ヘブンズ・フラワー・メール
天国の花通信  70号


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                   原田康次
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BIBLE神はこの世における有力者を無に等しい者とするために、この世では取るに足りない者や軽んじられている者をあえて選ばれた。現代訳Tコリ2:28



 Y君と知り合って十年が過ぎた。同業者というつながりからつき合いを始めたのだが、まさに十年はあっという間だった。この文を書くために年譜を開いてみて、もうそんなに経つのかと驚いた。当時の人間関係の中で、今でもつき合っているのは彼だけになった。彼は、我が家の末っ子の成長も見てきたし、父母の死も知っており、私が洗礼を受けてクリスチャンになったことなどもずっと見守ってきたことになる。したがって私がY君に証しを始めて六、七年経過していることになる。先日も昼頃やってきて夜の十時まで、私の証しを飽きもせず聞いてくれた。考えてみると「またその話しか、もういいよ」と言わないのが不思議なくらいである。
 Y君と知り合った当初はよく一緒に仕事をした。様々なイベント、ステージ、結婚式等の撮影。しかし彼は個人自営のビデオ撮影というものが斜陽になりかかっている時になぜかスタジオを開き、危惧していたとうり閉鎖に追い込まれ、現在求職中であり、五十肩、肋間神経痛、欝病に悩まされている。
 私の証しも空しく彼は神様の元へ来ようとしない。私はもう何千回も同じことを言ったような気がするのだが、会う度に振り出しに戻っているような状態だ。末っ子の翔悟が六才のときから証しを続けていることになるが、その翔悟も現在は中学生である。繰り返して覚える九九の算などはとっくに卒業している。しかし彼の質問は今でも変わらない。「神様が居るなら何故自分をこのように遇するのか。」ということである。

 私も最近は戦術を変えて、「聖書研究をしませんか」というところまではいかなくても、聖書の教えを体系的に理解してもらう必要があると感じるようになり、実際に聖書の世界観や教えを具体的に話すように心がけている。また聖書を開いて、読んでもらうようにもなった。私は現在エホバの証人ではないので、彼とどの程度の頻度で会い、何時間証しをしたかなどという記録はつけていない。しかし六、七年同じことを聞いていれば、少なくとも知識としてキリスト教を理解する程度まで向上しても何ら不思議はないはずである。たくさんのビデオ、カセット、本、小冊子、トラクトを提供してきたが全く実を結んでいない。
 聖書の教えの全体像を学んでもらうために『知識』の本を用いたくなるほどだ。エホバの証人のやり方を嫌って、同じような伝道の仕方や、生活の律し方をあえて避けてきたのだけれど、ここのところ少し見直してきている。前述したように、あることを説明する際には実際に聖書を開いて読んでもらうことにした。「聖書にはこういう意味のことが書いてあるんですよ。」と説明する方が楽だし時間も節約できるのであるが、今はあえて読んでもらうことにしている。情けない話しであるが、自分の指し示したい聖書の箇所を見つけるのは新世界訳の付録の索引が一番用いやすい。
 神の実在や、創造論を話すときには証人時代のたとえ話も用いるようにしている。さすがに質問と答えでマインドコントロールを使う誘惑には今のところ勝利している。

 一方周囲を見ると、家内の証しを一、二度聞いただけで信仰を告白する人もいるし、私の教会では日曜学校の子供が二人洗礼を受けた。私の証しは人から見るといかにもうさんくさいのだろうなと落ち込んだことがあったが、相手が頑固にせよ、幼子のような素直な信仰を表わすにせよ、ますます神の言葉が真実なものであることを思い知らされる。
 Y君の話しを聞き、アドバイスをするだけでなく、最近は親しさゆえに「責める」こともしている。彼にイエス様のたとえ話しを読んでもらった。「…いばらの生い茂った地というのは、神のことばを聞いて信じても、いろいろな心配事や金銭欲、また人生の様々な重荷や快楽などがそれをふさいでしまい…」(リビングバイブルルカ8:9〜)彼の顔が曇った。軽い当て擦りである。
 それでも彼は頑張る。「神様がいるなら、(自分を苦境から救って)しるしを見せて欲しい。」という。そこで「悪と不信の時代に生きる人は証拠を要求する。」(同マタイ12:39)という箇所と、金持ちとラザロの話しを読んでもらう。「聖書に耳を貸さない人は何百もの奇跡をみても、聞こうとしないものですよ。」と反撃する。

