
「三種の神器」の一つである事は改めて言うまでも無いでしょう。しかしながら「八咫鏡」や「八尺瓊勾玉」とは毛色が違います。鏡と勾玉は高天原でつくられた由緒正しい宝物で「神器」と呼ぶのに相応しいものです。特に「鏡」は最高神である天照大神の分身ともいえる尊いものです。(鏡=光=太陽=天照)
しかし、『天叢雲剣』は恐ろしい化け物八岐大蛇の体内から出てきたものです。その出自はとても神器とは呼べない気がします。
ここで少し視点を変えてみましょう。この神剣が使われた時はどんな時だったでしょうか?
1『スサノオの大蛇退治』 2『ニニギ尊の天孫降臨』 3『大和建尊の二度の東征』 ですね。
1のスサノオの場合は土着の勢力・権力を打倒して被征服者達の力の象徴だった剣を奪うもしくは献上された。旧勢力からその象徴を奪う事は新しい支配者が前者よりも強大な力を持つ事を証明すると考えます。
2のニニギ尊の場合は敵対勢力の打倒、国家統一しての王権の確立。3の大和建尊の場合は朝廷(皇室)に反抗する勢力を打倒しての王権の補強。
つまり、この神剣が登場する時は常に「大和朝廷の王権確立の修羅場」なのです。他の二つの神器が内にあって皇室の権威を支える物であるのに対しこの神剣は「武=力」を表し、外のあって権威を『打ち立てる』性格を持っていると考えられるのではないでしょうか?『天叢雲剣』は『征服者の力の象徴』なのではないかと推測します。
さて、この神剣の名称の由来ですが「天」は神を表す尊称ですね。「叢雲」とは八岐大蛇がおそろしく巨大なためその頭上が常に雲に覆われていたためについたようです。つまりは「神(スサノオ)が天上に頭があるような大蛇を倒して獲得した剣」ってとこですかね?チョッと自信は無いです。
『草薙剣』とも言いますね。この呼び名の方が有名かもしれません。この名の由来は大和建尊がピンチに陥った時に尊がこの神剣で周囲の草を薙ぎ払い、火を放って尊を包囲していた敵を向かえ火を放って窮地を脱出し敵をことごとく斬り倒したいうお話しですね。違う説では剣が独りでに鞘ばしり周囲の草を薙ぎ払って大和建尊を助けたというモノもあります。
でも、全く違った説もあります。もともとの名が「くさなぎのつるぎ」で「天叢雲剣」という名は後代に権威付けとしてつけられたというものです。もともとの名の「くさなぎ」は「奇妙な蛇」という意味です。奇妙な蛇=八岐大蛇ですね。そう言えば倭比売が大和建尊にこの神剣を手渡す時に「この神剣は草那芸剣(くさなぎのつるぎ)というのよ」って言っていた気がします。
この神剣は熱田神宮に奉られています。この神剣がここから持ち出された事は過去に第二次大戦直後を除くと天智・天武両帝の御世の時です。668年に新羅の僧道行による盗難事件が起こります。道行はこの剣を新羅に持ち逃げしようとしますが船が難破して失敗します。その後は朝廷で保管していましたが688年に天武帝が病に倒れると「神剣の祟り」だという事で熱田神宮に戻ります。
最後にこの剣の形状ですが歴代の天皇でも自由に見れる事が出来ないのに記録があるのか?というと・・・あります!もっともその信憑性には「?」がつきますが。江戸時代の神官4,5人がその姿を盗み見たそうです。長さは二尺七、八寸(およそ80cm)。刃先は菖蒲の葉に似ている。中ほどには厚みがある。手元のあたりの八寸ほどは節くれだって魚の骨のよう。色は全体的に白っぽい」そうです。この話を信じるならばどうやら天叢雲剣は古代剣の形状のようです。色が白っぽいというと錫を含んだ銅剣でしょうか?錆びはみられなかったようですし。
私は個人的には「鉄剣」だと思っています。なんたって「十握剣」を欠けさせたのですから。もし「鋼」だったら凄いんですけど。こんな夢くらい見てもいいですよね?
| 所有者 | 時代 | 地域 | 出典 | 類別 |
| 天照大神・ニニギ尊・大和建尊・歴代天皇 | 神代〜現代 | 日本 | 日本書紀・古事記 | 神剣 |
