おてんばの語源

2003/2/25


 2003年2月4日の掲示板でnandayo596さんから「おてんば」の語釈に出てくる「ontembaar」について質問がありました。


 すなわち、新明解で「おてんば」を引くと、


おてんば 〔「野生の」の意の「オ ontembaar」の変化という〕 女性としてのたしなみを忘れて ふざけさわぐ少女(女性)。 [表記] 普通、「御転婆」と書く。 (第5版)



 とあるのですが、「このontembaarとは何ですか?」という質問です。



 これに対して掲示板の常連投稿者辞典好きさんが、すぐに他の辞書を調べて、次のような書き込みをしてくれました。



 小学館の『国語大辞典』の【お転婆】の項目に次の説明がありました。

 “(オランダontembaar(「馴らすことのできない、負けん気の」の意)からという)”



 なるほど、新明解にあった「オ」とは、「オランダ語」の略だったんですね。



 そして次の日、nandayo596さんも、大辞林を調べて、次のような書き込みをしました。



 大辞林では

 おてんば 0 【▽御転婆】(名・形動)
 若い娘や女児がしとやかさに欠け、いたって活発な・こと(さま)。また、そういう女。おきゃん。
 「うちの娘は―で困る」「―な女の子」「―をする」 →転婆(てんば)

 てんば 【転婆】〔「転婆」は当て字〕
 (1)軽はずみで活発に動きまわること。また、そのような女性。
 「こいつはしやべりの―め、見付けられては大事ぞ/浄瑠璃・薩摩歌」

 となっていて、新明国とは違いますね。(-.-)




 掲示板で誰かが書いた書き込みに対し、別の誰かが答えたり情報を提供したりして、どんどん話が広がっていくというのは楽しいことです。みなさんも遠慮無くいろいろ感じたことや知っていることを書き込んでください。




 さてnandayo596さんが書き込んでくれた『大辞林』を読んでいて気がついたのですが、「おてんば」がオランダ語のontembaarを原語とする外来語なら、「お」は接頭語じゃないので、「お」が取れた「てんば」という言葉が存在するのは変なのではないでしょうか。


 そもそも、本当にオランダ語にこんな言葉があるのでしょうか? 図書館でオランダ語辞典を見てきました。 (なかなか図書館に行く時間が取れなかったのですが、やっと行けました。)



ontembaar
 [形]ならしにくい,御しがたい; 不屈の

(『講談社オランダ語辞典』(講談社、1994)より)



 確かにオランダ語のようです。



 「おてんば」が外来語だというなら、外来語辞典にも載っているでしょう。外来語辞典の中でも、特に語源に詳しく用例が豊富な荒川惣兵衛の『外来語辞典』(昭和42年初版、角川書店)を調べてみました。



オテンバ
オランダ ontembaar】《かいならせぬ、野生の、制御できぬの義》 おうちゃくむすめ.あばれもの.はすっぱ.おきゃん.アプレむすめ.オは否定の意であるから、オテンバとテンバとは反対の意になるのであるが、あたかもアミダをミダと略するように、テンバとも略す.→フラッパー.
¶「御伝馬でいけばやたらに腹が立ち」安永年間/「お転婆の方がよしさと懲りた母」天明年間/「お転婆は蘭語なり」永田青嵐『高所より観る』/「不従教輩(オテムバ)」『日要新聞』1872/「テンバ娘、オテンバ者とは今云う詞なれど、古き俗語なれば、俳諧に遣ってもよかるべし」井上・近藤『増補俚言集覧』1899



 赤字の部分は私が強調のために色をつけたのですが、「オは否定の意であるから、オテンバとテンバとは反対の意になるのであるが、あたかもアミダをミダと略するように、テンバとも略す.」とあります。


 ついでに、「てんば」も見てみましょう。



テンバ
 オテンバの略 (オテンバのオは不の意であるからオテンバとテンバは原語では反対の意味であるのに、日本では同義に使う.これに似た例としてアミダとミダがある.
¶「転婆、女児所言」槇島照英『合類大節用集』1698/「此奴は饒舌りのテムバめ」近松門左衛門『薩摩歌』/「聞きしより宮司が娘テムバ也」『刀奈美山』




 オランダ語のontembaarのことを書いていないので、こちらを先にみた場合、いきなり「オは不の意」と書いてあっても何のことやら意味が通じないような気がしますが、こちらには「原語では反対の意味である」とはっきり書いてあります。



