「どうだシンジ、ギターをやってみては」
 その日ゲンドウは軽く言い放った。
 ここは碇家リビングルーム。ちょうど3人そこに集まり、夕食後の寛ぎの時間を過ごしていた。
「あなた、シンジに自分の趣味を押し付けないで下さい」
「まだ押し付けてはいない。やるかどうかはシンジが決める事だ」
 自分の妻、ユイの言葉には耳をまったく傾けない。ゲンドウが待っていたのは、シンジの返答だけだった。
「・・・・・・」
 しかし、当のシンジはと言うと先ほど見つけ出したギターを見つめ黙っている。
「どうだ、やってみる気は無いか」
 ゲンドウは自慢のサングラスの位置を補正した。
「父さん・・・」
「何だ」
「僕、ギターやってみたい」
「よし」
 シンジの返答は、ゲンドウの思惑にピッタリとはまっていた。






Guitar Soul

第1話
レスポール






「ギター?」
 シンジの親友、トウジとケンスケは首をかしげた。
「何でまたそんなもんを」
「父さんに勧められたんだ」
「音楽聞くのは面白いけど、実際やるのは大変だと思うよ」
「判ってる。父さんやった事あるらしいから、教えてもらおうと思ってるんだ。それに、ギターも父さんのお下がりのギターだし」
「ふ〜ん。で、何処のメーカーのか判る?」
 ケンスケの質問にシンジは答える事が出来なかった。ギターのメーカーなど全くと言って良いほど知識が無い。それどころか、ギターの形の名前すら判らなかった。
「何や?判らんのか?」
「・・・ごめん」
「何も謝る事は無いさ。始めたばっかなんだろ」
「うん、触ってみただけ・・・」
 シンジの返事は予想よりも情けないものだった。



△▼△▼△


「ギター?シンちゃんできるのぉ?」
 まさに興味津々といった感じでシンジの顔を覗き込んでいるのはレイだ。近くには、あまり興味無さそうに立っているアスカも居た。
「出来るっていうか、これからやろうかなって」
「どうせ三日坊主で止めちゃうんでしょ」
「酷いなぁ〜」
「そうそう、アスカだって編み物初めて2時間で飽きて止めちゃったじゃん」
「う、うるさいわね!余計な事云わなくて良いのよ!」
 勿論シンジのために作っていたものだったが、その時は手作りと偽り買ったものを渡したのだった。レイも渡したが、それは正真正銘の手作りだった。
「それより、アンタ誰か好きなギタリストとか居るの?いきなりギター始めるだなんて」
「特にいないけど。父さんに勧められてやってみたくなったからそれで」
「実にアンタらしい理由ね」
「ねぇねぇ、ギター買ったのぉ!?」
「父さんのお下がりを使わせてもらうんだよ」
「えっ?ゲンドウおじ様ってギターやってたの?」
「うん、そうみたい」
 ちょっと嫌な顔をしたアスカに、苦笑いでシンジは答えて見せた。
「ねぇ、なんか弾ける様になったら聞かせてね!」
「こいつの事だから何年かかるか判んないわよ」
 流石のシンジも、この一言にはムッときたのかアスカに視線を投げつけた。いわゆる、ガンを飛ばすというやつである。
「ま、せいぜい頑張りなさい」
 シンジのガン飛ばしが効いたかどうかは定かではないが、アスカは目線の先にいたヒカリに向かって走って行ってしまった。
「アスカ、あんな事いってるけど。ホントはシンちゃんにギター出来る様になってもらいたいって思ってるよ。きっと」
「そうなのかなぁ?」
「そうだよ、だってあたしも・・・」
「えっ、何?」
「ううん、何でもない」
(あたしも出来るようになって欲しいもん)
 レイは心の中だけで呟いた。



