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-この支配からの卒業-

Dear KODAMA Ryo From Masumoto Tsuyoshi

 前略

 返信が滞ってしまいました。すみません。
 息子の世話に加えて、3月のあたまに目黒区内で行うチャイルドラインが目前に迫ってきて、バタバタした日と過ごしています。

 書きたいことはたくさんあるのですが、欲張っても仕方がないので、一回に一つと自分を戒めたいと思います。

 夕方からの仕事なので、昼間は家にいることが多くて、昼のワイドショーを見てもつまらないので、ラジオを聞いていることが多いんですね。
 テレビよりも情報の量・質ともに高いと思うので、よく聞いています。

 この前、尾崎豊の『17歳の地図』がラジオから流れてきました。そのときにふと考えたことを書いてみたいと思います。
 
 尾崎がブレイクしたのは、私だと中学3年生、KODAMAさんだと高校1・2年生くらいですよね。
 どちらにせよ「多感」な時期に私たちの身体を通過し、何かを確実に残していったテキストでしたよね。

 私の記憶を遡っていくと、中学を卒業するときに『卒業』がやけに流行っていて、校舎の窓ガラスを割ろうと言った友人がいたことが思い出されます。
 
 結論から書くと、私は「尾崎」を受容できないのです。それは15歳のときから一貫して変わらないんですね。15歳の時点でも「窓ガラスを割ることが本当の反抗なの?」「警察に捕まったら、それでおしまいじゃない?」「もっと違う形で社会に反抗できないのかね?」と思っていたんですね。
 
 この思いはいまも変わらないんですね。だからいまも尾崎の曲を聴くと、この思いがこみ上げてきてしまうんです。
 
 さらに考えたことは、それから10年以上の時間がお互いに流れているわけですが、あのとき尾崎を聞いて社会に「反抗」しようと思った人たちは、いまどうなっているのだろうかということです。「支配からの卒業」というフレーズに共感していた人たちは、自分が大人としてどんな生活を送っているんですかね。
 君も10年経って、「か弱き大人の代弁者」となっているんじゃないのかと思ったりするんですね。

 10年後に「大人」として子どもの前に立つということを選択している我々には、意外と重い問いなんじゃないかと考えてみたいんです。
 
 10年後に「子ども」時代への郷愁として尾崎を聞くことは簡単です。でも「大人」として尾崎を聞くというのは非常に難しいですよね。
 でも子どもたちが必要としている人って、「大人」として尾崎を聞くことを引き受けている人なんじゃないかと思ったりするんですね。
 「大人」としての役割を生きていくと、尾崎みたいにはっきり物を言えなくなるし、それが「子ども」から見ると、不信の対象として「か弱き大人の代弁者」に見えてしまうんでしょうね。
 でもそれでも他者と何ができるのかという問いを捨てないことがまずできそうなことだと思っています。

 10年経って、中学時代に感じた異和感を少しずつ言語化できるようになりました。
 10年前と何も変わっていないんじゃないかとも思ってたりしますが、自分の問いは、その頃に埋め込まれたんじゃないかとも思います。

 ここまで書いてきて、尾崎に一番やられているのは、自分なのかもしれないと思い始めました。

 尾崎に少なからず影響を受けているKODAMAさんの意見をきいてみたいので、書いてみました。

 そろそろ異動の時期ですね。加えて、二人の子育てと仕事の両立は大変かと思いますが、くれぐれもご自愛ください。

 ひとまずここまででお返しします。

 草々