『著作集』 V ol.1(PDF 180KB)『小説』
武田麟太郎著。『現代詩』、『一の酉』、『釜ケ崎』、『日本三文オペラ』、『大凶の籤』。印刷A4用紙35枚、400字詰原稿換算155枚。
 明治37年5月9日、大阪市に生まれる。父武田左二郎、母すみゑの長男。旧制三高を経て東京帝国大学仏文科に進む。その間同人雑誌『真昼』を創刊。藤沢桓夫(たけお)らの『辻馬車』に参加する。このころから帝大セツルメントの仕事をするなど組合運動にも加わり、その体験を生かして『暴力』(1929)などプロレタリア文学作品を書く。しかし一方その政治主義的偏向から脱出しようとして『日本三文オペラ』(1932)のような庶民的な視点で当時の風俗を描いたいわゆる「市井事もの」の筆をとった。1933年(昭和8)には川端康成、小林秀雄らと『文学界』創刊に参加。『銀座八丁』(1934)、『下界の眺め』(1935〜36)など新聞連載という形で当時の風俗を描き出している。36年には『人民文庫』を創刊し、「日本浪曼派」の詩精神に対抗して散文精神を主張。その雑誌に、傾倒する井原西鶴について連載小説の形で書く。太平洋戦争中には徴用作家としてジャワへ行ったが、このころにめぼしい作品はない。彼の小説は志賀直哉、横光利一、プロレタリア文学、西鶴などの影響を受けたが、庶民的視点によって庶民を描くという点では終始変わることがなかった。昭和21年3月31日、肝硬変で死亡。
「折々の随想」読者サービス本。