ハイスクール・エキシビジョン

 
アルカロイド −マアサとレイー

日記小説

日記1ページ目/8月26日


「はぁ。」
腕時計を見て思わずため息が漏れた。
玲は今日も遅刻だ。
駅の柱にもたれかかって沢山の人を飲み込んでいく改札を
ボ〜っと眺める。
足が痛い・・・。
今日は散々な日だった。
私が担当した新入の子が犯したミス。
その子は泣くだけでいいけれど、彼女の教育責任者として
私が泣いたって何が解決されるわけでもない。
謝罪に色んな事務所を走り回った。
冷たい目、怒鳴り声。
中には落ち着いて。って冷たいお茶とお茶請けを出してくださる所もあった。
でも逆に痛かった。
その優しさが・・・。
こういうとき恋人に相談したらちょっとは落ち着くのかもしれない・・・。
でも玲は今が大事なとき・・・。
逆に私がもたれかかってる場合じゃない。
少しでも私が支えないと・・・。
「まあさ。」
その声に顔をあげると唇にチュっと相手の唇が重なった。
「悪い。待たせた。」
彼の顔を見ただけで重苦しかった胸が軽く弾んできゅっと締め付けられた。
「玲。」
彼のダークブラウンの髪がさらっと揺れる。
「今日はメシ、予約してるんだ。行こう。」
玲が私の手を握って人ごみを器用に分けて進みだす。
本当に不思議。
まだ2〜3言しかしゃべってないのに彼は私の心を持ち上げる。
そして手を握って人ごみを分けるようにひょひょいって
私を引っ張りあげてくれる。

「ハイこれ。」
私がお腹いっぱいになったお腹をさすっていると
食後のコーヒーの横に文庫本が置かれた。
「何これ。」
その文庫本を持ち上げて観察するように手の中でくるくる回してみる。
作者もタイトルすら初めて見るような本だ。
本は大好きだけど、最近忙しくて遠ざかっていた。
「俺のお勧め。」
「キミが本なんて・・・めずらしいね。」
玲は私の手の中から本を取り上げて1ページ目を開くと
また私の手の中に収める。
出だしはこうだ。
『まっしろい雪があたりを埋め尽くし僕の家も埋まった。
まるで初めからそこに何もなかったかのように
白いじゅうたんはは延々と遠くまで広がっていた。』
・・・。
「ねぇ。玲これってハッピーエンド?」
私が聞くと玲は私の手を取って立ち上がった。
「さぁ。それは最後まで見ないとわからない。」
「読んだんじゃないの?」
玲はあいまいに笑って
「さ、出よう。今日は泊まってくだろ?」
すごく大人びた’男性の顔’して微笑んだ。
「うん・・・。」
私はそれにすごくドキドキして彼の手を握り返した。

日記2ページ目/8月27日


「ちょっと研究室に用事があるので行ってくる。
昼までには帰るので暇ならこれ読んでおいてよ。」
朝起きたらベットサイドにメモが置いてあった。
時計は10時を回っている。
玲が起き上がったことに全然気づかなかった。
「ん〜。」
伸びをすると久々に睡眠後のスッキリした感じが私を包む。
最近はトラブル続きで眠っても朝起きると体が重かった。
これはきっと玲の魔法だ。
・・・未だに私は弱いなぁ。
玲に・・・。
もう一度メモを見返す。
玲は今大学卒業に向けて忙しいらしい。
卒業後の夢を果たすために今がんばっている。
それにしても・・・
「これ読んどいてって・・・。」
また本・・・。
ベットサイドに置かれた青い背表紙の文庫本。
「銀河鉄道の夜・・・。」
私は玲のしたいことの見当がつかなくて少し顔をしかめた。
昨日もらった本だってまだ読めてないのに・・・。
私は起き上がったベットにもう一度転がると
その本を広げた。
銀河鉄道の夜
宮沢賢治は何が好きなのかわからないけど、
それでも私は彼の本を沢山持っている。
そして何度も読み返す。
何故かはわからない。
でも何度も読んで飽きないって事はきっと好きなのだ。
昔。玲にその話をしたことがある。
玲も何度も宮沢賢治の話題が新聞に載ってたりしたら教えてくれたし・・・。
もちろん私がすでにこの本を持っていることも知っているはずだ・・・。
なのになんでいまさら・・・。
パラリとページをめくる。この本は短編集になっていて
表題作の銀河鉄道の夜からではなく
双子の星からはじまる。
『天の川の西の岸にすぎなの胞子ほどの小さな二つの星が見えます。
あれはチュンセ童子とポウセ童子という双子のお星様の住んでいる
小さな水精のお宮です。』
久々に読む本には何度も何度も読み返して覚えてしまった
懐かしいワードが私の思いでもいっしょに呼び起こしていく。
双子の星を読み終わったら昼食の用意をしよう。
キミと私がたべるお昼の用意。
そしてお昼を終えたらキミと1日中ゴロゴロするのだ。
なんて素敵な休日。

