悪魔の修辞典

LES RHETORIQUES DEMONIAQUES

 
 

『季刊 本とコンピュータ』誌*1998年秋号(通巻第6号)の「総調査・こんなにたくさんあるぞ、インターネット上の用語辞典」コーナー(239ページ)にて、役に立ちそうな多くのページとともに、なぜか本ページが紹介されました。98/10/13
んと!ゐんば先生*、「猫になれ*」のページにてこのページを猫にしてしまいました。
と言うわけで...悪魔の修辞典・猫バージョン*もあります...(但し、猫バージョンからはリンクが不自由ですので、猫バージョンの存在を確認されたらブラウザの[戻る]ボタンでオリジナルに戻られた方が良いかと... )

 
 

目次
  1. 解説
  2. 本文
    1. 比較・引用・比喩・列挙
    2. 結論を導くための接続詞・副詞等 Up
    3. 受け手をウンと言わせるための...
    4. 否定・反論のいろいろ
    5. これを言いたいがために...
    6. 何を言ってるのか...曖昧さと矛盾
    7. コミュニケーションの宿命、その他
  3. 公開前・私家版へのあとがきと謝辞
  4. よりハイソ(?)な投稿のために久野先生のページ*

解説

 この項では、コミュニケーションにおける「受け手」に対する「送り手」の側のこころを示すことが目的となっています。送り手がさまざまなレトリックを駆使して物を書いたり言ったりするときに、どんな心理が働いているのでしょうか。「(論文というものは)もっと調べて中身のあることを書くものだよ」と指導教官にいわれた時にレトリックで誤魔化してばかりしていたので大学に長くいられなかったのです。辞典という形を採ってはいますが、項目の順序は脈絡のない配列になっております。文句のある方はメールくだされば全精力を傾けて闘うか簡単に白旗をあげるかいたします。
 ご投稿を歓迎いたします。ふるまでメールにておしらせください(私の怠慢により、まだ投稿フォームは作成しておりません)。どうしても「投稿フォーム」をお使いになりたい方は、ついにahoo*にまで紹介された私の大師匠よろずや様のとことんクドい投稿フォーム*に「只のひやかし」等として投稿することもできます(よろずや様(言魔廃人)のご厚意による)。「愛の告白」としてご投稿されれば大師にはなおのことうるわしゅうあらせられるかもしれません。なお、解説中の「送り手」は、「論者」「話者」などと読みかえていただいて差し支えありません。また、文中「筆者」とある場合は当該項目の作者を指すこととします。

 
 

比較・引用・比喩・列挙

レトリックの種類

<表現例>

意味 例文等
item of rhetoricmeaningexample
伝聞表現 送り手の根拠のない憶測を、さりげなく開陳する語法。主に話し言葉において用いられる 彼女にはかわいい弟がいるんだって。→彼女には年下の男がいるそうよ。→彼女に男ができたって知ってる?→彼女は男遊びをしているのよ。あの顔でねぇ。→一説によると、彼女は妊娠したという。→彼女が堕ろしたんだって?僕は信じないぞ。→「これはあくまでも噂だからあんまり他人に言うなよ。実はな、あの娘にはヤクザのヒモがいて、普段は三下が一緒に住んでるらしい。」「そういえばそのチンピラ、彼女の事『姉貴』って呼んでたなぁ。」
かわいそうに。
同様
<A同様Bである>
a.AよりBが言いたいとき→Aの権威によるBの論証→引用表現
b.BよりAが言いたいとき→Bは単なるつけたし
a.アリストテレス同様、私は偉大な哲人である。
b.校長「先生方の頭脳が聡明に回転しているのと同様に、そう、今も地球は自転運動を行っているのです。」
生徒「(毎日朝礼のたびにこれだもんな、24時間周期で同じことを聞かされたんじゃたまらんぜ)…」
引用表現 1.送り手の文章より権威あるもの(人)を引用する事で、送り手の正当性を主張すると共に責任転嫁の効果ももたらす(言魔廃人:一部改変)。
2.虎の威を借りる(ふる
同様a.
「あの有名な○○教授もその論文の中で述べているように、このような場合...」(言魔廃人
例示表現 「都合の良い場合のみあげると」→自己完結 二進数は自乗しても必ずもとの数に等しくなるというユニークな性質をもっている。なぜなら、二進数には「0」と「1」の2種類しかなく、そのいずれについても、0×0=0,1×1=1であることから上の性質を満たす。(証明終)
擬人法
a.人間以外のものを人間になぞらえることにより、「送り手はなんてポエムな人なんだろう」という感慨を受け手に与える修辞法の1つ。
b.人間以外のものに送り手の責任を転嫁する場合もある。
a.鳥が歌っているわ!
(俳句の季語で)「山眠る
b.雪山が呼んでいる。行かなくては。
 
ふる注:「人間以外のもの、とくに無機物にもし心があれば、何を言いたいだろうか」という不思議な投稿によって成り立っている「無機物の叫び」*というサイトがあります。笑えると同時に発想の豊かさに感心させられます。
擬声語
動物・人間の声を写した言葉、と辞書にある。 論理を超えた送り手のセンスが問われるので、たかがワンニャン言葉とバカにしてはならない。右の例文は、筆者の知ったかぶりの最たるものだが、漱石の文章の流麗さにはシャッポを脱ぐほかない。 「三重吉の小説によると、文鳥は千代々々(ちよちよ)と鳴くそうである。その泣き声が大分気に入ったと見えて、三重吉は千代々々を何度となく使っている。あるいは千代という女に惚れていた事があるのかも知れない。しかし当人は一向そんな事をいわない。」「文鳥は自分の方を向いたまま、止まり木の上から、のめりそうに白い胸を突き出して、高く千代といった。」(『文鳥』より)
擬音語
物音を写した言葉、と辞書にある。といっても、ありのままに「写して」いるとは限らない。 某劇団の稽古場で、演出家が「もっとガヤガヤしろ」と指示したところ、役者がめいめい「がやがや」と言い始めた。結果、全然「ガヤガヤした」雰囲気にならなかったそうである。
「イスカの嘴(はし)と食い違い」
講談の世界で用いられる掛詞的表現のひとつ。イスカ(鳥の名前)のくちばしを実際に見たことがない人には理解できるはずもなく、一般に使われないのも無理はない。筆者は、博物館で剥製を見て初めて大いに納得した→体験の共有 「これならきっと脈ありと、デートをとりつけ待ちたるが、イスカの嘴と食い違い、タバコ1箱待ちぼうけ」という具合に使います(たぶん)。なお、筆者はタバコは一切吸いませんので念のため。
比喩
comparison, figure of speech
直喩(simile)、暗喩(metaphor)などがある。「あいつはまるで鬼のような奴だ」というのが直喩、「あいつは鬼だ」というのが暗喩、と昔習った覚えがある。さて、鬼の立場になってみれば...? 普通の発想ではちょっと考え付かない「鬼の立場に立った暗喩表現」の例は こちら にございますのでまずはじっくりとご覧ください。

ふる後のせ:暗喩はメタファー。メタ言語なんて言葉もある。換言はパラフレーズ。逆理はパラドックス。正統はオーソドックス。レトリックを追っかけていくと、化学でいう「オルト・メタ・パラ」が揃い踏んじゃう*わけですね。