△▼△▼△


 家に着くと、いつもは居ないはずのゲンドウが玄関に立っていた。
「父さん、どうしたの?」
 当然気になったシンジは聞いてみるが、返事は無い。ゲンドウの顔を見上げてみるが、赤いサングラスに映りこんだ自分の姿しか見えなかった。
「ギター、やるのだろう」
「えっ、うん。やるつもりだけど・・・」
「ふっ」
 ゲンドウはそう鼻で笑って見せると、自室へと消えていった。
「どうしたんだろう?」
 ゲンドウの考えている事がさっぱり理解出来ないシンジは、そう云うしかなかった。
 父の言動に少し疑問を持ちつつも、着替えるために自分の部屋に戻ろうとした矢先、ゲンドウの部屋から手だけが伸び、手招きをしているのが見えた。傍から見れば実に不気味な光景だったが、そんな父をいつも見ているシンジにはそんな感情すら浮かばなかった。
「何、父さん」
 手招きされたからには、行くしかない。仮にも自分の父なのだ、あまり逆らう事は適わない。
「今からこのギターについて説明する」
「その前に着替えたいんだけど・・・」
 部屋に入るとゲンドウが昨日のギターを持ち出して、唐突に説明を始めようとしていた。
「着替えるのはいつでも出来る」
 説明もいつでも出来るんじゃと思ったのは、ゲンドウには内緒である。
「このギターを作った会社は『Destruction』という会社だ」
「・・・・・はかい・・・・・?」
 そう呟きながら、これから熱弁を始めるであろう父の前にあぐらをかいて座った。
「直訳するな。これには其れまでのギターの歴史を壊し、新しいギターの歴史を作るという思いがこめられている 」
「ふ〜ん」
「まだ創業50年足らずの会社だが、その技術は業界で1,2を争うものだ」
「へぇ〜」
 感心したシンジに呼応してか、ゲンドウの話すペースは早くなる兆しを見せ始めていた。
「それから、この形はレスポールと云う」
「レスポール?」
「あぁ、多くのギタリストが好んで使うギターの形だ。音楽番組などでバンドの演奏があるときは見てみると良い」
「うん」
「よし、では次の機材の説明をする」
「えっ、まだあるの?」
「当たり前だ。エレキギターだけでは力不足だ、そのために音を増幅させる機械、つまりアンプを使うのだ」
 そう言っておもむろに押入れから取り出したのは大きな箱のようなものだった。一面だけネットが張ってある。良く見ると、ネットの置くにはスピーカーらしき物があった。ネットの上には、なにやら回すと思われるつまみが沢山並んでいた。
「これがアンプだ。そしてアンプとギターを繋ぐ為のコード、これがシールドだ」
 ゲンドウは説明しながらも、アンプの電源プラグをコンセントに差込みシールドをギターとアンプに繋いだ。
“ヴォン”
 電源スイッチを押すと電化製品に電源が入ったとき特有の音がそのアンプからもした。と同時にポロロ〜ンという音が聞こえてきた。良く見ると、ゲンドウがギターを弾いているようだった。そう、これはギターの音だったのだ。
「へぇ〜、ギターってこういう音するんだ」
 初めてマジかでギターの音を聞いたシンジは、その音に少し感動を覚えた。
「そうだ、云い忘れていたがこれはピックというギターを弾くために使う道具だ」
 そう言ってゲンドウが見せたのは、薄いプラスチックで出来た三角形の板だった。
「こんなので弾いてるんだ、知らなかったな」
「ふっ」
 ゲンドウは息子の反応に心底満足しているように微笑んだ。
「2人とも〜、ご飯ですよ〜」
 リビングの方からユイの声が聞こえた。その呼び声に「ちっ」とゲンドウは舌打ちしたが、ユイに逆らうとどんな事になるか心得ているので、その呼び声のする方向へ息子と共に消えた。
 その部屋に、ギターとその他諸々を転がしたまま。










To be continued.



新世紀エヴァンゲリオン(c)GAINAXの作品です

「Destruction」は架空の会社です。実際には存在していません