 さて、語源といえば忘れてはいけないのが、大槻文彦の『大言海』(昭和9年、冨山房)。 『大言海』の特色の一つはユニークな語源説明がついていることですが、いったい『大言海』には「おてんば」の語源について何と書かれてあるでしょうか。



オテンバ
(名)於轉婆 〔蘭語、ontaambaar〕女ノ、デスギタルモノ。タシナミナキ女。アバズレモノ。オキャン。輕佻女 不羞女 てんばノ條ヲ見ヨ。




 ontembaarの綴りが違うのはご愛嬌ですが、ここでもやはり「蘭語」とあります。


 「てんばノ條ヲ見ヨ」とあるので、「てんば」も見てみます。



テンバ
(名)轉婆 〔此語、古來、佛蘭西語ナリト云ヒ、又、顛婆ナリト云ヒ、又、天馬ナリト云ヒ、又、傳播ノ意義ノ變轉シタルモノナリト云フガ、皆アラズ、蘭語ニゾアル〕 おてんば(於轉婆)ノ上略。其條ヲ參見セヨ。 合類節用集(享保)十一、言辭門「轉婆、女兒所言」薩摩歌(元祿、近松作)ゥ國鑓志゛るし「アノ廊下ヲ來ル人ハ、朋輩ノお志ュんヂャ、此奴ハ饒舌リノてんばメ、見附ケラレテハ大事ゾト」刀奈美山「聞キシヨリ、宮司ガ娘、てんば也」



 「旧字」&「旧仮名遣い」&「カタカナ書き」で読みにくいと思いので、赤で強調した部分を現代語にしてみると、

 「この語は、古来より、フランス語だといったり、顛婆だといったり、天馬だといったり、伝播の意義が変転したものだといったり、いろいろな説があるが、これらは全部間違っている。これは、オランダ語だ。」

 ということです。


 なお、どうでもいいんですが、先に見た『角川外来語辞典』の用例と、『大言海』の用例が全く同じです。文章の引用の仕方や表記が違うので、全く丸写しではないようですが、後から出た『角川外来語辞典』が『大言海』を参考にしたのは疑いのないところです。



 さて、みなさん。ここまで読んで、おそらく、「おてんば」はオランダ語からきた外来語だと信じたと思いますが・・・。


 『日本国語大辞典第2版』をご覧下さい。(長いですけど・・・)



おてんば
【御転婆】
 つつしみやはじらいに乏しく、活発に動きまわること。また、そのさま。特に、そういう女性をいう。おきゃん。おてつく。 *雑俳・川柳評万句合-宝暦一二(1762)梅三「おてんばか請込んでから食付せ」 *雑俳・柳多留-七(1772)「御てんばにかまいなんなとてんばいひ」 *歌舞伎・浮世柄比翼稲妻(鞘当)(1823)大切「エエ、面倒な。親にまで恥をかかせるお転婆(テンバ)め」 *人情本・春色辰巳園(1833‐35)後・七回下「『利口な子だのう』『ばかじゃアねへようだが、おてんばでおてんばでこまりきるよ』」 *高野聖(1900)〈泉鏡花〉一六「まあ、女がこんなお転婆(テンバ)をいたしまして、川へ落こちたら何うしませう」 *吾輩は猫である(1905-06)〈夏目漱石〉三「三つや四つの女の子ですもの、そんな御転婆な事が出来る筈がないです」 *青春(1905-06)〈小栗風葉〉夏・四「お伝馬(テンバ)で、生意気で…何しろ此の、女親無しに野方途(のほうづ)に育ったんだから始末に可けない」

[語誌]江戸時代以降用いられているが、語源には諸説あり、定説をみない。その中で、「大言海」はオランダ語ontembaarから「おてんば」が生まれたとする(語源説(3))。しかし、同様の意味を表し得る「てんば」が既に近世前期にあるので、「てんば」を先行する語とみる方が自然であろう。ただし、「てんば」は「おてんば」より広い意味を持ち、「しくじること」「親不孝で従順でないこと」などの意で、男女を問わず用いられ、現在でも西日本の各地にそれらが残っている。したがって、「てんば」に接頭語「お」を加えることによって「おてんば」になったと、単純にとらえることもできない。この点については、上方で用いられていた「てんば」が江戸語として使用されるに際し、オランダ語ontembaarが何らかの形で作用し、新語形「おてんば」を生じると同時に、意味の特定がなされたとの説もある。

[方言](略)