唯一の a.「送り手の」
b.「他の選択は考慮しない限りにおける」
この危機に対処する唯一の方法は、体制の危機=国民の危機として、危機意識への同化を行い、危機対処・管理への国民的な協力態勢を築き上げることである。
ふる注:驚くなかれ、この例文は筆者の創作ではなく出典が存在する。
より良い 本質的に「唯一の」と、どこが異なるだろうか .
本質的な 「送り手のいう意味の」「送り手がそう定義したいところの」 円柱を上からみた長屋の熊さんが「こいつの形?まんまるに決ってらあ。」と言った。横からみた長屋の大屋は「いや、ひょっとしたらときには丸く見えるかもしれないけれども本質的には方形であろうぞ。」と、いかにも物知りらしいやや謙虚な語り口で言った。斜め上方から離れてみている多くの人々はそれが円柱であることを「知って」いた。しかし、所詮はn次元の物体が三次元空間にその一部を現しているだけなのかもしれないという可能性を誰が否定できよう。
いわゆる a.一応、社会的に通用している語句ではあるが、その使用に送り手が責任を持てない場合に用いられる。米国人が、引用符のジェスチャー(両手をチョキの形にして頭の左右の上に出す)をしながら "so called 「なんとか」" と言うのを見たことが数回ある。アチラの流行なのだろうか(右の用例参照)。
b.忘却、理解不十分、あるいはそもそも全く存在しない等の理由で、送り手が出典を明示できないでいる、引用表現の一変種。→周知
a.いわゆる「黒人居住区」(の生活環境を改善する必要がある...というような文脈で)
 
b.へのふる注:このような邪悪な一言で知ったかぶりをする代わりに、よく思い出せない状態で一所懸命再現を試み、実体との違いを楽しんでしまおうという
「うろおぼえ」のサイト*があります。発想がユニークでちょっとおすすめです。
など 忘却、理解不十分、あるいはそもそも全く存在しない等の理由で、送り手がさらなる具体例を明示できないでいる、例示表現の1変種
ふる注:例を挙げるとキリがないのでやめますが、本サイトの各地からここにリンクが貼られていることを申し添えます。なお、注意深い方はお気づきのことと思いますが、左の解説文中にもすでに「等」が使われています。解説文の中に解説される語を含むという安易な手法は、一種の循環定義であると言っても差し支えありません。
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言葉の減らずやへ

結論を導くための接続詞・副詞等

レトリックの種類

<表現例>

意味 例文等
item of rhetoricmeaningexample
ですから
相手の無知につけこみながら自分はすでに十分な説明をしたことをそれとなく相手にわからせ,自分のいいたいことを手短にすませもうこの件では突っ込んでくるなという傲慢な態度を表す文句。 「それで,やっぱりこの大腸のポリープは切らないといけないのでしょうか。」「ですから,今の内に切っておかないとどんどん大きくなって後になって取り返しのつかないことになるかもしれないんです。」 (プアプアな現代詩人まりんきょさん)
まりんきょ注:この例文は,最近実際にあった私と医者との問答です。
ふる注:慇懃無礼とはまさにこのことですねぇ。エスタブリッシュメントな方々ほどこの手の表現を駆使なさるようで...え、私?スキです。こういうの。
で、
相手の説明、言い訳などを一通り聞いた後、送り手が発する言葉。これにより、相手は何を言っても無駄な事を悟る。 →約言 例文その1
甲:初めてなのでよく解らなかったのですが
乙:
甲;・・・

例文その2
甲:飛行機が遅れて空港からタクシーに飛び乗ったら今度は玉突き事故で渋滞してまして、おまけに携帯の電波も入らず連絡できませんでした。
乙:で、3時に納品という約束はどうなったの? (Mr.のー、店主若干改竄&「例文その2」追加)

わるいけど
「たぶん君はイヤだろうけど、だがしかし以下の要請に対し君がイヤと言うことは私としては職権その他の大義名分によって断じて許可しないのであって、しかるにその要請を具体的に言うと」
 右の例文の場合、それがアフターファイブだったり、山のような資料であったりする場合であることが多い。
 わるいけどこの資料今日中に焼いておいてくれない? (言魔上人よりネタ振り)
ふる注:
 言葉のよろずや中の若者用語の基礎知識*にも紹介されているこの言葉、年配の方々によってもたしかに濫用されているフシがあります。
原則として a.原則がわからない場合には、
b.融通をきかせて
c.必ず
a.原則として、監査員には当該部場と直接の関係のない者を任命する。 (プアプアな現代詩人まりんきょさん)
必要に応じて a. やりたくないことなのに頭ごなしにやれといわれている作業につける
b. 必ず
a.必要に応じて、コンピュータプログラムの詳細設計書を作成する。
(プアプアな現代詩人まりんきょさん)
必ず a. 直後に述べてあることが理想や願望であり、実際にはできない(やりたくない)ことを表す。
b. 必要に応じて
a.会議を開いた後は、必ず議事録を取り、参加者の確認を得る。
(プアプアな現代詩人まりんきょさん)
まりんきょ注:久し振りに出してみる気になったのは、現在小生の仕事と関係しています。仕事というのは、特定の部署の規則をまとめてそれを守ってもらうというもので、ひょっとして官庁の人はこんなことを行なっているのでは、と思うほどです。その中で、とりわけ印象深いことばを上げてみました。
ふる注:まりんきょさんから99年早々、送り手の「やる気」に関する3連発のご投稿をいただきました。新年増量キャンペーンにご協力ありがとうございます。官庁言葉で述語風に言えば、「〜に努める」「〜するものとする」「善処する」「鋭意検討する」「〜してまいりたい」あたりがこれらに相当すると思われます。
結論から先にいうと
a.「普通なら、この一言ですべてが分かるはずなんだけど、これでわからなかったら、あなたは相当おばかさんだと思うよ」という意志を、それとなく受け手に伝えるために文頭につけて用いる。
b.どんなに理不尽なことでも、ムリヤリ受け手を納得させるためのもっともらしい論拠を探る時間稼ぎに用いる。

約言
結論から先に言うとね。きみが先般提案していたあの新案に関しては許可できないってことだ。」
「・・・(無反応)」
「その理由はいくつかあるんだが…」
原作、店主若干改竄)
ふる注:言葉のよろずや大阪支社*長の峰先生、本コーナーの見本のような秀作をひっさげて初登場です。何を言ってるのか判らないウジウジした物言いより、結論を先にスパッと言って貰った方が良いこともあるのですが、なるほど、このような送り手の本心が見え隠れしているわけですね。
約言
<要するに・つまるところ・結局> up
a.「今までの議論はさておき、送り手の言いたいのは」
換言で、
b.相手の質問に対してちゃんと答えていなかったことに気づいた送り手が発する言葉。
a.3+3は6である。2+2は4である。1+1は2である。零たす零は零である。つまり、レタスでは冷(れい)である。温かい鍋物がよい。
b.「あんなところに住んでいたの?いつ頃?」「ずっとだよ…つまり二十歳までさ」
ふる註:b.の例文は、フランス語の学習教材で見つけたものをちょっと改竄したものです。「つまり」の原語は"enfin"。
やはり
順接にも逆接にも用いられる。論証不十分(不能)、時間切迫、字数逼迫、等々の困難な状況において、送り手が手早く結論を言いたい時に用いる表現。
換言約言
「大器晩成などという言葉もあるわけですが...(ちらりと時計を見て)とはいえやはり、幼児期教育が大切かと思うわけでございます、といったあたりで私の拙いお話を終わらせていただきます。(拍手まばら)」
なにはともあれ・とにかく・それにつけても 送り手が脈絡無く唐突にホンネを言いたくなった時に用いる表現。
ですからやはり
「柿喰へば鐘が鳴るなり法隆寺
 それにつけても金の欲しさよ」
三段論法
物事を説明するのに、全く関係の無いものを間において、 受け手に対して「あっ!」と言わせる事を最大の目標とする。
別名をスクリーンパスと言う(言魔廃人イカリ氏
ふる注:常識的にはこれは三段論法というよりは起承転結の説明になるかもしれませんが、悪魔的発想からすればこれで正しいと思われます。と言っても、例文があると判りやすいと思うのは私だけでしょうか。そこで、諺のパラドクス*に掲載されている井上健二朗さんのシブい作品「英雄色を好む。李白は酒飲みである」への注解を試みがてら、右の欄に例文を作っておきましたので上から順にご覧下さい。なお、スクリーンスをスクリーンスと読んだがためにしばらく判然としなかった私はワールドカップのTV中継などを見て勉強しなければいけないようです。
<例文>
第一前提:あたいがクダ巻いて迷惑だって?
第二前提:李白さまが、お酒をよくお飲みになられたのはご存じでございましょう?
結論:だから、あたいは詩人の吟子だって言ってんだよ。酔人じゃなくて粋人なんだよ、べらぼうめ。

