**放心の硝子戸**

 

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2004.6.16

 「この人だれ?」って思うことがある。自分の子供が珍しく一人で座って
なにかおもちゃに没頭していたりする姿をじっと眺めていると。

 もう、姿形も立派な、一人の人間なんですね。この前まではどこか赤子ぽくて、
お世辞にも人間らしくはなかった。動きも、動物的だった。
 けれど最近は、表情も動きも、人間だ。
 そうすると、この人間が突然私の目の前にやってきた気がするんです。
 自分で産んだなんて、とうてい思えずただ不思議な気がする。

 そう、あれほど、このまま死にたいと思うほど痛い思いを長時間して産んだ
ことを、その痛みを、私はすっかり忘れてしまった。‘大変だった’という
記憶はしっかりあるが、その記憶に五感としての痛さは全く存在していない。

 女性って、産んだ痛さをすぐに忘れるから、だから何人も産めるんだよね

 って、産んですぐの頃聞いて、「うーそーだー、ぜっっっったい、忘れられ
ない。もう金輪際けっこうだーー」と思ったものだが、案の定、忘れた。
 というより、子供の毎日毎日の笑顔や泣き顔、そういった‘かわいさ’が、私の
記憶の中の痛みを消し去っていっているのではないだろうかと思う。

 太古から続く女性の強さと、人間として成長している目の前にいるヒトの強さ
に、ただただ私はほぉ、とため息をつき、わずかな焦り(何かはっきりしないが、
その漠然としたものに追いて行かれないようにする、という、焦り)を感じるので
あった。

 

2004.6.2

 スポ根したいんです。

 最近、眠りが浅いせいか夢・・・それも決まって悪夢を一晩で3本は同時上映で
見ているが、先日は高校時代の夢だった。自分は当時テニス部で、名ばかりの
キャプテンだったのだが、夢ではその頃本当に仲の悪かった男子部キャプテンと
やはりケンカ・・・言い争いをしていた。リアルに疲れる夢だった。


 なんで彼と仲が悪かったんだろう??ウマが合わないというか、彼は私のことを
絶対嫌っていたし、私も彼が苦手だった。でもキャプテン同士行動を共にしないと
いけないことが多々あり、また、練習内容もけっこう相談が必要だった。すごく
苦になっていた、それらが。

 何故そんなテニス部の夢を見たか・・・、理由は分かっているんです。すごく単純
なこと。
 今「エースをねらえ」のアニメにはまっているから〜。スカパーで放映されて
いる。最初は‘こ、この死語満載さは笑える’と震えるほどだったが、今では真剣に
おもしろい。根性、根性、ひたすら根性とやる気、ああ、このやる気!岡!振りが
甘い!そんなことでは関東大会で勝てんぞ!はい!コーチ!わたし、やり遂げて
みせます!この試合絶対勝ってみせる、ひろみ勝ちます!

 おりしも、テレビではバレーボールの試合などあっていて、そして先日図書館で
借りた「鉄棒する漱石、ハイジャンプの安吾」(矢島裕紀彦著・日本放送出版協会)
を読んで‘え、この文豪がこんなスポーツを??’という新鮮な驚きがあったせいか、
完全に私の頭はスポ根モードである。

 バレーのボールを思いきり叩き打ってサーブしたい。ジュースとかいっぱい繰り返して
緊迫してみたい。テニスボールを思いきり叩き打って腕を振りきりたい。コーチに
怒鳴られて、校庭50周したい。

 しかし・・・これって単に身体を動かしてストレス解消したいってこと・・・?

