
島木健作著。『ジガ蜂』『赤蛙』『黒猫』『癩』『鰊漁場』。印刷A4用紙43枚、400字詰原稿換算189枚。 生活の探求小説家。明治36年9月7日、札幌生まれ。本名朝倉菊雄。2歳のとき父を失って一家は離散し、苦学しながら20歳で北海中学を卒業、東北帝国大学法文学部の選科に入ったが、東北学連に加わって学業を棄て、1926年(大正15)日本農民組合香川県連合会木田郡支部の書記となり、農民運動に投じた。28年(昭和3)三・一五事件で検挙、起訴され、翌年控訴審の公判廷で転向を声明したが、30年有罪が確定して下獄した。32年仮釈放ののち、34年4月『文学評論』に『癩(らい)』を発表して注目された。7月に『中央公論臨時増刊新人号』に載せた『盲目』も世評をよび、その年のうちに第一創作集『獄』を出版して新進作家としての地歩を固めた。37年6月『再建』を刊行したが発禁となる。翌月の日中開戦を挟んで、10月には帰農を主題にした『生活の探求』を発表、38年6月刊の続編とともに、戦争下の青年、知識層に広く迎えられる。この年末、農民文学懇話会設立に参画。『満洲紀行』(1940)などの旅行記もある。晩年、宿痾の肺患の床に小康を得て最後の長編『礎(いしずえ)』(1944)を書き上げたのち、『黒猫』『赤蛙』などの短編を残したが、昭和20年8月17日、敗戦の翌々日、鎌倉にて没した。 「折々の随想」読者サービス本。 |
