Yatonokagami

八咫鏡

所有者 時代 地域・国 出典 形状
歴代の天皇 神代〜現在 日本 古事記・日本書紀など

DATA

「三種の神器」のなかでも最も重要かつ神聖な宝物です。三種の神器は皇室を守護する御神体という意味をもつものですが、とりわけ『八咫鏡』は最高神であり皇祖神である『天照大神の分身』とされているものです。
「鏡」が神話に初めて登場するのは『天の岩戸事件』の時です。有名な話ですので詳しくは書きませんが、岩戸に閉じこもったアマテラスがこそっと外の宴を覗いた時にアマテラスの顔を写した鏡がコノ八咫鏡なのです。この時、岩戸に鏡が当たってこすれて傷ができました。現在伝わっている八咫鏡にも傷があるとの事です。
アマテラスの姿を写したこの鏡はアマテラスの分身と考えられてきました。農耕民族である日本人にとっては太陽神アマテラスが天地人民にあまねく与えられる日光は何よりも大切で敬うものだったと思います。『祭祀王』であり『稲の王』であった古代天皇にとって太陽神アマテラスを皇祖神としその祭祀を独占する事で権威と神聖さを絶対にしその統治権の正統性を揺ぎ無いものにしていったと考えます。自然現象に対し無力な古代人(マァ、現代人も大差ありませんが)にとっていかにして神々をなだめ天候を穏やかにして作物の実りを豊かにするかという問題は支配者層から一般人民まで身分に関係なく最大の関心事だったはずです。作物の出来・不出来は生死に直結する大問題ですから。我々現代人が思っている以上に古代人にとって太陽神アマテラスの存在は大きく、その子孫である天皇にたいする畏敬と期待は大きかったのでしょう。
「八咫鏡」は日本書紀では『真経津鏡(まふつのかがみ)』と呼ばれています。八咫鏡という呼び名は固有名詞と思っている方が多いでしょうが、『固有名詞ではアリマセン!』。「咫」というのは古代において長さを表す尺度の事です。咫は中国の周代の単位(1咫=約18cm)とも、手のひらを開いた時の親指と中指の長さとも言われています。ハッキリしていません。「八」は古代日本における『聖数』です。「勾玉」にも八がつきますよね!この聖数は『大きい・多数』を意味します。という訳で「八咫鏡」は正確に「八咫」の大きさがあるわけではありません。単に『大きな鏡』という意味です。文字通りに「八咫」の大きさ(円周)があるとしたら円周144cmの巨大鏡になります。現在、伊勢神宮に祀られている「本物」とされている鏡を収容している容器の大きさから鏡の寸法が直径が49cm以下であることはわかっています。あ、入りそう・・・。
この宝物については目撃例も目撃未遂例も一切ありません。その姿は未だによく解らないのです。

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