主権論争

元長老が何度か教会に来られた。様々な話しをする
中,例の「主権論争」の話しが出た。
 三位一体については「分かり始めた」というのだが、
この問題については頑固に譲らない。
 「主権論争」というのは、最近の出版物でいえば
<知識>8章に記されている神と悪魔との論争のこと
である。そこには不思議な哲学体系が展開されている。
中澤師も感心したという理論であり、元証人の中には
この問題について本を書こうとしている方もいるほど
だ。
ものみの塔の怖いところは、特にキリスト教的な、
いや宗教的教育の基礎がない日本人には、誤りを看破
することがほとんど困難なほど巧妙に組み立てられて
いる点である。
キリスト者であっても、何かおかしいということは
感じるのだが、論破することは難しい。
8章ではまず、神が苦しみを許している理由を述べ
るに当って、ヤコブ1:13が引用されている。「そ
のようにして、ご自身(神)がだれかに試練を与えるこ
ともないからです。」と、苦しみは神からのものでは
ないと断っている。そして、77ページでは、「サタン
はこの世の支配者であり、この事物の体制の神なので、
人間社会の現状や人間が経験している悲惨な事柄はみ
な、サタンとサタンの側につく者たちが引き起こして
いるのです。」と結論づけている。

しかしヤコブの言いたいことは、苦しみや試練は悪
魔からくるということではない。先を読めば明白であ
る。新改訳では、「だれでも誘惑に会ったとき、神に
よって誘惑されたと言って
はいけません。神は悪に誘惑されることのない方であ
り、ご自分でだれかを誘惑なさることもありません。
人はそれぞれ自分の欲に引かれ、おびき寄せられて、
誘惑されるのです。欲がはらむと罪を生み…」と訳出
しており、苦しみは神や悪魔からというより、人間の
罪(神から離れた状態)によってもたらされると言って
いるのである。

日本のエリートたちも、罪というと人間社会におけ
る構造的歪みによって生じる相対的な問題と考える人
が多いようだが、貧困をなくせば、テロがなくなると
いえるほど現実は単純ではないように思える。
聖書の命題となっている神、人間の罪、そこからの
救いというものから逸れてしまうと、エホバの証人に
見られるような極端な二極思考に陥ってしまう。神か
悪魔かということにとらわれるあまり、人間の側の責
任というものを放棄してしまうことになってしまう。
悪魔も迷惑である。確かに、アダムとエバを唆した
のは彼であるが、そのことよりもっと重要なことは人
間がそれを選び取ったことである。
かく言う私も、現役時代はこの理論体系に心服して
いたことを認めざるをえない。ものみの塔ではないが、
人間はエロヒムとサタンという二派の宇宙人によって
地球に入植されたという本を書いた人がいる。こうし
た神秘主義的な解釈を好む人はいつでも一定数いるも
のだ。


特に現代人は合理的な説明に弱い。霊的な感覚や、
精神的な判断力、心の声を聞くということは衰えて
きている。
キリスト教が三位一体を取り下げれば、もっと合
理的で分かりやすい宗教になるだろうが、何でも合
理的であればいいというものではない。
さらに論争の根拠として、創世記のエデンの園の
できごとと、ヨブの試練が取り上げられている。「サ
タンの挑戦は、宇宙主権者としてのエホバの立場の
公正さと正当性に疑問を投げかけるものでした。」と
前提し、さらに「人間の忠誠に疑問が投げかけられた。
」ということになっている。
ヨブ記を開いてみると、エホバの証人が言うような
神と悪魔の対等性は見出せない。神の子たち(天使)の
集会にサタンが来ている。これはホワイトハウスにビ
ンラディンが来ているようなものである。対等に対立
している割には神はなぜかサタンに対してフレンド
リーな対応をしている。先に声を掛けて問題を投げか
けるのは神様の方だ。聖書によればサタンの傲慢な挑
戦に対して、神は一定の制限を課す。
ヨブの「身に触れてはならない」ということ、次は≪
命を取ってはならない」ことである。何とサタンは律
儀にそれを守っているではないか。そう、神の許しな
しに悪魔は何もできないのである。
また仮にこの論争が成立したとしても、ヨブが忠誠
を保ち最終的に神に祝福されたのであるからその場で
決着はついているはずである。悪魔は論争に敗れたと
いう結末になっている。数学が弱い子には国語を教え
よ、と言うが、エホバの証人の人たちは神がどのよう
な存在と教わっているのだろう。神は全知全能の創造
主で、絶対的な主権者ではないだろうか。
だとすれば神は絶対的な権威を持つのであり、自分
の公正さや正当性を人間に証明しなければならない理
由はどこにもない。人間が神を拒んだのであり、神に
は何の負い目もない。しかしそれでも苦しむ人間をご
自分が人となり、十字架の死をもって罪から
救おうとされたのである。これが愛でなくて何だろうか。
エホバは、自分の子供(ものみの塔では、キリストは
天使の長であり被造物である)に犠牲を強いて、自分は
痛もうとしない。しかも法廷の被告のように人間に自分
の正しさを証明してもらわなけらばならない神様なので
ある。
聖書の神は断じてそのような弱々しい方ではない。
どんな天才的な哲学者や神学者であっても「なぜ悪
や苦しみが存在するのか」について答えを持つ者など
いない。ヨブが私たちに教えているのは、理由が分か
らなくても神に信頼するかどうかということである。

★ 西舞子教会では、強力な資料を出版します。ものみ
の塔の内部資料を収めたもので、\1500で提供されま
す。
★ ウイリアム・ウッド先生が主幹を務める『カルト研
究リハビリセンター』が完成し、1月28日献堂式が行
われました。また、2月11日には、全国セミナーが開かれ
る予定です。
★ 関東と関西の間隙を埋めるように、神様はまた新し
いグループを興してくださいました。名古屋で『タ
ンポポの会』を発足させたのは元証人の姉妹と彼女
を救出したご主人です。連絡を取って、エールを送
ってあげてください。


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