 スポーツは秋、ですが、したい、と思うときがしどころ、旬ですかね。
皆さんは、どうですか?スポ根、いかがですか?そんなのご免ってとこでしょうか。

 

2004.5.12

 子供が嘔吐下痢症、私はカゼの高熱で、2人同時にダウンすること2週間近く。
(夫も影響されたのか何となく具合悪そうだった)

 しかし大変でした。子供がかわいそうなのはもちろん、授乳を続けている
私は注射や薬が飲めないので、自力で治すしかないという、もう拷問に近い
ものがありました。
 平安や鎌倉時代の人たちは、どうやってカゼを乗りきっていたのだろうか。
薬草の効き目ったって、たいしたことないだろうし、死ぬ人も出たんじゃない
だろうか・・・と、40度近い発熱の中、真剣に考えてしまった。
 人間の寿命って、風邪を引くたび短くなっていっているような気がする、
特に私のように薬など飲めないでウンウン唸ってだけの場合は。
 

 長らくこちらを放棄しちゃって・・・。掲示板に書きこんでくださっていた
皆さん、本当にごめんなさい。

 寒いと暑いを交互に繰り返す気候が続いています、皆さんもお身体お気を
つけてください。家族全員で寝こむと、ほんとまいっちゃいます。

 

2004.4.5

 桜は、少し怖く感じる。・・・って、確か去年も同じ時期日記に書いたな。
毎年言ってる私。でも、今年も怖かった。
 黒い枝に、淡い桃色。そのコントラストが美しすぎて、ハッとさせられ
過ぎて、死体の養分を吸っていそうで・・・。美しさと恐ろしさは、紙一重なの
か。


 「俺、桜は花より木を見るんよね〜。枝が他の木とは一味違って、すごく
よくない?お花見というより、俺の場合は枝見かな〜、ハハハ。俺って
変わっとうよね」
 「ふうん、でも少し分かる分かる。私はさあ、桜が怖いんよね。そんな
感じ、せん?」
 「・・・お前、俺より変わっとう」

 以上、私と夫Rの北九州弁丸だしの会話。やはり私って変わってる?

 家の近所に、割りと有名な桜の名所があって。私も会社員時代お花見に出かけ
た所。確か、6000本の桜の木が公園を囲む。
 今年もすごい人出で、渋滞が夜遅くまで続き、救急車、パトカーのサイレンが
夜中過ぎまで鳴り響いていた。
 けれど、桜と言うものは、意外と名所と呼ばれる場所ではなく、例えばご近所の
○○さんのお宅の庭、だとか、小さいころによく遊んだ小さな公園、だとか、
正式名称ではなく地元民による愛称で呼ばれている川沿いだとか。
 そんな場所に、名所に劣らないほどの大きな、またたくさんの桜の木がある。
 いわば、穴場的存在。

 私の穴場的桜の名所は、歩いて3分の公園。公園を取り囲む樹齢30年以上は
ありそうな桜の木々が、風に花びらを舞わせ、(あまり怖くなく)本当に美しかった。
 何より、人がいないのが、いい。焼肉の匂いなどしないのが、いい。

 先日天気がよいので、午後、よちよち歩きの子どもをつれて言ってみた。
 と、ベンチに先客。おばあさんが座って桜を眺めていた。
 話しかけて、色々とおしゃべりする。お孫さんが、例の6000本の名所に
行かないか、と電話をかけてきたが、足が悪いから遠出できないし、何より
家の近くにこんないい所があるからね、わざわざ人の多いところに行く気が
しないんですよ。そう言って、また桜を見上げた。
 これが、本当の、花見だ。手に食べ物を持つでもなく、飲み物を持つでも
なく、ただゆったりとベンチに腰掛けるおばあさんの姿を見て、そう思った。

 私も、と、上を見上げると、首の筋がピキっとなった。痛い。
 そうか、ここしばらく、歩くようになって目が離せない息子ばかりを目で
追って下を向いていた。
 単独で上を見上げたことなんてなかったから。久しぶりに、空を見た感じだ。
 空の青さと満開の桜が、私を「子どもを含む私、ではなく、ただ私一人」、
の私に戻してくれた・・・
 のも5秒ぐらいで、おばあさんの‘ありゃありゃオホホホ’という声が聞こえ
子どもを目で捕らえると、地面にしゃがみ、葉だか石だか土だか分からない
ひとかたまりを口に入れていた。

 子育て中の女性が、何物にも邪魔されず何時間も空を、桜を見上げることが
できるのは、一体何年先なのだろう、一生ないんじゃないか・・・と少し絶望したが、
その答えは目の前にゆったり座っているおばあさん、のような気もした。


 それもまた、よし。受け入れよう。

 

