砂と風の中で  
 




アメリカ東部の港町を出発したとき、その町は霧に覆われていたの。
アタシがこうして一人旅をすることにリツコもミサトも反対したけど、ここは我儘を通したわ。
だって、今まで『お掃除』に付き合って来たんだもの。

.......ねぇ。これでも、アタシって、わがまま?






........................

アタシが『深い眠り』から『目覚めた』のは、全てが終ってからだったわ。
結局、ほとんどの使徒を『処理』したのはアイツ。
そのためにアタシは4才の頃から訓練してきたのに。
そのくせ、アイツは『戦後』の『処理』を全部アタシに押しつけたわ。

...................ねぇ、これでも、アタシは...........





........................

もう出発してから10日になる。
気候が変わってしまい、空は濃い藍色をしている。
ヘルメットをとり空を仰ぐと、雲が高いところを走り抜けているのが見える。


髪が風になびく。
あの頃から変えていない髪型。

これなら、鈍感なヤツでもアタシだって気づくだろう。





........................

アタシの目が醒めたのは、リツコの一人言にあんまり驚いたものだから。

司令が逃げ出したって。
何があっても動じなさそうな、あの司令が『夢がついえた』と言って逃げ出したそう。

リツコが言うには、前にもそんなことがあったらしいけど。
でも、リツコが泣き出したことの方が驚きで、私は目が醒めた。

.................アタシも泣くのかしら。






........................

私の着ている赤いツナギに赤いバイクのせいで、勘違いした馬鹿が良くナンパに来た。
でも、アタシのスピードに着いて来れるヤツはいなかった。


そうやってあんまり走ったものだから、ここはもうアリゾナ。
もう、一回目の横断をしてしまう。
目的は全然果たせそうに無いのに。見つけられるまで何回横断すれば良いのかしら。
.....................疲労だけが肩にかかる。

..................いいえ、目的が果たせそうにないから疲れるのかしら。







司令が逃げ出した訳を聞いて、アタシは更に驚いた。
シンジがエヴァを破壊したって、リツコは言った。

エヴァを壊せるのはエヴァだけ.........つまり、シンジは自分の身体を壊すようなことをしたわけ。

『シンジ君は最後の使徒を殺すときの過大な心理負荷で、自殺衝動を起こした』と言ったのは副司令。
............うぅん、今は司令代行。



シンジは初号機に乗りながら、初号機の左腕と両足を破壊したそう。
つまり自分自身の腕と足をもぎ取ったのね。自殺としてはかなり度胸のある方法だわ。
S2機関を搭載しているから、停止信号を送ったけど意味が無かったらしい。
最後はそのS2機関を握りつぶして、初号機が停止したらしい。

...........腕をもがれるなんて、そのフィードバックは信じられない痛みよ。
リツコやミサトなんかには分からないでしょうけど。傷口は熱くて、身体全体は寒くて。
その痛みと寒さは、アタシも知っている。


................そんなことをして忘れようたって、心の傷は身体の痛みで消せるわけ無いじゃない。

アタシが言えた義理じゃないけど。





........................

何よ、またエンスト?
もう、砂が変なところ入り込んだんじゃないんでしょうね。

...........あ〜ぁ、オイル真っ黒。早めに変えた方がいいかしら。
...............でも、見渡すかぎり、砂漠だし。人の気配も無いし。

えぇい、とりあえず、エンジンかかってよぉ、このぉ!





アタシが泣いていると言ったのはミサトだった。
泣くわけ無いじゃない、と言ったのがアタシの最初の言葉だった。
それは、シンジがエヴァを破壊した直後、逃げ出したと聞いた後だった。

...............泣いたのは、何故?............アタシは、本当に、泣いたの?

アタシは分からなかったけど、自分の『男』を失った2人の中年女はしたり顔で納得してた。
アタシは分からなかったけど。
でも、全てを失ったと思ってたアタシに、失いたくないものがあったことだけは分かった。

それを見つけるために、今旅をしている。




.......................

そのガソリンスタンドを見つけたときには、オイルだけじゃなくガソリンも切れかかってた。
喉も乾いていたし。だから、バイクを止めるなりヘルメットを取らずに店に駆け込んだわ。

落ち着いて考えると、強盗と間違われて撃ち殺されても不思議じゃないわね。



店の中は、..................埃だらけだった。
セカンドインパクト以後、小綺麗な店はアメリカじゃあり得なくなったけど、これは.............
まさか、セカンドインパクト前の商品じゃないでしょうね。..........