<例文のかいつまんだ解説>
諺のパラドクス*の該当部分をお読みになっていない方のために<例文>の意味するところをごく簡潔に言うと、「1.私は酒飲みである」「2.李白は酒飲みである」「3.よって私は李白(のような詩人)である」となります。

ふる注:上段の<例文>では、某掲示板にてご活躍の路上生活者さんの口調をパクらせていただきました。コメント等をお待ちしていたところ、
こちらにコメントをいただきました
ので、中段の「かいつまんだ解説」を追加し、とくにこの項は三段構成にした次第です。
換言
paraphrase
<いいかえると・すなわち>
a.約言にほぼ同じ。
b.ゲッペルスをひくまでもなく、嘘も百回繰り返すと真実になる(んだったらいくらでも言ったるわい)
b.筆者はオンナにモテてモテてしょうがない。すなわち女殺しである。むしろ女の神様だと言ってもよいぐらいだ。
連言1
<さらに・加えて・そのうえ・しかも>
薄弱な論旨に
a.強力な切り札的論点を1つだけ付け加えて全体を強力なものにみせる場合と、
b.それ以上に薄弱な、とるに足らない話題をいくつか付け加えて、主として数と長さで勝負しようとする場合とが、ある
彼はなんと、白鳥が白いことを、b.さらにカラスが黒いことを発見した。a.加えて彼は、白鳥とカラスのキメラ1)をつくることに成功したのである。
連言2
<そして・また>
前後の文章の関係を送り手が明確に理解していない場合に常套的に用いられる。とくに「また」という接続詞はじつに玉虫色的な性格をもっている。このことは、「なおまた」「かつまた」「しかしまた」「そのうえまた」という具合にこの接続詞の意味を補うことができることを見ればよく判る。→順接の『が』 たまにはまじめなふる注:「連言」は本当は論理学の用語で「AかつB」の意味です。連言1はともかく、連言2のようなアイマイな意味には使いません(たぶん)。
選言
<あるいは・または>
アングロアメリカ人は右のような例文が平然と書けるから好きである。判らないことは判らない、とはっきり言う。これを(あまり自慢にはならんが)「無知の知」という →両論併記あいまい表現 Maybe he is smart, or maybe not.(彼は切れ者かもしれないしそうでないかもしれない。)
他方 かけ離れた事物を同列に論じたいときに用いる接続詞の1つ .
ただし 自分の議論に収めきれなかった(あるいは忘れていて、たった今気が付いた)非常に重要なことがらに送り手がそれとなく言及するときに用いる→自己言及 すべてのものは幻想である。ただし、いまの1文を除く。
なお a.(接)ただしに同じ
b.(副)「どちらかと言うと」
b.今後、なお一層の努力と精進をもって崇高な使命に邁進したいと思っております。
一般に 「送り手の見解では」 .
男(は)
「女も本当はそうにちがいないのだが」(キャピキャピMissマープルなMOMOさん)
 
思春期の一時期に、辞書でエッチな言葉を芋蔓式に調べてワクワクするというのは、男ならだれしも通る道である。
MOMO注:「男は」という言い方をよく耳にしますが、「女は」というのはあまり聴きません。「男は」と言う人は、「女はどうか」ということをきちんと女に聞いてたしかめてから言っているのでしょうか。
ふる注本ページの投稿第1号、ありがとうございました。少なくとも文学少女だったMOMOさんは、辞書にかなり親しんでいらっしゃったに違いありません。
主語の「性」による意味の変化 仏語(お経にあらず)では、「彼女は美しい」と言う場合と「彼は美しい」と言う場合とで、「美しい」という形容詞の綴り(語尾)や発音が変わるという。いわば、主語が述語を道連れにして活用させるわけである。小さな子供を銭湯やトイレに連れて行くとき男女どちらの方に入るかという選択が、(子供の性ではなくて)親の性によって決まるのと同様である。他方、日本語においても、主語が男か女かによって同じ形容詞でも書き方や意味するところが違ってくることがある。
「テルコの妹って、可愛いよな」
「ナオのお兄さんって、カッワイイ〜
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受け手をウンと言わせるための...

レトリックの種類

<表現例>

意味 例文等
item of rhetoricmeaningexample
「〜という話(形)」  緩和表現の一種といえようか。実際に「話」や「形」が存在するわけではなく、また、誰がした「話」なのか、誰が作った「形」なのかが意図的に曖昧にされているともいえる。例文のようにオドシをかけたりする時に用いられるようである。(言魔上人(廃人)原案〜例文も〜を店主脚色) 「そういう事を言うと、会社を辞めてもらうという話になるぞ」
装飾 右の文例を参照のこと(なっちゃん* 「あのー、ホントに申し訳ないんですけど、もう少し車間、空けていただけます?もうちょっとだけ、あと10センチほど前に出ていただけたら、私の車も、私の後ろの車も、ここを左折できるんですけどぉ・・・。」

これを一言で言うと、
「どけ。」

ためらい 表現の洗濯選択に迷う過程自体を言語化することで、訥々とした雰囲気を醸し出し送り手の正直さをアピールしつつ語意を緩和する表現方法。 →緩和表現すごい…/すごく… 貴重なご質問、ありがとうございます。率直に申しまして、なんというか...さしずめ..その点をつきつめていくとある意味である程度なにがしか生産的でない内容になってしまうのではないのだろうかという側面もあるような気がしないでもないのですが。
緩和表現 たとえば、「この推計は信頼性を欠く」と主張しても(その主張を)信頼して貰えないのに、「この推計は信頼性が低い」というとなぜか信頼して貰える、といった送り手の経験則に基づく表現方法。→ためらい .
責任 送り手が、全力を尽くして自己のこれを回避しようと手を尽くし、ためにたいていの場合表現がわかりにくくなるもの。本辞典のほとんどの項目がこの概念にかかわっていると言っても過言ではない。漫才ネタにいう「笑ってごまかす自分の失敗、しつこく追及他人の失敗」に通ずるものがあり、右の事例は数少ない例外であろう。(ふる@独断と偏見 自国過激派青年の凶弾に倒れた故ラビン・イスラエル首相が、その何ヶ月か前のPLOアラファト議長との共同記者会見の席で、「○○地区のアラブ人居住制限措置を今後どうするのか」という質問に対し、一語一語かみしめるようにして、
「制限措置は私の決定であり、私に責任がある。」
と切り出した。それまでラビンという人がどういう人だか全然知らなかったし、その続きの実質的回答は(英語力がプアーで)聴き取れなかったが、この人物だからこそ強硬な世論を宥めて歴史的和解を実現できたのではないかという気がなんとなくした。日本ではエラい人がこれほど明確に自分の責任に言及する場面にはめったにお目にかかれないから、ちょっとしたショックだった。
開き直り 下手(へた)に下手(したて)に出るよりは、開き直った方が活路が得られるかもしれません。ロンより証拠、右の事例をご覧ください。まだ記憶に新しいことと思います(ふる@独断と偏見 「チャレンジャー」の打ち上げ失敗で女性現役高校教師を含む飛行士数名が、世界の見守る中あわれ落命した。計画の拙速が疑われ、レーガン大統領(当時)の功名心が引き起こした人災と思われても仕方ない状況であり、邦紙の一報は「大統領の責任追及は必至」との感触を伝えた。翌日の報道を見て驚いた。国民に向かってTV演説をしたレーガン大統領は、フロンティア時代にまで遡って「アメリカ国民の、失敗にもくじけず前進してきた歴史」の記憶を呼び起こし「この苦難にめげず、輝かしい未来へむけてともに努力しよう」と、まるで自分に非が一切無いかのような口振りで訴えた。米国世論は好意的だったという。
 
