分がいちばん輝いていた頃で。
 きっとこのサイトを閉じて辰田を完全に名乗らなくなる日は、あの頃の輝きを自分が諦めた時なんだと思うのです。……正直、まだ戻れない名前でもある。
 年齢の癖にあまりにも青臭いことを言っているのは分かってますよ? 少なくとも私が思い描く30歳というのはこんな青臭い人間じゃない。いや、それは知ってる。

 でも。もう叶わないものも色々と出来てしまったけど、「辰田」の持っていた輝きのいくらかでも取り戻したいのです。
 それが諦められないうちはこのサイトは残るんでしょう。……まぁ正直、ばっさり止められる時期は過ぎちゃいましたし。それに、あの頃に出会った人たちとの縁がばっさり切れてしまったら、それはそれで寂しいですよ。遥か縁遠くなった人でも、何かの時にふと思い出した時に、昔のままのこの場所にたどり着けたらいいな……と思ったりもします。

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 昔のプリクラとか今でも持ってるわけですが、隣にいる人のことを棚上げしても、楽しそうな目を見ていると本当に輝いていたんだなと思います。
 少し前までは本当に恋愛感情を持てる誰かが、前に振られてからの一定間隔で現れていたのですが。片思いでも。その片思いサイクルすら消えてしまっているここ最近。正直、「この人はもっと深く知ったら絶対にもっとどんどん好きになる」という人は存在しても、物理的な距離がそれを拒んでしまう。それは片思いに過ぎないわけですが、それすら離れている自分には片思いの相手でいいから欲しいです。この人にふさわしい自分になりたい、とか。

 3月も終わりです。このサイトも11年を越えました。少なくとももう暫くは続きます。

 考えに耽っているうちに嘘ばかりが跋扈する日になりましたが、3月31日付で書いているこの日記には嘘はありませんから。
 今の現状でそれをすると相当立場が悪くなること、全てを失った場所であること、それら何もかもを承知で、大学院の残り1科目を拾いにいくことを選びました。……この半年は色々と蹉跌の日々でした。会社のことは最近は滅多に書かないことにしてるのですが、
 

2010年12月12日(日) 「生きてます」

 えっと、何だか最後の雑記があんなのでコーネルメソッドの話はアップするの忘れたまま放置してて。で、何気なく自分の名前でぐぐったら気になったのでちょっとだけ。

 少なくとも完全に諦めたつもりはないですよ。

 その辺何を言っても今は口先にすぎませんし、実際に全然新作を出せてない状況に対して何一つ否定はできませんが、完全に諦めた撤退した、と言われるのだけは本意じゃないのでここにきちんと書いておきます。止めたのは新人賞受賞者リストだけ。

 底からは戻ってきたと思ってます。ここで公開するには至ってませんがリハビリ的な短い新作も今年は書きました。
 もちろんここで口にすることで自分を奮い立たせる効果もあるんですが。twitterではなんだかんだしゃべってますが、きちんと新作をお見せできる時までは、この雑記はあまり更新しないことにさせてください。戻れた暁には再開します。
 今の私がモノカキとしての自分について何を書いても言い訳ですから。

2010年9月5日(日) 「コーネルメソッド」

 文房具を見るのが結構好きなのですが。以前熱心に見ていたシャープペンとボールペンは現在それなりに自分の手に馴染むものを手に入れたので、この前はノートを見に行ったのです。会社で使っていたのが無印良品のノートだったのですが、正直ファミマで慌てて買ったもので。高校時代から分かっていたはずなのですが無印良品の文房具なんて使う物じゃないわけで。
 ノートなんてどうでもいいじゃんと言われそうですが筆記用具に良いものを使うと気分が違うわけで。手帳を毎年選ぶのも同じようなものです。

 と、そんな感じで文房具屋に行って。取り敢えず凡庸ながら使いやすさが安定しているキャンパスノートは買うつもりだったんですが、面白いものはないか、と思って眺める。最近は東大生ノートがちょっと流行りですがどうも食指が動かない。――ちなみに東大生ノートの本を出した太田あやさんによると、京大生のノートは自由奔放だそうです(文藝春秋サイト)。なるほど色々高校時代の友人とか思い浮かべても納得。と言うわけで自由奔放の側である私には残念ながら合わない。少なくともあまりぴっちりと美しく書くタイプではありません。

 ( l l)あ、京大生ノートあった。  まぁスイング・ロジカルノートは売ってなかったか目に付かなかったかどっちかだったのですが、ノートを眺めていて知ったのがコーネルメソッドってやつで。普通の大学ノートの値段から考えると高いわけですが(※実売で200円超えてました)、まぁノート1冊で何か変わるのならいいやということで買ってみました。会議とか指示とかをまとめるのに良いかなと。ちなみに自分の思索とか思考整理用にはA5サイズのキャンパスノートを買いました。

 いや。
 これホントにいいです。使い始めて半月経ってないですがもうこれじゃないと駄目なくらいに。
 さっきのリンクに沿ってゾーンを書くと、当初サマリー・エリアとなるCゾーンの使い方がピンと来ずに試行錯誤してたんですが、現在はAゾーンは書き殴るメモ、Bゾーンはインデックス的な要素(記入日と会議名とか)+要点の箇条書き、そしてCゾーンはToDo=するべきことをまとめることにしています。要するにBゾーンは内容のまとめで、Cゾーンはそれを元に自分がやるべきこと。コーネルメソッドの本来の使い方じゃないのかもしれませんが、このCゾーンの使い方を発見した瞬間に手放せなくなりました。今までぐちゃぐちゃでよく指摘点を忘れていたのが激減。
 ノート1冊で変わるんだなぁ本当に。自分でもびっくり。

 と言うわけで普段使う文房具はもっと色々探して行こうと思った私なのでした。でもこれってさ、普通のノートに線を引けばいいんじゃないかというツッコミは却下です。

2010年6月14日(月) 「復活+小豆島オリーブマラソンのはなし」

 リストの方の掲示板にも書きましたが、新人賞受賞者リストの更新を停止しました。

 ――自分にとっても色々な感慨はあります。
 だんだんと作家志望だった辰田淳一から遠ざかって行く中で、正直言えば、新人賞受賞者リストは自分とその世界を繋ぐ紐帯でした。要する情報量から言っても、多分一度手放してしまえば二度ともう一度このリストを更新することは出来ないだろうと。
 そんなことを思って、何とか更新したい、と思い続けていたのですが。

 もう、更新しようにもそれだけの情報収集が出来ていないのですよ。
 ライトノベルの世界は広がりすぎて。――私は今でもライトノベルの世界に留まり続けてますし、いちばんツボだと思っている部分はその中にあるのですが、反面、自分の琴線に触らない部分のライトノベルもありますし、その割合が大分と広がってしまっている。義務感だけで更新していくには、正直厳しくなってしまいました。そして学生時代のようにはそれに時間を割くことも出来なくなってしまった。

 実は今日は振休をいただいてお休みだったのです。
 所用で岡山駅前に向かって自転車を漕いでいて、ふと思ったのです。もう、無理だなと。仮に無理に更新したとしても、また更新は止まるし、止まるたびに多分更新に要する作業の困難さは上がっていく。

 少し性格の悪いことも言えば、多分更新停止を宣言しない限り、このサイトを継いでくれる人はいないだろうな、とも思いました。同じものを2つ更新していく必要はないですし。だから、私は潔く辞めるべきなのかもしれないと。

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 一応このサイトは小説サイトでリストはそのついでという建前は最初から最後まで保ち続けていましたが、その気持ちの裏で、ネットでいちばん情報を集積したサイトを持っている、というのは自分の誇りでもありました。それを手放すのは正直寂しくはあります。あのリストを手放した時に、こんなたまにしか更新されないサイトにいったい誰が来てくれるんだろうとも思います。

 実際3月の10周年の時にはまだリストを続けていくと書いていたわけで、何を発言してみたところで言葉はこんなに儚い。
 リスト閉鎖がいよいよ、このサイトでありモノカキ辰田淳一の消えゆく流れの象徴ではないのかと言われたら、何も反論は出来ません。実際、もしかするとそうかもしれないな、という気持ちはあります。その前にもう一度辰田として長編を投稿したい、という気持ちは今も強く強く持ち続けていますが、実際に全く書けていない現状を見ると、それすらも「受賞者リストを続けていく」という言葉と同じで、空虚でいつか自分で悟ってしまうものなのかもしれません。

 それでもまだ気持ちが残っている限りは続けて行きたい。
 いまは誰に気兼ねすることでもないわけですし。

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 自分はプロ作家になりたいんじゃなくて認められたいんじゃないかという話題がチャットで出て、ああ、確かにそうですね、とあっさり答えたことがあります。
 お金を稼ぎたいと思うより認められたいですし、自分が本当に面白いと思って自分自身で大好きな作品が新人賞で1次も通過しなければ、こんな思いをするなら新人賞に送るのはやめよう、と思ったこともあります。でも、こんなネットの隅っこに置いておいたって、多分ほとんど誰も読んでくれないから。だったらやっぱり、読んで欲しかったら、誰かの心を自分の書くもので揺り動かしたいと思ったら、それを1人でも多くの人に伝えたいと思ったら、投稿するしかない。
 最初の話題を私に問いかけたのはプロ作家さんで。
 「貴方がプロになれることは無いと思うから」なんてはっきりと言われたこともある。でも、このジャンルが売れるとかそういう意識の前に、書きたい、ぶつけたいものを書くことなしでは、私には書く意味なんてないのですよ。もちろんたくさんの人に読んでもらえる、あるいは売れるものはどうかという意識を放っているわけではないですよ? でも前提が逆なら、自分は作家になろうなんて思いもしない。そんな面倒なこと誰がするんですか。

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 なんか切なさとか寂しさとかがどうしようもなくなって、某ブラウザ系ネトゲで朝までチャットしてました。最近久しぶりに居心地の良いチャット場所を見つけた気がする。
 色々と吐き出すと大分すっきりしました。おしごとがんばろ。

2010年6月2日(水) 「復活+小豆島オリーブマラソンのはなし」

 小豆島から醤油は3本持って帰った訳で。うち1本は参加賞でもらった普通のこいくちで、あと2本は土庄港で買って帰ったたまごごはん用とうどん用。

 で、うどん用――というのか「醤油うどんだし」と書いてあるわけですが――を朝食で使ってみました。
 あ、これは美味しい。
 卵1個落としてちょっと釜玉風にしてみたんですが。お店の人は3倍に薄めて使ってねと言ってましたが、ラベルに書いてある通りに直接かけて使って美味しかったです。もっとうどん食べよう……。

 しかしちょっと高めのだしを買ってもうどんの方が1玉19円なのでした。ちゃんちゃん。

2010年6月1日(火) 「復活+小豆島オリーブマラソンのはなし」

 Twitterにすっかり慣れてしまうとこっちの雑記を書かなくなっているわけで。……何だろうな。短く呟くのはそれはそれで非常に便利だし面白いんですが、何だか長文でじっくりと色々考える時間も持たないと駄目なような気がします。
 そう思い付いたのがちょうど6月1日だったので雑記も再開することにしました。3日坊主になりませんように。

 近況ですが。
 取り敢えず無事ダメ社員を続けております。まぁ正直色々と酷いなぁと自分でも思うことはあるわけで、新人研修を一緒に受けた他社の人の話とかを聞いていると何とか言いつつ恵まれているんだろうなと思います。あるいはそれなりに水が合った会社に入れたのかなぁと。とは言え今までは新人だとして大目に見てもらえてたところもあるわけで、後輩も出来ますし頑張らないとなぁと思いますね。

 ここ数ヶ月は月末になるたびに納期に追われて忙しくなり、それを過ぎると一段落、というサイクルで暮らしていたのですが。今月は月の半ばにもちょっと山場があるのでもしかすると忙しくなるかも知れません。その代わりその山場を越えたら次の仕事は白紙なんですが。

 最近のトピックスとしては。
 5月23日に小豆島でハーフマラソンを走ってきました。2回目ですが結局1回目よりタイムを落としたので何とも不本意――ではありましたが、まぁ雨中を走ったのは初めてなので仕方が無いですか。
 前回は早朝から行ったのですが、今回は前日から島に入って1泊しました。――小豆島オリーブユースホステル。ユースホステルに泊まるのも数年前の天川ユースホステル@奈良県以来で(――去年秋に泊まった瀬戸田ゲストハウスは今はユースホステルじゃないのです)。全体的にちょっと建物が古くなっている印象もありましたが(――トイレのドアの端が見事にささくれてるとか)、良いユースでした。夕食・朝食ともにバイキングだったのにびっくり。普段なら嬉しいんですがマラソンの直前の朝食でバイキングって食べられませんっw
 人数が多いユースは談話室で色々話せたりと宿泊客と交流できて良いですね。来年も泊まりたい気分。

 でもって、ハーフマラソン本体は――正直ペース配分に失敗した感じ。前回飛ばしすぎてバテた教訓からあまり周りを抜かずに行こうと思ったのですが、今度は逆にペースを抑えすぎて明らかに配分間違えました。しかも結局飛ばしても飛ばさなくても最後にはバテるということもよーく分かりましたとさ。ちゃんちゃん。
 要するに事前の練習不足です。親不知を抜いたので直前に全く走ってなかったのが効きました。
 前半はそうは言っても良かったんですよ。ちょっとペースが遅かったとはいえ、確実に刻めてるかなと思ってました。ところが8kmぐらいから徐々に1kmラップが落ちてくるわけで。8kmぐらいまでは市街地を往復するコースだったのですが(途中の醤油工場の前では良い匂いが♪)、そこからは人里離れて岬の分教場へと海沿いを走っていくコースで、きっと晴れていれば見事な景色だったのでしょう。雨でしたけど。そして2度目の折り返し点の14kmぐらいからもう足が全く動かなくなってきました……。後はもう歩くのが精一杯で。
 根性入れればもう少し歩かずに済んだかも知れませんが、現実問題としてもう最後はスパートしようとしても、足が攣る寸前で全くスパート出来ない状況でした。と考えるとやっぱり運動不足とかそういうやつです。