日記3ページ目/8月28日

ジュウウとフライパンの上で音を立てて姿を消していく
バターを見てため息をついた。
楽しい時間はあっという間に過ぎて
明日からまた仕事かと思うともう一度ため息が漏れた。
「どした?」
隣で玲がサラダを混ぜながら私をちらりと見たけれど
私は「なんでもない・・・。」と
フライパンにイカの輪切りを放り込んだ。

「話してみろよ。」
食後、私の膝枕で寝てると思っていた玲の目がパッチリ開いて
私と目が合った。
「何を?」
「なんかあったんだろ。
おとついの夜から様子おかしいぞ。」
玲はむくりと起き上がるとソファーに座りなおした。
「ただ・・・仕事で疲れてただけよ。」
私は短大を卒業して就職した。
玲は四大に進んだのでまだ学生。
きっとこんなこと話してもわかんないだろうし。
玲の今の状況を邪魔できない。
「だから何で疲れるのか話してみろよ。」
玲がイライラした口調になる。
「なんでもないんだってば。」
私は玲から目をそらしてリモコンを取るとTVのボリュームを上げる。
突き詰めて考えれば私はただ仕事に行くのが嫌になっただけ。
こんなの学校へ行きたくないよ〜あそびたいよ〜
と駄々をこねる小学生と変わりやしない。
玲に言ってもわかんないどころが言う必要性さえない気がしてきた。
・・・つまり言えばいうのが恥ずかしいのだ。
なんたって小学生の主張と同レベルなのだから。
するとそばからため息が聞こえて玲が私の頭をポンポンと撫でた。
それから私はなんだか玲と抱き合いたくて
肌を合わせたくなって彼の唇に自分の唇を重ねた。
「今日も泊まって行けよ。」
玲が私を苦しげな目で見る。
でも私は首を振ってもう一度彼の唇をぺろりとなめた。
ソファは少しやわらかいので私たちの体はベットに深く沈んだ。

「じゃぁな。また電話する。」
玲が家まで送ってくれた。
いつもの私たちの週末はこうして終わる。
金曜の夜に手をつなぎ二人で玲の家に帰る。
そして、日曜の夜に玲が私を家まで送ってくれる。
私が就職した頃からこのサイクルだ。
「・・・やっぱり今からでも俺の家戻らない?」
私は首を振る。
「じゃぁ、まあさの部屋に俺が泊まる。」
私はもう一度首を振った。
「・・・。」
「・・・。」
玲はひとつため息をつくと
「おやすみ。」
まだちょっと不機嫌そうに私の唇にキスを落とすと
私の手に何かを握らせた。
「・・・・。」
唇が離れて手に持ったものを見ると
鮮やかなグリーンを背にコミカルな象がリュックを背負った絵の入った表紙。
「絵本?」
こないだから玲はなんなのだ。
「玲?」
玲は私の問いに
「なんでもないんだってば。」
私の口真似をしてにやりと笑うと
ひらひらと手を振ってアパートの階段を下りていった。
「なんなのよ・・・。」
絵本をめくると
『さ!しゅっぱつしんこう!』
リュックを背負った象が鼻を高々と空に向けている絵から始まった。
私はもう一度首をかしげて部屋のカギを開けると
2晩ぶりに戻った真っ暗な自分の部屋にため息をついた。

日記4ページ目/8月29日


「大丈夫か?」
お昼休みに玲から電話があった。
「・・・・ごめんね。大丈夫。」
昨日はごめんね。
心配かけてごめんね。
そういうと電話の向こうで玲の笑う吐息が聞こえたので
急に抱きしめてほしくなった。
重たい体を引きずるようにして家に帰ると
ポストに本が入ってた。・・・またか・・・。
私は本を取り上げて家に入るとその本をぱらぱらとめくった。
「おつかれ。」
そうかかれたメモが落ちる。
月をバックに女の子が立っている影絵の表紙。
「童話物語」
本のタイトル。
私はソファーに寝転がって一つ伸びをした。
玲はどういうつもりなのだろう。
私の手元にはこれで4冊目。
『朝はまだ世界の裏側だった。そり返ってすき間だらけの
壁板を吹き抜けて、痛く感じるほど冷たい風が小屋の中に入ってくる。』
今回のお話の冒頭。
話に何か共通点があるのだろうか。
昨日の絵本は読んだ。
その前の銀河鉄道の夜も昔に何度も読んだのでよぅく覚えてる。
1冊目にもらったのは時間がなくてまだ読めていない。
・・・1冊目を速く読まなくちゃ。
読んだら何かわかるかしら?
メイクを落としたら玲に電話しよう。
そう思ってからの記憶はなく私はぐったりと眠ってしまった。