補注: この大統領とファーストネームで呼び合うことを自慢していた某国の宰相は、選挙公約を見事に裏切って間接税を導入し憲政史上に名を残したが、この問題に関して筆者が納得するようなTV演説を聞かせてもらった覚えはついぞない。やはり「役者が違う」のかはたまた裏方演出担当者の力量の差なのか...その後「役者」の方は大きな勲章を貰って気が緩みすっかりミソをつけたが、「演出家」の方はナ○ノ五輪でその健在ぶりをアピールしたようである。
いいわけ・釈明 うまい解説が浮かばないので、ゐんば先生*屋根の上の新聞読み*ページのノリでまとめてみました(ふる@独断と偏見).(右の事例欄からお読みください) 
 
 
 
 

参考:右の米軍コメントの原文
(2)"It's definitely fair to say he is concerned for all the families...involved in this,"
(3)"I'm sure if he had the opportunity he would express his deepest sympathy for them."
この手のものはやはりアメリカ人に登場していただくに限ります。まずは、イタリアのスキー場のゴンドラに米軍機が接触して民間人の乗客20人(イタリア人・ドイツ人・オーストリア人など)が死亡した事件での米軍スポークスウーマンのコメントをじっくりお読みいただきましょう。

「パイロットは基地にとどまっている(1)
「『すべての家族…この事件に巻き込まれたすべての家族たちのことを彼が気にかけている』と、絶対的公正さをもって言える(2)
「仮に機会があるならば、パイロットは家族たちに対し最も深い同情を表明するであろうことを私は確信している(3)

鑑賞のポイント:(1)は、「とりあえずパイロットを本国に逃がしていない、伊司法当局に身柄を引き渡すこともありうる」ということをさりげなく言っていますが、引き渡すとは約束していません。(2)と(3)は、パイロット自身のコメントでないことに注意。「目下本人より事情を調査中」ぐらいしか言えないところを、スポークスマンの立場で言えるぎりぎりのところまで最大限に引き伸ばして堂々と言ってのけるあたりは驚きという他ありません。細かいところですが、(3)の「仮に機会があるならば」も心憎い表現で、「謝ってすむものではないかもしれないが」という謙虚さを言外に匂わせています。しかしその実「謝る」とはひとことも言っていない。謝罪ではなくあくまで「同情(sympathy)」なのです。
マニュアル通りに喋っただけなのでしょうが、細心の表現力と、嘘や誇張を排した論理的正確さ、余分な言質は一切与えずして、なおかつ自分に有利なことを最大限言う技術はもはや芸術の域を超え、神の領域に達しているとさえ思われます。

ゐんば先生*コメント:
「みーんなパイロットが悪い。米軍はなんも悪くないっ」

ふる注:ん!...!!!....し、失礼しました。
すごい…/すごく… 大した物でもないのに、送り手が誉めなければいけない立場にいるので、その誉め言葉を考える時間を稼ぐべく、受け手に誉め言葉を考えているのを悟らせないようにするために、それに加えて、万が一、瞬時に思いつかなくても、とりあえず受け手に満足してもらうために、発せられる間投詞。(山桂)→さすがためらい 「○○さんって、やっぱり、すごい…あの…性格が良いですよねぇ〜」
(普通なら「性格がよい」→「容姿は悪いと間接的に言ってるの?」となるところを「すごく性格がよい」とすることで、好感度を高めている。)
ふる注:さすがはかのげんれい工房/言霊参上*山桂さん、日常語の切れ端を見事な作品に仕上げてくれました。すごい作品です...あ、いえ..
さすが 本心から褒(ほ)めるつもりのあるなしにかかわらず、相手のことを何がしか褒めなければならないようなシチュエーションにおいて、気の利いた褒め言葉がどうしても浮かんでこないときにとりあえず使う緊急避難的表現。便利だが、効果のほどは保証の限りでない。なお、この語を使用する送り手の声の大きさは、送り手の気持ちと反比例するのが普通である。 (→すごい…/すごく… 「(大きな声で、明るく)さ・す・が・は社長。私ども凡人にはそういう失敗の仕方はやりたくてもできません。」
〜させていただく 送り手が(仮にいやいやであっても)あくまで主体的に行ったことを、あたかも誰かの許可によって実現したかのごとく言うことによって、それを許可した偉大な主は誰か、という疑念を受け手に起こさせる、屈折した報告の方法。ここ数年来だろうか、コンサルのプレゼンなどで耳にして「あれっ」と思っていたらいまやゼニゴケのように普及定着してしまった。団体名への「さん」付け、X−Day報道での過度な敬語使用と同様、本当の敬意・謙遜などとは無縁の空虚な言葉の1つとしか思えない→言わざるをえない 委員の先生方のご意見および○○省さんのご意向をもとに、この表では用語の定義について子細に検討させていただきました内容を欄外に載せさせていただいております。
わかった 「客観的な真理が解明された」という意味に使われる場合は誤解を招きにくいけれども、「同意した」「あなたの言いたいことは理解した」「何も聞いちゃいないが今度は俺の言う番だ」といった送り手の主観的意志を示す場合がやっかいである。このとき受け手はたいてい「同意がえられた」と解釈するので、その場は円満、しかし後に確実にトラブルを生じるもととなる→たしかに両義性そうですね フランス語では次のような区別があるそうです。
  • ダコー!:(話を全部聞いてから)そうですね!
  • ジュコンプラン:わかりました。じゃあこうしたらどうでしょうか。
  • セタンタンデュ:話はわかりました。でもね...
そうですね 自分の発言の番が回ってきたら、とりあえず口にしてみる言葉。日本に住んでいる外国人が最初に覚える言葉の1つかもしれない。強いて英訳すれば "Well,"とか、"You know," ぐらいの意味か。相手やその場の空気に対する同意を意味するとは限らない。→わかった 甲「土曜日に会議をやるなんてけしからん」
乙「そうですね」
甲「でも他に日が無いからなぁ」
乙「そうですね」
すみません a.済まない、といいつつ、どういうわけか詫び一本で済まそうという送り手の甘えた気持ちが滲み出た謝罪表現。しばしば例文のように反駁される。
b.「ありがとう」の代用表現。
 周知のごとく「すみません」と「どうも」の2つさえ知っていればたいていの挨拶が可能となる。「すみません」はあまりに万能なので、英語圏に出た日本人が、お礼を言わねばならない場面で、ついうっかり"I'm sorry."と言ってしまい、"What are you sorry for?"と聞き返されるという話も耳にする。
 レストランでウェイトレスがお水のおかわりを持ってきてくれたとき「ありがとう」というよりも「すみません」と言うことが多いのはなぜか。一言で言えば、気を遣う文化における「気」の借りに対する後ろめたさであろう。つまり、オカネを払ってテーブルに座っているというただそれだけのことによって、ウェイトレスに気を遣わせたことに対し、それは職務として当然だと思ってはいても、一応、詫びる格好を作っておくのが美徳だと思うのがわれわれの文化なのではないか。日常生活における「小さな権力」の行使について鋭い洞察を示したかのミシェル=フーコーが、東洋の一国におけるこうした慣習文化を知っていれば、彼の権力論はより一層豊穣なものになっていたかもしれない。もっとも、ウェイトレスにチップを払うという習慣をもたないわれわれが、多少なりとも行き届いたサービスに対し、少なくとも形の上で恐縮するのは当然といえば当然かもしれない。もうひとつ、丁寧語の語感の問題もあるように思う。
a.「スマン」で済めば警察は要らない。
丁寧語 敬語的表現の一種。
すみません(b.)の項で、「ありがとう」を「すみません」ですませる心理の一面を述べたが、「ありがとう」の不人気の理由のひとつは、語感の丁寧さの中途半端にあると思う。「ありがとう」を丁寧に言おうとすると「ありがとうございます」と言うよりなく、これは、レストランのウェイトレスに対してはあまりに丁寧すぎる。かといって単に「ありがとう」というのは気障か、下手をすれば傲慢にすら聞こえかねない。形容詞に「です」「ます」を付けてはいけない、という日本語文法の規則があるのに、教養ある人々の間でもしばしば日常会話では無視されがちなのも、丁寧さの微妙な均衡が崩れるのを厭うわれわれの言語感覚のなせるわざであろう。
「お口にあいますでしょうか。」
「とってもおいしいです!」
ふる注:「正しい」日本語は、「とってもおいしい」または、「とてもおいしゅうございます」だというのですが..
山桂コメント:私も学生時代から「おいしいです。」という表現に疑問を感じていたのですが、文学部の友人でも、おかしいと思っている人が意外と少なかったです。「二重文末文」とでも銘々すればいいのでしょうか?
ふる補足:韓国から来た1留学生が、「おいしいです」という表現をクセにしてました。丁寧さの語感もクリアしているし文法的にも正しい(「おいしいのです」の変形)。ちょっと意味的にニュアンスが変わってしまうのが難ですが、面白い表現だと思って感心していました。そのうち日本語を話す外国人が増えるにつれ、日本語の隔靴掻痒な部分が彼らのロジカルな新感覚によって意外な方向にクリアされていく予感がします。
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否定・反論のいろいろ

