(6)トンデモ国際法


『神は沈黙せず』批判 総合メニュー
『神は沈黙せず』批判(まえがき)
(1)南京論争登場
(2)否定論を理解しているか?
(3)本当に処刑されたのか?
(4)捕虜ハセヌ方針(東中野説)
(5)捕虜ハセヌ方針(南京戦史)
(6)トンデモ国際法
(7)便衣兵摘発の状況
(8)形勢不利なのはどっち?
(9)石射史料に虐殺の記述なし
(10)なぜ数が問題になるのか
(11)虚構の上に論を重ねた虐殺説
「あとがき」のようなもの



 『神は沈黙せず』山本弘著 角川書店
 P58−P64(順次抜粋)


 真田はこうした事実を知らなかったらしい。どうやら中島中将の日記を実際に読んだわけではなく「なかった」派の書いた本の歪曲された解説を鵜呑みにしていたようだ。

 彼は「あくはと」の指摘に狼狽し、「なかった」派お得意の論理に逃げこんだ。すなわち、処刑されたのはすべて一般人に変装した便衣兵つまりゲリラであり、ゲリラの処刑は国際法で認められている、と。

 しかし、この反論も「あくはと」は見事な論法で粉砕した。
 第一に、捕らえたゲリラは殺していいというのは俗説であり、国際法にそんな規定はどこにもない。確かに当時の日本が批准していた『陸戦ノ法規慣例ニ関スル条約』には、交戦者の資格として「遠方ヨリ認識シ得ベキ固着の徽章ヲ有スルコト」「公然兵器ヲ携帯スルコト」など四条件が挙げられ、これらの条件を満たさない便衣兵は捕虜としての正当な待遇を受けられないことになるが、だからと言って「殺していい」とは書かれていない。それどころか条約の前文には、「締約国ハ其ノ採用シタル条規ニ含マレザル場合ニ於テモ人民及交戦者ガ依然文明国ノ間二存立スルノ慣習、人道ノ法則及公共良心ノ要求ヨリ生ズル国際法ノ原則ノ保護及支配ノ下二立ツコトヲ確認スルヲ以テ適当ト認ム」とあり、捕虜虐殺がこの精神に反するのは明白である。

 第二に、先に挙げた日記にはどこにも、殺されたのがすべて便衣兵(だとは書かれていない。中島中将の日記にも、先の引用箇所の前行に「約七、八千人アリ尚続々投降シ来ル」とあり、戦意を失って投降してきた兵士の処分について述べたものであるのは間違いない。

 

 
 「処刑されたのはすべて一般人に変装した便衣兵」だったというトンデモ説が、なかった派「お得意な論理」なんでしょうか?。私の知る限りは、そのようなトンデモ説を掲載している研究書籍はありませんが・・・。

 例えば前ページで『南京虐殺の徹底検証』から引用した部分(捕虜ハセヌ方針について)を見ても、仙鶴門付近の捕虜が便衣兵であったという主張はされていないことがお分かりいただけると思います。

 山本さんは、悪いキノコでも食べてトリップしちゃったのでしょうか?。全員便衣兵説は、「なかった派お得意の論理」とは言えません。「否定論はトンデモであって欲しい」という山本さんのご都合主義の願望にすぎないのです。


山本さんの記述の矛盾
捕虜なのか、捕虜ではないのか?


 あくはと君の「見事な論法」を検証してみましょう。
 真田トンデモ説の前提となる、処刑されたのは「全員便衣兵だった」という仮に対するあくはと君の反論です。

 便衣兵は交戦者資格を満たしてないので「便衣兵は捕虜としての正当な待遇を受けられない」つまり便衣兵は捕虜ではないと書いています。この部分は正しい記述と言えます。ところが後段では「捕虜虐殺がこの精神に反するのは明白である。」として便衣兵は捕虜であると書いちゃってます。

 ちょっと読めばわかりそうな矛盾ですが、これを「見事な論法」と言い切っちゃう山本さんの感性は凄いなと思います。

矛盾点の解説

 山本さんの記述を整理します。
(1)処刑された全員が便衣兵だったという仮定をして、(2)便衣兵は捕虜としては扱われないとする。(3)しかし、マルテンス条項(条約前文)の精神により捕虜としては扱われないが殺害してはいけない。という意味かと思われます。
 マルテンス条項の引用や文章の流れから考えると、裁判を行った後の処刑(即ち殺害)もいけない、というのが「あくはと」君の主張と理解されます。

 そうすると後段は「捕虜虐殺」ではなく「便衣兵虐殺がマルテンス条項の精神に反する」という記述になるはずですが、実はこう書き換えてもちょっとおかしいのです。

 なぜならば犯罪者(便衣兵)を裁判の結果、処刑(死刑)にすることを一般的には虐殺と言わないからです。どっちにしても誤謬の多い記述ですね。見事な論法からはかなり遠いと思います。