 制限時間になっていないのに交通規制が解除されていて、歩道を走る羽目になったのはちょっと寂しいものがなくもなかったです。

 ちなみにこの大会はお土産が充実していると聞いていたのですが、確かに袋にいっぱいのお土産をいただきました。醤油に素麺に海苔の佃煮にハンドクリームにめんつゆに他にもこまごま。ついでに湿布があったのはすっかり忘れていて実は昨日カバンに残っているのに気が付きました。
 まぁ醤油は結局普通の以外も帰りのフェリーターミナルで買って帰ったんですけどね! たまごかけごはん用醤油とかうどん用醤油とか。たまごかけごはん用醤油は知り合いが美味しいと書いてたので手を出してしまいましたとさ。
 しかし失敗したのは醤油ラムネを買わなかったことですっ。坂手港で売ってたんですが、そこで手を出さなかったらそのまま土庄港では手に入りませんでした。美味しそうに思えないって? え、ネットでも美味しいって話はないですよ? ネタですよネタ。

 と言うわけで早くも次の大会を探し始めた辰田なのです。まぁ夏は暑いのであまり大会は開催されませんので、次は秋口ということになりそうですが。ハーフも良いですが、10kmを思いっきり走ってみたいような今日この頃。

 と、普通に書いたところで今日はおしまい。夜遅いしね。

2010年3月27日(土) 「10年」

 納期に追われてちょっと遅れてしまいましたが。

 2000年3月24日に開設したこのサイト。無事10周年を迎えることになりました。随分と長く続けてきたものです。
 10年前の私はまだ大学1回生で、司法試験を受けて弁護士になろうとか思っていて。まぁ色々と考えていたとは思いますが、まさか10年後の私が岡山でIT企業に勤めているなんて考えもしなかったと思います。……いや、10年前の私なら、きっと今頃は作家としてやっていると思っていたのかもしれませんね。

 例えばサイトを作った2000年3月から10年前の1990年と言えば私はまだ小学3年生。10代の10年と20年代の10年を単純比較は出来ないと思いますが、それだけの時間なんだなぁ、と思うと本当に長いことやってきたんだなぁと思います。アドレスも当時のままですし。現在の新ジオは新しいタイプのアドレスになっていますが(うちで言うとhttp://www.geocities.jp/dragon_puddy/ですね)、まだ旧タイプのアドレスのhttp://www.geocities.co.jp/Bookend-Ohgai/8783/も使用可能ですし、私自身も旧アドレスを使用してます。ちなみにこの番号を選んだのは「花屋さん」の語呂で覚えやすかったというどうでも良い記憶。兄の結婚相手が花屋さんだなんて当時は想像もしませんでしたが。

 岡山での生活もやっと1年が過ぎ、春になれば新入社員も入ってきます。と言っても最初の1週間はこっちには来ないはずですし、その後も5月末までは集団研修を受けているので、こちらに配属されるのは6月のはずですが。

 本当は。
 10年という一つの節目ですし、ここで辰田としてのサイトを閉じるのも一つの方法かなと思っていたんですよ。小説サイトとしての機能はほとんど果たせていないですし、投稿もブランクが開いてしまっている。半分休眠サイトと化している別サイトの方に軸足を移して、辰田としては終わりにしようかなとも思ってました。
 それでも思うのは、もう一度だけ辰田でちゃんと投稿しようと。それで駄目なら終わってもいいけど、自分のベスト作品をもう一度だけ辰田として書こうと。
 その思いは今でも薄らいでいません。
 今実は更に別サイトで、定期更新型ゲームのPL名義のサイトを作ってます(――これは終了後にこっちに統合する予定です)。いわゆる毎週更新でイベントが起きる、昔で言うPBMみたいな存在なのですが(――というのか実は大昔はこれをネットゲームと言っていたらしいですが。最近までそっちの会社が「ネットゲーム」の商標を持ってたようです)。そっちでは日記という形でささやかながら連載も行ってます。自分と周りのキャラを題材にした半分二次創作めいたものですが、少しずつ自分の創作を垂れ流していく環境には戻りつつあります。
 これから仕事も忙しくなってくるかもしれませんが、もう少しだけ頑張ってみます。頑張らせてください。
 まだ作家志望をやめたわけじゃない。

 で、その別サイトですが、色々考えた末第2サイトとして連結する形にしました。……まぁ正直あっちはあっちで愛着がありますし(5年の月日が経っている分こっちよりはデザインも落ち着いてますしね)。ブログや日記でずっと「別のところ」「別サイト」と記してきたのはほとんど向こう、「りんりんりんふぁ」です。読者に分からないような形で別サイトを書くのは不誠実だと言われたこともありましたが、まぁこういう地味なサイトをやってました。あそこに軸足があったころは向こうだけ更新してたので、あっちにしかない小説もちょっとだけあります。
 正直向こうの更新も止まって久しいので、もう良いかなと。正直全く閲覧されていない状態ですし。――重複コンテンツとかは徐々に整理する予定です。
 それにしてもaaacafeはどんどん広告が激しくなってるなぁ……。ライブドア運営なのですが(というのか買収された)、募集停止して久しいし無料掲示板も終了したし、無料HPスペースもいつまで続くのかちょっと怪しい気がします。

 まぁもう一つ、向こうのサイトはどうしても閉じられない理由があるのですよ。「わかるひとにだけわかる」ようにしか書けないそういう理由が。

 閑話休題。

 10年も経つと環境も激減してしまうわけで、実際このサイトがいちばん更新されていた頃のような状況には戻れないようです。
 ただ、岡山に来て1年経って思ったのですが、ようやく精神的な状態は2003年以前のような前向きな状態に戻って来たようです。もちろん仕事ではまだまだ自分の無力さばかりを感じて落ち込んでばかりですが、遊びに行ったり、色々やってみようと思ったり、そんな気持ちの余裕は帰ってきてます。
 ボーナスから少し間が空きましたが、今頃になってPS2を買いました。ゲーム機を持つのも何年ぶりか分からない――というのか本体を買うのは初めてかもしれません。中古ですが。読み取りが酷い状態でいかんこれは安物買いで損したなと思ってましたが、ネットの情報を参考に分解掃除したところちゃんと動くようになりました。
 気持ちの余裕を大切にして歩いていきたいです。

 改めて考えるとこのサイトも10年間基本的なデザインは変わってないわけで。もちろん細かい所は色々と変わってますけど、基本的にはHTML覚えて2ヵ月の頃に作ったデザインを踏襲してます。一度リニューアルしたものの原点回帰で戻してますし、当分はこのまま行こうかなと。

 今後のことですが。
 雑記とかtwitterとかは今のペースでぼちぼち行こうかなと。ライトノベル新人賞リストについては……正直、私自身以前ほど動向をチェックできていないのは事実です。ライトノベル界隈の動向情報と自分をつなぎ止めておく紐帯でもありますし、辞める気はないのですが……。正直、ずっと電撃hpを買ってましたけど電撃文庫MAGAZINEになってからあんまり買ってないですし。
 正直、現在の「売れ筋」的なライトノベルに対しては肌が合わない違和感を感じているのも事実です。人気作を読もうとして1巻で挫折したり。……好きな作品は本当に好きですし、「生徒会の一存」とかも大好きだから必ずしもラノベが合わないわけじゃないと思うんですけどね。

 主流からはずれていても、自分が読みたいものや書きたいものを探すとライトノベルに辿り着く状態になるのは事実です。本当に肌に合うのは橋本紡や桜庭一樹といった「ラノベ出身一般作家」の辺りなんですけどね。メディアワークス文庫ってもしかすると私みたいな層を狙ってるのかもしれませんが、今のところツボっぽいのはないんだよなぁ。というのかあの背表紙のセンスの悪さはどうにかならないんでしょうか。並んでる表紙とか見てても思うんですが、どうも無理に一般向けっぽくしようとしてあまり上手くいっていない感が。そして現実に一般向けではなくライトノベルの棚に並んでしまう実情と。
 センスについてはともかく、この実情についてはMW自体はどう思ってるんだろう。とまた話がずれてる。基本推敲無しの垂れ流し主義だとはいえこれは酷い。

 10年も経つと好みが変わるのは当然で。
 例えば私がライトノベルをたくさん読み始める(――そして小説を書き始める)発端はフォーチュンクエストだったのですよ。高校時代からずっと持ち歩いて来たのですが、ちょうど新FQの7巻か8巻辺りで急速に醒めて、とうとう処分しました。最初の方の巻とか結構読み込んで手垢に馴染んでいて、そういう本が売りに行ったブックオフで見事にほとんど廃棄扱いで積み上がっているのを見るのはちょっと寂しいものがありましたが。もうあれに面白みを感じられなくなっていて。整理する時に、読み返すことは二度と無いと思ってしまったのでひと思いに深沢美潮作品は全て処分しました。

 私の初完成作品である「Panic Party」も随分とFQの影響を受けた作品だったと記憶してます。今でも大切な作品なのですが、FQ的な――要するにRPGの要素を露骨に出したような――部分は既になくなってしまいました。魔法も使わなくなったし。
 自分でもいちばん大好きな作品で、だからこそいつかプロでという思いで出し惜しみしていたのですが。
 本当のところ、二十歳ぐらいまでの夢と希望に満ちたような一人称は――もう、書けないのかもしれません。だとしたら今もう一度「ぱにぱー」を書いたところで別の作品なのかもしれません。

 ロースクールに関わった5年間の日々を嘆くのはもうやめようとは思うのですが。

 ――うん。やり直したいです。
 考えてみればこのサイトを作ったのは大学に入って1年、ようやく生活が落ち着いて来た頃。そして今、やっぱり就職して1年。
 一度は伸びたサイトのカウンタも、今はすっかり回転も鈍って。新人賞リスト関係者以外で1日何人回ってるんだろ? やり直すには良い頃だと思います。

 本当は辰田の名前も捨てて、このサイトもリニューアルして、心機一転すべきなんでしょうけど。――それは、辰田としての作品をもう一度書き上げるときまで保留させてください。思い出の作品にするつもりはありません。書き上げて、投稿して、結果が出て、その時にじっくり考えようと思います。

2010年3月1日(月) 「はしってきたよ!」

 テレビ見てたら家庭教師のCMをやってたのです。……電話番号の下4桁、1111。オールナンバーワン、と上に書いてあるわけですが。
 ねえねえ普通はそれオール1って言うんですよ。
 よりによって家庭教師の番号としては有り得ない番号だと思うんですがどうでしょうか。

 でまぁ昨日のマラソンの全参加者の成績が共催している新聞社サイトに載っていたのですよ。実は朝に自分の名前が出ているのを確認して慌てて少しマスキングを増やしました。うわこれ個人情報だだ漏れだと。でもわーいちゃんと公式に完走確認できたよー、とそんな感じだったのですが。
 出社してから一緒に出走した先輩にも教えました。

 で、昼休み明けにパソコンに向かっていたら「名前がないぞ」とその先輩が声を掛けてくる。あれ、議事録に自分の名前入れるの忘れていたかな、と思ったら。

 公式記録から2時間30分以上の人間が削除されてましたorz

 いや、それ自体は制限時間オーバーだから別に納得なんですが。だったら最初は何だったんだと。自分の名前を見つけて気を良くした分がっかりですよ……。

 と、いうわけでリベンジしたいので大会を物色しはじめた私なのでした。小豆島いいなぁ。でも遠いなぁ。

2010年2月28日(日) 「はしってきたよ!」

 今日は東京マラソンもやってましたが岡山ではそうじゃ吉備路マラソンなのです。
 何を突然言っているんだと言われそうですがハーフマラソンを走ってきたのですよ。……はい。素の私を知る人間から見ればええええという話ではありますが。
 本当はもう少し走り込んで行きたかったんですが、多忙だったりして結局あまり走り込めないまま当日を迎えてしまったわけで。

 ウェアの方は一応、吸汗性のTシャツとハーフパンツで。去年ちょっとだけジムに通っていた頃に着てたやつです。で、靴はこういうのを去年の秋に買ってました。会社のウォーキング奨励月間の時に、どうも靴のサイズが微妙に小さい気がして近くの大規模靴量販店で買ってきたもので。準備期間がそれほど長くなかったですし、履き心地も非常に良好ですし(もっと上の値段層のものも履き比べた上で選んでます)、自分の足に馴染んだ靴がいいということで。

 受付開始時間に着きたかったんですが、そうなると岡山6:58に乗らないと間に合わないのです。そもそも本数が多くないので、1本余裕を持たせようと思うと30分近く出発が繰り上がるわけで。そして、平日ダイヤに比べて土休日ダイヤは多少バスの始発が遅い。……となると、困ったことに自転車で行かないと間に合わないわけで朝っぱらから自転車漕いで駅へ。

 吉備線の列車は分かりやすくこれから走りますという雰囲気の人が結構乗ってました。どっちかと言えば裏口ルートなのでまだそんなに多くはなかったですが。(※最寄り駅は総社駅と東総社駅で距離はあまり変わりませんが、3路線が交わる市の玄関駅の総社駅の利用者が圧倒的に多かったと思います)
 東総社駅で降りててくてくと会場へ。到着時刻は受付開始時刻あたりのちょうど良い時間でした。