レトリックの種類

<表現例>

意味 例文等
item of rhetoricmeaningexample
〜ていうか
送り手が、受け手の発言を利用しつつ、受け手を見下して話を進める際に用いる常套句。相手の発言を受けて自信満々にマゼかえしたり、じつは相手と同旨の内容をトクトクと繰り返したりする点が特徴的な若者用語。この表現を連発されると殴ってやりたくなる。(プアプアな現代詩人まりんきょさん
ふる注:お気持ち、お察しいたします。
「身近な問題から地道に取り組んで行くことが大切だと思っており…」
(話の腰を折って)「ていうか、"Think globally, act locally."ですよね」(ふる
一応 
Pending
<仮の説明>本当に存在するかどうか疑わしい「タテマエ」のシバリをナニゲに受け手に伝え、送り手自身の判断や責任をそれとなく回避する表現方法。 例文手抜きのふる注:某掲示板におけるNaoko師匠の書き込みをもとに、解説だけ一応作っておきました。
Naoko師匠注:ゴレンラクマツ
確かに 続けて述べる事柄を最終的には否定するための枕詞→わかった たしかに某大学のキャンパスは面積でいったら広いんだけどね。
部分否定 婉曲な全体否定。 貴方の言われることは、必ずしも全部が全部妥当とは思われないのです。
全体否定 強い否定的願望の表現。 某教会のシスターはけっしてそんなアヤシイ小説を書いたりしていません
無かったことに 否定することそのものに対する送り手の否定的感情に由来するもってまわった否定表現の1つ。「殺す」と言うかわりに「亡きものにする」と言うのにどこか似ている。 「この話はなかった事にしていただくという事で...」
言魔上人よりネタ振り)
二重否定 a.強い肯定
b.婉曲な否定
c.「やぶさかではない」に同じ
a.教師が生徒に恋してはいけない、ということはないだろうに。
b.まあ、すべてのものは幻想なんだというのも判らんでもないが。
c.君の学説がまるっきり当を得ていないとは思わないんだが。まあ、かけなさい。
言わざるを得ない 送り手が信じて下した結論を、あたかも信じ込まされたかのごとく言うことによって、それを信じ込ませた偉大な主は誰か、という疑念を受け手に起こさせる、手の込んだ肯定の方法 .
過言ではない a.言い過ぎた表現に対する送り手の照れ隠しとして用いる
b.まともには言いにくいことを強弁するときに用いる
.
言うまでもない なぜ言うのだろう? .
思わず 思ったことではないの? .
差し支えない 送り手の、送り手自身に対する寛容性を示す言葉→自己言及 私は嘘つきであると思っていただいて差し支えありません
吝(やぶさ)かではない a.「気乗りがしない」「いやだけどしょうがない」
b.「ありがたく思え」
二重否定
君の才能を認めるにやぶさかではない
無意味・無用・役に立たないetc. 「ついて行けない」「付き合いきれない」「たまらない」 (例1)辞書を全部丸暗記するのは無意味だ。
(例2)「連弾しませんか」「私、下手だから。ごめんなさい。お役に立てませんで」
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これを言いたいがために...

レトリックの種類

<表現例>

意味 例文等
item of rhetoricmeaningexample
注目 自分が最近まで気付かなかったのだから、受け手もまだ知らないだろう、という楽観に基づいて、送り手が「新しい」ことを述べるときに用いられるのが一般的。ただし、あまりにも自明すぎることについて用いた場合、予期せぬ波紋を生じることがある。
なお、述語的に用いられる場合は「問題」を、また、自発形「注目される」については「自発の助動詞」を参照せよ。
注目すべきことは、鏡に映る像の左右は逆転するが上下は逆転しない、という事実だ。
周知 a.大半の受け手が知らないと予想されることで、かつ、知っておいてもらわないと以後の議論の展開に支障をきたすおそれのあることがらを、強引に押し付けるときに用いる(字義通り、大半の人が知っていることについてこの言葉を用いると、失礼に当たるので注意が必要)。→体験の共有
b.「一般に」に同じ。
c.「いわゆる」に同じ。
a.「新日本紀行」のテーマ音楽を作曲したのが富田勲であり、「大魔神」の映画音楽を作曲したのが伊福部昭である、というのはあまりに周知の事実である。
注:伊福部昭(いふくべ あきら)は、「ゴジラ」の映画音楽や多数の交響作品などの作者であり、その偉大な作品の割に一般には名前が知られていなかった作曲家です。ゆかりの地・釧路には、彼を紹介するこんな素晴らしいホームページ*も作られています。
問題
<現代的〜・焦眉の〜>
この言葉を頻発してどんどん先に進む議論は、送り手の問題意識の欠如を示していると考えてよい→注目 スタグフレーションが問題となっている。また、現代社会における人間疎外も依然解決されていない。さて、地球環境の行く末は・・・
自発の助動詞 動作の責任を放棄する表現方法。韻文などの中で意識的に放棄するのは別に構わないが、送り手が「放棄」した事実を自覚していないケースを往々にしてみかける→注目 近ごろの少年少女の非行の問題には、つくづく考えさせられます。
好意と悪意 事実という正餐の上にたっぷりとかけられるソース。ソース会社2)の宣伝が功を奏してか、この商品の需要は非常に多く、頻煩かつ豊か3)に消費されており、その結果、料理の本当の味が判別できるのはきわめて稀であるといってよい。例をあげればきりがないけれども、右の欄のような、客観的にはほぼ等しい事実関係に対して与えられる一連の語句群をあげれば十分であろう。
如才のない
ちゃっかりした
抜け目のない
ずるがしこい
狡智にたけた