日記5ページ目/8月30日

『いやなんです
あなたのいつてしまふのが』
今日の本はそんなフレーズから始まった。
高村光太郎の智恵子抄
朝早くに玲が朝食と一緒に家まで持ってきた。
本当に最近の玲はどうにかなってしまったのだろうか、と思う。
だって連日の本に朝の5時に朝食持参!
そんなことは高校時代から付き合っていまだかつてなかった。
私はほぅと息を吐いてサンドイッチを咥えた。
仕事の都合でいつもお昼を一緒している先輩たちと
時間がずれてしまった。
私より1年おくれて入社したサヨちゃんがくれた
おいしそうなキャラメルフレーバーのマフィンが
デザートに控えているので私の今日のお昼は少し軽め。
朝がどっしりだった・・・ていうのも原因かもしれない。
「たまにはいいだろ。朝から焼きそば!」
玲が面白そうにイシシと笑うのをひとつため息をついて食べた。
結局私は玲がくれたものは何でもうれしく
食べ物ならおいしくいただけてしまうので完食した。
玲が朝早くきてくれたおかげで
出勤にはまだ時間があったので二人で朝のニュースを見ながら
食後の紅茶を飲んだ。
「ホイ今日の。」
「・・・これに意味はあるの?
それとも今玲がただたんに本にはまってるだけ?」
私いぶかしげに彼を見るのを玲は楽しんでいる様子で
「さぁ。」
と一言笑いを含む声で言った。

さぁて。待ちに待ったマフィンを加えてその鼻に抜ける
キャラメルの香りと程よい甘さに浸りながら
本のページを進める。
実は私は一度だけこの本を読んだ。
男が女を愛す。
その気持ちが信じられなくなったときに読んだ。
そのときはただ物悲しさが増幅されるだけだった。
光太郎はこんなにも深く智恵子を想い愛している。
なのになぜ私は玲のたった一人になれないのだろうか。と。
あの優しく触れる指はなぜ他の女の子にも触れるのだろう・・・と。
苦しくなって本を閉じた。
あの頃のことは今でも辛い。
だからあんまり思い出したくない。
私は本をバックにしまって眼を閉じた。

日記6ページ目/8月31日

「ねぇまあさちゃん飲みに行こうよ」
センパイの誘いをかわしてせかせかと帰ってきた。
菱柿センパイは私が入社したときに私の教育係になってくれたひとつ年上のセンパイだ。
・・・一度告白された・・・。
それからなんだか気まずくなってしまった。
センパイは悪くない・・・。私が・・・悪いのだ・・・。
どうしても頭をよぎってしまうのだ。
玲が。
ただ飲みに行くだけなのに。
ただのセンパイコウハイなのに。
玲に疑われたらどうしよう
そのままいらないってされたらどうしようって。
玲が私を愛してくれているのは痛いほどわかる。
とても満たしてくれる。
でも心の中で心変わりを恐れる自分がいる。
今日はポストに本は入っていなかった。
「・・・・。」
お気に入りの本は尽きたのかしら・・・。
私は首をかしげながらエレベーターに乗って
自分の部屋の前に着くと・・・
あった。
直接部屋のドアについている朝刊用のポストに入ってた。
・・・本が。
なんとなく、コレを心待ちにしていた自分がいる。
急いで部屋のドアをあけて内側から本を引っこ抜く。
メモがおちる。
「まぁ読め 玲」
なんじゃそら。
と思いながらページをめくる。
今日の本は「天国の本屋」
パラりと、といつものように1ページ目を読む。
まだ読み終わっていない本がたくさんなので冒頭だけ。
『深夜のコンビニで、さとしは二十二年の人生の中で確実に
第一位にランクインするであろう大きなため息をついてみた。』
・・・・。
何か謎があるに違いない。
玲は何も言わない・・・。
コレは私に対する挑戦と見た!
まあさはメイクを落とすのも忘れてどたどたと本棚からもらった本を出して
ベットの上に並べて見る。

「しろいころも」
「銀河鉄道の夜」
「ぞうさんの冒険」
「童話物語」
「智恵子抄」
「天国の本屋」
ここに共通点は・・・?
女性作家もいれば男性作家もいる。
絵本もあれば小説もある。
「しろ・・・ぎん・・・ぞうさん・・・色・・・ではないか・・・。」
う〜ん!!
次回のヒントを待て・・・といったっところか・・・。
これでホントにただ単にお勧め本を渡してただけだったら
ちょっと笑っちゃうな。
もちろんうれしいけど・・・。

日記7ページ目/9月1日

俺は学生。
まあさは社会人だ。
人生とは不思議なもので高校時代同じ教室で机を並べていたはずなのに、
今は二人ともが全然違う環境にいる。
高校時代、俺はまあさをひどく傷つけた。
失うのが怖くてまあさの気持ちがわからなくなって
・・・ひどく傷つけた。
あれから4年と少し。
あのころはがきだった。
そういえば簡単かもしれない。
でもそれは逃げだろ。
俺は彼女をひどく傷つけた。
一番大事にしなくてはならない彼女を。