 取り敢えずのんびりと着替えてプログラムをぱらぱらと見ながら時間をつぶす。
 開会式は出てません。一緒に参加する人となかなか連絡が取れなかったのもありましたし。

 で、9:45に出発。

 さて、初ハーフと言うことで取り敢えず2時間30分の制限時間内にゴールするのが目標でした。と言ってはみたものの、実は10km前後から先は未知の領域、しかも10kmにしてもぶっ通しできちんと走ったわけではなく。大会っぽく真剣に走ったのは高2のマラソン大会@6kmが最後だったと思います。
 そういう訳でペース配分があんまり掴めない。

 2000人近くも参加者がいるので、序盤はぞろぞろ歩くか小走りという感じで。なかなか進まないのですいすいと抜いていったのですが、今になってみるとここは無理せずにのんびり行った方が良かったような気がします。
 2kmぐらいからちょっとした峠があって消耗。
 で、3kmか4kmぐらいから既にへろへろになってる私。

 5kmおきに給水所があるとは聞いていたので、まずは給水所はまだかー、という感じで走り続けます。実は給水所が実際にあったのは5.5kmぐらいで、最後の500mが長い長い。この5kmは確か27分ぐらいだったと思います。まぁ10kmを1時間切ってという感じで考えていたのでこんなものかなとこの時点では思ってました。

 そして段々疲労してくるのです。
 8kmぐらいから徐々に足が止まって来る。というのか歩いても足がしゃんとしないのが自分で分かるのです。7kmぐらいからまた峠があったのでその辺から少し歩いてはまた走り始める感じになっていました。
 10kmは記憶が正しければ1時間8分ぐらい。前回の給水所ではスポーツドリンク一杯だけだったのですが、喉が無性に渇くのでコップをいくつも取ってついでにアメ玉も2個ぐらいもらって行く。

 一応、コースとしてはこの後はわりあい平坦なのですが。
 既に足がかなり来ているのと少し根性が足りてないので相変わらず少し走って少し歩いてを繰り返しながら向かう。確かトマト銀行と書いた真っ赤な服の男女2人組が少し前を走っていて、ずっとそれを意識しながら進んでいた気がします。あと何人か同じような辺りで抜いたり抜かれたりしている人がいたなぁ。
 沿道の人が果物を差し出してくれたのが嬉しかったなぁ。パイナップルを一切れもらったんですがとっても甘くて美味しかったです。あの甘味は疲れた体に本当に効きました。

 今回のコースは14kmに途中関門があって、ここのタイムリミットが1時間45分。正直ちょっと焦ってたんですが、結局通過時刻が1時間35分ぐらいでした。全体の制限が2時間30分なので、ここから7kmを55分。数字的には行けそうにも思えるのですが、もう足が全然前に出ないのでどうしようもない。14〜15kmが10分ぐらい。残り5kmから4kmとか15分近く掛かっていた気がします。正直かなり精神的にも折れかけてたかもしれない。根性ないなぁ。
 あと4kmぐらいで私設の給水所があって横にかりんとうとか置いてあったんですが、パンを取ってみたらアンパンで、正直むっとしてかなり込み上げてた記憶。

 結局2時間30分で辿り着いたのは20km地点の辺りでした。でも特に競走をやめろという指示もないので(――フルマラソンのランナーがどんどん来るので交通規制上関係ないからかもしれません)、そのままゴールを目指す。ようやく見覚えのある道に出たのでそこから最後の数百メートルは最後の力を振り絞ってスパートを掛けてゴール。
 スパートを掛けたら凄まじく足に負担が掛かったらしく、ゴールした直後にカラーコーンに手をついて立ち止まる。一歩でも歩いたらその瞬間に足を攣りそうで。結局、赤十字の人の肩を借りて近くの丸椅子まで連れていってもらいました。

 制限時間を過ぎたはずなんですがちゃんと完走証はいただきました。マスク多いですが、あまり出すと公式記録からあまりにも個人情報だだ漏れなので。無駄な抵抗のような気もしますけど。

 1回走ると色々と悔しかったり反省したりしてしまうわけで、また走りたくなってきてます。次は取り敢えず歩かずに最後まで辿り着けるようにしたいです……。今の感じだと10月の吉備高原マラソンに出ることになりそうですが、その前に10kmぐらいの大会でも一つ出てみようかなぁ、とか思ってみたりもする。

 しかし最大の問題は今も足は酷い状態だという事実で。お手洗いに行くのもロボットみたいな歩き方をしている状態です。明日会社行けるんだろうかと心配になります。帰宅後に4時間ほど寝たんですけどね。お風呂であたためよう……。

 oO(と言うのか、吉備高原の方は制限時間はきちんと止められるみたいで、しかも今回より10分ほど制限時間が短いんですよね……)
 oO(タイムも上げないとどうしようもない)

2010年2月18日(木) 「さよなら6300」

 阪急京都線特急運用から6300系が引退(PDF)@阪急公式サイト。

 京都から実家に帰るときにはいつも乗っていたわけですが、それ以上に思い出すのは、毎週金曜日の夜に歴史研究会の例会に顔を出すために通っていたあの頃で。当時は9300系がデビューしてましたがまだ1編成か2編成程度で、9300系に当たるとすごく珍しかった記憶があります。そして京都に向かう特急は大抵6300系でした。もちろん3扉の特急に当たったり快速急行で京都に行くこともありましたが。

 いつの間にか11編成になったんですね9300系。そして6300系は引退。
 一応4両に短縮されて座席も改造された6300系とは嵐山線で会えますが。

 あの頃、もう一度京都のあの大学に戻れる日を願って願って願い続けて、何とか繋がりを維持しようと通い続けたあの日の列車。

 何かが遠ざかるような気がします。

2010年2月14日(日) 「つぶやき」

 コンテンツというのは蓄積するまでが大変だなぁとつくづく思うのです。で、蓄積してからが色々やってて面白かったりする。

 例えばうちの新人賞リストとか、10年以上も気が付いた時にこつこつ追加し続けたデータだから、preタグで貼ってるだけのあんないい加減な状態でも今もうちのキラーコンテンツになってるのです。今となっては量が多すぎて、今さらpreタグやめてちゃんと表にしたいと思っても無理。

 ……プログラムで変換できないかなぁ。一度考えてみよう。

2010年2月7日(日) 「議員さんサイトは突っ込み処満載」

民主党衆議院議員(比例東海単独37位)吉田統彦さんサイト。

《抜山蓋世》
 力は山を抜き、氣は世を蓋う。

( l l)これ垓下の戦いで最後の出陣前に項羽が詠んだ詩ですよね? いわゆる四面楚歌の中で。
( l l)一見格好良く見えますが、それだけの勢いがあったのに落ちぶれたという詩なのですが。
( l l)要するに劉邦に取って代わられる詩なんですが。
( l l)一瞬天下を取った項羽軍=民主党がこの世の春と思って阿房宮を燃やした末に劉邦軍=他の党に取って代わられることを暗示していると思うのですが……。

 このひとそれ分かってるんだろうか。

( l l)というのかこの構図ってアレですよね、項羽が小沢で、楚の懐王が鳩山ですよね。この比定が正しければ鳩山を傀儡にして、そのうち小沢が実権を握って鳩山を追い落として、そのうち劉邦っぽい誰かとの争いの中で敗北して、最後は四面楚歌の中で故郷を前にして自刎っていうか引退すると。何、この史記そのまんまをしゃべっただけのものすごーく適当なのにありそうなシナリオ。
 虞や虞や汝をいかんせん、と。  虞美人相当は見当たりませんが……。

2010年2月5日(金) 「終わらない」

 金曜日なのですが一週間終わった気がしないのです。時間外が出なくてもいいから明日も明後日もとにかく出社して仕事をしなくちゃいけないような気分で。
 まぁ端的に言えば、本来指示を出すはずの人間が不在のまま、私が1人でこつこつ作業を進めないと行けない状況が続いていて。そして明らかに当初の予定進捗よりは遅れていて、その予定がどのくらいの余裕を見込んだ予定なのかが分からない。  どうしたものか。……まぁ、月曜日を待つしかないです。無理しても仕方ないです。

2010年2月2日(火) 「読書記録」

 「滝山コミューン一九七四」(原武史、講談社、2007年)読了。どう言葉にすればいいのか分からないですが、これは怖い。東京の団地を舞台に、著者自らの小学校時代に体験したいわゆる左翼系全盛期の小学校教育、という感じなのでしょうか。特に集団主義的な。
 布団の中で読み終わって、寝ようとしていたのにもう一度ベッドから出てちょっと雑記を綴りたくなるような、そんな凄まじい力を秘めているような。端的に言えばホラーだと感じました。空恐ろしい。――客観的な部分が少なく終始著者の主観から終始語られるのは多少注意が必要ですが(著者は学者さんで――正直、学者さんというのは多少ひねくれていることが大半だと私は思うわけで)、

 私自身は1980年生まれ。新左翼云々というのはとっくの昔に過去となった世代で。しかも私の育ったのは、団地とかそういうものとは正反対の、古い土地柄が今も強く残る町。かといって過疎とかそういう訳でもなく、全校児童が四桁に乗るか乗らないかぐらいのそこそこの大規模校。
 強いて言えばまだ、教育の世界ではそういう片鱗があったかもしれない時代で。小学校1年生の頃には何度もあった1日使うような全校集会が徐々に減っていったこととか、「6年生を送る会」が段々縮小して、しまいには自分が送られる代に、今までは体育館に集まってやってたのが遠足に出発する直前に校庭でやるようになっていたとか(――当時は寂しく思いました)。あとは児童会があって選挙とかやってたのが確か6年の時に無くなったとか。委員長とかのバッジがあったのがやはりいつしかなくなっていたとか。そういう断片的なことは覚えてます。そういう自分の身で感じた小さな変化を、何となく読みながら思い出していました。ああ、もしかするとこういう大きな流れが消えていく最後の方の断片が、自分の目の前にあったのかなと。一方では、いじめ問題とか荒れる中学とか、そういうものが目の前に来てました――後者については私立中学に行った私は直面しなかったのですが。進学云々と言うよりはそれを回避させるという目的があったようで――。

 その辺の思い出をたぐり始めると、ここに書いて良いのか分からないような思い出がたくさんあります。総体としては決して悪い小学校時代ではないのですが。――まぁ嫌な記憶なら、辰田の名前と20年も付き合ったりしませんし――。

 ごめんなさい全然書評になってないし随想にもなってないですけど。
 読後の思いを何か書き残しておきたかった。それだけなのです。

 それらのホラーめいた世界が、21世紀を迎えた時代には既に郷愁めいた何かに変わっているのです。――多分、この本の本質は暴くとか批評とかそういうものではなく、年を取ってしまった著者の郷愁の一種。私が生まれる前の時代、そこを駆け抜けた人間も、思想も、全てが懐古と変わっていくその光景に、世の無常を少し感じた。名著かどうかは分かりませんが、考えさせられます。

2010年1月27日(水) 「おふろー」

 大阪時代の話ですが、一時梅田ロフトで変な入浴剤を買ってきては試していた頃がありまして。脂肪遊戯とか。ちょっと探してみたら当時の記事がありますねー。ブログ時代の2008年3月4日
 でまぁその時は一過性気味だったんですが、最近になって近所のドラッグストアにもちょこちょこ変なものを売ってることに気付いた。というのかドラッグストアで入浴剤を買うという発想自体があんまりなかったんですが。時々試してみようかと思います。

 でまぁこの1袋200円台の入浴剤で多分いちばんメジャーなのが爆汗湯というやつで。ドンキとかでも売ってますし、まぁちょっと探せばすぐ見つかるような気がするんですが、これの「とろり」というのが結構好きだったりします。というのか異常に汗をかきますが、これで長湯すると体の芯までぽっかぽかです。この真冬に暖房のついていない部屋で服も着ずに(ぇー)ぼんやりしていても平気なくらいですからっ。……いえ。この前同じのを使って風呂上がりにパジャマを着たら、汗が止まらなくてパジャマがしっとり湿ってあとでものすごく冷たい思いをしたんですよ……。汗が止まらないと服が着られない。そのくらいやばいです。
 脂肪メラメラとか書いてありますが。入浴剤だけでそんなぽんぽん痩せる美味い話はないとは思うんですが、確かにこれに毎日長湯していれば痩せそうな気がします。まぁそれを抜きにしても時々入ろう。特にこの季節は体の芯まであったまるのが本当に心地良いのですー。のぼせて少しくらくらするけど。

2010年1月25日(月) 「奇行」

 会社帰りに某安いけど味はイマイチで雰囲気があまり良くない定食屋に寄ってました。……で、漫画の棚があるんですが、並んでいる漫画は薄汚れて、並びも何もかもぐちゃぐちゃ。

 食べ終わった後漫画を返しに行ったら、そのまま気が付いたら20分ぐらいひたすら漫画を並べ替えて揃えていたスーツ姿の私はかなり変な子だったんだろうなぁ自信がある。
 ちなみにその程度では到底揃わないカオスっぷりです。しかも全巻揃ってないのに同じ巻が4冊ぐらいあったり酷い有様。

 ちなみにあそこ、基本的には汚い学食みたいな感じのセルフなので、時々100円の餃子とかだけ注文して水飲みながら居座って本を読んだり小説のネタを練ったりもしてます。設備とか雰囲気で言えば24時間営業のマクドに行く方が良いんですが、あのがらんとした感じは何か作業をするときは妙に落ち着く。

