
中島敦著。芥川賞候補作品。編集中。印刷A4用紙**枚、400字詰原稿換算**枚。「青空文庫」より。 明治42年5月5日、東京に生まれる。中島家は、乗物師の名家として代々日本橋新乗物町(現日本橋堀留町)に住んだ。祖父の代から学問を志し、従祖父、伯叔父、父と、みな漢学に生きた。一高を経て、1933年(昭和8)東京帝国大学国文科卒業。大学院在籍のまま私立横浜高女の教師となる。中学時代から小説を書いたが、孤独をよしとする生活を貫いたため、世に知られる機会を得られなかった。41年南洋庁の教科書編集書記としてパラオへ赴任、彫刻家・民俗研究家の土方久功(ひじかたひさかつ)と知る。出発前深田久弥(きゆうや)に託した原稿が深田によって『文学界』に載り(42年2月号に『山月記』と『文字禍』)、初めて有才の新人として処遇される。42年3月帰京、作家としてたつ決意をし、『悟浄出世』(1942)、『弟子』『李陵(りりよう)』(ともに1943)を書き、7月『光と風と夢』、11月『南島譚』を刊行するが、12月4日持病喘息によって死去。多磨墓地に葬られる。第二次世界大戦下文学の清冽(せいれつ)な一脈である。 「折々の随想」読者サービス本。 |
中島敦著。『李陵』、『山月記』、『名人伝』、『盈虚』、『狐憑』、『夾竹桃の家の女』。印刷A4用紙34枚、400字詰原稿換算168枚。「青空文庫」より。 「折々の随想」読者サービス本。 |
