
「死にざま」と「生きざま」
2003/2/2
第3版まで新明解の「死にざま」の語釈は、
| しにざま【死(に)様】 その人の死んだ時の様子。(第2版・第3版) |
と、非常に簡潔でしたが、第4版で格段に詳しくなります。
| しにざま【死(に)様】 その人の・死んだ時の様子(死を迎える態度)。 〔この語自体には、善悪の評価は全く無い。善悪の観点が分かれるとしたら、その人が大往生したか醜い死に方をしたかの相違が有るだけである。すなわち、言語の問題と事実の問題とは全く別の事柄に属する〕(第4版・第5版) |
通常の辞書の語釈の常識を超えた山田流の「濃い解説」になっています。
現在では、一般に「死にざま」というと、あまりいい意味で使われることは少ないと思います。例えば、「立派な死にざま」という言い方には違和感を感じます。でも、山田主幹は、それは間違いだというのです。
確かに、当初はニュートラルな(あるいはプラスの語感を持つ)言葉だったのに、しだいにマイナスの語感のみを持つ言葉になるケースは、けっこう多く見られます。(例えば「貴様」「お前」など人を呼ぶ言葉。)
でも、「死にざま」の「ざま」は、「ざまを見ろ!」とかいうときの「ざま」ではないのでしょうか? とすれば、ろくな意味ではないと思うのですが・・・。
ということで、次に「生きざま」を見てみると、
| いきざま【生きざま】 その人の、人間性をまざまざと示した生活態度。 〔「ざま」は、「様」の連濁現象によるもので、「ざまを見ろ」の「ざま」とは意味が違い、悪い寓意(グウイ)は全く無い。一部の人が、上記の理由で、この語をいやがるのは、全く謂(イワ)れが無い。〕(第4版) |
「生きざま」の「ざま」は、「ざまを見ろ」の「ざま」とは意味が違うと、わざわざ私のために書いてくれています。「生きる」と「さま(様)」が結びついて「ざま」と濁音に発音されるようになっただけだというのです。
ただ、この説にはやはり異論があるようで、例えば、作家の遠藤周作はエッセイに次のように書いています。
私の知る限り「死にざま」という言葉は昔あったが、「生きざま」という言葉は日本語になかったと思う。 だから、「生きざま」なる言葉をテレビで聞くとオヤッと思う。そしてやがて「生きざま」という美しくない日本語が新しい国語辞典に掲載されることを憂えてしまう。そんな言葉は美しくないからだ。 (遠藤周作 『花時計 変わるものと変わらぬもの』 文藝春秋/石山茂利夫 『今様こくご辞書』 読売新聞社 より孫引き) |
遠藤周作は、「生きざま」という言葉は美しくないとして、国語辞典に載ることを憂えていました。(ちなみに新明解に「生きざま」が見出しとして立てられたのも、第4版以降です。)
また、岩波国語辞典の編者である水谷静夫は、インタビューの中で、「生きざま」という言葉について、次のように語っています。
嫌な言葉です。実に嫌な言葉です。新しくできた言葉だが、「生きる」と「ざま」という言葉の組み合わせに違和感があります。単に生き方というなら、「ざま」を使うのはおかしい。 「ざま」は、江戸時代には、すでに「さま」から転じて、「ざまをみろ」などといった具合に、様子やなりふりをあざけっていう言葉になっていました。昔からある「死にざま」との連想から生まれたと思うが、そうだとしたら、ろくでもない生き方といった意味になる。ところが実際には、誇らしげな文脈で使われています。これもおかしい。 (石山茂利夫 『今様こくご辞書』 読売新聞社 P66より) |
山田主幹は「生きざま」という言葉に何の違和感もなかったのでしょうが、遠藤周作や水谷静夫のように「生きざま」という言葉に抵抗感を覚える人は多かったと思います。だからこそ、山田主幹は新明解の中に、わざわざこのような説明を入れて「一部の人」を牽制しようとしたのでしょう。
『今様こくご辞書』の著者・石山茂利夫は、山田主幹の連濁説はいまひとつ説得力に欠けるとしていますが、「用意周到な山田さんのことだ。連濁説にはそれなりの根拠があったにちがいない。が、今年(平成8年)二月に亡くなっており、残念ながら反論が聞けない。」とも書いています。
国語辞典というと、どれも同じで、どれも正しいことを書いていると思われていますが、学説が分かれるような難しい問題については、編者の考え方によって違ったことが書かれているという一例でしょう。
さて、新明解の「生きざま」の語釈ですが、山田主幹の歿後に出された第5版では、
| いきざま【生きざま】 その人の、人間性を まざまざと示した生活態度。〔「ざま」は、「様」の連濁現象によるもので、元来濁音の「ざまを見ろ」の「ざま」とは意味が違い、悪い寓意(グウイ)は全く無い〕(第5版) |
となっており、連濁説についてはそのままですが、「一部の人」云々の部分は削除されています。やはり、第4版のあの書き方はちょっととげがありましたね。
トップページ はじめに メインページ 管理人日記 掲示板 推薦図書 リンク