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 最近仕事の進捗が悪いのは結局、するべき仕事の全体像を把握できてないまま指示されたことをやってるから指示を出す人が出張になると何をしていいか分からなくなってるんだと思います。
 幸いなことに、他の同期よりは色々な仕事をさせてもらえる環境にあるのです。
 秋から本格的に業務をこなしてるわけですが、事情有って(――へんなことじゃないですよ?)12月から同期と別の指揮体系にいるので。本来は部として社内で回ってきた仕事をこなすはずなんですが、部を介せずに特定の方の専属補助みたいな感じで働いてます。おかげでちょっと仕事の幅が広い。というのか、むしろ最終的に向こうが仕上げてくれる感じで色々と経験させてもらってます。
 ありがたい立場だと思いますよ。だから時々不安になる。自分がまだぬるま湯にいると感じて。

2010年1月24日(日) 「休日とラーメン屋」

 結構美味いラーメン屋を見つけたので行ってみる。「麺屋 いわ田」というところで。県立図書館に近いので、ここに寄るときはいつも図書館の帰りです。
 今日は折角だからつけ麺にしてみました。うん。美味しゅうございます。前回中華そばにして美味しかった時の期待通りの味でした。

 それにしても接客がもう少し愛想良ければなぁと思っていたら、どうもタベログとか見てるとそう思っているのは私だけじゃなかったらしい。だよなぁ。やっぱり。あとカウンターの台の上に載せてくれるんですが、その台が明らかに高すぎるのも何だかなぁ。

 ちなみに調べてたら隣のラーメン屋も美味いらしいので今度行ってみよう。

 土日はまたたく間に過ぎます。
 家でだらだらと過ごすのはそれはそれですごく幸せなことではあるんですが、社会人になるとちゃんと休日を生かさないと何にも出来ないと言うことを痛感します。タスクが溜まってるのでどうにかしないといけません。

 ところで先日のフォローですが。出石焼は白磁できれいなんですが特に日本茶には厚ぼったい備前の方が映えることに気付きました。というのか上品すぎるんだろうなぁ出石焼。
 ――焼き物がちょっぴり好きなのは、中学〜高校時代に毎年陶器市を見ていたからかもしれません。かなり大きな陶器市が姫路城の前の公園で毎年開催されていて、その公園が通学路なので帰りがけに見るともなしにぼぉっと見て帰るのですよ。うわ有田の壺でけぇ、とか。かなり色々なところの焼き物が出店してて、順に見てると結構特色があるわけで面白かったです。

 そして岡山で出石焼と言っても出石皿そばと言っても全く通じないことに愕然とする。うん。

2010年1月20日(水) 「出石焼の湯呑みでお茶を飲みながら」

 1月10日に備前焼の窯元街に行ったのです。
 で1月11日は下にも書いた通り出石皿そばを食べに行ったんですが。出石は皿そばが有名で城下町の散策もとても楽しいのですが、同時に出石焼も有名だったりします。いわゆる白磁。かなり好きです。
 そういう訳で2日連続で湯呑みを買って帰ったのでした。備前焼の方は使ってたんですが、今日は出石焼も使ってみました。良いです。

 ちなみに多少寝過ごしたので出石での滞在時間は短かったのです。で実は出石は以前に観光したことがあったので(――7年前!)、今回は皿そばを中心にしてたのですが、以前の段階では無かったスポットが現れてたので寄ってみたらそれがものすごい大当たりでした。
 永楽館、というんですが。近畿最古の芝居小屋だそうで、長年放置されていたわけですが、その当時のままで時代が止まっているのです。昭和30年代の広告とかもそのまま残してあって。案内の人によると広告のうち半分ぐらいの店は既にないそうなのですが、半分は既に無いというべきなのか、それとも半分は今も残っていると言うべきなのか。
 で、一通り説明を聞いた後「あとはご自由にご覧下さい」と。うわ田舎の観光地によくある最初に説明だけしてあとは好きに見て回って下さいパターン来たっ、という感じで。客席から舞台から控え室から地下まで、ほとんどどこでも見て回れて、ついでに写真も撮り放題。素晴らしい。

 観客席と舞台が本当に近いのです。座席は全部畳敷きに座布団で、お茶を配る人のために細い板が渡してあって。――復活後のここ、たまに歌舞伎の公演とかしているらしいんですよね。一度はこういうところで見てみたい。

 また行きたいなぁ出石。
 正直かなり行きにくい場所ではあるんですけど。岡山〜但馬方面を直接結ぶルートはないですし。姫路から播但線を経由するのが多分いちばん良いルートになりますが……。うん、でも今度はもう少し日が長くなった頃に行って、ちゃんと一日じっくり過ごしたいです。

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 ところで普通の日記っぽい文章が全然ないのはどうなんでしょうか。
 えーと。今日は仕事がわりあいはかどって良かったです。まる。

2010年1月19日(火) 「前振りが長すぎる郵便局話」

 別にそれが常識とは自分でも思っていないのに、気が付いたら頭の中ではこう想像している、固定観念というのがあるわけです。
 例えば最近だとそれを感じたのが、4コマ漫画を読んでいて、ポストの前で「年賀状はこっちに入れる」というシーンがあった時。あ、そう言えばポストって2口のものもあるんだなぁと。そして年賀状はそこに投函するのが当たり前だったりする。――というのも、私のイメージするポストの口は一つしかないわけです。いえ確かに二口のポストぐらい姫路駅前にも京都の今出川通にもありましたよ? 大阪の頃の大学内郵便局も確かそうでした。でも京都時代の下宿最寄りポストも、大阪時代の下宿最寄りポスト@阪急桜井駅前も一口でした。そして実家近辺のポストも一口でした。こっちは郵便局の前のポストでも一口でした。
 だからどうって訳でもないんですが、こういうところに固定観念ってあるものだなぁと思うのです。

 ちなみに付け加えると、これは前にもネタにしましたが実家最寄り駅の山陽電鉄白浜の宮駅前のポストは一口どころか丸ポストでした。国道沿いの都市銀行の入り口に立ってるのに丸ポストでした。今でも丸ポストです。多分、地権者である銀行の方が大切に残してくれてるんだと思います。折角だから写真貼っちゃえ。

 まぁ小学校区内にはこれしかないですが近辺にもちょこちょこあるので別に珍しいというほどの代物ではないのです。そして実は使用停止になった丸ポスト(――確か移転前の郵便局前にあったやつです)が記念にと小学校に1個設置されたのですが、現役の丸ポストが近くにあるので、だからどうしたという雰囲気にしかならないのでした。今もあるんだろうかあれ。

 固定観念というのはそういうもので、自分の中で疑問にも思わずにいるものは気が付きにくいわけです。実はこの文章中でもう一つ人によっては引っ掛かるらしいのが、さっき出て来た小学校の「校区」という言葉。学区と言う人もいるらしいですしまぁ私も意味は分かりますが、話し言葉としては違和感が。高校だと確かに学区と言うんですけどね。

 閑話休題。郵便局と言えば。

 このサイトのコンテンツに旅行貯金一覧なんてものがあるのです。多分滅多に見るひともいない本館2階というページは実質的に整理不能コンテンツの押し込み場所と化しているわけですが、そこの片隅に置いてあったりします。要するにあちこちの郵便局に寄っては幾ばくかの貯金をして局名のハンコを押してもらう、というそれだけの話。
 ――最終更新が2004年だったりするわけで、6年もやってないうちに通帳はどこかに行ってしまうし何が何だか。だったわけですが、取り敢えず平成9年の福崎郵便局を最後に一度もおろしてないので、少額とはいえ塵も積もればなんとやらなのです。で、年末に通帳を再発行してもらいました。ぶっちゃけ10万近いのです。
 で、せっかく通帳が復活しましたので5年半ぶりに郵便局を回ってリストを更新してみました。
 ただ、今回はさすがに……。今までは気にせずに書いちゃってましたが、要するに会社の休み時間ですし、これ郵便局名を書いてしまったら高い確率で会社が特定されちゃいます(苦笑)。ちょっとまずいので伏せ字。取り敢えず岡山市内ですが。

 これ書いてて気付いたんですが、383局って絶対最新データじゃないですね……。少なくとも2005年春にはまだ郵便局巡りをやってたはずで、大阪ダイビル内とか大阪関電ビル内とか中之島とか何軒か回ってるはずなんですが。……よし。辿れる範囲で記憶を辿ってみました。確実に回ってるだけで14個ありますね。多分まだ漏れがあると思うんですが、さすがにもう分からないですね……。阪急茶屋町ビル内郵便局とか行ってないとは思えないんですが、どうしても確実な記憶がないので仕方がありません。行ってそうで行ってないのかも知れない。
 ともかくデータは384から始めます。回れる時に適当に回っていこう。

2010年1月17日(日) 「取り敢えずサイトを触りました」

 雑記方針が頭の中でぐらぐらと揺れていたんですが、取り敢えずベースはこのページということで維持することにしました。実のところtwitterの方が更新頻度が高い昨今ではありますが、つぶやくtwitterとこの雑記は性格が違うわけで。あとは――うん、分かってます普通はブログです。コメントも付けやすいしね。でも、敢えてこのページを維持します。
 自分にとってこのレイアウトは原点ですし、年末に書いた通り10周年でサイトをどうするか分からない状況です。今はこの原点で行こうと思います。

 正直、古臭いですよね。いかにも大昔の手打ちHTMLのサイトという感じで。まぁ実際2000年辺りの過去ログを見ても全く同じレイアウトなんですが(苦笑)。――書いてる内容は若すぎて嫌になりますが。

 で、今日は休日。本当は青春18きっぷで小旅行と思ってたんですが、午前中ぐっすり寝ていた上に、岡山駅で18きっぷを持ってないことに気付きました。で今さら家まで戻ってもう一度駅に来る気もしないので、駅前をぶらぶらした後で西の方のHARD-OFF@中古品リサイクル店に行ってきました。あそこは普通のものの値段は大して安くないんですが、奥の方のジャンクコーナーのPCの本当にジャンクなゴミっぷりが楽しいです。自作機山積み。なんか適当にゴミ組み合わせて2号機を作りたい気分になります。

 実際2号機は欲しいんですよね……。ネットに繋がない前提で、文章だけ書いたりするような2号機が欲しいです。いやその前に老朽化している1号機を何とかしろという話ではありますが。

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 震災から15年。
 時とともに節目が薄らいでいくのなら幸せなことだと思う。あの震災があったことを忘れられるほど、町の様子も人の心も復興しているということだから。
 でも今日ぐらいは思い出して過ごしてもいいと思うのです。

2010年1月15日(金) 「復活のMOとか」

 時は昔になりますが、USB接続のMOドライブを当時の彼女さんから借りていたことがあったのです。2003年頃。先代のパソコンは当時購入後4年が経過していたのですがCD-ROMドライブしかなかったわけで、CD-Rの作製は出来ない。つまりこの頃はバックアップと言えばフロッピーディスクしか手段がないような時代でした。いえ、もちろんUSBのハードディスクとかは使用可能でしたが。……USB1.1ですけど。当時USBメモリーは既にあったとは思うのですが、値段も今ほど安くはなかったですし容量も少なかったですし、HDDのデータを保存するには力不足でした。
 で、彼女さんも同じようにCDは焼けない環境だったのですが、MOドライブを持ってました。で、彼女が家に来た時にドライブを持ってきてもらって、バックアップを残していたのです。

 先代は2004年3月にお亡くなりになりました。
 もう一度彼女に頼んでドライブを持ってきてもらい、データは復旧させました。

 それから5年以上が経ち。
 MOは次々と生産中止になり、以前は時々購入を検討していたMOドライブもあまり店頭で見なくなって久しくなりました。そして、何が入っているかも分からなくなったMOディスク5枚(+未使用1枚)は眠ったまま岡山まで来てました。

 去年の年末。
 会社の年末大掃除での廃棄予定物の中にSCSIカードとSCSI接続のMOドライブが出て来たのです。要るかと言われて即答。動作保証がないため2つもらってきました。
 で、実は不精してしばらく放置していたのですが、夜中にSCSIカードを差し込んで接続してみたらちゃんとドライブは稼働してくれました。

 確かパソコンに移したからと一部のファイルをわざわざ消した記憶もあり。
 それでも、MOが最後に繋がれた2004年当時のファイルたちが残っていました。――どういう経過を辿ったのかも分かりませんが今の自分のパソコンから失われていたファイルもいくつもあり。

 MOの耐久性って70年ぐらいはあるとか。
 読み取りドライブがいつまであるか分かりませんが、大事なファイルをしまっておきましょうか。

2010年1月14日(木) 「あったか缶コーヒー。」

 会社の昼休み。昼食が終わったあと、缶コーヒーが欲しくなって会社のそばの自販機に行ったのです。
 『忙しすぎるあなたに』とか自販機の缶コーヒーに売り文句が書いてあった訳で。あーなんだか欲しいなこれ、と思ってお金を入れてから気付いた。

 売り切れ。
 ちんたらしている私にはまだ早いらしいですこれは。

 ちなみに隣の自販機には以前も書いたジョージアご褒美ブレイクが入ってますが、自分にご褒美をあげられるほど頑張ってる気がしなくて未だに買ったことがありません。いつか頑張った時に買おう。

2010年1月11日(月・休) 「旅路」

 ブログ転載。

 昨日今日と青春18きっぷで放浪中。
 三連休なのに随分と休んでいるような気がします。まるで学生時代のような。そういえば備前でも日生でも学生に間違えられました。

 結局貧乏旅行が身に染みてるんだなと思います。楽な旅をするより、鈍行のシートに収まって小さな駅を眺めている方が性に合う。缶コーヒーを少し口に含んで、山の中を走る古いディーゼルカーに揺られて。知らない町へとどこまでも。……嘘つきましたごめんなさい、今日目指している出石は三度目です。

