3年前の殺人予告


タクシーが病院の前で止まる。 精算を終え、昇降口から飛び出すと、走って病院の中に駆け込んだ。
息を切らしながら、入り口にいた守衛に霊安室の場所を尋ね、再び走りだした。 階段を駆け降り、廊下の突き当たりまで走る。 入り口のドアまできて立ち止まり、しばらく呼吸を整えてから、ドアノブを捻る。ゆっくりと押すと、 キーッという軽い音を立ててドアが開いた。
薄暗い部屋の中央のベットは白い布で被われ、その横で、中年の女性がパイプ椅子に座っている。 その表情には生気が無く、ただ呆然とベットを眺めていた。
部屋に踏み込むと、死角になっていた方向から小さな声で呼ばれた。
「カン。」
声の方振り向くと、部屋の隅にシンが立っていた。
「早いな、もう来てたのか。」
「いや、俺もさっき来たばっかりや。」
軽くうなずくと視線を戻し、ベットに歩み寄った。
女性は気配を察してこちらにチラと顔を向けたが、またすぐにベッドの上の亡き息子に目を戻した。
「おばさん…。」
「カン君、忙しいのにわざわざゴメンね。」
「いえ。」
「…もしよかったら、顔見てあげて。」
「あ、はい。」
言われるままベッドに歩み寄り、顔に掛かっている白い布をそっと捲ってみた。
少し見ないうちにちょっと痩せたようではあるが、 ヨウイチの顔は穏やかで、眠っているようにしか見えない。 静かに布を戻し、両手を合わせはしたものの、 あまりにも突然のことでもあり、そこに死という実感はまだ湧いてこなかった。
「どうしてこんなことになちゃったのかしらね。 親を置いて先に逝っちゃうなんて、親不孝者だわ…。」
独り言のようにつぶやくおばさんの力のない声に、いたたまれない気持ちになる。 ヨウイチの死に顔を見るよりも、いつもあんなに明るかったおばさんの、こんなにも弱々しい姿のほうが、 心を締め付けた。
重い空気に耐えられず、半ば逃げるようにして、部屋の隅にいるシンのもとへ歩み寄った。

俺達3人は、大学のサークルで知り合った。
他にも友達は沢山いたが、この2人とは妙に馬が合って、 いつもつるんで遊んでいた。 俺とシンは地方から上京してきたのだが、ヨウイチは実家から通っていたので、 ちょくちょく遊びに行っては、夕飯をご馳走になったりしていた。 母一人子一人だったせいか、おばさんは俺達2人も自分の息子のように接してくれたし、 俺達にとっても、第二の母親ともいうべき存在だった。
大学を卒業してからは、互いの仕事が忙しかったこともあって3人揃って会う機会は滅多に無くなってしまったが、それでも年に1回くらいはヨウイチの家を訪れていた。

おばさんから電話を受けたのは、終電に乗って会社から帰ろうと駅へ向かう途中だった。 ヨウイチが職場で突然倒れ、病院に搬送されたが、病院に着いた時には既に息を引き取っていたらしい。
電話口の向こうの声は動揺と混乱で、内容が支離滅裂で事情を把握するのが大変だったが、 なんとか病院名だけは聞き出すことができた。 すぐにシンにも連絡を取り、タクシーを拾って来たのだが、 会社が近かったぶんだけ、シンのほうが先に着いたらしい。
シンと小声で、死因や、最近のヨウイチの様子について話したが、 ここ1、2ヶ月の間、ヨウイチは連日残業続きで、シンもあまり連絡を取ってはいなかったらしく、 自分と状況はさして変わらなかった。
今のおばさんに詳しい話を聞きだす気にはとてもなれず、 こんな深夜では医師に説明を聞きに行くこともできないし、 まして親族でもない俺達が行ったところで、詳しいことまで聞き出すのは難しいかもしれない。
ヨウイチが死んで、独り残されたおばさんの絶望感は計り知れない。 ヨウイチの代わりにはなれないだろうけれど、せめて何か力になってあげたいと思う。
遠目から見るおばさんの姿は、もともと小柄な身体が一層小さくなってしまったように見える。 声をかけることも出来ず、突っ立ったまま、しばらくおばさんの姿をぼんやりと見つめていた。
ふいに、シンが軽く肩を叩いて、声を掛けてきた。
「カン、ちょっとええか?」
そう言うと、手を小さく動かしてドアの外に出ろというような手振りをした。
「ん?あぁ。」
俺は誘われるまま、2人で静かに部屋を出た。
シンの後ろについて廊下を進み、階段を登る。 何の音も無い深夜の院内に、2人の足音だけが響く。 受付ロビーのソファに並んで腰を下ろした。 しばしの沈黙のあと、シン小さな声でつぶやくように言った。

