第1話:なんとかなるさ…多分




店舗と自宅の土地の相続などの問題は本当に簡単だった。

どうやらそういう事を見越していたのか、或いは私自身はあまり顔を合わせた事はないが親戚連中に薦められてか、

両親共に、色々やっていてくれたらしい。

と、いっても、実際に相続するのはまだ少し先になるのだが、店舗や家を使うのに問題はないそうである。

私自身もいくばくかの貯金くらいあるし当面の生活の心配はない。

店を引き継ぐ事務的な手続きも非常に簡単で、現在進行形ではあるが、49日もまだまだ先だというのに大方の作業も終わってしまい、

これを機に、私は2年続けた一人暮らしを止めて自宅に戻った。

狭い家だが、さすがに妹と二人だと部屋も余るし、広く感じる。

だからといって別に、『赤ちゃんと僕』の若かりし日の父君の如く、

部屋の真ん中に立って親と呼べる人が本当に誰もいなくなってしまった事を実感して涙を流す、

なんて事は断じてない。

そういえば、母親が死んでから一度も泣いていない。

まぁ、親とはいえ、他人の死などそんなもんだ。

それに、父親が死んだ時も一滴たりとも泣いていないので、おあいこである。(何の?)

妹は少なからず落ち込み、泣いてもいたが、一週間も過ぎるといつもと変わらず

本を読み、食事をとっている。それでいい。もっとも、これからの事を案じて不安はかなり抱いているようだが…。

なにはともあれ大事なのはこれからの事。

4月で高3に上がる妹だって大学に通う事を希望しているのだ。

果たして古本屋は、人一人大学に通わせる事ができるほど儲かるものなのか?

なんせ私は、自慢じゃないが、店を手伝ったなど一度もない。(まぁ、普通手伝わんだろうけど)

店に入った事すら、数える程、しかも忘れるほど昔に、だけなのだ。

昔から、両親とあまり会話する事もなかった私はノウハウなんて一つももっていない。

古本屋の業界について知っている事といえば、唐沢俊一氏の著書にて

『古書業界は、そんなおいそれと入っていけるものではない。百鬼夜行の世界なのだ』

とそんな事を読んだ記憶がある程度だ。

どうせなら、嘘でもいいから『バラ色です。酒池肉林です』とでも書いて欲しかったもんである唐沢俊一。

まぁ、妹の進学は母親も支持していたのだし、

彼女と同じように経営すれば、学費の捻出くらいできるのだろう。

さすがに他にやる事なくて家業を継いだおバカな身、

『大学に行けないの…?お、お兄ちゃんのばかー』とは言われたくない。

それどころか一冊も古本が売れず、お米を磨いだ残りの水なんか飲んで飢えをしのぐはめになったら?

『うちはどうしてこんなに貧乏なの?』

と真っ暗な部屋の隅っこで体操座りしている妹に尋ねられたらなんと答えればいいのだろう?

まだ何も始めていないのに、どんどん悲観的な想像が膨らんでいく。

が、何はともあれ、まずは店の運営方法を知る必要があるだろう。

私の母親が雇っていたアルバイトは4人。その内2人は就職が内定して、既に辞めてしまっている。

店は今現在休業中なのだが、私の卒業まで後10日、その翌日から再営業したいと思っている。

なんとか後10日で、後2人のアルバイト様に、店の運営方法を学ばなくてはならない。

幸い、単位習得に必要な卒業制作も終わり、

就職も多少人とは違うカタチだが内定(これが卒業には不可欠なのだが)している。

通学する必要は無い。教えてもらう時間は…あるのはあるだろう。特に遊びたいとも思わない。

そもそも友達も多い方ではない。

母親が死んだ時、電話で、『母が亡くなりました。私が学校を卒業したら店を引き継ぐつもりですが…

それまで少しの間、お店を閉めるので…』とかなんとか話した事があるだけの人物だが、

その人はその時、辞めるとも何も言わなかったので、1ヶ月たった今までも、直ぐに働いてはくれるのだろう。

その人たちだけが頼りだ。何とか教えを請わなくては…。

ま、仮に古本屋経営が大失敗したとしても、それで借金さえ背負わなければこの日本で飢え死にする事はなさそうである。

それだけが希望だ。なんささやかな希望だろう。

借金するくらいならやめる。これがただ一つ今後にあたって決めた事。

だから…何とか…なるか?


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2000/05/21