ふる注:以前から思っているのですが、英語の "sophisticated" は、「洗練された」と訳すべきか「世ずれした」と訳すべきか、どちらが正しいのでしょうか。
時制 事実の前後関係を示すのが普通であるが、もっと一般には事実に対する送り手の心的距離を反映するように思われる。今、会議の人数は多い方がよいか少ない方がよいかを考える。
  • 多いことのメリット:多様な意見が集まる
  • 少ないことのメリット:まとまりやすい
 これより、右欄のように主張することができる。
*  *  *
 送り手は、自分が肩入れしたい主張を過去形では述べたがらないものである。
(例1)人数が少ないと、たしかにまとまりやすいが、多様な意見が集まらず、偏しやすいというデメリットがあった。多人数では、このデメリットが解消される
(例2)人数が多いと、たしかに多様な意見は集まるが、まとまりにくいというデメリットがあった。少人数ではこの心配がない
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何を言ってるのか...曖昧さと矛盾

レトリックの種類

<表現例>

意味 例文等
item of rhetoricmeaningexample
両論併記 どちらが正しいかも判らないのにいずれかに力点をおくような書き方は避けるべきであり、また「判らない」という事実を確認することもあながち無意味ではない、という大義名分のもとに、いずれは下さねばならない判断についてのモラトリアムを送り手が正当化する際に生ずる、カメレオン的文章形態。最大の欠陥は、以後の送り手の論旨展開について中立的、すなわち役に立たないことである。→トートロジー選言 .
順接の「が」  悪文の典型として真先にヤリ玉にあがるのがこの順接の「が」の連発であるが、送り手にとっては、1つ1つの文が短すぎるとなんとなく恥しく感じられるものであるし、前後の関係が順接なのか逆接なのかをあいまいにしておきたいときにも便利なのだが、後者については順接・逆接の区別が受け手にとって重要でない場合には使用してもかまわないと筆者は考える。もちろん学術論文などではどんな場合でも使用を避けた方が賢明であるが、右の用例のように、ごく一部の関係者を除けば誤解を招くおそれのない場合には使用してかまわないと思うが、使用した結果生じうる諸々の問題に関して筆者は一切責任がもてない。 →連言2 (研究書の序文などで)「小論の執筆にあたっては、××研究室の○○教授にこと細かにご指導いただいた、小論にはなお至らぬ点が多いと思う。読者諸兄姉のご叱正・ご教示を賜れば幸いである。」
順接の仮定
<AならばB>
a.<AなのでB>の婉曲な表現。受け手に謙虚な印象を与え、しかもBを実際以上に強調することができる
b.「あくまで仮定」と言いつつ、実はAが言いたいときに用いる。この用法は、a.に比べ稚拙であり、説得力を欠く
a.上嶋が点棒を隠したというのであれば、彼はイカ(サマな奴)に違いない。b.そんなん、僕がほんま点棒を隠してなかったらどうしはるんですか。
逆接の仮定
<AだとしてもB>
送り手の結論にとって一見都合の悪い仮定を是認する度量を受け手にみせながら、結局は都合の良い結論を導くことで、結論の信ぴょう性を増大させる表現方法→自己完結 よしんば、百歩譲って上嶋の主張どおり単なる点棒の数え間違いであったにせよ、彼がイカであることを否定しえない。バッハ靴下の件もあるからである。
あいまい表現
<副助詞「も」、助動詞 mayなど>
本来、送り手自身の判断力に対する送り手の謙譲の気持ちの現れであるけれども(→選言)、世の中の常として悪用する者が必ず現れる。 「靴下のことまでいわはったら、そら、僕悪かったかもしれませんけど。」
「非存在」の証明
存在証明は、1つ例を挙げれば済むが、存在しないことを証明するのは難しい。よって、右の例のような表現が、送り手の手抜きを許す常套句となっている。 「〜について言及した文献は、筆者の知る限り存在しない
「マイペース」 a.相手の速度を自分の速度に合わせるように強要する時に使う言葉。
b.見込みのない相手を見放すときに、見放した事を悟らせないようにする時に使う言葉
山桂
a.おい、みんな。マイペースで行こうよ。
b.その調子その調子。マイペースが一番。じゃ、先に行ってるから後から来いよ。
ふる注:ちょっと面白い、新感覚の作品です。マイの意味が(故意に)曖昧にされている、と考え、とりあえずこの場所に掲載しております。
両義性 日本語には、同じ言葉なのになぜかほとんど正反対といっても良いような異なる意味をもつ表現がある。送り手も受け手も、この「同床異夢」を悪用することが多い→わかった (1)「いい加減にしろ。」「はい、それではイイカゲンにやらせていただきます。」
(2)「かっこの中に『適当な』語句を入れなさい、って書いてあったじゃんか。だからテキトーに書いたんだよ。」「間違いは間違いだ。○にはできん。」
(3)「無心の境地が大切ですぞ」「じゃあ、なんかおくれ」ムシンしているわけですが...
本末転倒  a.「CPUをPentiumII-300にアップしたから、パソコンで家計簿をつけてみよう」と言うようなもの。いえ、けっして私のことではありません。(キャピキャピMissマープルなMOMOさん)
b.ホームページの更新もそこそこにURLを宣伝して回ること。いえ、けっして私のことではありません。(ふる
c.本ページの趣旨である「レトリックを用いる際の送り手の心理」とはほとんど関係ない上記のような説明でお茶を濁して、当座の時間をつなぎスペースを膨らまそうとする本ページの主宰者のような行為。いえ、けっして私のこと...でしかありません。(ふる
a.へのふる注:さすがは名探偵MOMOさん、発想が抜けていらっしゃいます。例文としては、ちょっと外れるかもしれませんが「連言1」をご参照ください。
自己完結 自問自答。マッチポンプ。あるいは自説に対するつまらぬ反論をあげつらえては、かたっぱしからやっつけること。このとき、より深刻な反論は無視されている。→逆接の仮定例示表現自画自賛循環定義 .
自縄自縛 不用意なことを述べてしまうと、その後の論旨展開において引っ込みがつかなくなるという、送り手にとって最も気を付けるべき罠の1つ。ただし、さりげなく後で修正する手は残されているので、罠に気づいたときにどうやって受け手を混乱させずに自らを泥沼から救い出すかが送り手にとっての勝負所となる。(ふる とある言語学エンタテイメントサイトを主宰している男(仮称:言魔上人)があるとき、ふとしたいたずら心からややクドイ投稿フォーム*を作ったところ、妙に人気が出て、更にクドク、もっとクドクとやっているうちに、そのスタイルが世間に認知されてしまい、今度は何をするにもくどくないと、だれも喜んでくれなくなってしまったという例があります。そして、その男はいまや、苦しみのあまり、自称自爆し、且つ、自浄自縛霊として、ネット界に出没している様子です...(言魔上人(廃人)
ふる注:簡明かつペーソスに富んだ実例をありがとうございます。最後の文の「出没」は「君臨」と言った方がより正確かと思ったのですが、原文を尊重しておきました。
自己言及 多くの偉大な論理学者・数学者・哲学者等々がこの研究のために生涯悩み続けねばならなかった。さようにやっかいな矛盾も作るのは簡単である(右の例文参照)。現実世界では、送り手も受け手も楽しくこの無限ループに嵌まることができる。 →差し支えないただし この例文は不適切である。
自己否定 スポンサーによってあらかじめ結論を指示されていると思われるある種の報告書の原稿などにしばしば見られる送り手の心的葛藤の表出形態のひとつ。送り手が、半ば強制されて延々と述べてきたことを、土壇場でそれとなくひっくり返したり、逆に、淡々と真意を述べてきたことを、最後の最後でとってつけたように反転させたりすることがまま見られる。 →やはり 以上繰り返し述べてきたように、この開発計画によって、ヒカゲシビレタケの生息域に与える負の影響が若干懸念される。とはいえ、環境への配慮が十分なされれば、ヒカゲシビレタケへの影響は軽微であり、また経済的損失も微少であることから、基本的に、本計画を推進することにはなんら問題がないものと考えることができよう。
自己矛盾 良き自省の精神、ないしは看過・忘却等にもとづいて、自説を覆すこと。 「公明党が、ひょっとしたら広がりかねない通信傍受(の範囲)について、殺人など4項目に絞り込んで、組織犯罪捜査が平和な国民生活に脅威を与えないような歯止め、抑止をしてくれたことを非常に評価し、感謝する」(野中官房長官談,「毎日」99年6月2日付)
 盗聴法の是非はともかく、原案の提出責任者としての立場はどこにいったのでしょうか。
自画自賛
<仮説>高級なものになると、受け手は、しばらく経たないと送り手の意図に気が付かない。→自己完結ふる 例文手抜きのふる注:本ページの親ページである「言葉のよろずや」の諺のパラドクス*コーナーの一項目「子孫に美田を残さず」において言魔大師(廃人イカリ氏)よりネタ振りがあり、これを受けてとりあえず仮説だけ作って待っていたところ...
イカリ注
再びふる注:↑早くも来ました。若干の文字化け箇所の訂正以外、私の手は一切加えておりません。<仮説>を受けた膨大な内容、ゐんば先生との往復書簡、および本ページに戻ってくるアンカー付きの親切設計…名実ともに、まるごと1ページが投稿されて来たのです。これぞハイパーテキスト。言魔廃人(大師)おそるべし。
トートロジー(恒真命題:英 tautology) 論理的には無内容なのに、言わんとしていることが伝わったりするから不思議である。言葉で説明するよりも右の用例を見ていただく方が話が早かろう→両論併記選言 (例1)まぁ、見る人は見ているわけですから、上嶋君、そう気落ちしないで。
(例2)知る人ぞ知る穴場
(例3)世の中には言って良いことと言って悪いことがある
(例4)ファミコンにウツツを抜かしている子らに向かって母親曰く「いいわねぇ、あんたたちは毎日がエブリデイで」。お母さんは何が言いたかったのでしょう。
 