彼女と俺は一人暮らしだ。
まあさは就職とともに独立した。
それから俺たちはどちらかの家に入り浸った。
まあさが卒業して仕事が始まる4月まで四六時中常に一緒にいた。
「一緒に住もうか。」
俺は何気ない口調で言いながらも本気だった。
まあさは困ったように笑って
「私きっとこれ以上玲でいっぱいになったら・・・怖いよ。」
そう言って首を振った。
俺が手を握っても眼を合わそうとせずそれ以上何も言わなかった。
「・・・。」
いいじゃん。俺でいっぱいになれよ。
まあさのすべてを俺にくれよ。
そう思っても・・・俺も何もいえなかった。
まあさをその気持ちにさせたのは俺だから。
まあさが考えてることは痛いほどわかった。
俺が高校のころまあさの気持ちがどうしても知りたかった。
彼女としてそばにいるのに、
こうして抱きしめているのに。
離れていってしまうのではと、不安で、
そんな気持ちを吐露するのが情けなくて
他の女を抱いて・・・まあさの出方を待った。
まあさは何も言わなかった。
俺は出口を失った。
そしてまあさも失った。
それでもまあさは俺の元に戻ってきてくれた。
それから喧嘩したことだってあった。
幾度もあった。
それでもまあさは高校のときを引っ張り出してきて
文句をいうことなど一度もなかった。
それでもこんなのときに実感する。
「私きっとこれ以上玲でいっぱいになったら・・・怖いよ。」
彼女は心にリミッターをかけたのだ。
あれ以来。
またあんなことがあっても生きていけるように。
俺から離れても生きていけるように。
そんな風に見えた。
俺ばかりが気持ちのボルテージが上がっていく。
少しでも、
すこしでも。
もう2度とあんなことはない。
ずっとそばにいたい。
いさせてほしい。
そんな気持ちが伝わるように。
おれはまあさに謎かけを挑む。
彼女の答えは二つに一つ。

授業が終わって彼女のアパートへ向かった。
まあさはまだ仕事中だろう。
いつもどおりポストに本を投函する。
このために俺は普段読まない本をかなり読んだ。
それはもう頭が痛くなるまで。
そして色んな本を詰め込んだ。
ハッピーエンドはもちろんバットエンドも。
楽しいものからさみしいものも。
大のオトナの男が恥ずかしさを我慢して絵本まで買ったんだ。
今日の本は「あしたてんきになぁれ」
『てるてるぼうずのぼうやはお空を見上げて、
おひさまにお願いをしました。』
あざやかな晴天の下の木の下にぶら下がる
真っ白なてるてるぼうずの絵からはじまる絵本。
そんな単純で心優しい話が
少しでもまあさの疲れを癒してくれるよう
俺は祈ってアパートを後にした。

日記8ページ目/9月2日

金曜日は大好きだ。
これから玲と2日も一緒にいれる。
ぴったりそばに寄り添って。
「今日は少しご機嫌じゃんか。」
「まぁね。」
私はソファーにごろんと転がると玲のひざを枕にした。
今日は本当にほっとした日だった。
一連のミスで頓挫しかけていた企画が
なんとか提携企業に許しを得て再び動き出した。
今日は企業回りをした後輩の子とお昼を二人だけで食べた。
なんとかやったね。
がんばろうね。って。
「ねぇ。玲。今日も本。あるでしょ。」
私がそういうと玲は待ってましたとばかりに文庫本を
一冊、ソファーのクッションの下から取り出した。
「ねぇ読んで。」
私がそういうと
「今日はさらに甘えただな。」玲は笑いながら本を開いた。
見上げるとタイトルが見えた。
「赤い秘密」
今日はミステリーだろうか。
『ルビーのように暗闇に猫の目がキラリと光る。』
玲が読むあまりにも、ミィステルィーな冒頭に私は笑いを堪える。
「笑うな。」
玲が先を読むけど私は彼の膝が心地よくて重たい瞼を閉じてしまった。

日記8ページ目/9月4日

あぁ。しあわせ。
昨日は玲と一日中ベットに篭城した。
一般的に見たらだらけて不健康で退廃的な
空さえ見ることもない閉鎖された1日だけど、
とてもとても幸せだった。
まぁそれは置いておいて
さすがに土日とそんなだらだらすごしてたら
それこそ溺れてしまいそうなので、
今日はお布団を干すことにした。
「玲。今日はふかふかのお布団だよ。」
太陽の下お布団を日向ぼっこさせる。
「じゃぁまあさも泊まっていきなよ。」
日曜の夜は帰る。そして、また平日の日々が待っている。
玲はそれを知っているのに
私をぎゅうと抱きしめて誘惑するのだ。
「ねぇ、玲。今日の本はないの?」
私は話をそらして玲に本をねだった。
玲は片眉をあげてため息をつくと
私に本を手渡した。
「ラビット病」とてもコミカル、なタイトルだ。
『警察の車が通りかかった。』
私が読み始めると玲はもう1冊私に手渡した。
文庫本の1ページ目を開いた状態で。
「それは昨日の。これは今日の。」
そして背後から私の腰に手をまわした。
『つまりあたしは、賭けに負けたのだ。』
今日の、はそんな冒頭だった。
「・・・。」
「なぁ。なぞなぞはとけた?」
私の肩にあごを乗せて玲がしゃべるので
肩にわずかばかりの振動と耳に吐息を感じて
思わず、背中がゾクリとする。
「やっぱりこれ、なぞなぞなの?」
私が2冊の本を開こうとすると
景色がゆがんで目の前に玲の顔があった。
玲の後ろには天井が。
「玲。布団は干したまんまだよ?」
「ノープロブレム」
玲はにやりと笑って私に口付けた。