店員 :「いらっしゃいませ............済みません、昨日砂嵐があったもんで。」


貧乏ゆすりをしながら周囲を見渡したアタシに店員が申し訳なさそうに言った。
荷物の整理をしていた店員は、痩せ型でアタシが箱を持った方がよさそうなくらいだった。
アタシは何とか棚の中からミネラルウォーターとエンジンオイルを見つけだし、レジに持って行った。


アスカ:「冷たい飲物はないの?」
店員 :「...........ミルクならありますが。」
アスカ:「じゃ、それ頂戴。」


アタシはそう言ってメットを脱いだ。
..................何よ、アタシが美人だからって、そんなに見とれるんじゃないわよ。


店員 :「はい、それじゃ...............全部で25ドルになります。」


その店員はそう言って牛乳パックを差し出した。普通こう言うときはストローをつけるもんだけど。
ま、アタシは昔からこれだから構わないけどね。
そう思ってアタシはパックを開けるとそれに口をつけて飲みだした。

店員がしばらくして含み笑いをしながら、言った。


店員 :「ついでに、40.6度のお風呂もいれましょうか。.............熱すぎないお風呂を。」
 

牛乳を吹き出したのは、アタシのせいじゃないわ。不意を突いたアイツの責任よ。
それなのに、シンジったら、こんなことを言ったのよ。


シンジ:「もったいないなぁ、アスカァ。砂漠じゃミルクは貴重品なんだよ。」
アスカ:「..................!!!!!!」
シンジ:「何だよ、まだ口がきけない訳じゃないんだろ。」


開いた口が塞がらないアタシをこんな風にからかうのは、本当にシンジ?
でも、40.6なんて細かい指定を知っているのはシンジだけ。


アスカ:「シンジ。...........シンジなのよね。」
シンジ:「うん。まぁ、戸籍上は違う名前になっているけど、僕の中ではシンジのままだよ。」
アスカ:「シンジ、............そう、生きていたのね、シンジ。」


呆然と立ちすくむアタシの目の前で、シンジはミルクで汚れた机を拭いた。
そして、ポケットから別のハンカチを取り出すと、アタシの顔を拭きだした。
いつの間にかアタシより背の高くなったシンジに口を拭いてもらうのは、どこか心地よい。


シンジ:「..............毎朝お風呂入ってたころとは大違いだね。ホントにお風呂入る?」
アスカ:「................うるさいわね。」


シンジに対する罵りを始めたことで、アタシは旅の目的を思い出した。

手がかりは出入国の記録にあった『Sinji,Ikari』だけ。
それだけで見つけ出せたのは奇跡に近いけれど、見つけたからには言ってやりたいことが山ほどあった。


アスカ:「そもそも、何で馬鹿シンジがこんなところにいるのよ。」
シンジ:「何でって..........人が少なくて見つかりにくいから。でも、見つかっちゃったね。」
アスカ:「何よそれ。......アンタそうやって、いつまで逃げるつもりなの?」
シンジ:「逃げてるつもりはないよ。たとえアスカにはそう見えたとしても。」
アスカ:「でも、エヴァを破壊して逃げ出すなんて何考えてんの?アンタあれに一体どんだけ多くの人の.....」
シンジ:「そうだよ。だから破壊したんだ。」


あいつが言うにはこういうことだった。

エヴァというのはサードインパクトを防ぐための道具ではなくて、サードインパクトを起こすための道具だった。
それは『ゼーレ』という、アタシが『掃除』した組織が関わっていたこと。
その計画の実行にシンジの父さん、つまり総司令も一枚噛んでいたこと。


シンジ:「そんなことはどうでも良かったんだと思う。
     でも、そのために綾波や、カヲル君が犠牲になるなんて許せなかった。
     たとえエヴァに母さんが残っていたとしても、僕はそのためにでこれ以上未来を失いたくなかったんだ。」

アスカ:「.................エヴァを壊したことはもう良いわ。どうして逃げ出したのよ。」
シンジ:「.........サードインパクトには、僕が必要なんだって。カヲル君が教えてくれた。」
アスカ:「そのカヲルって、誰よ。」
シンジ:「フィフスチルドレン。最後の使徒さ、ゼーレが送り込んで来た。」
アスカ:「.............アタシの、代わりって訳ね。」
シンジ:「うん。」


無性に腹がたったのは何に対して?