 誤解してもらっては困るが、いつもこんな意地悪な証しばかりしているわけではない。抗うつ剤を飲んでいる彼のためには、話しを聞き、重荷を軽くするようなアドバイスが必要であることは重々承知しているからである。彼が福音を吸収しないのは、病気のために記憶が飛んでいるからではないかと思ったことがある。しかし、過去に一緒にした仕事のことはよく覚えているのである。私には、彼から悪魔が福音の種を摘んでしまっているとしか思えないのである。
 神様は私の忍耐を試すかのように、彼が悲惨な状況にある理由を繰り返し繰り返し話してきたのである。彼は決して頭の悪い人ではないが、通常であれば、私の言ってきたことを空暗記していても不思議ではない程の回数、同じことを繰り返してきたのである。「聖霊によるのでなければ、だれも、『イエスは主です』と言うことはできません。」( コリント12:3)ということはどれだけ真実だろうかと思う。
 私の不甲斐なさが、「宣教は、説得力のある知恵のことばで行なわれるものではなく、御霊と御力の現れでした。」というパウロの言葉をどれほど力強く証明するものかが分かる。研究、学習によって分かるのではない。生活における体験を通して神に教えられるのである。

 話しは全く翻るが、先頃作家の曽野綾子さんがNHKで聖書の解説をする番組を持っておられた。我が家の図書を調べてみると、彼女の文庫本があった。妻が古本市で買ってきたものだが、それを読んで改めて親近感を持った。彼女がエルヴィスフアンであることが分かったことと、信仰告白の姿勢が私と同じものであることが分かったからである。彼女はカトリックなので信仰の姿勢が大きく異なるところもあるが、私が着目したのは彼女のこの言葉である。「私が果たすべき役割というのは『いい加減な信者』というものであり、それでも神に受け入れられているという状態を自然に示すことであった。」。
 事実私は現役の頃、何かの機会に曽野さんのエッセイに接して、「迫害が起これば私などは真っ先に棄教するかもしれない。」と書いてあるのを読んで、エホバの証人よりもこの人の方がよほど正直な人だと思ったことを今も思い出すのである。
 最近伺った話しであるが、中澤先生のお姉さんは四十年ぶりに神様の元へ帰ってこられたとのことである。そんな時間が私に残されているとは思えないが、六、七年の祈りなど忍耐などに値しないのかもしれない。

NEWS&INFORMATIONS

●アメリカ在住の村本医師のリポートによると、ものみの塔協会は、現統治体の会長も含め全員が理事職を退くそうです。新会長に“他の羊”であるドン・アダムス氏を据え、3つの会社に分割して運営に当たるようです。この情報はものみの塔の年次総会で発表され、公式ウエブサイトにも掲載されていることから、信憑性の高い情報と言えそうです。経営陣の高齢化、社会の情報化、多様化など、老舗といえども苦しい状況に立たされているようです。

■真理のみことば伝道協会の「異端者救出全国セミナー」が2001年1月12〜13に、河内長野市で行なわれます。詳細の問い合せははニューライフミニストリー・ジャン・ドゥゲン師まで。

★またNLMでは「友達からの良い便り」6号を発行しています。元証人や家族の証しと、金牧師(元証人)の「本当の信仰に向かって」は元証人たちに必読の記事となっています。

▼JWの夫たちの11月号 18が出ています。インテリジェンスに溢れた記事と編集内容になっています。草刈裁判の報告を始め、輸血に関する情報も詳細です。ジャーナリスト林俊宏氏の2つのレポートも鬼気迫るものがあります。
日本マイコン研究会−
   伊勢崎市除ヶ町359−7山口様方


ヘブンズフラワーメールは、元エホバの証人やそのご家族に、聖書の真理や、誠の神様、救い主イエス・キリストの恵みを知って、幸福な人生を送っていただきたいという願いをもって発行している私的エッセイです。

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