日記ページ10日目/9月5日

「まあさ。少しでいいんだ。夜時間空けて。」
玲から昼休みそんなメールが来た。
私たちは大体土日を一緒に過ごすので
月曜日にはあまり会わない。
もちろん会いたくないわけじゃない。
でも、会わないのだ。
珍しく’月曜’の玲のお誘い。
就業のベルがなると同時にロッカーに駆け込んで
軽くメイクを直すと待ち合わせの駅まで走った。

自慢じゃないが私は玲を見つけ出すのは得意だ。
どんな人ごみでだって見つけられる。
「・・・。」
いつもはぴっと探知機のように玲の姿を見つけられるのに
今日はセンサーが鈍っているようだ。
あわただしく歩く人々の中に玲を見つけられない。
「まあさ!」
「ぎゃぁぁ!」
後ろから抱きつかれて大声を上げた私を周りの通行人が
驚いた目で見る。
「もう!玲!ちょっと何!!」
私が方をぽかぽか殴るのにもかまわず玲は
私を玲と向き合うようにくるりと回すとまた抱きしめた。
「採用が決まった!!」
ボソリ。
耳元で囁かれた言葉に私も思わず
「ほんと?!」
大声をあげる。
「ほんと!」
「玲!」
ぎゅっと抱きしめられるので私も抱きしめ返す。
玲は大学に入ってずっとがんばってきた。
玲がデザインの趣味をもっているなんて高校時代は知らなかったけど、
その才能を活かして広告代理店の企画デザイナーに採用された。
玲が夢見てがんばってきたことがむくわれたのだ。

「玲〜。お水ののむ?」
「のむ〜。」
私たちは飲みすぎて結局駅から近い私の家へ
二人でタクシーで帰ってきた。
「はい。」
くらくらとアルコールが体内を駆け巡るのを感じながら
玲にグラスを手渡す。
「あ・・・。」
気づいたときには遅かった。
グラスは玲の手をすり抜けて床にゴンと落ちた。
グラスが割れるのは免れたようだが
フローリングの床に水が広がった。
「玲?ぬれなかった?」
ボーっとしながらもテーブルの上からふきんを取ろうとすると
玲にその手を握られた。
頭が働かなくてボーっとした頭は
視界で捕らえた玲の姿。
触覚でとらえた玲のぬくもり
聴覚で捕らえた玲の声だけに
礼と言う存在だけに感覚を研ぎ澄ました。
「今日の本。」
玲もとろんとして、それでいて鋭い光をたたえた目で私を捉えた。
「本・・・。」
私がその本を開く前に私たちはソファーに崩れこんだ。
明日が仕事だって何だってかまうもんか。
今日は、
今晩は玲と喜びを分かち合うのだから。

日記ページ11日目/9月6日

結局玲と午前サマ
二人で朝焼けをみると慌ててキスをして眠ろうとした。
でもなんだかハイになった気分は体を眠りへとベクトルを向けてはくれなくて
玲と手をつないでベットの中、お話してた。
初めて一緒に除夜の鐘を聞いたときや、初デートしたこと・・・。
遡ってついには二人が付き合い始めたころの話まで。
私たちの中で高校時代の話は禁句に近かったので
最近はそんな話をしなかったけど昨夜は二人目を細めて話した。
「・・・。」
ねむ・・・。
がたごとがたごと列車に揺られて私は自分の体をつり革で支える。
この箱は立っているだけで私を会社の最寄り駅案で運んでくれる。
だからこの箱の中での有意義な時間の使い方は眠ることだ。
今でもそれは正しいと思ってる。
でも私は昨晩玲にもらった本が気になって
眠りの誘惑を振り払って本を開けた。
『コンパス片手にジェシーとボクは旅立った。右のポケットにはビスケット
左のポケットにはキャンディを忍ばせて。』
今回のお話は児童文学らしい・・・。
私は、この本の一連の謎を解いたかも・・・。
なぞ?
かま?
この玲の計画を一言でうまく言い表す言葉を私は知っているけど
まだいえない。
本当にそうだったら私は心底うれしいと思う。
でもちがうかったら?
・・・それでも私はどきどき高鳴る胸を本を抱きしめることで押さえようと
必死だった。
私の予想が当たったのなら玲は明日どんな本を持ってくるのかしら。
すごくむずかしいとおもうの。