フィフスがアタシの弐号機に乗ったことを知らされたこと?

.............違うわ。

シンジが『アタシの代わり』の言うまま、アタシの目の前からいなくなったこと。


アスカ:「.............アタシのバイク、2人乗りなの。後部座席が開いてるんだけど。」


シンジはアタシの言葉に首を振った。


シンジ:「........うん。でも、僕は乗れないよ。」
アスカ:「どうして?.........『アタシの代わり』の言うことには従っても、アタシにはついて来れないの?」


アタシは激しくつめよったけど、シンジは寂しく笑うだけだったわ。


シンジ:「そうじゃないよアスカ。....................
     僕は『母親の意識』と『父親の夢』を殺したんだ。そう簡単に表には出られないよ。」
アスカ:「オイディプス王って訳ね。そうやって、一生贖罪してくつもりなの?」
シンジ:「そうじゃないよ。............今は事情は言えないけど。」
アスカ:「そうじゃないって...........」


アタシはシンジを長いこと詰ったけれど、シンジは動じなかった。

こんなところばかり父親に似なくてもいいじゃない。


アスカ:「じゃ、いつになったら、アタシと一緒に行けるのよ。」
シンジ:「いつって約束は出来ないよ。」


店の扉が風でガタガタと言った。気がつけば、もう長いことカウンター越しにシンジと話し込んでいた。

アタシはカウンターに置いていたヘルメットを持ち上げた。


アスカ:「アタシは諦めないわよ。.........近いうちに、すぐに迎えに来るから。」
シンジ:「............フフフ、期待しないで待っているよ。」
アスカ:「............絶対に諦めないから。」


アタシはメットと買ったものが入った袋を持って扉から外に出た。

シンジがアタシについて出て来たので、アタシは振り返ってシンジの顔を見た。


シンジ:「..........何?アスカ。」
アスカ:「アンタ、アタシに借りがあるはずよ。.......男なら、二回目は自分からしなさい。」


アタシは目を閉じて待った。アイツはしばらく逡巡した後、アタシの唇に自分の唇を触れさせた。

風の中のキスは、砂の味がした。








アタシはもうシンジと目を合わせずに、バイクに飛び乗って立ち去った。















アスカを見送った後。シンジが店内に戻ると、男が一人、待ち受けていた。


ゲンドウ:「いいのか、シンジ。.........一緒にいっても良かったのだぞ。」
シンジ :「いいんだ父さん。僕等にはここに隠れてやることがあるんだ。
     全部終ったら、行くよ。」
ゲンドウ:「.........ゼーレの残党はもう少ない。通信を傍受して赤城君に知らせるのなら、私だけでもできるぞ。」
シンジ :「冗談言わないでよ。食事の支度も満足に出来ない人が。」
ゲンドウ:「.................」

黙りこんだゲンドウに、シンジがスパナを渡しながら言い放った。

シンジ :「ほら、アンテナ直して来てよ。さっきの風で歪んだみたいだ。
     直しとかないと、帰って来てから加持さんに何言われるか分かんないよ。」
ゲンドウ:「そうやって、現実に追われてばかりじゃ、夢を見失うぞ。」
シンジ :「父さんは、どうだったの?」
ゲンドウ:「..........終った者に、物を聞くんじゃない。」

ゲンドウはそう言って立ち上がった。








終り。

後書き。

こんにちは、ゆ〜さです。
KENさんにリクエストしたプロットで、自分なりに書いてみました。
KENさんのような甘いハッピーエンドには成らなかったんですが、未来に希望 があるってことで許して下さい。
ただ、英語は勘弁願って.........海外経験は1週間に満たないもんで(^^;

18切符でボォッと車窓を眺めながら考えたんで、やや粗い作りになってしまいま した。
プロットがリクエストと少々異なるのは乗車時間が長すぎたもので(^^;;
ああ、言い訳ばっか。

それでは。