2004.4.2

 ご無沙汰している間に、着実に私は歳を取り、子どもは激しく成長している。



 今ハンドメイドって流行っているのですね。今、というか、だいぶん前から、
きっと流行っているのですね。私が、つい最近ハンドメイドにはまったので「今」と
思うけれど。

 たまたま、こういう手作り風のバッグ、欲しいなあ、ないかなあと、頭に思い浮か
べたものを探していると、ネットのハンドメイドショップにたどり着いた。しかも、
星の数ほどある。リネンのバッグ、ポーチ、巾着、マリンのトートバッグ、小鳥の
デジカメポーチ、小鳥のがま口お財布、ドイツコットンのポーチ、カフェエプロン。
 思いつくまま、イマフウのものを羅列。
 どれも、イチ主婦が趣味の裁縫を駆使してネットショップを開いていたりするので
お裁縫がヘタクソな私はすごいと感心してしまう。みなさん趣味の域をはみ出して、
「職人」だ。
 
 その中でも、私が大注目のお店、『
came8』さん。他のハンドメイドバッグのお店と
何が違うかって、ネーミングセンスがすごく好き。横文字でなくほとんど日本語って
ところがいいじゃないですか。
 見てもらうと分かると思うのだが、バッグ自体も職人の手仕事、という感じで
類を見ないような個性的なものだし、あの名付は文学的香りさえする。
 sold out商品の画像を見ながら、‘このタイトルは何だったんだろう’と夢想
して一人楽しんでいる。

 こうなったら、バッグに縫いつけてもらう模様を、書生風2人組みにして「先生と
K」とか、美禰子風女性と羊で「ストレイシープ」とか、小僧と寿司で「小僧の神様」
(そのまんま)とか、作ってもらいたいなあ・・・と思うのである。
 買います、ぜひ、手に持ちます。

 結局私は、ハンドメイドショップで、がま口のお財布と、リネンとキッチンクロス
で作られたかわいいミニバッグ、以上を購入するにとどまっている。ハンドメイド
って、ハンドメイドだけにお値段もけっこうするのよねぇ・・・。
 いつも、眺めては感嘆のため息をつくまでで終わりにしています。

 みなさんこちらをぜひご参考に。ハンドメイドショップがわんさかあります
 
http://www.net-antenna.com/ ああ女の子って、こういうの見るの好きなのよ
ねえ。よかった、私もまだ女の子。

 

2004.3.7

 病気が、人の身体に与える‘ダメージ’、というものを、真剣に考えた。

 息子が、生まれて初めての高熱を出した。どうも、このごろ機嫌が悪いな、
おしりかぶれもしてるし・・・、と、かぶれの軟膏をもらいに病院へ行ったところ
念のための検温でいきなり40度近く熱を出していた。風邪のようだった。

 こうなるまで熱をちゃんとはかってやらなかった自分を責めたが、今まで
たいした病気もしなかったので、これが「母親からの免疫がきれた1歳からは病気
をよくする」ということに当てはまるのか、と思った。

 それにしても、熱が下がっても2、3日、妙に機嫌が悪い。というより、私に
ベッタリなのだ。後追いが激しく、1日の80%は泣きべそをかいている。
 今までしていた一人遊びなど、まったくせず私が側を離れると‘この世の終わり’
という感じの泣き方をしてしがみついてくる。
 熱を境に、甘えん坊になってしまった・・・、と、自分の用事もできない私は
少しイライラとしてしまった。

 1週間が過ぎた今、完全にもとの息子に戻った。
 機嫌よく、一人で遊ぶ時は延々と歩き回ったりおもちゃで遊び、たまに寂しくなっ
ら私の所にくる。
 「?」と私は思った。そして、今回の高熱というものが、息子にとって私が
思う以上に強い衝撃だったのだろう、という結果に結びついた。
 今まで彼が生きてきた1年と少しの人生の中で、体験した事のないつらい出来事
だったのだろう。そのショックとダメージから、しばらく立ち直れず、彼なりに
私に救いを求めながらゆっくりと回復していったのではにだろうか。