日記ページ12日目/9月7日

玲がくれる「今日の本」がすごく気になって早く帰りたかったのに
今日に限って上司が急に飲みに行こうと言い出した・・・。
水曜日だよ?
昨日だってろくに寝ていないのに・・・。
うまい断り文句は他の子に使われてしまって・・・
私は結局飲みに行くことになってしまった。
玲にいったら要領悪い!とバカにされそうだ・・・。
時計が10時を回り3次会を目前に私は逃げ出しだ。
有無をいわせず「これ以上遅くなったら親に怒られちゃいます」って。
一人暮らしです。
遅くなっても親には怒られません。
社会人にもなって「親」って。
もうどう思われてもいいです。
これ以上飲んだら許容範囲が・・・。
酔い初めはふらふらと心地いいのに
ある一線を超えたら悪寒が走り気持ち悪くなる・・・。
要するに私はお酒の飲み方がまだ下手なのだろう。
これ以上上司に告がれるまま飲んだら吐いて記憶をなくすのが
関の山だわ・・・。
タクシーをつかまえて座席に座ると
「ちょっと待った!」
隣に男の人が滑り込んだ。
菱柿センパイだった。
私があんぐりと口をあけていると
センパイは苦笑しながら私の住所を運転手さんに言って発車した・・・。
「センパイ・・・」
「こうでもしないと、君、俺を避けるだろ?」
センパイは少し気まずそうに窓の外に目を向けた。
人から好意を向けられるのはそりゃ、うれしい。
うれしい・・・けど、無理なのだ。
ずっと一緒にいたいって。
苦しくてもなんでも一緒にいたい。
いることに喜びを感じられるのは
私には玲でしかないのだから。
「私・・・。」
なにか言おうとする私を先輩はすっと手のひらを広げて止めた。
これは私が研修中に先輩に教えてもらった合図。
俺に任せてって。
上司の前や取引先の相手。
その前であっても自然に見えるように手を広げて私に合図を出す。
それがすごくたくましかった。
なんだかそれを思い出して涙が出そうになった。
酔っていると、感情っていうのは少しいつもと変わってくる
ちょっとしたことが懐かしく遠く寂しく感じたりする。
飲みに出た繁華街から私の家はそんなに遠くもなかったので
結構すぐに着いた・・・。
でもその間、ずっと無言だったのでいつもより長く感じた。
「じゃあ・・・センパイ・・・。」
おつかれさまでした。
そう言おうとした瞬間唇をふさがれた。
唇で。
私の酔って鈍い頭は瞬時にそれを察せず
あれ?なにが起こったんだろう?
そう考えて口元に手をやっているうちに
センパイは「おやすみ」そう言ってタクシーは走っていった。
その後姿を見ながらキスされたんだ、ってやっと気づいた。
少し火照る体を引きずってポストを覗いたけれど何もなかった。
家のドアのポストにもなかった。
慌てて携帯を見たら玲から3件着信があった。
それも飲み会をしていた時間だ。
私は慌ててかけなおした。
3回かけてどれも留守電につながってあきらめた。
キスをされた罪悪感がさらにそれを煽った。
酔った人間は感情が・・・以下省略。
私は悲しくてベットに倒れこむと泣いた。
くらくら回る頭。
深く物事を考える力もなく、ただ悲しかった。

日記ページ13日目/9月8日


私と玲は普段そんなに頻繁にメールをするほうじゃない。
下手したら日曜に会って次の金曜まで連絡とらないことだってある。
それは稀だけど・・・。
(逆にいえば本当に他愛もないことで電話したりするし・・・。)
それでも安心しているのは
私が玲を信じているからだと思う。
玲が私を信じさせてくれているからだと思う。
でも私が玲の信用を裏切ってしまった場合は?
朝、玲にメールを送った。
その後も一度電話した。
玲から返信はなかった。
玲は電話に出なかった。
「なぁに〜重たいため息。」
スパゲッティをクルクルとフォークに絡ませながら同期のフジが
あきれた顔で私を見た。
「・・・なんでもないです」
私も気を取り直してフォークを持つ。
「カレシとケンカでもした〜?」
ニヤリ、フジが意地の悪い笑みを浮かべる。
「・・・ケンカかすらわかんない。
昨晩から音信不通。」
「まあさがそう思ってるんだけじゃないの?
だって前にもそんなことあったけど彼は結局携帯を忘れたまま研究室に
こもってたって言うし、まあさもそんな心配してなかったジャン。」
・・・普段なら、あぁ。忙しいのかな。とか、
あぁ、携帯忘れたのかな?
とか思う。
「それともまあさにやましいことがあるのかな?
だから気になるのかな?」
「ん〜・・・」
「やだ!図星?!そっか〜。昨日菱柿センパイと一緒だったもんね〜。」
フジがさらににんまり笑う。
ちなみにコイツは昨日まんまと「体調悪いんで〜。」と逃げおおせた
裏切り者です・・・。
「センパイは関係ないけどさ・・・。」
ごまかすためにアイスティーをすすった。
「まあさのカレシ同いで、まだ学生でしょ?
私だったら将来有望な菱柿先輩を選ぶけどな〜。」
フジが幸せそうにデザートのチーズムースケーキを頬張った。
・・・そんなに気持ちというものが簡単なら
私は高校のときあんなに悩まなかったと思う。
今だって思う。
私がもうちょっと玲を余裕を持って好きになれたら、
少し線を引いてオトナのようにドライな恋愛を楽しめたら
失うことを考えるだけで、
何か小さなひずみがあっただけで、
こんな身を裂かれるような思いはしなかったと思う。
私は結局スパゲッティーをフォークでいじっただけで
一口も胃が受け付けなかった。
会社が終わって玲に2回電話した。
出なかった。
聞きなれた留守番電話のアナウンスが無情な女性の声に聞こえた。
駅を往復、商店街を往復。
散々うろうろうろうろして、迷ってやっぱり!と思って
玲の家へ行った。
合鍵をもらってるけど、なんだか入りづらくて、
玲が留守だとわかると扉の前に陣取った。
初めは立ってた。
そのうち疲れて腰掛けた。
玲の2軒隣の人が帰ってきて私をギョッとしてみた。
私は気づかない振りして顔を伏せた。
4時間待った。
玲は帰ってこなかった。
もう一度玲に電話をかけた。
出なかった。
もうわかんなくなって頭がぐちゃぐちゃになった。
ただ玲が携帯を忘れて出かけてるだけ。
そう思いたい自分がいたけれど、
やっぱり不安のほうが押し勝って悪い想像が頭をぐるぐる回る。
玲に会って、何を言えばいいんだろう?
急にそれがわからなくなって私はとぼとぼ帰路に着いた。
電車に乗ってとぼとぼ歩いてアパートの前につくと
ちょっと急ぎ足でポストを覗いた。
けれども何も入ってなかった。
・・・重いため息をついて階段を上がった。
「遅い!」
そんな声に顔をあげた。
彼だった。
1日中頭に顔を思い浮かべた人だった。
「玲!」
思わずつんとする鼻を押さえた。
ドアの前に立つ玲はむんずと乱暴に私の腕を掴むと
私を放り投げるように家に引き込んだ。
「俺は、お前みたいに黙って見過ごしてやったりしないから!」
泣きそうな傷ついた犬みたいな顔した玲が私を抱きしめた。
待っていたぬくもりに思わず涙がこぼれた。
彼の肩越しに見える壁時計が0時を指した

