|
現在のコンピュータの原型となるものが考案されたのは、今から約170年前、1833年のことです。コンピュータの原型である自動計算機を考案し実現させようとしたのが、イギリスの数学者チャールズ=バベッジでした。まだ電信も電話も発明されていない頃の話です。
◆ 計算機のない時代
当時は計算機のない時代であり、複雑な計算を行なう時は、計算の早見表を使っていました。例えば、貿易船が航海の時、目印のない洋上で船の位置を知るには、まず星の位置を観測し、この観測結果と早見表を使って船の位置を割り出していました。
これら計算の早見表は、大勢の人間が手作業で計算して作っていたのですが、間違いが多く、しばしば重大なミスを起こしました。正確な計算の早見表が当時は求められていたのです。
◆ バベッジの解析機関
さて、数学者バベッジは人間の手で計算を行なうから間違いがおこると考え、100人の計算手を必要とする計算を機械にやらせることを考えました。そして歯車式で自動的に計算を行なう機械「解析機関」を考案し、これを実現させようとしたのです。
しかし19世紀の技術では、この構想を実現するのは難しく、バベッジは当時の人々になかなか理解されませんでした。
◆ 世界初のプログラマ エイダ=オーガスタ=ラブレス(1815〜1852)
やがて、バベッジに素晴らしい理解者があらわれました。詩人バイロンの娘、当時17才のエイダです。エイダは、この時代ではただ一人バベッジの仕事を理解できた人であり、彼の業績を世に知らせています。そしてバベッジのもと、歴史上初のプログラマとなっています。
しかしエイダの生涯はあまりに短いものでした。病気のため、わずか36才の若さで亡くなってしまったのです。バベッジはまた一人になってしまったのでした。
◆ 時代がバベッジに追いつくのは…
結局、「解析機関」を完全に製作することはできず、バベッジは恵まれない生涯を終えました。もし、このバベッジとエイダの仕事を受け継ぎ完成させる人が出現していたら、コンピュータの歴史は変わっていたかもしれません。しかし、バベッジの考えを実現するためには、計算への電気の利用という大きな発見がなされていませんでした。時代がバベッジに追いつき、コンピュータが実現するには、それから約70年の時が必要だったのです。
|