トンデモない国際法解釈
 
 あくはと君のトンデモ主張

「第一に、捕らえたゲリラは殺していいというのは俗説であり、国際法にそんな規定はどこにもない。」by あくはと


 「どこにもない」のではなくて、ゲリラを処刑してもいいという規定は慣習法として存在しているのですが山本さんが知らないだけです。

 国際慣習法(不文法)により、民間人に偽装したゲリラは戦時犯罪として処罰する権限が交戦当事国に認められています(戦時犯罪は一般的に死刑が認められる)。つまり「国際法にそんな規定がどこにもない」というのはトンデモないウソと言えます。参考学説については下記(※1)参照


 

 現実世界の南京論争では、中国兵は私服(便衣)の状態で安全区(非武装区域)潜伏しており、これが犯罪を構成する(死刑が認められる)という前提で、処刑に際して裁判が行われなかった事が争点となっています。
 虐殺派の主張は、「裁判が行われなかったので慣習国際法違反の虐殺である」というものです。対するまぼろし派の主張は、「国際的な慣行では軍事的必要が認められる場合、裁判を行わずに処刑が行われていた。南京における軍事的状況を考慮すると裁判なしの処刑も慣習国際法に違反しているとは言えない」というものです。



マルテンス条項挿入の経緯

 どうも山本さんは戦争法に関する基本的な知識に欠けているようです。参考資料にも国際法関連の書籍は見当たりません。ろくに調べもしないで「そんな規定はない」言い切っちゃうのは度胸がいいというよりも無謀です。
 そもそも国際法の規定により、便衣兵(ゲリラ)は処罰されるという前提があるからこそ、ハーグ陸戦条約にマルテンス条項が挿入されたのです。
 
 ハーグ陸戦条約の第一条では、捕虜として保護される条件として戦闘行為従事者であることの表示が必要とされました。具体的には制服の着用やワッペンやゼッケン、腕章などの固着の標章の着用が必要とされたのです。
 徴兵制が整備された大国は、制服着用の正規軍・常備軍が戦闘の主力になるので問題はありません。しかし大規模な常備軍を持たない(便宜的な意味での)国は、武装市民による国土防衛(つまりゲリラ戦)を想定していた為に第一条はハーグ会議で大きな争点となりました。大国と小国の利害関係を調整する妥協案としてマルテンス条項が挿入されることで条約は成立したのです。

 締約国はその採用してる条規に含まれざる場合においても、人民および交戦者が依然文明国の間に存立するの慣習、人道の法則および公共良心の要求より生する国際法の原則の保護および支配の下に立つことを確認するを以て適当と認む。締約国は、採用せられたる規則の第一条および第二条は、特に右の趣旨を以て解すへきものなることを宣言す
(マルテンス条項より抜粋)

 これは小国側の要望を取り入れたものなので、第一条および第二条に含まれない場合、つまりゲリラ兵であっても、なるべく人道的に扱いましょう。要するになるべく捕虜として扱いましょうという内容として理解されていますが、この前文により条約の内容が修正されるわけではないので、ゲリラが国際法上合法の存在となるわけでもなく、ゲリラに捕虜資格が認められるわけでもありません。条約前文に法的拘束力はないのです。下記(※2)参照のこと。







参考資料(1)
ハーグ陸戦法規から交戦者の資格

第一条
 戦争の法規及権利義務は単に之を軍に適用するのみならず左の条件を具備する民兵及義勇兵団にも亦之を適用す
一 部下の為に責任を負う者其の頭に在ること
二 遠方より認識得べき固著の特殊徽章を有すること
三 公然兵器を携帯すること
四 其の動作に付戦争の法規慣例を遵守すること
  民兵又は義勇兵団を以て軍の全部又は一部を組織する国に在りては之を軍の名称中に包含す



第二条
 占領せられざる地方の人民にして敵の接近するに当り、第一条に依りて編成を為すの暇なく、侵入軍隊に抗敵する為自ら兵器を操るものか公然兵器を携帯し、且戦争の法規慣例を遵守するときは之を交戦者と認とむ

 
出展 
最近「国際法及び外交資料」 育成洞 松原一雄編
昭和17年12月初版 P224 より
(注1 カナ使いや一部の旧漢字は訂正した。句読点は適時追加した)
(注2 第二条の赤文字部分、公然兵器を携帯は第二回ハーグ会議で追加された)




注記(※1)
 
 私服で偽装した状態での戦闘行為(ゲリラ)が違法行為であり、処刑が可能であることについて学説は一致しており異論はありませんので、ここでは立作太郎博士の記述を参考資料として掲載します。
 