 一人旅。
 そう言えば彼女がいた頃も旅行はしなかったなと思い出す。大山崎山荘とか比叡山とかあとは藤原京とか行ってるんですが、旅行という雰囲気ではなかったです。

 一人旅は気楽で自由だけど寂しいな。
 一緒に旅する人は欲しいけど、なんだか趣味が合う人がいないのは困ったものです。

 好きな人はいないのかと言われるといないと言いつつ、頭の中でちらっと思い浮かぶ人はいる。
 あの子には恋愛は似合わないと考えつつ、ボックスシートにもたれて、ただ窓から空を見上げてみたりもする。妹みたいな人だから、良い人が見つかって幸せになってくれればいいなと思う。いくつかのほんのり甘い思い出を残して、時は過ぎていくんでしょう。

 ……旅先はセンチメンタルになりますね。

 学生時代に戻って云々と言い出せば、そもそも蕎麦を食べに長旅とか昔なら考えられなかったわけですが。昔の元気に戻れそうな気がした暖かい冬の日。

 体重もせめて京都時代に戻したい(苦笑)。

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 そう言えば、行きの全但バスは運賃箱が古くてお札の両替が手動でした。
 というのか投入口のシールには500円札が……。衝撃的でした。平成22年なのに。

2009年12月31日(木) 「年末挨拶。」

 年末帰省中につきリンク先を更新できないんですが。

 一年間HTML日記に戻したわけですが、再度ベースをブログに戻そうかと思います。ブログに慣れていたせいか、思ったより更新できなかったので。

 実は。

 来年春までに物書きとして自分が納得できることが出来なければ、3月末で閉鎖しようと思ってます。サイト10周年に当たるわけですし、一つの契機かなと。今現在まともに文章を書けていないのは事実ですから。
 ネット上でのサイト自体は多分続けるとは思いますが、その場合は辰田の名前は使わなくなると思います。新サイトへのリンクはお知らせしますけどね。
 新人賞リストの方は残して続けていきたいとは思ってますが……。

 まぁ、そういう事にならないと良いなと。

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 今年は良い年でした。
 やっとこういう言葉が書けるようになりました。

 無事就職して、何とか仕事も軌道に乗って、資格も応用情報処理者を無事取りました。
 やっと元気になってきてます。自信みたいなものも少しは戻ってきて。自殺を考えるような五年の精神状態からようやく脱して。――今になると何故あんなに死にたかったんだろうと思いますが。
 戻りたいんですよ。
 辰田として作品書いてたあの頃に。それが出来てやっと完全に自分が復活できる気がします。

 ネタストックはあるんですけどね。
 問題はある程度形になってる中のかなりの割合が鬱が入っている時期の作品ってことで。その前となるともう古すぎてネタが劣化してたりとか?

 まぁ、まずは手元のネタを一つ一つ形にしていこうと思います。

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 体力が落ちてるのです。
 若くないってことかもしれませんが、休日の昼間とか眠くて仕方がないのはどうなかしたいです。
 栄養ドリンクにはあまり詳しくなりたくないんですが、取り敢えずエスタロンモカ内服液はよく効きますよ! いくつか試しましたがいちばん効きます。二本400円で買える店があるので眠眠打破より安いですし。いやそんな話じゃなくて。

 体力つけて。
 来年こそは。
 うん。

 今の元気が一時的なものじゃなくて、上り坂の途中であればいいんですけどね。結論は幸せになりたいの一言ですが。彼女は欲しくはありますよ?

 何にしても体力はつけないとなぁ。高梁の備中松山城に行ったときにあまりにばてました。

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 上を向く気になったのは去年の国1から。
 馬鹿で社会性皆無な私だけど、どこまで行けるのか空を目指してみる気はあるから。出来るところまで行ければいいから、行けるところまでは頑張りたいから。

 果てなき空の彼方。

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 20代最後の新年。
 30歳になる前に、失ったものは取り戻したいです。もちろん二度と戻らないものはあるけど――例えば法制史の研究者になりたかったこととか――、何とか拾えるものは拾い集めておきたいから。今ならまだ取り戻せるものもあると思います。きっと。

 紅白を見ながら、そしてもうすぐ新年。
 来年の初日の出は……一人で見に行くか、もう見ないか。高校時代から毎年声を掛けて行ったり行かなかったりしていた友人がいたんですが、そろそろお互いの都合とかそれぞれの抱える関係が変わってきて、合わせるのが難しくなってきているのかもしれません。疎遠になってきたというのか、今年行けるのか色々と考えてしまう事情はあります。
 まぁ、それは来年正月の更新で。

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 来年頑張ろうと前向きに新年を迎えられることにまずは感謝をしないといけませんね。

 改めて思うと、大阪での四年半って何だったんだろうなぁとは本当に思いますが。
 今年小さなチャンスがあって、それをものに出来る力を失ってしまってることに気付いて、それが何より辛かったです。
 もう一度だけ頑張って。
 取り戻せますように、その力を。

2009年12月19日(土) 「誰か指摘してあげてください」

 自分からわざわざやふーに報告する気はないけど。



 すぐ直ると思って12月9日に撮ったんですが今日現在まだ直ってませんよ?

 ……久しぶりの更新がこれってどうなんだろう。

 そして書いておいてアップしてなかった私ってどうなんだろう。

2009年11月9日(月) 「疲労ちう」

 そして結局朝に動けずに半休を取った私なのですがこんばんは。
 有休は余裕があるので無理に午後出社しなくても良かったのかも知れませんが、新人とはいえ仕事はあるわけでそれを他の人に任せるのも気が引ける。

 たまにはごろごろしたいです。

2009年11月10日(火) 「疲労ちう」

 体が疲れているのに眠れないというのは辛い物で、9時頃からごろごろしてるのに結局一睡も出来ないまま気が付けば0時半。これじゃあいつもの夜更かしモードと変わらないよぐすん。そうじゃなくても雨で気持ちも滅入り気味。
 いやまぁ、体が疲れてること自体は、そもそも昨日寝れなくて夜更かしになってた私が悪いんですが。こういう時のために会社のデスクの引き出しにカフェイン系ドリンクを忍ばせてるんですが今日はそれでもかなり駄目。正直高いので普段は1回1本のドリンクをチビ飲みしてるんですが、今日はさくっと1本飲んだのに駄目。

 まぁ、カフェインドリンクも効きの違いがあるんですけどね。
 この前エスタロンモカを2本400円で売ってるのを見つけたので買ったんですが、やっぱり医薬品はよく効きます。で、この前同じ店に行った時にブルーベリー配合で3本500円のシャキットアイってのを見つけて浮気したんですが、効きがぬるい気がします。清涼飲料水だしなぁアレ。
 ドロップタイプのカフェロップはそこそこ聞きます。これも普段チビ飲みしかしないんだけど、本来の規定量の4粒いっぱい飲んだらかなり効いた。
 ちなみにオールPはさすがにアンプルを会社で飲むのは気が引ける。しかも箕面時代ほど安くないんですよねアレ。
 ――箕面時代は某所でモカ内服液を2本260円で買うのが定番だったんですが、去年その店から不意に消えたと思ったらどうやら生産中止になってた模様。ざんねん。
 とこんな話はいいからわたしはねたいんだーしんどいんだー。

 ちなみに下手なカフェイン系清涼飲料水より濃いめの紅茶の方が目が覚めるのはガチ。
 ちょっとディーバッグが浸かりすぎて苦みが出たぐらいの紅茶を飲むと良いです。元々美味しく淹れる目的でもないですし、安物の方がカフェインが多いような気がします。同じようなことは量販店で売ってる海外産の激安ダイエットコーラにも言えますが。

 あー昨日寝られなかったのそのせいだー!(気付くの遅い)(←夜遅くゼロカロリーコーラ飲んでた)

 えーと。
 鬱のころにもらってたデパスとドグマチールを1錠ずつ飲んで精神を落ち着けて休みますー。
 明日はもう少し元気になれますように。

 あ、でも錠剤の方のエスタロンモカ錠24をカバンに入れておこう……。

2009年11月7日(土) 「やまじろ。」

 ふと知ったんですがローソン第1号店って豊中市の桜塚店なんですね。……知ってるよここ。大阪にいたころ何度も前を通ったことがありますが、こんな所だったんだ。

 別に1号店だからどうこうって訳でもなく、そもそも大きなチェーンになってない頃の1号店ってどちらかと言えば小規模店舗だったりすることも多いですが、あーあの大きなチェーン店ってここから生まれたんだなぁと思うことはあります。
 結構びっくりしたのが古本市場豊浜店@岡山市。というのか実は近所なんですがこれがなんと全国1号店。まさか岡山の外れのこんなところが1号店とは思わなかったので。

 そんな話はともかく。
 今日は備中高梁に行ってきたのです。本音例によって例の如く午前中はだらだらと過ごしてしまったのですが、こんな時間から出て行っても時間不足で戻ってくるのがオチだよなぁと言ってるといつまでも出掛けられないのでとにかく出掛けることにしたわけで。で、前から気になっていた備中松山城へ。

 本当はバスがあれば吹屋に行ってみたかったんですが、生憎1日3本しかないのでやめ。いや40分ぐらい待てば乗れたんですが、折り返しバスの時刻を考えると向こうでの滞在時間が少ないのでまたの機会に。
 というわけで当初の予定通り、城下町を歩いてから備中松山城に登城することにしました。

 ……つづくっ。
 いやこのネタで何日も日記を引っ張る気はないんですが、ちょっと長くなりそうなので日を改めて書きます。実は今ものすごい時間だ。
 でもこれだけは言っておきますか。天守閣の写真だけを見て何となくしょぼそうな天守閣だなぁとか思ってあまり期待してなかったけど本当にごめんなさい。素晴らしかったです。明日にでも再訪したいほど素晴らしい場所でした。

2009年11月6日(金) 「ごほうびはなし。」

 会社の近くの自販機にジョージアのご褒美ブレイクが入ってるのです。会社からいちばん近い自販機だったりするので昼休みに散歩がてらちょっと自販機まで往復してくることが最近は多かったり。
 ――自分にご褒美をあげられるようなことはしてないなぁと見るたびに考えてしまう。ご褒美をあげられるような日は買おうと思ってるんですが、まだご褒美をあげられる自分にはなれません。

 とにかく一週間終了。
 仕事の方は今週は特に不完全燃焼な一週間でした。(私にはどうしようもない要素が多いのですが)あまりまとまった仕事が出来なかった面があります。もっと頑張れば良かったなぁ。

2009年11月5日(木) 「けいけんち」

 ふと思い付いたので経県マップとか出してみたり。なんとか言いつつ残るは山形と沖縄だけなんですね。と言っても通過都道府県3つも、群馬県は夜行列車で夢の中。徳島は阿波池田とか祖谷渓の辺りを電車で通過してるだけ。千葉に至っては何の記憶もないんですが確かめてみると常磐線で通過してた。松戸とか我孫子って千葉県なんですね(←この子の頭の中では千葉県=房総半島です)

 関東の土地勘がない私にとっては埼玉と栃木と群馬と千葉はミステリーゾーンです。正直県庁所在地以外は市を聞いたことがあってもどこにあるかさっぱり分かりません。埼玉と千葉が接してるのも驚きですが、そういえば栃木と群馬の間って何があるんだろ? 山があるとも思えない場所ですし、イメージ的には無人の大平原なんですが。

 調べてみた。山があった……。
 というのか日光ってよく聞く地名だけどこんなところだったんですね! そっか日光も栃木県だったんだ。一つ勉強になりました。

 えーと関東の人から思いっきり呆れられてそうですが北関東って私の中ではそんな感じなのですよー。

 今日は会社明けに野菜炒めとか作ってました。オイスターソースで炒めるのは結構美味しいんですがそろそろこの味にも飽きてきたなぁ。

2009年11月3日(火) 「あめあめ」

 日曜日に買ってきた靴をおろしてイオンモール倉敷へ。行ったことなかったので行ってみたかったのです。大きなショッピングセンターをうろつくのは好きなのですが、ただあそこの場合場所が悪すぎるなぁ。いや車なら便利なんですが、駅から徒歩30分ぐらい掛かるのは不便。バスに乗れよ私。帰りは暗くなって来てた上でっかい旅行鞄を抱えてたので乗りましたが。

 ――いやまぁ、姫路リバーシティだって駅から徒歩10分の上にそもそもその駅自体が姫路駅から3駅目だったりしますし、箕面にいたころ自転車でちょこちょこ行ってたイオン豊中緑丘も最寄り駅が多分モノレールの小駅の上に多分そこそこ歩きますが。30分は掛からないと思うんだけど。

 というわけででっかい旅行鞄を買ってきたのですが、こんな大きな物を抱えてバスと電車を乗り継がねばならないのに何故私はあんなところまで行ったんだろう?

2009年11月1日(日) 「あめあめ」

 休日の雨は好きになれないのですー。
 それはともかく今日は靴を買ってきました。普通のランニングシューズですけど。――一応革靴以外に靴は3足あって、1足は実家から持ってきたマジックテープのいかにも安物(スニーカーですが室内で必要な時用)、もう1足は3年前に山歩き用に買ったお気に入りの1足。――で、普段履きが残り1足なんですが、これが多少サイズが小さいようで、長時間歩くとマメが出来て困る。

 と言うわけで4足目を買ってきたのです。
 近所の大きな靴屋さんではセールとかやってて、定価だと10000円以上するよさげなランニングシューズが5000円ってのも結構心惹かれたのですが(試着しましたが、確かにクッションがすごく良かったです……)、今回は少し幅広の靴を買うことを優先に。甲高なのです。

 まぁ色々試してみて、値段と履きやすさのバランスとついでに普段履きでてくてく歩くという用途も考えて、結局adidasの安めのランニングシューズを買いました。履きつぶしになるか長持ちするかは分かりませんが――まぁ履きつぶしそうな気がしなくもない。

 ちなみに今月半ばに実は台湾旅行なのですが、さすがに2足も持って行けないので多分お気に入りの方の1足を。あるくのだー。

 えっとそれにしても何故土日はこんなに早く過ぎ行くのでしょうか?

