
織田作之助著。『世相』、『木の都』、『聴雨』、『夫婦善哉』。印刷A4用紙46枚、400字詰原稿換算204枚。連載中。 大正2年10月26日、大阪市中央区生玉前町に生まれる。父鶴吉、母たかゑの長男。事情あって母の兄鈴木安太郎の戸籍に登載。のち両親の婚姻届け出、父の認知届け出とともに織田姓に改められた。家業は鮮魚商。1931年(昭和6)高津中学を卒業し旧制第三高等学校に入学。33年、処女戯曲『落ちる』を発表。35年、同人誌『海風』を創刊。36年、三高を退学。38年、処女小説『ひとりすまう』を発表。『雨』(1938)が武田麟太郎に注目された。39年、宮田一枝と結婚。40年『俗臭』(1939)が芥川賞候補となり、『夫婦善哉』(1940)が改造社第1回文芸推薦作品受賞作となって、新進作家としての地位を獲得。41年『青春の逆説』を刊行したが発禁となる。『動物集』(1941)は正宗白鳥から賞賛された。42年から清楚な名作『木の都』(1944)などが一連の歴史小説や発表された。44年、一枝を失う。 第二次世界大戦後、1946年(昭和21)『六白金星』『アド・バルーン』『世相』『競馬』と問題作を集中的に発表、流行作家の名をほしいままにし、さらに長編『夜光虫』『土曜夫人』を発表。伝統文学を超克する評論『可能性の文学』を発表と同時に喀血し、翌47年(昭和22)1月10日死去。大阪楞厳寺に眠る。 「折々の随想」読者サービス本。 |
織田作之助著。『放浪』、『六白金星』、『競馬』、『ひとりすまう』。印刷A4用紙27枚、400字詰原稿換算133枚。 「折々の随想」読者サービス本。 |