民間人の敵対行為は原則禁止

『戦時国際法論』P49 立作太郎著 日本評論社 
昭和19年7月初版

(乙) 軍人以外のもの(非交戦者)に依りて行はるる敵対行為
 軍人以外の者(即ち私人)にして敵軍に対して敵対行為を行う場合に於いては、其行為は、正確に言えば国際法規違反の行為に非ざるも、現時の国際法上、戦争における敵対行為は、原則として一国の正規兵力に依り、敵国の正規の兵力に対して行はるべきものにして、私人は敵国の直接の敵対行為に依る加害を受けざると同時に、自己も亦敵国軍に対して直接の敵対行為を行ふを得ざる以って、敵対行為を行うて捕へらるれば、敵軍は、自己の安全の必要上より、之を戦時犯罪人として処罰し得べきことを認められるのである。



戦時犯罪は概ね死刑

『戦時国際法論』P53 立作太郎著 日本評論社 
昭和19年7月初版

 戦時犯罪中(甲)、(乙)、(丙)、(丁)、(戌)中に列挙した者の如きは、概ね死刑に処し得べきものなるも、固より之よりも軽き刑罰に処するを妨げない。



正規軍人が民間人に偽装した場合

『戦時国際法論』P62 立作太郎著 日本評論社 
昭和19年7月初版

 上述の正規の兵力に属する者も、不正規兵中、民兵又は義勇兵団に後述の四条件を備へざることを得るものではない。正規の兵力たるときは、是等の条件は、当然是を具備するものと思惟せらるるのである。

 正規の兵力に属する者が、是等の条件を欠くときは、交戦者たるの特権を失うに至るのである。 例えば正規の兵力に属する者が、敵対行為を行ふに当り、制服の上に平人の服を着け又は全く交戦者たるの特殊徽章を付したる服を着せさるときは、敵に依り交戦者たる特権を認められざることあるべきである。


 以上、民間人に偽装して行われる敵対行為は戦時犯罪であり、大抵の場合は死刑というのが戦時国際法の規定(慣習法)です。もう少し詳細に説明すると、慣習法によりこれらの行為は戦時犯罪と認められているので、交戦当事国は「軍事規則・軍律」を制定して、犯罪として処罰することが認められているのです。

 正規の軍人については身分を偽って(あるいは民間人に偽装して)敵軍の勢力圏内に潜伏した段階で「敵対行為」が成立します。この点が民間人と違うところです。
 制服着用の軍人を考えてもらうと分かりやすいと思いますが、敵の勢力圏内における潜伏、あるいは撤退・逃亡などを行った場合は敵対行為の一種として攻撃の対象になります。服装の有無に可かわらず正規軍人は軍事目標ですから、投降しない限りは武力行使の対象となります(軍事目標主義)。

 正規軍人が偽装した状態で投降した場合、ハーグ4条件(ハーグ要件)を満たしていませんから、捕虜として国際法の保護をうけることはできません(もちろん捕虜にしても構いませんが国際法上強制されない)。捕虜として扱われない以上、犯罪者として処罰されることになります。戦時犯罪の処罰は死刑が認められています。死刑にしてはいけないという国際法はハーグ条約時代にはありません。

 


注記(※2)

マルテンス条項について参考史料。


『新版 国際人道法』 有信堂 藤田久一著 P85

 ハーグ会議では、侵入・占領軍に対する「人民の反抗の権利」をめぐって激論の末、これについて直接明文規定をおかず、「陸戦の法規慣例に関する条約」前文中にマルテンス条項を挿入することで一応落着した(3)。

 この条項は、抽象的一般的に「一層完備シタル戦争法規二関スル法典ノ制定セラルルニ至ル迄ハ、締約国ハ、其ノ採用シタル条規二含マレサル場合二於テモ、人民及交戦者カ依然文明国ノ間二存立スル慣習、人道ノ法則及公共良心ノ要求ヨリ生スル国際法ノ原則ノ保護及支配ノ下二立ツルコトヲ確認スルヲ以テ適当ト認ム」と述べ、続けて「締約国ハ、採用セラレタル規則ノ第一条及第二条ハ、特二右ノ趣旨ヲ以テ解スヘキモノナルコトヲ宣言ス」としている。

 もっともこの条項は、妥協的性格を反映して、占領地域での人民ないし不正規兵の交戦者資格に直接言及していない。実際にも、右の諸規定は二度の世界大戦において占領地域で占領軍に対抗する抵抗運動団体構成員の交戦者資格を占領当局に認めさせるのに有効であったとは思えない。


『戦争と国際法』 嵯峨野書院 城戸正彦著 P158

 これはハーグ会議において、前記条約と付属の陸戦法規が内容的に不十分であるとする意見があったのにたいし、これをおさえて条約を採択させる為に、ロシア代表のマルテンスから提案されたものである。
 このような条約前文は本文と異なり、直接に締結国を拘束するわけではなく、単に本文の解釈の基準になるだけであるが、新兵器使用の合法性が論ぜられるときに、しばしば援用されてきた。

 以上のように、条約本文を(主)とすれば、前文は(従)であり、マルテンス条項に法的拘束力はないので、捕虜資格が認められない戦闘員は国際法の保護を受ける事ができませんでした。


 山本さんはご存じなかったようですが、これは戦時国際法(あるいは国際人道法)の基礎です。





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