 と、夫Rに話すと、「単に、‘病気してる時はわぁ〜って泣くとおかアちゃんが
優しくしてくれたなあ。よし、しばらくわぁ〜って泣いてみよう’とかって、
甘えてんじゃないのか??」などと冗談で言っていたが、まだ産まれて1歳とちょっとの
赤ちゃんに対してその意見は手厳しい。

 とにかく、大人でも、大病を経験した方は、どれほどのダメージを心に負うのだろう、
と考えた。赤ちゃんを見てると、大人の持つ「遠慮やたてまえ、気負い、気遣い」などが
いっさいない素の人間の姿を目の当たりにしているようだと感じることが多いので、
その赤ちゃんがあれだけくじけるヤマイというものだから、大人だって心の奥深く
ではなかなか癒えない傷が残るのだろう、と思う。

 でも、そうして病からの傷を克服していってまた1つ、何かを得るのだろうな。
もちろん、赤ちゃんも大人も。

 

2004.2.21

 映画やミステリの小説を読んでると、平気で「刑事」が出てきますよねー。
でも、私は刑事って、身近にいない。普通、接触しないものですよね、身内に
警察関係の人がいない限り。

 スカパーのドラマで、イギリスの警察ドラマがおもしろくってビデオに撮って
見ている。(不思議なもので、妊娠中はミステリ系の本も映像も気持ちが悪くって
目にできなかったのに。ぜーんぜん平気。殺人事件、平気。みなさま、妊娠して
いる女性には、どうぞ気を使って優しくしてあげてください、神経が立っている
のですから)
 
 しかしよくよく思い出すと、過去何度か刑事に遭遇したな。
 仕事で会った事があるとある病院院長の秘書。院長の背後にピタリと、常に
影のように付いていた彼は目が普通の人とは違った。あの鋭い目。なんと言ったら
よいのでしょうか、マナコとでも言いましょうか、どんな小さなことも見逃さない
というようなヘビのような・・・は失礼か、鷹か鷲のような目だった。なぜ元県警の
刑事が病院長秘書へ転職したのか、結局私は分からないままだったが。


 次はこれも仕事先にやってきた地元署の私服警官2人組み。ある講座の講師に
色々話しを聞いていたが、○○先生、いったい何をしたの?いまだに分からない。
ロビーに座った講師の客関係にはお茶を出すようにしていたが、さすがに出せなかった。

 つい最近。夫Rが運転する車で出かけている時、先の方でパトカーが2台止って
おり、一人背の高い男の人がスーツの前ボタンを開け腰に両手をあてて夕日をあびて
行き交う車を睨みつけていた。まさに、「刑事」というイメージ通りの人だった。
 その手前で制服警官が車を1台1台覗きこんでいたが、なぜかうちの車が止められた。
 夫が窓を開けると、ちょっと覗いた警官は「ハイいいですよーすみませんねー」
と、先へ行くよう手で促した。
 私は見逃さなかった、後ろの方で、あの刑事が文字通り‘目を皿のようにして’
こちらをみたことを。瞳孔が開いたようなすごく、すごく動物的な眼差しでこちら
を一瞥したのだ。怖かった。まさしく、刑事の目って感じ。

 「あれ後の車は全然止められてない。なんで俺だけ?事件があったにせよ、
なんで俺だけ?」
 夫が納得いかないように文句を言っていた。車種が一緒だったんじゃないー?
と言っては見たが、夫のかけている色つきの眼鏡が怪しかったのでは?と心の中で
思ってみた。
 傷つくだろうから言わなかったけど。

 

2004.2.20

 知らなかったんです。赤ちゃんという生き物が、絵本を食べてしまうなんてことは。


 生後半年ぐらいから、赤ちゃん用の絵本を用意した。しかし、食べた。これは、
子供にはぜひ絵本を、と思っていた私にとって軽いカルチャーショックでもあった。
絵本の良さは知ってるけれど、食べるなんてマメ知識なかったよ産むまで、と。

 すごいな、と感心してしまうのが、どんなにかたい絵本でも、何度も同じ場所を
舐めてふやけさせて、気がつくとその部分がない。食ってる。
 まだ早いということか・・・?となかば呆然としながら絵本をしまう。布絵本を買って
やって、紙の絵本のことはしばらく忘れようとした。忘れようと努めた。