ふる注:例3は、第三世界のさまよえる女子大生kさんが「学内でこんなのが流行っている」といって転送してくれた小噺集メールの冒頭にあった例文です。銀子さんのページ*
第5回 幸福のメール…97/11/10*
によると、一種のチェーンメールとして某所より流布されたものと同一のようです。なお、こうした重複表現については、「牛の牛肉」*という専門ページがすでにありますのでそちらでたっぷりとお楽しみください。形容矛盾を扱う「ぱらどくしかるワード」コーナーもあります。
循環定義 1つしかない命題からクローン命題を作成し、なおかつ、何げにこの2つを相互に関連付けて説明力を倍加させようとする邪悪な錬金術→自己完結 不況・失業・環境問題、すべて邪悪な経済現象は国家独占資本によって引き起こされている。そして「国家独占資本とは何か」と問えば、誰もがその邪悪な本質に立ち至らざるを得ないであろう。
ふる注:例文が誤りであると主張する気はありませんが、送り手は何も証明していないばかりか1から2を言っています。実際にはもっと巧妙に、複雑な論旨の中に循環定義が潜伏していることが多いようです。1つの大論文の冒頭と結語が循環していたりして。え、お前の論文はどうだって?いえ、あ、あの..その...
矛盾
内部にこれがないような議論はつまらないからやめた方がいい、などと余計なことを言わずとも、議論に必ずついてまわるもの。
真理ちゃんや知恵ちゃんは、矛盾という名のスカートを幾重にも纏うことで、好色な男たちの攻撃から身を守っているようにみえる。1つ矛盾を解決すると、すぐにまた次の矛盾が立ちはだかる、という具合である。
最後のスカートの内側を窺うことが、万人の願うところであると同時に、常人にとっては至難の業であった。しかし広く歴史を見渡せば、この偉業を達成した数少ない人間の1人としての釈迦の存在に行き着くような気がする。最後のスカートの内側、すなわちすべてを究めつくした奥の奥に実は何も存在しないという驚くべき事実を見出した彼は、かの有名な「色即是空」という言葉を残し、相変わらずスカートめくりに血道をあげる世の愚か者どもに、警鐘を乱打したのではなかろうか。
にもかかわらず、それから2400年以上を経た今日、人間が相も変わらず「議論」を続けているところをみると、真理ちゃんや知恵ちゃんの思わせぶりな誘惑と悩殺的魅力を別にすれば、結局のところ、スカートめくりそのものが一種のゲームと化してしまったとしか考えられない、などと嘘ぶくのもすでに1つの議論にちがいない→自己言及
「世の中に100%ということは絶対にない」
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コミュニケーションの宿命、その他