2009年10月31日(土) 「おふくろのあじけい」

 チヂミはとっても美味しかったです。
 買ってきたニラキムチをちびちびとつまんでいたらあっという間に減ってしまったので慌てて冷蔵庫に入れましたとさ。
 そして土曜日の昼下がりから凄まじい眠気が襲ってくるのを何とかしたいです。私はカフェインがないとまともに生活できないのかっ(涙)

 ――あ、ミンティアでもいいですよ?

 会社のデスクの引き出しには昼休み明けこっくりさん対策にエスタロンモカ液とかのカフェインドリンクを常備なのです。しかし改めて思うんですが石橋駅前のダイコクドラッグはなんであんなにカフェインドリンクが安かったんだろう? オールP液が312円なんですが、岡山で同じ物を買おうとすると1.5倍以上します。同じダイコクドラッグなのに。
 しかしカフェインドリンクは高いので他を考えた方が良いような気がします。エスタロンモカ液の最安値が400円なんですが、それでも1本200円ですからねー。いやまぁ、常用してるわけでもないし飲むときもチビ飲みですけど。

 ともかく今日は部屋をある程度片付けて、あとはプリンタが壊れてたので新しく買ってきました。パソコンはまだ2台目が動いてるのにプリンタは5台目ってのはどういうことなんだか。と言うより、今のパソコンを買ってから3台目という方が正しいか。

 少し前に球根を買ったまま放置してたチューリップの植え付けもやりました。
 放置してた理由というのが、プランターの置き場がないのです。ベランダ自体は充分な広さがあるんですが、ベランダの壁の半分ぐらいがコンクリートの上、柵になってる部分のど真ん中のいちばん日当たりの良い部分にエアコンの室外機が鎮座していて、ついでに次に日当たりの多い部分は洗濯機置き場。要するにプランターを置けるまともな日当たりの場所が僅少。
 仕方がないので室外機の上にプランターを置きましたが、ちょっと再考しよう。

 

2009年10月30日(金) 「おふくろのあじけい」

 近所に韓国料理店があるのです。
 何度も行くと何となく分かってきたのです。要するに、漬け物の上手いおばあちゃんがいて、時々そこに行くとおばあちゃんが手料理を作ってくれる。そういう店なのですここは。定食とか明らかにその日のあり合わせが出て来てるんだけど気にしちゃいけません。それどころか同じ定食を注文したはずの後から来たお客の前の皿が明らかに私の前のものと違うけどそれも気にしちゃいけません。この前とか急にブレーカーが落ちてお客が原因を調べて点灯させてたけどそういうものですこの店は。

 というのか実は今日初めて定食を注文したんですが、最初はちょっとしょぼいかなと思ってたら次から次へと皿が出て来て最終的にスープまで入れて9品。それは良いけどなんでそのうち4品が漬け物なんですか。あと魚は美味しいけどあんな小骨が崩壊しまくって食べにくい魚を出されたのは初めてですよ?

 明日チヂミを焼くからおいでと言われたので昼に行くことになりました。
 ついでにキムチか何か買って帰ろうかな。漬け物とスープは本当に旨いです。商売用の味じゃない本当のキムチが食べられる。

 閑話休題。

 仕事の方は何とか目処が立ったので結構早く帰れました。と言ってもあとから色々と先輩方がやっててくれるのは見当が付くので申し訳ないやらなんやら。

 ……と。
 書き掛けてネットニュース見てたら、え、円楽さん!!!(泣)

2009年10月29日(木) 「今日から」

 空白の期間の雑記とかは取り敢えず忘れて今日から書くことにしました。10/29なんてあまりにも中途半端なんですがまぁいいや。

 会社の同じフロアに同性の同期が私以外に5人いて、昼休みに社員食堂に行くと、途中でタバコ組が先に席を立って、私とあと2人で少し雑談してから帰る、というのが定番になっているわけで。
 その1人が今日は悩みを超越するという話をしてました。

 武道を究めていくと、表層的な一つ一つに悩む所から、何故自分は悩むのかという一つ深い次元に思索が移り、最終的には悩むことを超越するようになる、という話で。そこでは自分とか他人という概念が意味を持たなくなり、特定の人格を意識することによる「偏り」が無くなり、全てをあるがままに受け入れることが出来るようになる――と、まぁそう言う話。

「でも、人間って悩むことで成長するんじゃない? 他人であったり、今の自分や昨日の自分であったり、何らかの越えるべきものを常に意識することで上に行けるんじゃない?」と私が訊いてみる。
 曰く、例えば武道を究めていくと、様々な型や相手の行動に対する反応を、意識することなく無意識の中で出せるようになる。強い人というのは相手の行動を見て考えているのではなく、それに対して自然に体が動いている、と。「体に染みついているってこと?」と私が言うと、「そういうことかな」と。

 その場の3人の誰もその域にはほど遠いので、結局は分からない人間が想像で喋っているだけにしかならないわけですが。

 物書きの立場から言えば、悩んでいる人間がいるからこそ物語が面白くなるわけで。――ミステリー小説によくあるパターンで、そういう超越した人間が全てを解決してしまうというパターンがありますが(――いったん解決したと見せかけて、最後にちょっと現れた超越者が真相を暴く、というパターンも多いですね)、私はどうもそういう展開が好きではないですし。

 あるいは他人の眼がないとなかなか頑張れない人間だったりして。1人で生きていくことが出来ない碧いうさぎなんです、とか時々自分の弱さを勝手に美化して呟いてる私ですが、寂しすぎて死んでしまうわというよりは、自分のために生きていくというのがなかなか難しかったりするのです。常に誰かのためにという意識を持っていたいわけで……。
 恋人だってそうですよね。もちろん隣に誰かがいる暖かさとかもすごく大きいんですが、同時に、その人を幸せにしたいと思うことで自分が頑張れるというのもあります。――§^^§を失った時から自分が自堕落になってるのはよく分かってる。

 −−−−−−

 これだけだとアレなのでまともに近況報告もしておけば、ふつーに会社員してます。研修期間をたっぷり取ってくれる会社でしたが、さすがに研修も終わって業務してます。ちょっと単調なテスト作業が続いていて多少うんざりして来ましたが、今月いっぱいでそれが終わって他のこともやり始めるはずです。
 社会人になって以来更新がさっぱりだった新人賞リストも、何とか最新版に追いつきました。――ライトノベル自体の読書量が何だか減ってしまっているんですが。

 今後ともよろしくお願いします。

 −−−−−−

 あ、それとTwitterの方もよろしくお願いします。SNSであるとかのこういうマイリスに入れる系のネットワークを作るのがかなり苦手なんですが、よろしければフォローしてやってくださいませ。

2009年9月6日(木) 「日常、ってタイトルを今まで何回書いただろ?」

 友人が結婚したらしい。

 ……正直さ、何が堪えたって。最近疎遠気味だったとはいえ、小学校の頃から大学卒業の頃まで13年ぐらいいちばんの親友だったのに何も連絡が来なかったのがいちばん堪えた。今でも時々は連絡を取ってましたし。

 で、その件の確認メールを本人に送っても返事は全く帰ってこない。
 もうだめかもしれないですね。
 正直言えば腹も立ちますし。連絡のひとつもくれればいいのに。とっくに式は終わっているとか何とかということですが――。何らかの事情で言いにくかったのかなとも考えたんですが(「出来てしまった」とか)、それにしてもメールの返信ぐらいしてくれればいいのに。

 毎年正月には会ってたんですが、今年の大晦日は敢えて向こうから連絡をしてくるかどうか試して――それで駄目なら、もう終わりなんだろうなと思う。1人で初日の出を見に行くさ。

2009年8月22日(土) 「日常、ってタイトルを今まで何回書いただろ?」

 京都に行って来ました。日帰りで。
 ここ1ヵ月近くの色々な経緯の果て――取り敢えずの一段落です。本当はメインは他人事で、自分が京都まで行く意味がどこまであるのか疑問だったんですけど、半分ぐらいは私のワガママで行かせてもらいました。

 行って良かった。
 何かが変わるかも知れない。
 そうとしか今は書けませんが。

2009年8月6日(木) 「日常、ってタイトルを今まで何回書いただろ?」

 ちょっとした事件があって日常の雑事に困惑気味。6月の事件と違って良い話ではあるんですが(――ええ、6月の方は正直精神的ダメージを受ける話だったのですよ――)、色々と緊張する話ではあります。良い意味で自分にとっても刺激になってくれそうですが。

 ようやく梅雨も明けたようで。
 じめじめするのも嫌ですが暑いのもやっぱり大の苦手なのです。学生時代に自習室で勉強しようと思った時、朝のうちに行き損ねたら暑い中を移動するのが嫌で夕方になってから出掛けていたものすごくダメな学生だったことをふと思い出した。
 ものすごく汗かくんですよー。

 あまりにあっという間に流れていく日常なのです。
 いつまで経ってもしっかりしない自分がこのまましっかり出来ずに過ぎてしまいそうで怖い。

2009年8月3日(月) 「ぶんしょうがへたなのです」

 麻婆丼を食べたら何故かお腹を壊しました。毎度おなじみ辛口ソースを投入したのが不味かったらしい。

 小説と論文でこれだけ長いことモノカキやってて何だかなぁとは思うのですが、簡潔なビジネス文書を書くのが苦手なのです。ぎゅっと圧縮した文章を書くことに慣れていない。……2000字の掌編は本数ありますけど、それもあまり濃縮した感じの文章じゃないんですよね。いわゆるショートショート的な文章って考えてみればほとんど書いたことがない。せいぜい「メモリアルカウント」ぐらい?

 それに加えてちょうど良いバランスを掴めてないんだろうなと思います。
 自分で読んだ感じ、軽い文章か固くてぎこちない文章かどっちかしか書けてないなぁと。

 そういう訳で明日はビジネス文書作成研修をがっつり受けるらしいのでしっかり聞いてきます。

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 ちなみに特に苦手なのが感想文と報告書で、この2つは本当にダメダメ。新人研修の感想文を書かなくちゃいけなかった時に書いた文章は開き直って辰田な文章を書いたので、たった1人であさっての方向に飛んでいっていた自覚はある。うん。誰がネコの心得を書けと言った。

2009年8月2日(日) 「ふるほんふるほん」

 日曜日です。久しぶりに天気が良さそうだから出掛けようと思っていたのに気が付いたら10時半でした。そして結局外に出たのは太陽が西に傾いたころでした。だめだこのひと。

 以前に閉店間際の古本屋を見つけていたのでそこに行ってみました。7月の段階では全品6割引だったんですが、8月に入って全品7割引になってました。定価じゃなくて古本としての値段から更に7割ですよ! 定価の半額ぐらいが標準的な値段なので、つまりは定価の15%の値段がデフォルトと。こうなるともう気になったら押さえておこうなノリで、セーブしたはずなのに気が付けば11冊も買って帰っていたり。これは浪費したかなと思ってレジに行ったら1000円札でお釣りが来るんだから恐ろしい。100円コーナーの本は5冊300円なので、そこから7割引いたら5冊90円っ。
 そして結局その古本屋に1時間半ぐらいいて時間を使った上に荷物が重たくなったのでとっとと帰宅。閉店は今月末なのであと何度か行きそうです。

 奥の方のエロゲも多分7割引だと思うのですが買いでしょうか? 420円の値札から7割引いたら……えっと、126円。
 その値段なら何でも買いそうな私。

 ちなみに今回の最大の収穫は「秘密商会しすあど!」なのです。元々持ってたんですが、元カノさんに貸してしまってそれっきりだったので。今回本棚の片隅で見つけて即購入です。
 ……なんというのか。
 発売されたばかりのこの本を箕面のデューク書店で勢いで買ってしまった時は、まさか本当に将来こういう仕事をしているとは思わなかったですよ。というのか、この本をきっかけにシスアドを受けて、そうしたら調子に乗ってセキュアド受けて2回落ちて――そして、その時の勉強の経験があったからこういう業界もどうだろうと思って今ここにいるわけで。
 全ての発端がこんな一冊の萌え本なのですよ。
 人生を変えた1冊。と書くにはあまりにもアレな本ですが、本当にこんな本から人生が変わってしまったんだから我ながら何と言えば良いのか。
 参考書として古くなったどころか、シスアド自体が無くなってしまいましたが……。自分の思い出の1冊として、大事に置いておくことにします。

 あと少し業務連絡を。
 どうしようもなく放置が続いている新人賞リストですが、半年分の更新作業を進めてます。さすがに作業量が膨大なので、上から一つずつ確認を進めて行きます……。随分と止めてしまいましたが、覚え書きの公開ということで今後ともよろしくお願いいたします。

 気持ちの余裕だけはやっと取り戻して来た気がします。
 もっとたくさん本を読みたいですし、小説も発表したい。2005〜06年辺りに書いて別サイトに載せた何本かの短編・掌編も、時期を見てこちらに移そうと思います。

