百人斬りがありえない理由(1)

百人斬りがありえない理由(1)
据えもの斬りという虚構(2)
新聞記者の創作説(3)



 百人斬りに関して掲示板に投稿もあり、また、本宮氏も百人斬りを連想させる光景を描いていますので、ここでは据えもの斬りを含めて、なぜ百人斬りがありえないのかについて考察してみたいと思います。


(1)戦果(スコア)を競う意味

 百人斬り報道については百人斬りってマジですか?(5)で引用してありますが、向井少尉、野田少尉が敵陣に乗り込んで日本刀で敵兵を斬りまくり、どっちが先に100人を斬るかを競ったというものです。
 
 銃器が発達した近代の陸上戦闘では、白兵戦における個人の戦果を競う、というのはかなり珍しいことと言えます。もっとも空中戦においては、かなり初期から個人の撃墜数(スコア)を記録するということが行われていました。例えば複葉機の時代、第一次大戦でも多数のエースパイロットが誕生しています。
 エースの条件は国や時代によって違いますが、現在では5機撃墜以上が条件として定着しています。

 空中戦は航空機同士が接触すれば始まります。第二次大戦の頃、戦闘機の武装は機関砲ですから、一度に攻撃可能な目標数は「一機」だけです。
 陸上戦の場合は白兵戦が起きるかどうかは未知数です。戦闘に参加したからといって、すべての部隊が白兵戦に加わるとは限りません。とくに砲兵隊などは、遠距離で砲撃するのが仕事ですから、よほどの事がない限り白兵戦に加わることはありません。また陸上戦闘では「複数目標を殺傷」可能な武器が一般的に使されています。機関銃、機関砲、大砲、手りゅう弾などもそうです。

 こういう事情もあって、陸上戦闘では「個人の戦果」というものを確認するのは難しく、空中戦と違って個人戦果が記録されることもあまりないということができます。
 


(2)なぜ日本刀でなければならなかったのか?

  「戦果」つまり「敵兵の殺傷数」を競うのであれば日本刀でなくても構わないわけです。銃でも銃剣でも何の問題もありません。日本刀で殺傷しても、銃で殺傷しても戦果(スコア)は「一」です。ちなみに「据えもの斬り」だとしても同様です。日本刀でなければならない必然性は存在しないのです。


 しかしながら、読者受けする物語(虚構)だとすれば、「日本刀」でなければならない必然性があるといえます。


 機関銃で100人くらい撃ってもあまりおもしろくありません。虚構としてはいまいちです。逆に日本刀で100人斬りまくるというのは物語として面白みがある。日本は武士道の国ですから、日本刀で敵をなぎ倒すほうが話としては痛快でしょう。戦争ですから、銃で敵兵を百人殺しても当たり前ですから、特ダネにはならないわけですね。




(3)戦果競争はあったのか?

 両少尉が最前線で戦う歩兵の隊長であれば、互いに戦果を競うということはありえるかもしれませんが、現実には向井少尉は砲兵隊の小隊長であり、野田少尉は大隊の副官※でした。 両者とも所属が違いますし、最前線で積極的に白兵戦に参加する兵科でもありません。
 戦争ですから敵に包囲された場合などは、砲兵でも工兵でも白兵戦に参加することになりますが、基本的に砲兵隊は遠距離砲撃が仕事です。砲兵隊所属の向井少尉が予め白兵戦の予定を立てるということはまずないでしょう。


 つまり、兵科の違う二人が、相談して「何らかの戦果を競争する」ということは理論的に考えるとまずあり得ないということができます。つまり百人斬りやそれに類する競争行為はそもそも行われていなかったと考えられます。


 百人斬りに関する一次資料が不自然なほど出てこないのも、「虚構の競争」であると考えればむしろ当然ということになるでしょう。


(※ 大隊司令部が戦場に位置する場合もあるので、状況によっては大隊長クラスでも副官クラスでも戦場に出ることはあります。当然ですが戦死する場合もあります。これは作戦の内容またはは戦況によってそうなるだけで、大隊司令部、大隊副官が常に白兵戦を行っているわけではありません)。



(4)据えもの斬り競争はありえるか?

 虐殺肯定派(あった派)は、百人斬りは戦闘行為ではなく、捕虜(捕虜扱いされた民間人を含む)の処刑だったと主張しています。いわゆる「据えもの斬り」で、しばられ無抵抗になった捕虜を日本刀で殺害したのだとしています(例えば、本多勝一氏、『南京大虐殺否定論13のウソ』など)。

 しかしちょっと考えれば、「据えもの斬り」で、どっちが先に100人殺害するのか競争するのはナンセンスということがわかるでしょう。
 無抵抗の捕虜を殺害するのですから、剣術の腕などもあまり関係なく、捕虜の処刑に立ち会う回数で勝負がついてしまいます。また、処刑数を競うのであれば日本刀でなければならない理由もありません。


 そもそも捕虜は安定して確保されるわけではなく、もしかすると南京陥落まで捕虜と出会わない可能性もありますし、逆にいきなり数百、数千の捕虜を確保する場合もあります。このように他人まかせ運任せな据えもの斬りの場合、競争そのものが成立しないと考えられます。


 日本軍は南京に向かって強行軍で進んでいましたから、のんきに時間をかけて捕虜を集めたり、時間をかけて日本刀で殺害している時間はなかったものと考えられます。また、砲兵隊は通常部隊の後方に位置する為、進軍中に捕虜を確保する機会はあまりありません。
 理論的に考えると、両少尉が”競争として”据えもの斬りを行っていた可能性は限りなく0に近いと言えます。



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