「なぁ、ヨウイチの死んだ原因て、ひょっとしてアレとちゃうんかな。」
「ん?アレ?アレってなんだ。」
「・・・、お前、3年前の今日の事、覚えとるか?」
「3年前?え〜っと、大学4年のときの今日?…なんかあったけ?」
「今日は、俺の誕生日や。」
「あっそうだったか。忘れてたよ…ってことは、え〜っと、あ、俺の家で3人で飲んだんだっけ?何かあっ・・・おい、まさかアレのこと言ってんのか!?」
「思い出したか?」
「いや、ちょっと待てよ。おまえ、あんなのホントに信じてるのか?!あんなもんで死ぬわけないだろ。何言ってんだよ。」
「いや、俺もさっきまで忘れてたんやけど、お前から電話来た時に、急に思い出してん。 なぁ、アレのせいでヨウイチは死んだんちゃうやろか?なぁ!」
「アホか。そんなわけないだろ。あんなもん、ガキの遊びと変わんねえじゃねぇか。 あんなもんで人が殺せるんだったら、日本中で死にまくってるっての。考え過ぎだって。」
「せやけどアレからきっちり3年やし、日にちだけやのうて時間までだいたい同じくらいやぞ!いくらなんでも出来過ぎちゃうか?!」
「いや、まぁ落ち着けって。」
「でもおまえ、ぴったり3年なんて、いくらなんでもおかしいと思うやろ!?」
「そんなわけないって!」
「おまえは自分は何もしてへんから、わかれへんねんて!だってあン時お
「だからそんなわけないって言ってんだろ!!」
「いやでもよ
「静かにしてください!」

突然聞こえた女性の叱責の声に、俺達は我にかえった。
近くに、若い女性の看護士が立っていた。 話に夢中で気がつかなかったのか、 俺達の声を聞いて、わざわざナースセンターから走ってきたのだろう。 少し息を荒くしながらさらに近づいてくると、1つおおきな溜め息をついてから、静かに言った。
「ご友人の方が亡くなられてショックだとは思いますが、もう消灯時間も過ぎてますから、もう少しお静かにお願いしますね。」
「あ、はい。すいません…。」
シンは黙ってうつむいていた。 シンのほうにちらっと目をやってから、彼女は後ろに向き直って歩きだした。
俺は、彼女の姿が見えなくなるまで、その後ろ姿を見ていた。 途中、何度かこちらを振り返り、俺と目が合ったが、足を止めることはなく、そのまま歩いていった。 彼女がナースセンターとおぼしき部屋に入るのを確認してから、シンのほうに向き直ると、再び話し始めた。

「俺かて、別に信じてるってわけやないで。せやけど、偶然にしちゃぁあまりにもタイミング良すぎるやろ。 …なぁ、コレってやっぱ、殺人になるんかな?俺の手は汚れてしもうたんか?」
「・・・なにドサクサ紛れに上手いこと言ってんだよバーカ。そんなわけないって。 まだ原因わかんねえんだろ?なら司法解剖にまわされるはずだし、それでハッキリするじゃねえか。 仕事が忙しかったってんなら、過労死って可能性もあるんだし。 おまえがそんなふうに内心そうだと思い込んでいたって、ヨウイチがうかばれるわけでもないんだし。な?」
「いや、そうかもしれへんけど…」
「考え過ぎだって。」

そう言ってシンの肩を軽く叩く。
シンは黙って項垂れたまま、もう何も言わなかった。 重い沈黙が周囲を包み込む。
ベンチにもたれたまま、天井を見上げる。 消灯された病院の廊下は薄暗く、非常灯の明かりだけが、やけに白く光っていた。
シンには自分であんなことを言いながらも、俺は3年前のことを思い返していた。 薄れていた記憶が、しだいに鮮明に蘇ってくる。

大学4年の今日。 シンの誕生日のちょうどその日に、ヨウイチの某大会社への就職内定が決まった。 誕生会と就職祝いも兼ねて、夕方から俺の部屋で3人で飲み始めた。
その日は、もうすぐ秋だというののにやけに蒸し暑くて、3人とも服を脱いで、Tシャツ1枚で 暑い暑いと言いながらビールをガバガバ飲んでいた。 バカ話で散々っぱら盛り上がって、3時間くらいを過ぎた頃に、ヨウイチが「あ〜もうダメ…」なんて言いながら俺のベットに倒れ込んだ。

「おまえ、なに寝とんねん。」
「いやちょっとヨウイチ、人のベット取んなって。」
「いや無理。もう無理…。」
「いやええからオマエ起きろや。」
シンが身体を揺すっても、うつ伏せで大の字になったまま、ヨウイチはいっこうに起きようとしない。
「ごめん、おれ少し寝るわ。」
「いやいやいやいや、マジ勘弁してくれって。」
「オマエええのか?いてまうぞ?」
そう言ってシンがベットに上がり、ヨウイチの後ろに座り、ケツを引っ叩く。
「痛てっ、やめろって…」
「だったら起きろやー!」
「ん〜、無理…。」
「起きろ言うてるやろ!!」
そう言ってシンがもう1発叩く。 俺は笑いながら、ビールを片手に2人のやりとりを見守っていた。
「ん〜。」
「おまえ、今起きひんかったら絶対後悔すんで?ええんか?」
「・・・」
「ええんやな?」
「・・・」
シンはおもむろに正座に座り直すと、構えをとって大声で叫んだ。

「秘技!! 3・年・殺し!!
「ぎゃああああああああああああああああああああああああっ!!」

(2003.11.25)