2009年8月1日(土) 「おひさしぶりです!」

 再び雑記が止まってたわけですが。
 月初めということで取り敢えず再開してみます。毎日書けたらいいな、とか思いながら既に8月1日分を2日に書いている私。

 近況から。
 会社の方はずっと新人研修と言うことで、まだ業務に入っている状況ではありません。まだ? と言われそうですが実際全くもって。……雑用方面はがしがしやってますよ? 新人担当の作業は既に完全に引き継いでいるわけで。個人情報絡みの書類を仕分けして運んだり、電話対応に追われたり(――結構電話本数の多い職場なのですが、基本は新人が受けて担当の方に繋ぐことになってます)。もちろんそれは重要な業務ですし、別に嫌だと思うことはないですが、でも早く本体業務にも関われるようになりたいですね。それだけの力を付けたい。あ、そう言えば基礎情報処理者は一発で取りました。基礎に過ぎませんが一安心。
 電話対応は初めは本当に下手だったのですが、少しはマシになった……けど結局はやっぱり下手だったりします。積極的に取るようにはしてるんですが。

 自分がこのままちゃんとやっていけるんだろうかという不安は常に果てしなくありますけど。テンパるとぐだぐだになる悪癖も全然直ってませんし。人間関係は今のところ普通ですが。可もなく不可もなくですが……。退社すると常にひとりぼっちな状況はもう少し改善したい気もします。岡山に来てからどうしても人間関係薄いですから。
 べたべたしても仕方ないですけど。

 と、今日は岡山桃太郎まつり花火大会でした。
 花火見たいけど1人で行くのも何だかなぁ(いや経験有りますが)、とか思っていたら2chの突発OFF板で募集掛かってたので乗っかって初対面の野郎5人で見てきましたとさ。花火はいいですね。美味しいラーメン屋も教えてもらいました。
 しかし花火の方はクライマックスで突然の大雨。びしょ濡れで帰った私でした。見るからにしっかり髪の毛セットしてオシャレしてきたように見える浴衣の女の子がすっかりぬれねずみになっているのはちょっと可哀想だったり。――カップル多いね! ね! しくしく。

2009年7月19日(日) 「ねこさん。・゚・(ノд`)・゚・。 」

 なんかうちのマンションのゴミ捨て場付近にネコがいたわけですよ。
 夜に自動販売機にジュースを買いに行ったりすると、がさがさと音がしてにゃーと鳴いてたりしたわけで。まぁ私はネコ好きなので、にゃーとか返したりしてました。

 夕方過ぎに雨も止んだのでちょっと外出しようかと思ってマンションの廊下に見たら、駐車場に見慣れない物体が。そのまま下に降りて自転車にまたがったんですが、いやな予感がしたので、見に行ってみたら……。

 しんでるー。・゚・(ノд`)・゚・。

 どうしようか迷ったんですが、また雨も降りそうだし放っておくわけにもいかないし、何より夏で既に腐臭を放ち始めているしで、取り敢えず新聞にくるんでゴミ袋に入れてマンションの軒下に置きました。ごめんね。ゴミ扱いするのは忍びないけど、結局クリーンセンターに持っていくことになるし、こうしておくしかないんだ……。

 なんか自動車にはねられたっぽい感じでした。
 そりゃ生き物は最後には皆死ぬんですが、ああ言うのを見てしまうとしょんぼりします。

2009年6月18日(木) 「ボールペン入手なのですー」

 昨日の日報に書いたことが随分と生意気だったんじゃないかと気にしながら今日の雑記です。

 会社の方は早めに切り上げて、家と逆方向に自転車を走らせてみる。本屋に寄ってちょっと参考書を見てみたかったので、ついでにその少し先にあるらしき大きな文房具屋まで足を伸ばしてみました。
 取り敢えず文房具をいっぱい見て満足。買ったのは少しだけですが。名札の紐と、あとはノートを3冊。1冊は会社で指示をメモする用にポケットに突っ込める小さいノートを、あと2冊は昔から小説のアイデア帳として使っているものを。
 B6版C罫の方はいつも通りですが、A5版B罫の方はいつもの30枚ではなく50枚のちょっと分厚いのを買ってみました。この分厚いノートをぎっしり埋められるんでしょうか。……というのか普段30枚のを買わなかったのはどっちかと言えば保守上(?)の理由ですが。常時持ち歩いているせいか傷みが早いんですよ。3代目も4代目も5代目も途中で綴じ部分が傷んであちこちセロテープで補修してます……。
 それとボールペンを1本。実はこれがいちばん嬉しかったです。ステッドラーのtriplus ball、既に1本持ってるんですが、あまり売ってないので予備が欲しくて……。これを売ってるというだけでポイントがすごく高い。

 ボールペンは自分のお気に入りがあるんですが、むしろ使用頻度が高いはずのシャーペンは現在も鉄板の1本は確保できてませんね……。普段遣いはプラチナのグラマーソフトドクターグリップCLスカイタイムですが、どっちも優秀であまり不満はないものの、どちらもこの1本鉄板と言うにはちょっと何かが足りない。
 あと、これは一つだけ明確な不満として。ドクターグリップCLはクリップが付いてないんですよね。私の場合胸ポケットにちょっと差してメモだけ持って、みたいなことが非常に多いので、そういう時にクリップがないのは致命的。これは何とかして欲しいなぁ。

 その後本屋に寄ったり帰り道にスーパーに寄ったり買い物の多い日でした。食パンをよく朝食に食べるんですが、6枚切りは1枚だと足りない感じで2枚だと少し食べ過ぎな感じ。と言うわけでやっぱり5枚切りに落ち着きそうな感じ。これがいいですよね。
 5枚は関西だけに多いと言いますが、調べてみたら岡山も5枚が多いらしい。よかったよかった。4枚だとちょっと分厚すぎて重たい気がするんです。

 ちなみに私は本来はごはん派で、朝食にパンが多いのは焼いてバターを付ければ食べられて時間がかからないというねぼすけさんのダメダメな理由です。

2009年6月17日(水) 「少しずつ業務に近付くわけで」

 研修の日々のはずだったんですが昼からちょっと突発事項が発生してそっちに対応。こういうこともあるんだとそれはそれで勉強になりました。

 無性に何か好きなものが食べたくなったのでココイチチキンカツカレー8辛とか奮発してみる。特にチキンカツは私的には奮発なのです。何とか言いつつココイチは美味い。美味しいものを食べるとちょっと幸せなのです。

 昨日は実は午後8時ぐらいには寝てました。少し疲れが溜まってきてたのでこういう時は寝られるときに寝ておくに限ります。

2009年6月16日(火) 「少しずつ業務に近付くわけで」

 やっと自分の机をもらいました。と言っても当分は午前中は別の部屋でレクチャーを受けて午後は自習みたいな日々が続きそうですが。
 そうしながら新人は電話を受けるのが仕事なのですが、外線電話のベルが遠いですー。聞こえにくいですっ。私耳が悪いから余計ですっ。しかも席の位置から考えると少し聞こえにくいアングルですっ。
 そして新人は結構いるので結局1本も取れなかった私なのでした。反射神経が足りませんっ。しくしく。

 日記が不定期気味なんですが何曜日は必ず更新するとか決めたほうがいいんでしょうか。あとブログに慣れてしまうと確かにFTPでの更新が面倒くさい。

2009年6月9日(火) 「ちょっとした、事件」

 日曜の夕方にとあることに気付いてそこから上の空でミスは連発するわ無愛想な態度で周りに顰蹙を買うわ精神的負荷で体調がおかしくなるわでぐちゃぐちゃでした……。
 何も解決してないけど取り敢えず私の側からのアクセスは収束。自己満足でいいです、自分の出来ることはしたと今は思っておく。と言うのか、所詮は他人事であり、最初から自分にほとんど何もできないであろうことは分かっていたけど、それでも自分で動かないことにはどうにも気持ちの整理が付きそうになかったです。ちょっとね、状況が状況だけに。人生\(^o^)/オワタを地で行けるような件で……何も動かずにいたら一生寝覚めが悪い。

 凄まじく抽象的な書き方でごめんなさい。さすがにここに書ける話題でもないので。今は状況の推移を見守るしかなくなったので、気持ち落ち着けて仕事頑張ります。

2009年6月5日(金) 「さらに細かく新配属」

 営業配属のための面接と結果発表があったんですが、無事開発ということで一段落。とまぁ報告だけしておく。当分は岡山確定です。

 後から加筆。という文章が報告とか意味のない6月中旬にようやくアップされる私の怠惰さを何とかしてください。

2009年6月2日(火) 「あたまのてんねんなこ。」

 自分の天然キャラっぷりが凄まじく加速しているのでどうしようかと頭を抱える日々なのです。曰く見ていて毎日飽きないだとか。曰くしゃべらせると全て笑いを取るだとか。挙げ句の果てに「もし営業になったら多分笑いはとれても仕事があまりとれないと思います!」と自分で言ってた私なのでした。営業は出来ないと思う。生の私を知ってる人なら誰でも分かることですが。

2009年6月1日(月) 「新配属」

 新人は1年間始業30分前に来て掃除だそうですよ! 寝起きが凄まじく悪くて毎朝眠気と大戦争を繰り広げている私には死活問題なのですw
 それでも去年より10分遅いらしい。

 初日からこっくりしかけたのでドラッグストアでカフェロップ+カフェイン系ドリンクの恒例眠気対策グッズを買ってくる。学生時代の常備品。本当は過度に頼りたくないんですけどね……。体壊さない程度に使おう。
 しかし眠気覚ましドリンクの平均価格がこっちに来て上がってしまいました。大阪時代は何故かやたら安い店を確保出来ていた上に、SHOP99の99円カフェインモカ(@清涼飲料水)という安売り切り札もありましたから……。薬事法改正でPBで出ないかなぁ、とか呟いてみる。今回の改正は(特に伝統薬業界とか考えると)私は賛成しかねるんですが、規制緩和自体は悪いことじゃないです。

 ともかくがんばりまーす。

2009年5月29日(金) 「メルアドもおひっこし」

 近所のスーパーで処分品という値札付きでお米を売ってました。まぁ普段私が買う米はわりあい安物なのですが、10kg1500円ってのはさすがに……。手を出せなかったです。

 配属は無事決定。
 取り敢えず来年春までの引っ越しはなさそうな雰囲気です。
 ビアガーデンで研修の打ち上げだったのですが、食べ放題飲み放題なのに色々な人と話していたらあまり飲みも食いもできませんでしたね……。2ヵ月過ごすと何とも寂しいわけで。まぁ同配属の方とはこれからもよろしくお願いしますですが。

 実はこの雑記もっと長く書いてたんですが吹っ飛んだのでめんどくさくなって簡単に書いてるのはひみつですよっと。
 ――「というのはひみつですよ」という文章が最近多い気がしますね私……。
 ともかくパソコンが過熱してぷつんと切れて落ちました。これから熱暴走が恐ろしい季節になります……。昔入れた2chのトリップ検索ソフトがCPUをフル稼働させて負荷を確かめるのに便利なので結構使ってみたりします。……この筐体、通気があまり良くないんですよね。取り敢えずエアダスターでホコリを飛ばしておいたので何とか大丈夫だと思うんですが……。
 いずれにしてもあまり良くない環境で稼働が5年を越えたので、有事対策も考えないといけないなぁと思う近頃。

 ふと思い立ったのでダイソーで家計簿ソフトを買ってきました。ダイソーのソフトなんて買うくらいならフリーソフトで良いのがあるだろう、とか言われそうですが、一応お金を出して買おうと思ったのです。フリーだとすぐにいい加減になりそうだったので、自分の財布を担保にしました(苦笑)。200円で偉そうに言うな、と今度は言われそうですが。
 6月からは家計簿を付けてみようと思います。

2009年5月28日(木) 「メルアドもおひっこし」

 話題にするのを忘れてたんですがメルアドを変えました。
 さすがにスパムが無視できないくらい激しくなってきたので。1日100通とかのオーダーになるとさすがに耐えかねます。多分ある程度はいたちごっこになると思うのですが、一応画像にしたので少しはマシになるでしょう。
 Yahoo!メールにセーフティアドレスなんて機能があったことを最近初めて知ったんですよね。サブアドレスみたいなものを10個まで持てるようで……。次にスパムが湧いたらそっちかなぁ。今のところはセーフティアドレスはあちこちの登録アドレスとかで使ってます。
 さて、30日の移行期間経過後にどこまでスパムが減るか。
 正直手持ちのアドレスはプロバイダ系も別のサブアドもスパムまみれになっている訳で、今後色々と考えていこうと思います。

 このサイトももう少し活発にしようと思ってるので、その前にアドレスを変えないと不味かったのです。正直以前のYahoo!アドレスには個人的なメールが来ることはほとんど皆無となっていたので(メーリングリストとかメルマガが大半でした……)、変更しても影響は出ないと判断しました。

 しかし先代のメルアドはgeocities.co.jpから変更して以来多分7〜8年ぐらい使っていたわけで、まだ前の方が馴染みがあります。すぐに慣れるんでしょうけど。

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 明日は配属決定。

2009年5月27日(水) 「はんぶんこ、とその他のもろもろ」

 そう言えば昨日の西大寺鐵道展で唖然とした話。

 あの会社は戦前にボギー車――と書いても分かりにくいですが、まぁ要するにちょっと大きめのディーゼルカーを作ったらしいんですよ。で、あまり調子が良くなかったらしいんですが。

 展示パネル見てたらこんなことが書いてあったわけです。
 『戦後2分割されてキハ8とキハ10となったことで有名で……』

 …… 2 分 割 ! ?

