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コンピュータが登場してからの半世紀は、二つの時期に分けることが出来ます。前半は「IBM社の時代」、後半は「マイクロソフト社、インテル社の時代」です。ここでは1980年代初頭までコンピュータ市場を支配したIBM社の創立者トーマス=ワトソンについて紹介します。
◆ 天才的セールスマン
トーマス=ワトソンは1874年、ニューヨーク州キャンベルの農家に生まれました。成長したワトソンはNCR社に入社、天才的なセールスマンとして活躍、経営陣にまでのし上がりましたが、社内の内紛で辞めさせられます。しかし、CTR社に入社すると経営をたちまち立て直し、ついに経営権を握ります。そしてワトソンは、社名をIBM社と改め(1924年)、会計や統計用の機械を製造・販売しました。
◆ 世界恐慌の時代
1929年、世界恐慌が巻き起こりました。IBM社も、ワトソンの努力がなかなか実を結ばない時期を過ごします。しかし1930年代後半、米国政府が企業に対し、支払った賃金・労働時間・残業時間を記録することを義務付けると、IBM社の統計集計機とタイムレコーダーの売上はどんどん伸びました。1940年前後には、ワトソンは「全米一稼ぐ男」と呼ばれます。
◆ コンピュータ開発で遅れをとる
ワトソンは、計算機は機械から電気になると考え、第2次世界大戦中は陸軍と共同で計算機を研究、電気式計算機「ハーバードMARK-1」を完成させます。しかし同じ頃にモークリ−とエッカートは、世界初の汎用コンピュータ「エニアック」を完成させました。「エニアック」は、「ハーバードMARK-1」をはるかに上回るもので、IBM社はコンピュータの開発で遅れをとってしまいました。この後、モークリ−とエッカートは世界初のコンピュータ会社を設立し、初の商用コンピュータ「ユニバック」を作りましたが、IBM社はなかなかコンピュータを開発・販売できませんでした。
◆ IBM社がコンピュータ市場を支配
コンピュータは、一つの企業の商品を買うと他社製品に乗り換えにくいものです。慣れ親しんだソフトが使えなくなったり、過去の文書データが開けなかったりするからです。IBM社はコンピュータのこの特性を利用し、とにかく自社商品を買わせ、以後ユーザーを自社商品に縛り付けるという戦法をとりました。
1952年、IBM社はようやく自社開発のコンピュータを販売しました。この時IBM社は、優秀なセールスマン達を動員し、豊富な資金力に物を言わせた赤字覚悟の安価でコンピュータを売り込みました。これではたとえ性能が上でも、他のメーカーに勝ち目はありませんでした。
こうしてIBM社は多くの顧客を獲得、自社商品のユーザーとしていき、ついにコンピュータ市場で7割のシェアを占めるようになります。ワトソンは1956年に82才で亡くなりますが、その後IBM社のコンピュータ市場支配は1980年代初頭まで続きました。 |