日記ページ14日目/9月9日

真っ暗な部屋の中、大きな手で私の頬を包み込んだ玲が
ギョッとした。
「何でお前が泣くんだよ!」
私の頬に流れる涙に驚いたらしい。人間は安心したり
うれしかったり悲しかったり、結構いろんなことに泣ける生き物なのだ。
玲と出会って知った。
「泣きたいのは俺だよ!」
玲がもう一度私を抱きしめる。
「俺はお前を誰にも渡す気なんかないからな!」
・・・。
玲の考えていることがよくわかった。
同時にすごく、無性にむかついてきた。
人間は器用なもので今まで死ぬほど心配していたとしても
その心配が解消された瞬間次の感情がこみ上げてくるものだ。
玲は私を部屋に引き入れたとき
「俺は、お前みたいに黙って見過ごしてやったりしないから!」
って言った。
お前みたいに・・・高校時の私を指しているのだ。
彼が・・・女の子を抱くたびに私は黙って耐えた。
・・・私の浮気を疑っているのだ玲は・・・。
そう思うと無性に腹が立った。
自分でもどうしようもないほど玲が好きなのに。
玲はあの夜のキスを見ていたのだろうか。
隙があった私も悪いけど・・・それは不可抗力だ。
「バカにしないで!」
身動きも出来ないくらい自分でも焦るくらい彼を思っているのに、
それが信じてもらえていないと思うと彼の横っ面をはたいてやりたいと思った。
まあさは玲の腕を力任せに振り解いてかばうように自分を自分の腕で抱きしめた。
証明する術なんか知らない。
それでも自分は玲を愛している。
見上げた玲は戸惑ったように前髪をかきあげると
「じゃあ昨晩の男は誰だよ!」
声を荒げた。
「センパイよ!」
「お前はセンパイとキスするのかよ!」
玲はやはり見ていたのだ。
「・・・。」
まあさはなんと言い返していいかわからず口をつぐむ。
「お前・・・あの男が好きなのか?」
消え入りそうな玲の声にモノを投げつけたい衝動に駆られた。
「ふざけないでよ!私は・・・!私は!!」
玲がすきなのだ。
こんなに好きなのだ。
なのになぜ伝わらない?
「玲が好きなのに・・・。」
ほとんど声にならなかった。
「じゃぁなぜキスした。」
「されたから・・・。」
「あいつはお前が好きなのか?」
「告白された・・・。」
「何で言わない?!」
玲が声をまた荒げる。
言ってどうなるのか。ふ〜ん付き合えば?
まさかそんな返答が帰ってくるとは思っていない。
それでも
「怖かったから・・・。」
「それは・・・お前は俺を信用してくれてないって事?」
玲を見上げたら彼の瞳に月の光が差し込んで
暗闇で異様に光っていた。
・・・。
「信用してないわけじゃない・・・でも怖い・・・。」
失うのが・・・。
「俺もそうだよ・・・。」
玲に抱きしめられて気付いた。
ごめん。
ごめん玲。
私は自分のことしか考えていなかった。
「玲・・・愛してる・・・。」
彼の背中に手を回したら、
彼もぎゅっと私を抱きしめかえしてくれた。