[語源説](1)女の子の出しゃばって足早に歩く様子をいうテバテバにオを付けて、オテバだなあといった言葉から〔国語研究=金田一京助〕。(2)オテンマ(御伝馬)から出た語。小荷駄馬と比べて御伝馬は飼養がよく楽をしているので、常に勢いよく跳ね回るところから〔話の大辞典=日置昌一〕。(3)馴らすことができない、手におえない意のオランダ語ontembaarの転〔大言海〕。

[発音](略)



 詳しい! さすが日本最大の国語辞典です。 それにしても、これを読むと、どうやら「おてんば」がontembaarから来たという説は、いろんな説のうちの一つにすぎないようです。 ついでに「てんば」も見てみましょう。



てんば
【転婆】(語源未詳。「転婆」はあて字)
@つつしみやはじらいに乏しく、活発に動きまわること。また、そのような女性。出しゃばり女。つつましくない女。おてんば。おきゃん。 *俳諧・となみ山(1695)「聞きしより宮司の娘てんばなり〈夕兆〉」 *書言字考節用集(1717)九「転婆 テンバ 女児所言」 *浄瑠璃・薩摩歌(1711頃)鑓じるし「あの廊下を来る人は傍輩のおしゅんじゃ、こいつはしゃべりのてんばめ、見付けられては大事ぞと」 *難波土産(1738)三「てんば、顛婆と書也顛き婆といふ事なり」
A(−する)あやまちしくじること。粗忽であること。また、その人。男女いずれにもいう。 *歌舞伎・傾城天の羽衣(1753)四幕「ヱヱきついてんばどもじゃ」 *浪花聞書(1819頃)「てんばした 麁相したるなり」
B親不孝で、従順でない子。男女いずれにもいう。 *浄瑠璃・伊豆院宣源氏鏡(1741)三「ヤア天馬(テンバ)め、父はこの為に隠し、子は父の為に隠すといふ、聖人の戒めにそむき、親の事を訴人した罰があたった向ふ疵」 *浄瑠璃・児源氏道中軍記(1744)二「不孝な子も多からふが、儕れに上ゑこすてんばも有るまい」

[語誌](1)@の挙例「書言字考節用集」の「女児所言」や、「志不可起」に「女のしとやかになく、さはがしく、不行作なるをてんば女と云は」とあるように、もとは女性を対象とした語であったが、男性に対しても使用された。「てんば」が上方語であるのに対して、江戸語では「おてんば」といい女性にだけ限定されている。(2)「転婆」の表記は「書言字考節用集」に見えるが、この表記を男性に対して使用するのをはばかったのか、「天馬」という表記も見られる。明治時代以降は「転婆」に定着した。→「おてんば」の語誌。

[方言](略)

[語源説](1)天馬からか〔志不可起〕。(2)オテンバの上略。オテンバは手におえない意のオランダ語から〔大言海〕。

[辞書]書言
[表記]転婆(書)



 そもそも語源などというものは、未詳である場合が多いわけで、『大言海』のように根拠もなく一つに断定してしまうより、『日本国語大辞典』のようにいろんな説がありますよと紹介するほうが誠実な態度のように思います。


 新明解のような小型国語辞典が「おてんば」の語源を載せているのは、単に雑学としておもしろいと思ったからでしょうが、わざわざ書く必要があるのかなという気もします。




 【おまけ】

 昔テレビでやっていた女の子向けのアニメ『キャンディ・キャンディ』の歌の中に、


  おてんば いたずら 大好き
  
  かけっこ スキップ 大好き

  私は 私は 私は キャンディ



 という一節がありますが、新明解の「おてんば」の語釈は、「女性としてのたしなみを忘れて ふざけさわぐ少女(女性)」となっているので、「おてんば大好き」の意味は、「私は、おてんばな少女(女性)が大好き」ということになり、キャンディはレズ趣味があるのかということになってしまいます。

 やはりここは、「女性としてのたしなみを忘れて ふざけさわぐこと(さま)。また、そういう少女(女性)」などとしておくべきでしょう。



 なお、本文とは全く関係ないですが『キャンディ・キャンディ』で検索したらこんなものを見つけましたので、暇な人はご覧ください。
 
 ・キャンディはどんな「おてんば・いたずら」をしたのでしょうか。知りたい方は→『キャンディ・キャンディ』研究白書


 ・いわゆる「キャンディ・キャンディ裁判」(そんなのあったんですか?)については→キャンディ問題終結希望同盟





 

トップページ はじめに  メインページ  管理人日記  掲示板  推薦図書  リンク