 鉄道模型か何かみたいなめちゃくちゃなことが本当にあったとは……。

 それはともかく本題です。

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 半分ぐらい私信めいたつぶやき。あとの半分は誰宛でもないつぶやき。
 思い付いてリンクページを整理し直したわけです。具体的には、存続しているものの更新停止が長く、ちょっと復活の見込みが低くなってきたサイトを切り出してみました。そもそもデッドリンクが多いわけですが。

 リンク方針についてはいずれちゃんとサイト案内ページで書いた方がいいのかもしれませんが、人との繋がりの記憶は大切にしたいと思ってますので、何らかの事情で積極的に断ち切りたいと思った時以外は(――過去にそういう例はありました)、基本的に閉鎖サイトのリンクも残すことにしてます。あとは移転とかもなるべく探すようにはしてますが。

 特に別名サイトになっている場合、旧サイトの跡地がちゃんと残っていて新サイトにリンクが張ってあれば追跡してリンクを張り直すんですが、それが無い場合は移転先を捕捉しても張っていいか分からずに見失った扱いにしていたりします。新しいサイトに移る際に関係も一度リセットしたいという人もいますし、別名義サイトを持ってたりするので私もその気持ちは分からなくもないですし。

 時々本当に見失っていたりするんですが。本当はリンク先はこまめに巡回すべきと思いつつ、気が付くとしばらくご無沙汰している間に行方不明になっているケースもあるのです。これは申し訳ないとしか言いようがないです。

 それでもリンクページには残すのです。
 ネットの人間関係はどれだけ仲良くなったように見えても消えるときは希薄なわけで。片方がネットに来なくなればもう追い掛けようもない。昔用事のついでに東京の人と会ったことがあったんですが、その時に言ってたのが……いつかどこかで再び出会うことがあっても、その時にお互い気付くことも出来ないのなら寂しいなと。
 同じ理由で辰田を名乗り続けてこのサイトを維持していて。
 もう自分の方からは絶対に探せなくなった人がいるわけですが、取り敢えずここに自分のサイトを残しておけば、向こうからはまだ自分のことを探すことが出来るんだなぁと。将来的にこのサイトがどうなるかは分かりませんが、何らかの形では残そうかなぁと。

 と、長々と書いてみたわけですが、そういう昔の人の1人と繋がりを取り戻すことが出来たのが本当に嬉しいわけです。
 2000年のことになりますか……。もう8年以上も前になるんですね。……そっか、8年。そりゃそれだけの時を経れば向こうの環境も変わるわけですね……。
 時の流れの早さに驚くのは多分、私自身がロースクール5年間の遠回りを歴ていて、そこがブランクみたいになってるせいなんでしょうね。本当に5年間時計の針が止まっていたような気がするのです。その間に年を喰って奨学金という名の借金が出来てあと色々諸々と失ったりしてるわけですが……。

 あの頃のあの場については、本当に自分の人生を左右してしまったわけで――何と言えばいいんでしょうね? 幸せな記憶がいっぱいで、そこからたくさんの夢を見て、それに向けて頑張っていて。反面、あの頃に願った未来を何一つ叶えられなかった悲しい記憶も詰まっていて――。

 5年間で失った人間関係だけは今一生懸命つなぎ直そうとしてますけどね。

 そしてそれでも、自分が一歩踏み出したことから始まったあの場は、幸せなことも悲しいことも詰まったあの場所は、今まででいちばん、そして多分これからも二度と出会うことの出来そうにない、宝物なのです。
 あれを経てなかったら多分今の自分はいない。

 この話題になると気持ちが溢れてくるのでそれは置いておいて。

 まぁとにかくリンクの復帰に関しては今度こそ末永く交流が出来ますように。

2009年5月16日(土) 「けえべんらしいです」

 休日にごろごろしているのは良くないと西大寺鐵道展に行ってきました。午前中うだうだしてたので午後からでしたが。

 でまぁこれがまたすごく良かったんですよっ。びっくりした。正直ここまで充実した展覧会だとは思ってもみませんでした。
 写真パネルの展示が主なんですが、これがもう。鉄道写真というより、鉄道が溶け込んだ沿線風景という趣の写真が多くて。鉄道に乗ったり線路で遊んだりする子供たちとか、線路に自動車が路上駐車しているという目を疑うような写真とか。とにかく人々の生活の中にある西大寺鐵道という写真ばかりで。――もちろんこれだけじゃないですよ? タブレットとか時刻表とか運転手の免許証とか果ては自転車定期券とか、もう垂涎ものの展示もいっぱい。廃止時の写真も10枚ぐらい展示してあったんですが、鉄道の写真より何より、駅長が白いハンカチを目に当てている大きな写真が印象的でした。

 沿線の人たちに愛されている、そして西大寺鐵道から発展した両備グループがこの西大寺鐵道という自らのルーツを今でもものすごく大切に想って愛している、それがびしばしと伝わってくる展示でした。
 展示会場である西大寺バスセンターの前には当時の保存車が1両残っていて(――今見ても良い車両です)、綺麗に整備されてます。内部が公開されていたんですが。会場に入る前と入る後にのぞいたんですが、どっちも子供が運転台に座って大喜び。レバーとかあちこちをがちゃがちゃ触っているので思わず壊れないかなと心配になったんですが、そうして今も子供に大喜びで触ってもらえるのってもしかすると保存車冥利に尽きるのかも知れませんね。すごくほのぼのしました。
 ロングシートに座って携帯でメール打ってたら、出て行く子供が「ちゃんとうんてんしてくださいね!」って。で運転台に座ったら、ここが動くとか教えてくれたんですよっ。ほのぼの。これだけで心があったかくなります。

 あとグッズはマニア心がわかっていすぎですっw
 ものすごく気合いの入った廃線跡ウォーキングマップとか有料なのについ買っちゃいましたよ。メモ帳の表紙が自転車切符だったり、キハ7(=保存車)のペーパークラフトがあったり(SLもありました)。あとは限定30個らしいマッチ箱客車の模型とか。さすがに模型は買わなかったですが、グッズ色々手を出しちゃいましたよ……。展覧会系でメモ帳なんて買ったのは初めてかもしれない。

 ――西大寺鐵道が廃止になったのって、赤字累積ではなく赤穂線の開通と引き替えなんですよね。最後の頃まで黒字だったらしい。それもあったのかもしれませんが、幸せな記憶の中で旅立っていった鉄道なんだなぁと思いました。

 で、その後はせっかくなので上の階にある范曽美術館へ。けっこう以前に閉館してしまい、現在は時々イベント関係で特別公開しているようです。今回は西大寺鐵道展に合わせて土日のみ開館だとか。
 范曽という中国の現代文人画家の作品を集めた美術館だそうです。行って初めて范仲淹の子孫だと知りました。はんちゅうえん……記憶の彼方に吹っ飛びかけた名前を。
 文人画というのは滅多に見られないジャンルだけに、色々と興味深かったですねー。書も画も素晴らしい、と思ったのですが(八仙図とか竹林七賢とか良かったです!)、正直全く知識のないジャンルなので何とも言えない自分が寂しくもあり。

 で、この段階で結構時間が押してたわけで。
 本来なら現在の西大寺地域のメインイベントであるはずの緑化フェアを敢えてパスした私。いいのか私。――まぁ言い訳をすれば、有料だし雨降りそうだしまぁ良いかと。雨の方は結局夕方まで保ちましたけど。
 それともう一つ――実はこの時返却期限切れの図書館の本を抱えていたという事情もあります。西大寺図書館があるのは確認してたので、返却がてら様子見に行こうかなと。図書館があると回ってみるのは私のよく分からない習性ですっ。

 というわけで、その経由地にあたる西大寺観音院へ。会陽というのか通称裸祭りというのかが有名なお寺ですね。これがまた良かった。観光ボランティアの方からじっくりと説明も聞いて、ゆっくりと見て回りました。祭りのために段を上がったところにまるで神社の拝殿のようなすごく広いスペースがある変わった作りの本堂なのですが、あそこに祭りとなると5000人の人がぎゅうぎゅう詰めになるというのは凄い話で。
 ――まぁ、祭りのスペースが普段見るとすごく狭く見えるというのは私も自分の地元の祭りで痛感するわけですが。灘のけんか祭りの御旅山のふもとの練り場とか、普段見るとすごく狭いです(苦笑)。
 ともかくもこれは見に来たいですっ。

 のんびりした後は最初の予定通り西大寺図書館へ。と行ってみたら図書館というより図書室に近いような小さな分館でした。ともかくも持ってきた本を返して、ちょこちょこと目に付いた本を新しく借りて帰りました。帰りは赤穂線の西大寺駅まで歩いてみたり。
 久しぶりに充実した1日でした。
 来週もがんばろうっと。

 あとせっかくなので写真をいっぱい並べてみます。クリックすれば大きくなります、と言っても携帯撮りの640×480ですが。

バスターミナル前の保存車キハ7。多分あちこちのサイトで見られるアングルですが、結構きれいに整備されてます。
正直もっとゲテモノっぽい保存車があればそれはそれで楽しかったんですが、多分この車両って西大寺鐵道会心の車両だったんだろうなぁ、と今の視点で見ても分かります。ちなみにこの荷台に自転車とか載せて走ってたようですが。

どうやら西大寺鐵道展の期間中だけ特別公開らしき車内。どうやら今回の公開に際して整備し直したようですが、綺麗な状態を保ってます。
外見の段階から感じてましたが、中に乗ってみても軽便鉄道によくある狭い感じがそれほどしない車内なんですよね。そりゃ少し小さめではありますが、普通のディーゼルカーに乗っている程度の感覚しかなかったです。軽便と言っても914mmですので、標準的な762mmの軽便と比較すると広いのかも知れないです。

でもって、運転席も撮影してきました。ここに座ってちょっと運転台気分に浸れますが、土日に行くと子供に大人気で大人は気恥ずかしくて座りにくいのがネック。
 左端の回転ハンドルに隠れてしまってますが、他の機器は動かないのに左側のレバーだけはスカスカで動く状態になってました。中のギアが折れてるのかも。
 それでもまぁ状態は良いと思います。ブレーキハンドルとか付いてたらもっと雰囲気が出るんですけどね。

ちなみに当時の駅前商店街とおぼしき通りはそのまま残ってました。歩き始めてから思い付いて撮ったのでこの写真には入ってませんが、バスセンターそばのこの通りの入り口にはちゃんと商店街名を書いたゲートもありましたよ。

ついでなのでこれが、その後回った西大寺の本堂。会陽のためなのか随分と独特な様式をしています。
ちなみに祭りとなるとこの内側で5000人の男が押し合いへし合いするんですよね。で、この本堂の柱、男たちの肌に擦れて内側だけが表面つるっつるになってます。外側を触るとざらっとしているわけで、毎年1日だけとはいえ130年の歴史というのはすごいものだと思わされました。
観光ボランティアの方によると、これがまさに男が磨き抜かれた証だと。うん。何となく感銘を受けたので書いてみました。

 さて、廃線跡ウォーキングマップなんてものを入手すると実際に自転車ででも走ってみたくなるんですがどうしますか辰田さん?

2009年5月14日(木) 「懐かしのろくまる」

 なんかあまりに雑記が止まっていたので取り敢えず何でもいいから書こうと思いました。と言っても会社の話はあまり書きたくないんですよねー。ちょこちょことは書きますが、今のところどちらかと言えば抑えめにしておきたい実情。
 と言うのかずーっと研修なのであまり書くことがないんですよ。日がな一日座学だったりJava組んでたり。

 小さい頃の刷り込みってのは凄いなと思います。
 PC-6001mkIIとかPC-6001mkIISRというキーボードと本体が一体化したパソコンが昔ありまして。多分昭和60年前後の製品だと思うんですが、当時のNECの低性能ホビーパソコンで、カセットテープにデータを保存してたりしました。で、私がめちゃくちゃ小さい頃にそのパソコンがあって家で触っていたわけですよ……。幼稚園児とか小学校低学年とかそういう頃に。
 時代が時代ですしそんなローエンドですので、Windowsは論外としてMS-DOSすらありません。何をするにもBASICが必要だったような時代です。
 うん、そんな訳でわたしBASICのプログラミングは出来るのですよ。フローチャートも当時読めたし書けたのですよ。

 そんなころの知識が20年以上経って自分がこれから勉強していくベースとなってくれるから有り難いものです。これからやることと当時BASICをちょこちょこいじっていた話とは比較するのも烏滸がましいですが、得しているのは間違いない。
 オブジェクト指向の概念には苦労してますけどね!

 しかしまぁ。新入社員が一堂に集まって研修を受けてるわけですが、自分がその中でどう見られているのかとか難しいものです。
 取り敢えず突発性難聴の影響で声をかけられても結構気付きにくく、自分の世界に入っているかのように思われるのはちょっと寂しいものがありますね……。

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 そのうち追加していきます。

2009年5月11日(日) 「たまには読書記録」

 マウスの真ん中のホイールクリックが出来なくなってから半年以上経っていた上に時々勝手にシングルクリックがダブルクリックになって勝手にリロードされて書いてた文章が吹っ飛んだりして非常に迷惑だったマウスですがようやく買い換えました。
 主語までの修飾語がこんなに長い文章は悪文なので書いてはいけません。

 2代連続でELECOM製マウスがわりあい短命だったので――じゃない、正確にはこの2個の間に半月で壊れた中国製謎メーカーマウスがありましたっけ――、試しにサンワサプライを買ってみました。少し高くてもLogicoolというのも考えたんですが、何故か近所のデオデオ(――私は初めて聞いたんですが中国地方基盤の大きなチェーン店のようですね)にはレーザーしか置いてなかったので……。どうせ駅前に行ってもパソコンに強い店を知っているわけでもなく、面倒なのでとっとと当分。
 今はちょっと慣れない感じですが、手に馴染むまでがまんがまん。

 しかしマウスに『戻る』『進む』のボタンがあるのって便利なんでしょうか?
 使い慣れてくると便利なのかも知れませんが、ないのが当たり前だったので敢えて使う気にもならない現状。そのうちエディタ辺りで何か操作を割り当てて見ようか。

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