 先日、2人だけの時間をもてあましふと思い出した、松谷みよこの「いないいないばあ」。
また食べ始めて、それを取り上げたら叫んで泣くだろうなあ、と予想しながら、でも、
とギャンブル的気分で息子Kを膝に絵本を開いた。
 もともと、この絵本がだいすきだった(食べてしまうほど)息子は、久しぶりに見る
あの淡いベージュの表紙にリアルな熊の絵を見たとたん、膝の上でピョンピョンと跳ねた。
 そして驚いたことに、私が読み終わるまでウキキと喜んで見、その後は手から奪って
なんとパラパラとめくっているではないか、延々と。食べない。

 結局、やはり思い出したら角を舐めていたりするが、以前ほど‘目的は、食べる’という
対象で絵本を見なくなったようだ。
 「いないいないばあ」は、松谷みよこときむらゆういちの2冊あるが、どちらもテープで
補正されていたりほとんどとれかかって糸が見えたりと、えらくボコボコであるが、
きっと、これも保管しておくと将来息子Kは「僕は絵本を食べていたのかー」と頭をかきつつ
照れる(そして隣りの彼女が‘きゃーKくんったらカワイイ、絵本食べてたのー’なんて
突っ込みつつ)という、そんないい材料になるのだろう。

 取っておこうっと。

 

2004.2.4

 昨日は節分だったのですね・・・。


 昔の自分だったら、そういう日本の季節ごとの行事にわりと無頓着だった
けれど、子供を産んだとたん「日本の伝統行事は継承していかなくては」
みたいな揺るぎ無い使命感、を感じてしまうわけです。
 というより、教育テレビの‘にほんごであそぼ’を見ていれば自然と
日本の文化に詳しくなる・・・という単純な理由かもしれない。

 昨晩豆を買ってきてまいたのだけれど、最初は「鬼はー外、福はー内」
とかわいくやっていたところ段々と私のテンションが上がってきて、「とーりゃー
鬼は外っちゅーんじゃあああ」「貧乏神出ていきやがれえええ」「わりゃああ」
と本気投げ。そして、家の中に豆をばらまくと子供が食べて喉をつまらせる
可能性があるので、小さく夫の手のひらに「福はウチ♪」と1つのせてみる。
そしてまた「とおおおりゃあああ」。


 その強弱の差がおかしかったのか、それとも魔球投げのような私の投球フォー
ム、いえ投豆フォームにはまったのか、背後で息子がゲラゲラ笑っていた。

 昔読んだ椎名誠の『岳物語』に、節分の豆まきの際、奥さんが自分の母親の
死などその他モロモロの気持ちの鬱積から「鬼はあー外!」と大きな声で窓から
豆をまき、息子の岳が「もういい加減にしてくれよ、この家は恥かしいなあ!」
と文句を言ったというくだりがあったが、ふとそれを思い出した。

 とかく、女には色々あるのです。

 そして、今日も大量に余った豆をボリボリ食べる私であった。
 (絶対にこれ、歳以上に食べてるし、と思いながら)

 

2004.2.1

子供が1歳になった。「アッ?!」というまに、1歳になってしまった。
生活リズムもだいぶんできて、昼寝を長くするようになった。

チャーンス。

まあ彼が寝ている間に起きているときにはできない用事を済ませて
そうこうしていると起きてしまった、というパターンに泣き笑い、というのが
現実だが、それでも時間があればまた皆さんと繋がって色んなおしゃべり
したいと思う。
どうでしょう?どうだろう。おしゃべりしてくれるかな。

とりあえず、人間が1年育っていく様を見ていて少し哲学的になった
瞬間もある私なので、つらつらと書きとめていきます。

長くお休みしてしまって・・・。来て下さっていた皆様、心からありがとう。

この場をかりて‘たこやきさん’。
前の掲示板が消えてしまいました。新しい年に書きこんでくださって
いましたね、お返事できないままでごめんなさい。
どうもありがとうございました。
これからもどうぞ、懲りずにお声をかけてくださいね。
今年1年が、たこやきさんにとってよい年でありますように・・・!

 

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