レトリックの種類

<表現例>

意味 例文等
item of rhetoricmeaningexample
想像力 コミュニケーションをゆたかにする導入路。送り手は通常受け手のもつこれにかなり期待しているけれども、話が全く進展しないこともある。 →体験の共有 .
意外性 現代人が常に求め、それによってエスカレートしてゆくもの。ただし、これはあくまでも受け手にとっての「意外性」であって、送り手にとってのそれではない。そこのところを勘違いすると、現代音楽などにみられるような受け手から遊離したイディオムが発生するはめになる。
しかし、人間の飽きっぽさとは恐ろしいもので、「十二音音楽」や「偶然性の音楽」すら、繰り返し聴いているうちになんとなく雰囲気がワンパターンであると感じられるようになる。一方、このパラドックスの対極からは、「繰り返しの音楽」が顔をのぞかせているようであるようであるようであるようであるようであるようであるようであるようであるようであるようであるようであるようである。→三段論法
.
晦渋
無内容と紙一重、若しくは何も言わない方がまだまし、といった程度の言説に共通して発見される性質。なお、本辞典のほとんど、とくにふる執筆項目が期せずしてこの好例となっている。 「専門家集団に於て、其の文章の晦渋さは自己の専門性を護持し自己の無理解を隠蔽するメルクマアルの如き特性であり、畢竟、自身の存立基盤に係るレゾン・デエトルであるとも謂っても、蓋し過言では無からふ。」
評論家  専門家が10年かかっても判らないことを、10秒以内に結論づける人種。「安易でもよい、早く結論を出して欲しい」という大衆が生みだした現代の祈祷師。例えば心霊現象を「でたらめ」ときめつける自称科学者にせよ、まことしやかに「説明」する自称心霊研究家にせよ、およそ評論家という人種であることには変わりがないのでは? .
殺し文句 絶対に反証しようのない命題。送り手の「切り札」「ワイルドカード」またはスペシウム光線として乱用されがちである。ある科学史家は「反証不可能な命題のみからなる体系は科学ではない」と主張したそうだが、研究者として修行時代の彼は、ひょっとしたら指導教授に右のようなことを言われて育ったのではないかと想像する。→売り言葉に買い言葉 君はまだまだ勉強が足りないね。君の書いたものは全くコメントのしようもないよ。
口説き文句 歴史上、レトリックの発達に最も貢献した重要分野(たぶん)。本当にその通り思っている人には絶対に口にしたり書いたりできないような美辞麗句からなる。口説き文句の効果は、使用する表現語句よりも、とどのつまり誰が誰に対してその文句を使用するかに依存するので、人真似をしても何の役にも立たない(ことが多い)。
夫を殺されて悲嘆に暮れている王妃を、殺した張本人がその場で口説いて結婚し、王の後がまに座ってしまうというシェイクスピア劇『リチャード3世』があります。レトリックの洪水に目を見張るべきか、オンナはヨワい(コワい?)というべきか。それはさておきこんなサイト*もあるようです。日頃おモテになって困っていらっしゃるであろう皆様には、是非ネタを書きこんできてくださるようお願いいたします。あとでこっそり拝見いたします。なお、筆者宛メールにてこっそり教えてくださると、なおありがたく存じます。
売り言葉に買い言葉 殺し文句に刃向かうと修羅場になるからやめた方が良い。 「あたしゃ、あんたみたいな子を産んだ覚えはないよ」「オレだって、産んでくれと頼んだ覚えはねぇよ」
経験の裏付け ことばにとって大切な重石(おもし)。送り手は「見てきたような嘘」をつくこともあるが自分の経験から離れてものを言うことは難しいし、プロのライターも経験を大切にするようである。かの『失*園』のW氏は「私の書くようなジャンルの小説には取材費用が掛かっている(から所得控除してくれ)」旨主張しているらしい(ここ*の97年5月の欄にあるので探してください)し、シンガソングライターM.N.女史は恋の歌を書くたびに本当に恋をするという話も聞いたことがある。 数年前、私はイタリアで心中を遂げたことがある。
体験の共有 コミュニケーションを円滑にする導入路。送り手は通常これを強引に期待しているけれども、たまに話が全く通じないこともある。それにしても、遠い昔に桃太郎が滅ぼしてしまった「鬼」について我々はなぜ、「鬼のような」「あいつは鬼だ」という表現で互いに通じ合えるのであろうか。→比喩周知想像力「イスカの嘴と食い違い」 .
辞書 体制の走狗。 .
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1)キメラ:遺伝的複合体。高度な技術を要する細胞融合によって作られるが、動物では異種間での成功例がないとされる。
 
2)蛇足的な註
>その1
A「ショウユ、ショウユ…て10回言ってください」
B「ショウユショウユ…」
A「ブルドックは?」
B「ソース」
A「犬でしたぁ」
>その2
A「ショウユ、ショウユ…て10回言ってください」
B「いやです」
>その3
A「ショウユ、ショウユ…て10回言ってください」
B「犬でしょ」
 
3)経済学者ガルブレイスの主著に『豊かな社会 The Affluent Society』がある(邦訳:岩波書店)。しかしこの邦訳のタイトルについては、原文が "rich"ではなく "affluent" なのだから「過剰な社会」とでも訳すべきだとかつて西部邁は指摘した。
 
 
公開前・私家版へのあとがきと謝辞
 
 拙稿を敢えてまとめるきっかけとなったのは、筆者
ふるの卒業論文(1984年2月)の作成であった。締め切り迫る年の暮れ、準備不足で十分な裏付けも得られないままただただ文章のページ数をこなしてゆく果てしない作業に捕らわれる中で、筆者は半ば自嘲気味に、いかに中味の無さを文章で補うかという技術、すなわちゴマカシのための文章表現術を次第に身に付けていった。その後も研究者の卵のさらにハシクレとして論文を書く機会は多くないとはいえ少なくもなかったが、もはや昔の手口はなるべく悪用しないように留意しつつも、いつのまにやら新たな手口を無自覚に用いてしまっていてしばらく気付かない。そしてそのことに気付くと、この「悪魔の修辞典」は新たな1項目を書き加えることになる。このようにして本稿は常にバージョンアップを繰り返してきたのであった。このいつ果てるともしれないイタチゴッコはおそらく筆者にとっては一生付きまとうことであろう。
 それにしても、このような悪しき習性・悪文癖を筆者に自覚させてくれた方々のなんと多かった事か。中学・高校時代、筆者に文章を書く機会を与え文章を書くことの面白さを教えてくださったのは、K高校教諭のM先生である。本稿には、先生の授業で取り上げられた内容が含まれている。大学の教養課程では遊んで暮らしたために文章というものに気を配る機会はさほどなかった。そして、前述の卒業論文に至る。T大学の筆者の歴代の指導教官の方々、とくにT先生はつたない筆者の学生論文の細かい表現の1つ1つまでに多くの助言を与えてくださり、論文以前の日本語というものを教えてくださった。友人・同級生からも多くの助言をいただいた。とくにM氏(現世界銀行*)が筆者の修士論文に目を通すや語順センスの欠如を喝破したことは忘れられない。1993年に久しぶりに改訂した際には、現勤務先での先輩や同僚から受けた多くのアドバイスが役立っている。
 文章表現に関する出版物にはもちろん多くの示唆を受けた。実際、その多くを恥し気もなく引用しているはずだが、筆者の記憶力不足もあって1つ1つ挙げることはとてもできない。本稿の至らない部分を補って有り余る文献を1つだけ挙げておこう。『平成ことば探検』の、とくに「不思議な『会議語』」のところ。これは本稿に関わりが深い。誰もが肯くことと思うが、おそらくこのように鋭く指摘した識者はいないのではなかろうか。ご一読をおすすめする。
 最後に、本稿の原型をなす非常につたない初稿を(今でもつたないが)快く記事として掲載してくださった『別冊Klavier』編集長のまりんきょ氏、本稿のhtmlバージョン作成にあたって「パクリ」を黙認していただいたばかりか、快く場所を提供して下さり、あまつさえ更新作業のお手伝いまで引き受けて下さった言魔上人(廃人)に心より感謝する。
 
初稿 14thSep84
htmlバージョンver0.01 15thNov97
htmlバージョンver0.73, 2ndNov2001

 

 

よりハイソな(?)投稿のために

 
 本ページは、それほど肩肘張ったマジメなページではありません。どちらかというと正確には、私に限っていえば、
適当かつイイカゲンそのものです。あまり気にせずお気軽にどんどんご投稿ください。しかし、もっと勉強したい方もいらっしゃることでしょう。
 レトリックの専門用語というと、本来ならば、文章表現・作文技法の本をはじめ、修辞学、論理学、国語学などの文献をあれこれ当たる必要があるのかもしれません。これを一からやったのでは素人にはたまりません。この分野の専門家でいらっしゃる
 
久野先生のページ*

には、先生のご研究になるこうした文献何十冊分もの研究データ・用語解説等が系統的に蓄積されており、信じられないほど膨大な情報が公開されています。このような貴重な情報にタダで接することができるなんて、実にありがたいことです。本物の修辞学というものを一度でいいから勉強してみたいという方、ネタ探しのヒントを得たいという方、ネタをどう表現するか考えてみたいという方は、ぜひぜひご一読をお奨めします。決して素人に軽々しく読みこなせる内容ではありませんが、このページで私が使用している一見ソレラシイ用語の嘘や知ったかぶりが見つかるかもしれません。その節は、こっそりメールにておしらせください。さりげなく修正しておきます。

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