「これ。残りの4冊。一気に持って来た。
もうまどろこしいマネはヤメだ。」
玲が私の前に本を4冊出した。
私は鼻をぐずっと鳴らしてそれを手にとった。
「謎は解けた?」
玲が懇願するように私を見る。
「・・・これから解くところ。」
私はあわてて震えそうになる手をいさめて
ページをめくった。
『ンディバレ伯爵はインドに渡った先祖を奉るため海の見える丘に
墓を築いた。それが数百年経った今、冒険者の道しるべとなっている。』
・・・「ん」はこうくるか・・・思わずまあさは頬を緩める。
あと3冊・・・。
まあさは冒頭だけを読み進めていく。
またつんとして涙が流れそうになるのを堪える。
『しかるべき対応を自分は未だに模索している。
あの時少年にどうやって声ををかけるべきだったのかと。』
『黄泉の国から抜け出す方法。でろりと溶け出した恐ろしい外見とは裏腹に
おせっかいな自称正義のモンスターは私に詳しく教えてくれた。』
『生まれたことに感謝する。私をこの世に迎え入れてくれた父と母に。』
4冊目を机において私は泣き出したいのを必死に堪えた。
「まあさ?謎の答えは?」
私の反応を見て私が理解したのだと知ったのか知らずか玲は
私を抱きしめてくれた。
「もちろんよ玲。」
私はその首に力をこめて抱きついて顔をうずめた。
泣き顔をごまかすために。
「それはYESってこと。」
「うん。」
そして玲は私をきつく抱きしめると
「やった!!」
泣き声交じりに叫んだ。

日記ページ15日目/9月10日

謎の答えはこうだ。
『まっしろい雪があたりを埋め尽くし・・・』
『天の川の西の岸にすぎなの胞子ほどの・・・』
『さ!しゅっぱつしんこう!』
『朝はまだ世界の裏側だった。』
『いやなんですあなたのいつてしまふのが』
『深夜のコンビニで、さとしは・・・』



本の冒頭をつなげると
「まあさあいしてるけつこんしよう」
「まあさ、愛してる結婚しよう。」
それが謎の答えであり問いかけだ。
まあさは社会人になってどんどん綺麗になってゆく。
それを傍から見てる俺が平気だとでも思った?
とんでもない話だ。

「玲がこんな乙女なことしてくれるとは思わなかった!」
まあさはくすくす笑いながら15冊の本を並べた。
「男は女より乙女なの!」
変な日本語だが俺は威張るように言った。
なんとしても心に残るものを!
考えた結果がこれだった。
今まで人生で読んだ本の総数を倍に塗り替えるほど
本を読んだ。
読んで読んで読みまくった。
ただ冒頭が当てはまるものだけじゃなく
「いいはなし。」をまあさに与えたかったから。
どうしても困ったのは『ん』だ。
でもそうしても『けっこん』という文字を入れたかったので
図書館に入り浸って探し回った。
「ありがとう。玲。」
俺の苦労も無には終わらなかったようでまあさが満面の微笑で返してくれた。
「すぐにとは言えないけど、俺が仕事初めて、1年位したら
きっとビッグになってるだろうし。」
まあさがぷっと吹き出す。
失礼な。
「まぁそれは冗談として。」
半分本気だが。
「ここは予約、ということで・・・。。」
俺はまあさの指に指輪をはめた。
彼女の誕生石を埋め込んだ華奢な指輪を。
俺のアルバイト、ンヶ月分だ。
まあさの顔が見る見るうちにゆがんでゆくので
微笑んで見つめてしまう。
俺たちは高校のときと相も変わらず不器用で
くだらない距離感をお互いに引いてケンカをする。
「相手を失いたくない。」
それゆえに黙ってたものが爆発してけんかになる。
俺たちのケンカの発端はいつもそれだ。
でもどんなにひどいけんかになっても
まあさは高校時代の俺を攻めなかった。
あのことを持ち上げられたら俺は一発で負けていたと思う。
それでもまあさはその話題を出さなかった。
その心遣いが本当にありがたかったし、
愛しかった。
これ以上傷つけない。
彼女を幸せに、
何度もそう願った。
「というわけで、明日から一緒に暮らそう。」
「はい?!」
まあさが涙もひっこんだというような驚いた顔をする。
「もう、我慢しなくていいじゃん。俺を死ぬほど愛しなさいな。」
もう心にリミッターをつけなくても俺はそのまあさの
でっかい愛ごと引き受けて幸せにしてやる。
ケンカしたいときはすればいい。
そうして俺たちは成長してゆくのだから。
まあさは
「急すぎ!」と言いながらもうれしそうに微笑んだ。
笑うだけで俺を幸せに出来るやつなんてこのさきも
このヒトだけなんだろうなぁ。俺は完敗と、胸の中で両手をあげた。

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2005年8月から9月にかけて日記コーナーでほぼ毎日書き綴った
日記小説を修正加筆でUPです。
物語に出てくる本は実在のものもあれば架空なものもあり・・・。
架空のものは怠慢は音木が調べ切れなかった本です。
実在の本の冒頭を物語に書き込んでいますが、
もし著作権上違反であったらお知らせくださいませ。
一応以前に大学の先生に聞いて許容範囲内で乗せているはずなのですが
何せ素人なのでそうとも言い切れず・・・。申し訳ないです。
毎日酔いながらだったり疲れながらだったり、
大学時代で一番充実して遊び呆けていたときに
好き放題に書いていた日記小説でございました。応援してくれた皆様に心からの感謝を。